2022年度歴史学研究会大会(オンライン開催)

*タイムスケジュールについては後日調整が入る場合がございます、ご了承ください。
*諸般の事情により、合同部会は開催いたしません。ご容赦いただければ幸いです。

総会 6月5日(日) 9:30~12:00

  • 参加は会員に限ります。
  • 『歴史学研究月報』5月号(4月発行)をお手元にご用意ください。

5月28日(土)

5月29日(日)

6月4日(土)

6月5日(日)

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主旨説明文

全体会 事実と虚構/言葉の力

 委員会から
 2021年1月,アメリカ合衆国でドナルド・トランプ大統領候補を支持する人々によって,連邦議会議事堂が襲撃されるという事件が発生した。その原因として,SNS上を中心に拡散した陰謀論「Qアノン」の存在が指摘されている。この陰謀論の由来や流布の経緯についてはよくわかっていないところがあり,人によっては荒唐無稽なものとして受けとめられたが,別の人にとってはまごうかたなき「事実」として信奉された。「事実」とも「虚構」ともつかない言説は,私たちの身近でもたびたび流布している。たとえばCOVID-19に関して飛び交った噂は,どこまでが科学的根拠に裏付けられたかがわかりにくく,誰の話を信じたらよいのかについて難しい判断を迫られたが,特にワクチンに関して,一部で陰謀論とも取れる言説が流されたことで,家族の結びつきが分断されてしまった事例が報道されている。過去を振り返っても,こうした言説が流言飛語などの形で流布した事例は世界各地で見られ,時に暴動や虐殺の犠牲者を出すに至っている。2022年もまた,カザフスタンの争乱とロシアによるウクライナ侵攻という凶事とともに始まった。これらの事態においてもいわゆるフェイクニュースが飛び交い,状況に影響を与えている。
 私たちはともすれば,上記のような陰謀論に対して,「事実」とみなして切実に受けとめる少数の人々と,「虚構」であり自分とは無縁のものとみなして受け流す大多数の人々といった,二項対立的な整理に陥りがちである。しかし,歴史の流れのなかで位置づけてみると,さほど単純に理解することは困難ではないだろうか。例をあげると,疫病は中近世のキリスト教世界において,個人ではなく社会全体に対する神の裁きと信じられ,祈りによって回復がめざされていた。いっぽう現代において,感染症対策は国ごとに異なるものの,基本的には近代以降大きく進展した生理学・医学の成果に基づく個々人の身体レベルの問題として認識されており,科学的知見と国家や社会の問題がさらに議論の的となっているといえよう。この転換の意味は大きいが,大多数の人間が時代ごとの社会観や世界像を表象する言説を「事実」として受容するという点では,共通性を持つということもできる。天動説と地動説の問題に置き換え,各時代の人々がこれらの説をいかなる根拠で受け入れていたかと考えてみてもよい。
 また,ある噂が原因となって暴動が発生した場合,現象としては一時的に見えるとしても,その噂が古くから伝えられてきた史書や神話,伝説といった言説の影響を受けて発生した可能性もある。「事実」と「虚構」の間を揺れ動く言説が長年にわたり受け継がれた結果,国家によって「正史」の中に組み込まれるということもありうる。「米国はデモクラシーを体現した国だ」などといった言説も,「事実」と信じる人もいれば「虚構」とみる人もいるだろう。「事実でもあり虚構でもある」ということもいえるし,「事実上の力を発揮している虚構」ということができるかもしれない。言説が「事実」か「虚構」か,「科学的」根拠を持ち「客観的」かどうかといった問題は,思うほど単純なものではない。
 言説は流布して受容されることで,「事実」を作り出してしまうような「力」を持っている。言説を発信する側がそのことを自覚して,意図的にひとつの言説を選択する場合もあれば,無自覚に行う場合もあると思われる。受信する側も同様の選択を自覚的/無自覚的に行う可能性があり,そもそも言説を「信じる」とはどういうことかも問われる必要がある。
 こうした考えを前提とするとき,たとえば下記のような作業課題を設定することができる。
 ①「事実」と「虚構」の間を揺れ動きながら社会観や世界像を表象する言説は,どのように生成し,いかなる経路をたどって広がり,人々にどのように受容されたのであろうか。また,受容した人々の感情や思考にいかにはたらきかけ,行動にいかなる影響を与えたのであろうか。以上について具体的な事例にそくして考察することが必要である。
 ②このような言説が時として切実に受けとめられるのは,人間が生きるか死ぬか,平穏な生活が維持されるか破綻するかといった問題に関わることがあるからだと思われる。言説がなにゆえ発生し,人々がそれを受容しようとしたのであろうかについて,人々の感情と絡めながら論じること,生に関わる希望や不安がいかに人々の認識をつくりだし,行動に駆り立てたのかを追究することが求められる。歴史学研究会全体会ではこれまでにも,人間の生命や身体にかかわるテーマを積極的に扱ってきており,その点で関連性を持っている。
 ③言説は個人の生のありかただけでなく,共同体や国家などいった多層的な存在のありかたにも影響を与えうるものであり,これらさまざまな存在が秩序を維持したり統治の正当性を示したりするうえで言説を利用することがある。個人,家族,共同体,国家などが重層的かつ複合的に構造化された社会のなかで,言説がいかなるはたらきを見せたのかを考える必要がある。
 以上の整理をふまえ,今年度の全体会では「事実と虚構」をめぐる歴史上の事象について,「言葉の持つ力」に注目しながら考察を行うことにした。具体的には以下の内容からなる。分野を超えた多くの方々にご参加いただき,広く議論を喚起する場としたい。
 太田出「“国を挙げて狂うがごとし”——明清・民国期中国における謡言とパニック——」。清末光緒2年(1876),江蘇・安徽両省を中心とした広大な範囲に「紙人が瓣髪を剪る」という噂が突如として拡がり,人々を恐怖のどん底へと突き落とした。かかる「虚構」はなぜいとも簡単に「事実」として受け容れられたのか。太田氏の報告では当時の人々の心理,社会構造,王朝による支配のあり方との関わりからアプローチを試みる。
 大橋幸泰「近世日本の邪正観」。大橋氏の報告は,イメージと実態の乖離が人々の秩序意識にどのような影響を及ぼしたのかを,治者と被治者の対応の差異を意識しつつ,近世日本のキリシタン禁制の動向から探ろうとするものである。治者による分断統治がさまざまな矛盾を引き起こし,結局は被治者による厳しい治者批判を生み出す過程が描かれる。
 また,コメンテーターとして小澤実氏に,前近代ヨーロッパに事例を求めて話題を提供していただく。マイノリティ,陰謀論的言説,地域共同体,国家の関係をよりグローバルなレベルで検討する手がかりを得たい。 (研究部)

古代史部会 古代日本の地方支配とその変質

 古代史部会運営委員会から
 これまで日本古代史部会では,1973年度大会において在地首長制論を議論の基軸として以来,80年代後半からは王権論,90年代には地域社会論といった視点を議論に取り入れ,古代国家の成立・展開について検討を重ねてきた。また1997年度大会からは国家・王権・地域社会の相互関係を考察することで,古代社会像の解明を試みている。これらの路線を批判的に継承しつつ,2004~2009年度大会では国家・王権・地域社会の三者間の関係性を析出し,支配秩序の構造・実態を議論した。さらに2010~2012年度大会では,継続して支配秩序に焦点を当てながらも,「一国史」からの脱却を目指し,東部ユーラシア・東アジア地域における外交・交流が,列島内における支配秩序の形成に与えた影響を解明している。2013年度大会以降は再び議論を列島内へと戻し,日本古代の独自的性格を解明するため,それまでの支配秩序に加えて,支配論理や支配構造の形成・展開について議論を重ねている。
 以上のような議論をふまえ,2019年度大会の大川原竜一報告では,古代国家形成期における地域支配の展開について論じた。国評制・国郡制という全国規模の地域行政機構が構築される過程で,国造を含む首長層がどのように位置づけられ,その権力や支配構造がどのようなかたちで古代国家のなかに組み込まれていったのかを示した。また浜田久美子報告では,外交儀礼の成立と変質,さらにそこから国家の支配構造の変化について検討した。外交儀礼が国内儀礼へと転じ,その変質に古代国家の支配者層の国際意識が反映していたことを明らかにしている。
 初のオンライン開催となった2020年度大会では,律令を導入した日本古代国家が支配体系を展開していった過程について議論した。河野保博報告では,厩牧令を中心として,移動する人々と地域社会の動きとから多様な交通の実態を検討し,律令交通制度が首長制的な交通を基礎として構築された点や,共同体における異人歓待の意義や仏教施設の役割を解明した。また,神戸航介報告では,唐令の「体系的継受」の観点から,賦役令の形態と篇目ごとの各段階における達成度を検証した。大宝令には丁別賦課を達成していた浄御原令の延長線上としての側面もあるが,新たな統治技術の導入として唐令を引き写した部分も積極的に評価すべきで,それが慶雲〜養老年間に日本の実情に即して再解釈されたことを論じた。続く2021年度大会は,約半年の準備期間では前回大会の成果や課題を十分に整理することが困難であったことから,2019年度大会報告のうち,2020年度大会に継承されなかった「儀礼」という観点から,支配構造の形成・展開について議論した。遠藤みどり報告では,皇太子制の確立した平安時代以降における譲位の定着過程を譲国儀の成立から検討した。内裏への遷御とレガリアの動向を関連づけ,譲国儀は大権放棄の儀礼であり,嵯峨から淳和への譲位時に成立したことを解明した。志村佳名子報告では,太政官政務の内容・展開過程の整理から,朝堂政や外記政といった政務儀礼の展開を検討した。政務儀礼の継続の背景として職務を通した天皇への仕奉が必要とされていたことを指摘し,太政官政務儀礼に参加する議政官はあくまでも天皇の判断を補佐する立場であり,最終的な決裁権は天皇にあったことを論じた。また浜田報告に続いて両報告とも平安期を対象としており,議論の対象を近年の大会で中心的に扱われてきた令制以前から令制以降に目を転じた点でも重要であった。
 以上のように,近年の当部会では,2020年大会が「法」の観点から,2021年大会が「儀礼」の観点からそれぞれ議論を行っているが,両大会ともに中央の体制を主な対象として議論してきたものであった。さらに前者では交通や賦課と言う点で大川原報告の地方への視点が継承されるものの,地方支配そのものにまでは検討が及んでおらず,大川原報告では扱わなかった平安期における地方支配の展開について議論していく必要が課題として浮かびあがる。律令制導入以降の時期において地方支配の体制がどのように展開し,また変質していくのかという点を,これまで用いられてきた「法」や「儀礼」の観点から明らかにしていく必要がある。
 以上のような議論と課題から,本年度大会では「古代日本の地方支配とその変質」をテーマとして設定し,有富純也氏「日本古代のオホヤケと地域社会」,佐々田悠氏「古代中世移行期の祭祀と地方支配」の2報告を用意した。
 有富報告では,「大家」と記された墨書土器や,これまでさほど注目されてこなかった古代遺跡を検討することで,「郷家」などのいわゆる末端官衙機構がどのようなものであったのかを論じ,奈良時代から平安時代前期の地域社会の様相を明らかにしたうえで,そのような末端官衙機構が律令制成立時期にどのような変遷をたどってそれに至ったのかについて議論する。
 佐々田報告では,主に神(神社)という仕組みを介した古代国家の地方支配を取り上げ,その思想的・制度的な基盤や変質の過程について議論する。特に,9~12世紀に受領・国衙機構のもとに形成されていく中世国衙祭祀・法会やそれと密接に関わる公領の歴史的前提について,公廨・加挙・免田などの財政史的論点からアプローチする。
 昨年度に引き続き,2022年度大会は日本古代史部会の単独開催となる。当日は多くの方々に参加いただき,活発な討議が展開されることを期待したい。(中島皓輝)

中世史部会 日本中世の都市における社会集団と権力

 中世史部会運営委員会から
 2022年度の中世史部会大会報告は,都市における社会集団の展開過程を権力との関係にそくして検討し,社会集団の自律性を支える多様な社会的基盤を明らかにすることを目指す。
 まず,直近の大会テーマとの関連において,日本中世の社会集団を論じる意義を明確にしたい。2020年度においては,中世における権力の特質を「東国」社会との関係から再検討し,鎌倉幕府および鎌倉府の権力基盤に関する新たな問題提起がなされた。また,2021年度には,中世社会の基本構造をなす荘園と村落の相互関係が論じられた。いずれも,権力の多元性にもとづく社会の分化や支配・被支配関係の結節点としての在地社会といった論点から中世社会における権力の支配構造・社会体制の問題にせまり,中世社会の基礎構造を把握する道筋を示したといえる。
 他方で,こうした中世「社会」論の成果を概観するとき,未だ議論の対象として残されている重要な論点の存在に気づかされる。それはすなわち,列島社会における政治・経済の中心的役割を果たすとともに,権力と社会の直接的な接点としても機能した都市および都市における社会動向の問題である。
 もちろん,従来の大会テーマにおいても,都市に関する問題系は意識されてきた。1984年・1985年大会を筆頭に,中世社会における都市の位置づけが議論されてきており,21世紀以降でも,鎌倉・京都という二つの政権都市における武家権力の支配構造を論じた2009年大会の成果がある。しかしながら,これらはいずれも権力による都市支配の解明という,いわば上からのアプローチに立脚した成果であり,都市社会を構成する諸身分の実態にそくした議論は不十分であった。
 そこで,今年度大会では,国家論や権力論に主眼を置いた2010年代の大会テーマを意識しつつも,社会集団という基礎的単位に正面から切り込むことで,中世社会を都市民の視点から論じる意義をあらためて問い直したい。その際,京都や奈良などの大都市における都市民の生業や「家」の相伝,信仰共同体の形成といった,さまざまな社会的紐帯を明らかにすることが求められる。そして,集団外部の権力体との関係において,当の社会集団がどのように位置づけられたのか(または自己規定したか)を考える上でも,こうした視点は不可欠といえる。中世社会を規定する多様な権力体の存在は,こうした社会集団の多様性へ対応する過程で,初めて具現化され得たからである。
 次に,こうした議論を進める上で,留意すべき二つの論点をあげておきたい。まず一点目に,都市空間における生業の展開という問題である。平安京以来の都城的性格を払拭するなかで,経済都市へと変容した京都は,鎌倉期以降,列島社会における政治・経済的な中心軸として機能したが,そうした都市における経済活動の基礎には,社会的分業の進展に応じて展開した都市民の多様な生業があったことは疑いない。また,寺社権門の代表的拠点である南都では,宗教権門による支配構造が形成される中で,芸能者をはじめとする生業の組織化が進行した。しかしながら,社会集団とその生業については,都市支配の問題との有機的関連が必ずしも十分に意識されておらず,なお議論の土台構築が必要な段階にある。したがって,諸社会集団における生業の自律的展開に着目し都市における経済活動を可能にした家や同業者集団との関係を検討することで,研究史上の課題に切り込む重要な支点を得られると考える。
 二点目として,都市における権力の問題が社会集団の存立基盤にどのような作用を及ぼしたのかという課題があげられる。朝廷や室町幕府,戦国・織豊期の畿内政権といった京都における都市権力や,南都の支配階層であった権門寺院などは,それぞれ別個の権力基盤を有しながらも,都市民衆による社会的活動をいかに把握・編成するかという課題を共有していた。そして,こうした権力の動向は,都市課税の広汎な展開や,治安維持を眼目とする法的規制の実施といった具体的な施策を通じて,都市における各社会集団の存立にも直接・間接の影響を与えたと想定される。近年の身分集団論が,「中世社会論あるいは国家論と接合しながら展開されていく必要」(三枝暁子「中世の身分と社会集団」『岩波講座日本歴史 第7巻 中世2』岩波書店,2014年)を強調するのも,中世社会の構造を分析する上で,社会集団と権力の相互関係が重要な位置を占めることの証左といえる。
 以上の問題意識を前提に,今年度大会は「日本中世の都市における社会集団と権力」というテーマを設定し,辻浩和「京都・奈良における遊女集団の展開と権力」,長﨑健吾「戦国期京都の都市民と権力」の2報告を用意した。
 辻報告では,京都・奈良を主要な対象として,鎌倉〜戦国期に至る「遊女」集団の展開過程を論じる。古代・中世移行期において,都市の外部に拠点を保持し都鄙往還を基本としていた「遊女」集団が都市社会へ包摂されてゆく過程を見通すとともに,中世後期に至る権力との相互関係を追究することで,女系の直系継承にもとづく集団原理が変質・解体してゆく過程を総体的に把握することを目指す。
 また,長﨑報告では,南北朝〜織豊期に及ぶ都市京都の歴史的展開を踏まえつつ,武家権力による都市支配を都市民の共同体形成過程から再検討するとともに,都市民相互間に生まれた多様な社会的結合の内実が応仁の乱や天文法華一揆といった戦乱を通じていかに変容していったのかを論じる。そして,こうした検討をふまえ,中近世移行期における「町共同体」論の再検討をも試みる。これらの両報告が提示する新たな論点や実証的成果を前提として,日本中世における社会集団固有の展開過程を,生業の場である都市と権力との関係にそくして解明したい。
 本大会は,民衆レベルの社会論を基軸とする点で,21世紀以降では部会初の試みである。中世社会論における下からの規定性を再認識するとともに,社会と権力の関係を社会集団という基礎単位から再考する好機と考える。以上の趣旨をご理解いただき,当日は活発的かつ建設的な議論がおこなわれることを期待する。なお,両報告の内容を理解するにあたっては,以下の文献を参照されたい。(越川真人)

[参考文献]
辻浩和『中世の<遊女>——生業と身分——』京都大学学術出版会,2017年。
長﨑健吾「天正四年洛中勧進の特質に関する一考察」(『古文書研究』84,2017年12月)。
同「戦国期京都における都市民の社会的結合と「家」」(『史学雑誌』128-9,2019年9月)。
同「戦国期京都の酒屋・土倉と法華宗」(『日本仏教綜合研究』17,2019年)。

近世史部会 近世後期における大名家・旗本家の家臣団からみた「家」意識

 近世史部会運営委員会から
 当部会では今年度,「近世後期における大名家・旗本家の家臣団からみた「家」意識」を大会テーマに掲げた。本企画では,大名家や旗本家の構成要素の一つである家臣団が,上位権力である大名・旗本に仕えることの意味を,個々の家臣の性格に留意したうえで再考することを目指す。
 近世史研究において「家」とは,「家業」・「家名」・「家産」を有して,先祖や子孫など世代を超えた構成員も内包し社会の維持に必要不可欠なものであると理解されてきた。武家社会では,擬制化された「家」の形態をとることで,家臣も大名や旗本の「家」に含みこまれるものとして把握されている。また,17世紀後半以降,政治機構が「人」の能力に依存する体制から「職」に人を対応させて運用する体制に変化したこと,家臣が主君個人に忠誠を尽くす属人的な関係から,「御家」(軍事的性格を持つ政治権力集団,および所属する個々の武士の「家」の共同利害を保障する帰属集団)に忠誠を尽くすことが求められ,永続的で安定した主従関係を目指したことが明らかになっている。
 戦後歴史学において,上位権力は下位権力に対して,強大な力を持っていると長らく把握されてきた。そのため,幕藩関係を扱った研究においても,下位権力に相当する大名家の家臣や旗本は,「年貢収得者」や「行政吏僚」と表現されたように,極限まで自立性を制限された存在と評価されてきた。しかし1970年代に入り,幕藩制国家論が提唱されると,旗本知行研究の視点から,個別領主の支配の貫徹を重視する「集権的封建制論」が提起された。この議論の影響を受けて,中小規模の旗本も強固な知行権を持っていたことが指摘された。さらに,1980年前後から,大名家の家臣を主な事例として,「御家」存続のために主君の権力が制限される場合があること,「御家」の運営をめぐる大名と大身家臣の相克,給人領主の自律性,個々の武士が持つ軍事的役割が指摘され,上位権力の支配の絶対性が見直されるに至った。
 ただし,大名家・旗本家が存続するためには主君自身だけでなく,家臣団も存続する必要がある。家臣団は,主君との縁戚関係の有無,俸禄の形態,役職や仕官の時期が異なる家臣から成り立っており,個々の家臣と主君との関係性を同列に論じることはできない。また,「御家」の存続を志向するにあたり,そもそも家臣が「御家」や主君に対してどのような意識を持っていたのか,分析することも必要であろう。そこで当部会では,家臣団の形成・再生産過程や,「御家」に対する家臣の意識について,個々の家臣の背景にも留意したうえで検討したいと考え,上記のテーマを設定した。武家社会を取り上げた当部会の企画として,直近では2019年度大会「政治交渉ルートからみる近世中後期の幕藩関係」を開催し,近世中後期においても私縁・血縁関係による個人的な関係性が幕府と藩をつなぐ回路として存在したことに注目した。しかし同大会では幕藩間の交渉に主眼があったため,大名家・旗本家内部における主君―家臣の関係性については取り上げなかった。近年,「御家」が既に確立された近世中後期における大名家・旗本家の家臣団構造についての研究が,大名家・旗本家双方で深化しており,両者の比較検討が可能な段階にある。これらの状況を踏まえて,個々の家臣の視点から主君―家臣の関係性に注目し,近世の武家社会における「御家」の位置づけについて検討したい。知行地の分散,知行高の大小,家臣団の流動性の相違など,大名家と旗本家を比較するにあたって考慮しなければいけない点があることは事実である。しかし,主君と家臣がともに存続することで「家」が維持されたことは共通しており,その点を本企画では重視したい。
 以上の問題意識を踏まえ,根本みなみ・野本禎司両氏の報告を用意した。
 根本みなみ「近世大名「御家」内部における「家」」では,地方知行制を維持しながら,家老職として「御家」の運営へ参与した存在として萩藩毛利家の一門を始めとする上級家臣に着目し,大名「御家」内部において彼らの「家」が醸成した「家」意識の解明を行う。中世以来の有力者の系譜を持つ「家」に対しては自立性の制限と「御家」への帰属強化を目的に,「御家」運営への参与が求められた。一方,近世後期には他階層の家臣の藩政への進出や大名子女との縁組範囲の拡大が生じており,これらは上級家臣が「御家」内部において期待された役割や自己意識にも影響を与えたと考える。そこで,本報告では上級家臣の「家」意識について帰属集団たる「御家」との相互関係性のなかで明らかにする。
 野本禎司「旗本「御家」・家臣と近世領主制」では,5000家を超え,かつ多様に存在した旗本の「御家」の構造について,石高階層・知行形態・家筋に留意しながら,その特色を検討する。旗本「御家」を構成する家臣の「家」は,とりわけ旗本家の家臣団が総体的に流動性を高める近世後期においては,武士身分以外の者が旗本「御家」に編成されるとともに,旗本「御家」に位置づかずに渡り歩く家臣も多く存在した。こうした旗本家臣の「家」意識や存在形態を,とくに職の専門化と擬制的な旗本の「御家」のあり方に注目して考察し,彼らが近世武家社会において存続できた背景を明らかにする。
 多様な雇用形態,職種の登場に伴い,新しい働き方が模索される一方で,低賃金労働や後継者確保が課題となっている。現代社会を生きる我々にとっても,「家」の存続は向き合わなければならない問題である。活発な議論を期待したい。(萱田寛也)

[参考文献]
根本みなみ『近世大名家における「家」と「御家」——萩毛利家と一門家臣——」(清文堂出版,2018年)。
野本禎司『近世旗本領主支配と家臣団』(吉川弘文館,2021年)。

近代史部会 帝国支配と植民地社会

 近代史部会運営委員会から
 9.11の悲劇に象徴されるごとく,現代世界は混迷の渦中にあり,そうした現実と対峙する歴史段階において,21世紀は幕を開けた。宗教・民族・人種・ジェンダーに対する抑圧的差別的な暴力が噴出している。かかる時代には,植民地主義が過去のものではなく,以前に増して肥大化し,かつての植民地社会における歴史展開をいまだに規定し続けている。とはいえ,「コロナ禍」という全世界的な混乱の只中においても,BLM運動や民主化運動,また反戦運動をはじめ,世界各地では国家や社会に対するさまざまな異議申し立てが息長く展開されている。こうした現在的地平にあって,現代世界に現存する暴力的な支配構造の淵源ともいえるかつての帝国支配や植民地社会の歴史的系譜を辿る思索は,現在の歴史学におけるアクチュアルな課題であろう。
 歴史学研究会では,これまでにも帝国や植民地の問題をテーマとして掲げ,大会号や出版企画として社会に問うてきた。近代史部会においても,かつては「科学と帝国」(2003年),「帝国と地域主義」(2004年),「帝国秩序とアナーキズムの形成——抵抗/連帯の想像力——」(2009年),「植民地認識を問い直す——継続する「戦争」,終わらない「分断」——」(2011年)などの企画を立て,さまざまな角度から帝国や植民地の問題を考究してきた。他方,ここ数年は「境界」や「移動」,「地域」,「科学」といった説明変数をそれぞれに駆使し多様化した社会や国家の諸相を検討するという方法が採られた。そこでは,歴史過程としてどのような偏差が生じていたのかを認識することに力点が置かれていたといえる。
 しかし昨年,当部会が掲げた「再編される差別」(2021年)は,そうした研究動向とはやや異なる性格の企画であった。時代・社会・場の異なる報告を設定しつつ,近代社会に特有の「再編される差別」が生成されるメカニズムを歴史過程における共時性として捉え返したことに意義があった。とはいえ,帝国支配の構造や植民地社会の実態が論及されないなどの問題もみられた。それらの課題に取り組むべく今年度は,「帝国支配と植民地社会」というテーマを設定する。複数の帝国支配を参照して,その支配体系の特質を考察するとともに,植民地社会の具体的諸相を浮き彫りにすることが,本企画の目指すところである。
 もとより帝国をめぐっては,2000年代初頭に「帝国」論が一世を風靡した。かつての帝国主義論が「支配と抵抗」という視点に立脚しながら,その実は一国史的な認識であったことへの批判として対置された分野である。帝国と植民地の相互関係=双方向的な連関を追究する「帝国」論は,人・商品・資本の移動を重視する。9.11以後の「帝国」を読み解く方法として活用されたが,帝国の歴史や存在を合理化するとともに,被支配側の視点を欠落させる危険性を抱えていた。よって,一国史的な認識を克服しつつも,「帝国」の役割を閑却する立場とは一線を画する研究姿勢が求められよう。本企画を「帝国支配・・と植民地社会」としたゆえんである。
 植民地研究では,より重大な難点がみられた。「帝国」論のごとく,植民地と宗主国の対立よりも両者の相互作用・連関に着目する植民地近代性論は,ポストコロニアル理論に触発されつつ,非西欧世界における植民地化や近代化の諸相を新たな視角から捉え返す議論であった。もっとも「支配と抵抗」を二項対立図式として相対化するあまり,非対称的な構造が軽視されるとともに,さすれば植民地社会の複雑な内実を等閑視する問題も抱えていた。ゆえに,その反論として,趙景達氏が提起した「植民地性の重層性」(民族・階級・ジェンダー・年齢などの諸要因により,植民地内部には幾重もの排除の論理が内包されている)を読み解くべきであるとの指摘は,今後の植民地研究において何より重要な意味を持つ。
 かくして,帝国支配の問題を比較史的に考察しつつ,他方で植民地社会の実態を重層的に解き明かすとの課題が浮かび上がる。帝国支配を問うべく,植民地の側から歴史過程を把握することで,支配―被支配という非対称的な構造を批判的に検討する。同時に,植民地社会で生活する現地住民の存在や営為を主体化し,かれらが経験する植民地権力からの排除や亀裂,また住民間の連帯や相克などの重層的でリアルな社会動態を浮き彫りにする作業が求められる。帝国支配の具体的諸相をあくまでも被支配側の視点から把握する必要がある。
 以上の問題意識から,今年度は以下の3名に報告を依頼した。
 田中隆一氏には,「間島日本人社会の形成と日貨ボイコット運動」と題して,朝鮮半島とロシアに隣接し,多くの朝鮮人が移住した間島における日本人社会の形成過程を追いつつ,抗日連動および対日協力などの諸相から,同地の重層的な民族関係を検討していただく。
 志賀美和子氏には,「インド統治法改正と「マイノリティ」——「不可触民」の活動にみる集団間関係とアイデンティティ——」と題し,イギリス植民地期のインドにおける統治法改正をめぐる,「インド国民/民族」・「ヒンドゥー」として団結を目指す動きと,マイノリティ・被抑圧民として権利保障を求める「不可触民」との交錯を検討していただく。
 難波ちづる氏には,「植民地支配と森林——仏領インドシナにおける森林統治と地域住民——」と題して,フランスの植民地であったインドシナでの森林管理をめぐる,植民地当局による統治政策とそれに対する地域住民の対応や行動について検討していただく。
 これら3報告に対して,米比日関係史の立場から帝国の問題を研究されている中野聡氏にコメントをいただく。帝国支配と植民地の問題は,近代社会全体を貫く重要なテーマである。多分野からの闊達な討論を期待したい。(藤田貴士)

 [参考文献]
趙景達「植民地近代性論批判序説」『歴史学研究』843号,2008年8月,(同『植民地期朝鮮の知識人と民衆』有志舎,2008年)。
栗田禎子「帝国主義と戦争」(歴史学研究会編『第4次現代歴史学の成果と課題』1. 績文堂出版,2017年)。
田中隆一『満洲国と日本の帝国支配』(有志舎,2007年)。
志賀美和子『近代インドのエリートと民衆』(有志舎,2018年)。
難波ちづる「仏領インドシナにおける植民地支配と森林」(松沢裕作編『森林と権力の比較史』勉誠出版,2019年)。

現代史部会 冷戦下の越境する連帯——非政府アクターによる市民外交・人権外交——

 現代史部会運営委員会から
 現在,国際社会で繰り広げられているさまざまな抗議行動は,ミャンマー,香港の人権問題に対する抗議デモなど「人権」で切り結ばれる多様な運動と政治のかたちを提起している。一方,中国新疆ウイグル自治区などでの人権侵害を意識した北京五輪の外交的ボイコットの動きなど,今日における人権への関心の高まりは,国家や国際社会の政治の位相において,とくに人権外交という枠組みで存在感を示しつつある。
 だが歴史的にみれば,人権・人道の価値観は,多様な非政府アクターやマイノリティの抗議の言葉として,支配に抗うような実践のなかで,その内実が問われてきた。たとえば第二次世界大戦を経て冷戦初期における国際機構の成立および人権保護の枠組みの形成期には,各国のマイノリティの声を拾う試みが重要な課題として浮上した。しかしそれは同時に,これらの声が大国の政治の論理のなかで揺らぎ,封じられていく局面でもあった。
 また,冷戦が構造転換を迎える1960年代後半以降,権力と連動の対抗のなかで,「民主主義」のありようを問う新たな実践が社会運動の次元で取り組まれた。それはベトナム反戦連動,反人種主義・民族差別撤廃運動,反独裁の民主化運動,女性解放運動,そして第三世界との連帯運動など,さまざまな形で境界を越えて他者と繫がろうとする動きとして現れた。1970年代の日本とアジアの関係においても,アジアからの問いかけに,市民社会における連動が呼応していく側面があった。
 このように,他者とのつながりから自己変革に繫がる思想的な基盤を市民社会が内在的に形成するプロセスが,冷戦下においても存在していた。こうした歴史的文脈を踏まえることは,排外主義が高まり,問題の解決を求める市民同士の連帯が,国内や国際的な政治構造のもとで制限され阻まれてしまう今日,必要な作業であろう。現在,情報技術の発達に媒介されて,国際的な人道主義・人権理念は,ブラック・ライブズ・マターという運動の広がりにみるように,境界を越えて多様なアクター間の相互作用のなかで発展・変容している。このような社会の「不正義」に対峙する,グローバル・デモクラシーにおける市民参加,主体形成の可能性についても探っていきたい。
 以上のような問題意識に立って,今年度の現代史部会では,「冷戦下の越境する連帯——非政府アク夕ーによる市民外交・人権外交——」を企画した。すでに現代史部会では,「「難民」をめぐる国際政治と「人道主義」」(2015年度)や「平和運動を歴史化する——冷戦史の解釈枠組みを越えて——」(2019年度)において,冷戦下の人道と人権の論理の変遷,社会・政治運動と主体形成の関係について議論を積み重ねてきた。戦後世界秩序のもとでは,人権は大国の権力政治の方途として用いられ,しかしそのー方で人権は人びとの抵抗連動,文化的実践を支える理念でもあった。本企画では,このように人権を起点としながら多様なアクター,価値観がせめぎ合いながら成立していく冷戦下の市民的連帯に焦点をあてる。第1に,国際的な人権保護の枠組みが生成する政治過程,国際人権レジームの構想とその歴史的変遷に注目し,第2に,運動における人権の実践について,人道や人権概念を主体的に意味づけていく人びとの思想の問題,それらに共鳴していく越境する市民的連帯の問題を考えたい。
 以上の関心から,本企画は以下の報告とコメントによって構成される。まず小阪裕城氏の報告「個人の主体性を封じ込める——「人権」から見た第二次世界大戦直後の世界秩序再考——」では,1940年代後半から国際的な人権保護の枠組みの制度化が進むなか,国際人権裁判所の構想や個人請願といった個人の主体化の可能性,中小国や非政府アクターの期待と関与を受けた「越境する市民的連帯」の回路が,諸大国のパワーポリティクスのなかでいかに封じられていくのか。そうした政治過程を考察することで,国際的な人権レジームの歴史的展開を検討していく。
 次いで李美淑氏の報告「境界を越える連帯と再帰的民主主義——「日韓連帯運動」と画家・富山妙子のメディア実践を中心に——Jでは,1970~80年代の日韓連帯連動を芸術運動の側面で先駆的に実践してきた画家・富山妙子のメディア実践を焦点に,韓国の民衆との連帯を求める動きが,直接かつ間接的な国境を越えたコミュニケーションのなかでどのように展開してきたのか。その政治的含意について検討していく。
 さらに日韓関係史の分野から吉澤文寿氏,ジェンダー・平和教育研究の観点から秋林こずえ氏に,研究と同時に連動実践にも携わってきた立場からコメントをいただく。これらの議論をつうじて,現代史における市民的連帯の可能について再考したい。当日は活発な議論とすべく,多地域・多分野からの積極的な参加をお願いする。(李英美)

[参考文献]
小阪裕城「国際機構に請願する権利——世界人権宣言と個人の主体化をめぐる国連史序説——」『国際政治』193号,2018年9月。
同「国際機構と人権理念——戦後世界秩序を問い直す視座をめぐる予備的考察——」『歴史評論』844号,2020年8月。
李美淑『「日韓連帯運動」の時代——1970~80年代のトランスナショナルな公共圏とメディア——』東京大学出版会,2018年。
同「境界を越える対抗的公共圏とメディア実践——画家・富山妙子の『草の根の新しい芸術運動』を中心に——」大野光明・小杉亮子・松井隆志編『メディアがひらく連動史』新曜社,2021年。
秋林こずえ・宜野座綾乃「コロナ禍から軍事主義を問う——軍事主義を許さない国際女性ネットワーク——」『女性・戦争・人権』19号,行路社,2021年。
吉澤文寿『日韓会談1965——戦後日韓関係の原点を検証する——』高文研,2015年。

特設部会 デジタルネットワーク社会と歴史学の可能性

 委員会から
 歴史を研究する際,どの時代のいかなる分野が対象であっても,専門書や学術雑誌に目を通し史料集を読む。わからない言葉があれば辞書を引く。この際,大体の場合は印刷された書物に頼るのであって,大量の文献や史料に目を通すためには,自宅や研究室の蔵書を充実させるか,図書館に足しげく通う必要がある。活字化された史料(歴史資料)だけで不十分な場合には,文書館や博物館,研究機関などに赴いて史料を実見し調査を行う。こうした場所が遠方にあれば出張しなければならないし,海外にある場合,多額の資金と多くの日数,そして膨大な手間を費やすことになる。書物や史料とそれらを収蔵する施設から成り立つ歴史学の知的基盤は,これまで長年にわたって多くの研究者をささえ続けてきたし,これからもその役割が消えることはないだろう。こうした知的基盤を十分に活用するためには,高等教育機関などで専門的な訓練を受けているほうがより望ましく,誰でも気軽に関わることができるとは言いがたいが,研究者や図書館司書,アーキビスト,学芸員など高度な専門性を身に着けた人々が出版や施設の運営に関わることによって,その質は維持されてきたといえる。
 いっぽうで,近年のインターネットの普及が従来の知的基盤のありかたを大きく変化させつつあることも確かだと思われる。今日では歴史の文献や史料がインターネット上で公開され,多くの研究者がこれらを利用するようになった。インターネットに接続すれば遠隔地の情報も瞬時にして利用することが可能であり,研究者は多くの便宜を受けている。しかし,インターネットの普及によって,歴史学のありかた自体が大きな影響を受けている可能性も想起する必要がある。
 インターネットはアクセス環境さえ整えば,地球上のどこでも利用可能であり,専門的な歴史研究の訓練を受けた人も必ずしもそうでない人も含め,誰もが「受信者」にも「発信者」にもなり得て,多元的なコミュニケーションが可能な状況となっている。インターネットに載る歴史関係の情報は,一次史料の画像から学術論文,地理情報,あるいはくだけた文章に至るまで実に多様であり,論文執筆や学会発表などだけでなく,趣味としての歴史の学びやまちづくりから政治運動,経済活動など,さまざまな実践に用いることができるが,そのなかには厳密な学問的手続きをふまえていないとみられる情報が混在する可能性も大きい。歴史を学ぶための素材や歴史研究の成果が広く人々の間で共有されること自体は歓迎すべきだが,ネット上で流布する情報のどこまでが厳密な学問的手続きを経ていて,どこからが根拠不明のものなのか,見極めることは簡単ではないと思われる。インターネットという「開かれた」世界に直面して,歴史学の知的基盤はいかなる影響を受け,将来をどのように展望すればよいのであろうか。
 このことは,現代社会における歴史学の存在意義そのものにも関わる問題であろう。歴史学研究会大会では2016年度と2017年度の二度にわたって,特設部会で「「社会的要請」と歴史学」に関する報告を行った。そこでは歴史研究の成果を社会で共有し,研究者が市民との間で対話を行おうとする際に生じるさまざまな問題について話題が提供された。こうした問題はインターネットの登場以前からあったと思われるが,インターネットの普及が状況を加速させ,いろいろな質の情報がないまぜになって行き交い,事態をいっそう複雑にしている可能性がある。
 歴史学研究会ではデジタル史料とパブリック・ヒストリーとの関係を問うことが今後の歴史学のありかたを考えるうえで重要であるとの考えに基づき,2021年6月,総合部会例会「デジタル史料とパブリック・ヒストリー——1641年アイルランド反乱被害者による証言録取書(1641 Depositions)——」を開催した。そこでは国家の枠組みを超えて大学の収蔵史料情報を市民が共有することの意義について,充実した議論を行うことができたと思われるが,歴史学の知的基盤とインターネットをめぐる問題は,いろいろな角度から長期的に取り組む必要がある。
 以上をうけて,今年度の特設部会ではテーマ「デジタルネットワーク社会と歴史学の可能性」を設定した。次に紹介する3本の報告を通じて,インターネットの普及が歴史学の知的基盤に与える影響と可能性について考える。
 橋本雄太「歴史資料のオープンデータ化とシチズンサイエンスの可能性」。自然科学領域では,研究データの収集や解析にインターネットを通じた市民参加を導入するシチズンサイエンスが一般化しつつある。こうした前提のもと,歴史学においても同様のオンライン参加ははたして可能なのだろうか。橋本氏には「みんなで翻刻」など市民参加型プラットフォームを運営してきた経験から報告していただく。
 井上聡「研究機関による歴史データベース構築の将来像」。井上氏が所属する東京大学史料編纂所のような研究機関によるデータベースの構築は,もともと機関のミッションに沿ったデータを蓄積し,機関が用意したインターフェイスから利用機会を提供するのが通例であった。しかし,オープンデータが広がりを見せるなかで状況は大きく変貌し今日では研究者・市民が必要なデータを自由に取得して再構築して,独自の解釈や歴史像をそれぞれ発信するという環境が整いつつある。ご自身の経験に基づき,機関データベースに求められる機能・役割とは何かについて考えていただく。
 古谷大輔「知的基盤の変容と歴史実践の在処——Wikipediaの活用から考える——」。古谷氏には,デジタルネットワーク社会において公論を成立させる知的基盤の可能性を問うことを念頭に,過去4半世紀以来の人類による知的営為の変容例としてWikipediaの活用に焦点を当てながら,反証可能性と通約可能性をキーワードにデジタルネットワーク社会に対応した歴史実践の在処について報告していただく。
 今年度のテーマは現代における歴史学の知的基盤のありかた自体に関わる問題の追究を志したものである。ぜひ多くの方々のご参加をお願いしたい。