農業集落調査の継続を求める要望書

2022(令和4)年10月7日

農林水産大臣 野村 哲郎 殿
2025年農林業センサス研究会 委員 各位

歴史学研究会           
委員長 加藤 陽子(東京大学教授)

農業集落調査の継続を求める要望書

 2022年7月28日に行われた第1回2025年農林業センサス研究会において、農林水産省は2025年農林業センサスの見直し方針を示しました。そのなかで、農山村地域調査のうち農業集落調査(以下、集落調査)について、廃止する方向性が打ち出されました。複数の委員からこの方向性について再検討を求める意見が出ましたが、9月22日に開催された第2回研究会においても、この方向性が改めて示されています。
 弊会は歴史学の全国学会として、歴史研究・歴史教育の立場から、以下の理由により、この廃止の方向性を撤回し、集落調査を今後も継続していただくことを要望いたします。

 集落調査は1955年にはじまり、5年ごとに行われてきました。全国すべての集落について調査を行い蓄積されてきたデータは、農山村集落の現状や変化を理解する上で非常に重要な統計であり、関連する政策を立案する際の基礎資料ともなるものです。
 歴史学を研究する立場から言えば、集落調査で得られたデータの分析を通じて、戦後における集落の動向を継続的に追えることから、現代史研究において重要な研究資料となっています。その意義は現代史の研究にとどまりません。明治時代に政府が編纂し近世の村の状況を知ることができる、『旧高旧領取調帳』、さらには、平安時代に編纂され古代の郷の名称を約4千件記載する『和名類聚抄』(4千件のうち2千件弱が現在の大字に比定可能)などと対照することによって、千年以上という世界的に見ても稀有な長期的スパンで、日本列島内に存在した集落の歴史を描き出すことができます。こうした研究を通じて、日本の各地域において、数多くの自然災害や社会的変動を乗り越えて、人びとが暮らしを営んできた姿を明らかにすることができるのです。
 これまでに歴史学の研究は、各地における自治体史の編纂などを通じて、日本列島に存在する農山村集落が、多様な特徴をもっていることを明らかにしてきました。そして、その成果を学ぶことで、住民は自らの住む集落や地域の来歴を知り、アイデンティティを形成することができました。未来の地域づくりを担う子どもたちも、小中学校教育で重視されている地域学習・郷土学習の中で、こうした成果に触れることができました。
 しかし、集落調査を中止し、地域の歴史を考える機会が失われることになれば、地域住民のアイデンティティや地域づくりへの意欲を減退させ、ひいては、集落を衰退させることにもつながりかねません。そして、人びとの郷土への愛着や生活に根差した記憶の喪失が、農山村を衰退させるだけでなく、都市部を含めた日本社会全体の歴史意識に深刻な危機と混乱をもたらすことを危惧します。
 明治時代以降たびたび町村合併が繰り返されてきたことや、高度経済成長期以降農山村を取り巻く環境が大きく変化してきたことで、江戸時代以前からの長い間、人びとの生活の基礎的な単位であった集落の実態を把握することが難しくなってきています。このような状況で集落調査が廃止されることになれば、現在と過去とを対比する貴重なデータを喪失することになり、将来における歴史的な検証に多大な困難を引き起こすことになります。データの性格上、継続的な調査がなされなければ、記録の保持・復旧は著しく困難になります。一度失われたものはもう取り返すことができないのです。
 過疎化・高齢化による集落の機能低下や消滅、あるいは地域における災害への備えや対応といった、現在の農山村が抱える諸課題に対して、歴史学は千年以上にわたる集落の消長に関するデータの分析に基づきながら、長期的な視野からさまざまな提言をおこなうことができます。しかし、調査の廃止と記録の喪失は、歴史学におけるこうした長期的な視野からの社会貢献を不可能なものにしてしまいます。
 言うまでもなく、この廃止により影響を受ける学問領域は、歴史学だけにとどまるものではありません。農山村を研究対象とする人文科学・社会科学・自然科学のさまざまな領域に、多大な損失をもたらします。こうした多様な学問研究の知見に損失を与えることは、適切な政策立案にも負の影響を及ぼし、ひいては国民生活に対する不利益へとつながります。

 以上のことから、集落調査を廃止する方向性を撤回し、調査の変わらぬ継続を要望します。

声明 安倍晋三元首相の「国葬」に反対する

 2022年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃により殺害された。いかなる動機があるにせよ、殺人は許されるものではない。選挙期間中に街頭で演説する政治家が暴力の対象とされた状況は社会的にも深刻であり、このような犯行を強く非難する。
 一方、この事件の6日後、岸田文雄首相は安倍元首相の「国葬」を行うと発表し、来る9月27日に実施が予定されている。しかし、歴史学研究会委員会は、歴史学・歴史教育の立場から以下のような点を深く憂慮し、これに反対する。
 1926年に制定された国葬令が、1947年に日本国憲法が施行されたことを受けて失効したことで、国葬を実施する法的根拠はなくなっている。その後、今日までに唯一実施された1967年の吉田茂元首相の国葬は、佐藤栄作内閣の閣議決定により実施が決められたが、当時から、法的根拠がないことや、新憲法下で国権の最高機関とされた国会の決議・参画がなされなかったことが政府・与党内でも問題となっていた。自民党は事前に野党各党に説明を行い、野党第一党の社会党もこれを先例としないことを申し入れた上で実施を容認した。
 吉田元首相の国葬を実施した佐藤元首相が1975年に亡くなると、その葬儀は政府・自民党・国民有志による「国民葬」とされた。当初は国葬の実施が目指されたものの、国民葬となったのは、法的根拠がなく、三権分立を定めた新憲法下では三権の長が協議し了解することが必要だとの内閣法制局の見解が政府・与党内でも留意されたからであり、吉田元首相の国葬を先例としないとの社会党の申し入れなども考慮されたからである。これによって、費用も政府と自民党の折半となり、国庫からの支出は全体の半額程度となった。1980年の大平正芳元首相の葬儀は内閣・自民党合同葬となり、以後この形式が通例となっている。「国民葬」から「国民有志」が除かれ合同葬となった背景には、佐藤元首相の葬儀に際して、「国民」という言葉の使用に対する慎重な意見が見られたことなどがある。
 今回、法的根拠や国葬対象者の選定基準があいまいなまま、三権の長の合意や国会での決議、政党間の協議などを経ることなく内閣の閣議決定のみで実施を決め、巨額の費用を、国会審議を必要としない予備費から全額支出することは、過去の歴史的経緯を無視し、主権在民と議会制民主主義のもとでの民主的な意思決定プロセスを軽んじていると言わざるを得ない。
 そもそも、社会の中には多様な意見や立場があるにもかかわらず、権力者が限られた特定の人物をたたえたり、その人物の様々な事績のうち特定の功績のみを取り上げて称賛したりすることは、国家として好ましい人物像や好ましい価値観を人々に押し付ける危険性をはらんでいる。特定の意見や立場に対して権力者が言わばお墨付きを与えることは、人々の取るべき態度を方向付け、異なる意見や立場を表明することをためらわせることにつながりかねない。言論の自由や表現の自由に対する抑圧が危惧される。そして、特定の人物の死に対して国として弔意を表明し、さらには国民一人ひとりに対しても弔意の表明を求めたり期待したりすることは、内心の自由に対する著しい侵害と言わざるをえない。
 日本では明治時代に入ると、国葬令が制定される以前から、たびたび国葬が実施されてきた。その対象となったのは明治天皇をはじめとした皇族、明治維新を主導した薩摩藩・長州藩の旧藩主、一部の首相経験者など維新の功労者であり、これに、大山巌・東郷平八郎・山本五十六といった著名な軍人や、併合した旧大韓帝国の皇帝も加えられた。近代日本における国葬が、明治維新を美化し、天皇制のもとに国民の統合を推し進めるとともに、国家の伸長に軍の果たした役割を深く印象づけ、植民地支配の正当化をも図る、極めて政治的なものであったことを示唆している。
 国葬令廃止後に行われた戦後唯一の国葬である吉田元首相の国葬が、佐藤栄作内閣により法的根拠がないままに強行された1967年とは、明治維新を賛美する明治百年祭を翌年に控え、その準備と並行していた時期でもある。そして2018年には、安倍内閣のもとで明治150年記念式典が催されたが、安倍元首相は式辞において明治維新とその後の近代化を称賛する一方で、侵略戦争や植民地支配などの歴史には触れず、かえって現在の「国難」を強調したことは記憶に新しい。
 安倍元首相は首相在任中に、教育基本法の改正や特定秘密保護法の制定、「共謀罪」の新設などを国会で強行採決したほか、集団的自衛権行使容認のための憲法解釈変更や武器輸出三原則の見直しを閣議決定した。かかる一連の政策は、戦後の民主主義や平和主義の根幹を揺るがすものであり、その復古的な性格や強権的な手法も含めて、世論における評価は大きく分かれている。岸田首相は、安倍元首相の国葬を行う理由として、リーダーシップや日米同盟を基軸とした外交などの「実績」を挙げるが、一面的な評価に過ぎないことは明らかである。それでも、政府が国葬を行うことで、こうした評価が人々の認識を規定してしまうことが懸念される。評価が定まっていないタイミングでの国葬実施は時期尚早との批判は既に見られるが、しかし、未来においても歴史的な評価は決して一定するものではない。歴史上のあらゆる出来事は、将来にわたり、時々の権力者によって恣意的に持ち出され、政治的に利用される可能性を常にはらんでおり、政治家の死も例外でない。時期の問題ではなく、政府が特定の政治家の実績を一面的に評価すること自体の問題性に注意したい。
 今回、岸田首相が国葬実施を早々に決断した背景には、安倍元首相と関係が深い自民党内の保守派からの要求があり、政権の安定を目指す首相がこれに配慮したともされる。その決断自体が政治的な思惑によるものと言わざるを得ないが、さらに言えば、安倍元首相の国葬を行う発想そのものが、明治維新以来の日本近代の限られた一面を取り上げて讃美する歴史観と通底していることも忘れてはならないだろう。
 選定基準があるかないか、タイミングが早いか遅いか、費用が多いか少ないかに関わらず、時の政府による特定個人に対する顕彰や栄典が、政治的な意図・思惑と決して切り離すことができないことを改めて認識した上で、国葬の実施に反対を表明する。
 なお、今回、国葬としたにもかかわらず、世論の批判を受けて、政府は省庁や都道府県に対して弔意表明を求めることはせず、国民に対しても弔意表明を強制することはしないとしている。しかし、先だって7月11日に行われた安倍元首相の葬儀では、プライベートな家族葬であるにもかかわらず、各省庁で半旗が掲揚され、陸上自衛隊の儀仗隊が参列した。さらには、政府から通知が出たわけでもないのに、各地の自治体では教育委員会を通じて公立学校にまで半旗の掲揚が求められた。特定の政党、特定の政治家に限った対応であるとすれば、自衛隊員や学校教育現場の政治的中立性を脅かす深刻な事態であり、強く抗議する。そして、政府や自治体に対し、国葬の実施にあたって、教育現場はもとより人々に弔意の表明が事実上強制されることがないよう、改めて求めるものである。

2022年9月25日    歴史学研究会委員会

緊急声明 ロシアによるウクライナ侵攻を断固非難する

 2月24日、ロシアのプーチン政権はウクライナへの軍事侵攻を開始した。軍事力に訴えて他国の主権を侵害することは、世界の安定と秩序を根底から揺るがし、平和と安全を希求する全ての人々の想いを踏みにじる暴挙である。市街地への爆撃により民間人にも多数の死傷者が出るなど、既に重大な人権侵害が発生しているが、それにとどまらず、核兵器の使用も示唆されている。ここに断固非難する。
 特に歴史学・歴史教育に携わる者として、学校や大学、博物館など、教育研究機関ないし文化施設にまで被害が及んでいることは、到底受け入れられるものではない。史料の散逸や文化財の破壊が深刻化することを深く憂慮する。また、軍事侵攻を正当化するために、第二次世界大戦に関わる表象を念頭に置いた歴史の悪用ともいえるプロパガンダがおこなわれていることにも、強い懸念を抱かざるを得ない。今後、研究者や留学生のロシアとの往来が途絶したり、国際的な学術交流・文化交流が断絶したりすることがないかも、注視していく必要があろう。
 反戦の声をあげるウクライナ、ロシア、さらには世界中のあらゆる人々と連帯し、ロシア軍が即時に、無条件に、完全にウクライナから撤退することを要求する。そして、全ての関係国に対して、平和的手段による解決に徹することを切望する。

2022年 3月 7日             歴史学研究会委員会