ハラスメントのない学会を目指して(決意表明)

 歴史学研究会委員会は、2019年度大会において特設部会「歴史学における男女共同参画」を開催しました。この中で、小沢弘明委員長(当時)により本会活動における男性中心の構造、ジェンダーギャップやジェンダーバイアスの存在が検討の俎上にのせられました。翌年度には、委員会内に若手研究者問題ワーキンググループを立ち上げ、2020年度大会特設部会「「生きづらさ」の歴史を問うⅡ―若手研究者問題について考える―」を企画し、実態把握の試みとして、大学院生や若手非正規研究者によって支えられている本会の各時代別・地域別部会の運営委員を対象とした匿名のアンケートを実施しました。その結果、若手研究者が厳しい環境の中で研究活動や学会活動に取り組んでいる様子が改めて確認されるとともに、部会活動の場においてハラスメントを生み出すような構造が現に存在している実状も見えてきました。
 委員会では会の足元で起きているこうした事態が、歴史学界の持続可能性を損ないかねない深刻な問題であると認識し、強い反省のもと、学問空間におけるハラスメントの根絶やジェンダー平等の実現に向けた取り組みが急務であるとの認識に至りました。これまでも人文社会科学系学協会における男女共同参画推進連絡会(GEAHSS)や日本歴史学協会若手研究者問題特別委員会の活動に参加し、昨年は7月15日付で日歴協が発出した「歴史学関係学会ハラスメント防止宣言」にも賛同するなど、女性研究者や若手研究者を取り巻く問題に取り組んできました。
 しかし、それが不十分であったことを率直に認めざるをえません。このたび、ハラスメント防止の取り組みをより具体的なものとするため、ガイドラインの策定や運用体制の構築に着手することを表明します。
 既に大学などの研究教育機関では、ガイドラインの策定や相談窓口の設置、研修会の実施などが当たり前になっています。また、他国ないし他分野においては、学会としてガイドラインや倫理規定を定めることも一般的になりつつあります。こうした状況に鑑みれば、日本の歴史学系学協会における取り組みが遅れていることは明らかです。ガイドラインや規定の策定にあたっては、会員の地位にかかわる事柄であることから、慎重な制度設計や運用が求められます。今後、他学会の取り組みに学び、また、関係団体の協力なども仰ぎながら、作業を進めていきます。
 また、インターネットの普及を背景に、ソーシャルメディア上でのハラスメントやヘイトスピーチも、国内外で社会問題となっています。特定の民族や人種への差別や偏見は、時として歴史修正主義と結び付き、社会の分断を深刻にしています。研究者をめぐっても、他人の研究成果に対する批評や評価が、ソーシャルメディア上で発信されるケースがしばしば見受けられますが、そこには時として揶揄や冷笑が含まれ、ハラスメントの要因となることが懸念されます。本会は昨年9月に刊行した会誌『歴史学研究』1000号で、「進むデジタル化と問われる歴史学」と題する特集を組み、ソーシャルメディアの問題も取り上げました。今後はインターネット空間における研究者による発信や議論のあり方についても、改めて学界全体で考えていく必要があると考えています。
 ハラスメントや差別が生まれる背景には、他者、とりわけ社会的弱者や少数者への想像力の欠如があります。しかし、戦後における歴史学の歩みを振り返る時、社会的弱者や少数者への眼差しこそが、豊かな学問的成果を生み出し、新たな歴史像を切り開いてきたと考えます。そして、歴史像のたゆまぬ更新こそが、複雑化する現代社会に必要な学知をもたらすとの確信の上に立ちます。
 本会は戦後の再建に際して制定した綱領に「われわれは、国家的な、民族的な、そのほかすべての古い偏見をうち破り、民主主義的な・世界史的な立場を主張する」と明記しました。今、この一文を改めて胸に刻み、学問的立場から、ハラスメントの根絶やダイバーシティの推進に向けた取り組みに一層邁進することを誓います。

2021年4月23日
歴史学研究会委員会