内閣府特命担当大臣決定「日本学術会議の法人化に向けて」(二〇二三年一二月二二日)の撤回を求め、日本学術会議の法人化に強く反対する声明

会員任命拒否問題から法人化方針提起に至る経緯

 二〇二〇年一〇月、当時の菅首相は、一名の歴史学研究者を含む六名の日本学術会議会員の任命を拒否した。以来政府は、任命拒否の理由を一切明らかにすることなく、日本学術会議の会員選考や組織の在り方の問題に論点をすり替え、ナショナル・アカデミーとして純粋に「学問の自由」の観点のもとに、研究者の主体性を尊重して設置・運営されるべき日本学術会議のあり方を根本から覆そうとしてきた。
 昨年四月に内閣府は、「日本学術会議法の一部を改正する法律案(検討中)」を提示し、政府や産業界の意向に沿った会員選考が可能になる仕組みの導入を図ったが、日本学術会議の勧告を受けていったんは撤回した。しかし、その後八月に、内閣府特命担当大臣の決定により、「日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会」(以下、懇談会)なる組織が作られ、そこでの議論の結果、一二月二一日、「中間報告」が発出され、会員選考に当たって「選考に係るルールの策定や方針の検討に外部の目を入れる」ことや、「国とは別の組織になる方が活動・運営の自由度が高まることは間違い」ない等の観点から日本学術会議を法人化して(以下、「法人化」)国の組織から切り離すことが提言された。さらに翌一二月二二日には、内閣府特命大臣決定により「日本学術会議の法人化に向けて」が発出され、ついに「日本学術会議を国から独立した法人格を有する組織」とすることが政府の方針として言明されるに至った。こうした政府の動向の背景には、日本国憲法に定められた「学問の自由」のもと、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし」(日本学術会議法前文)て設立された日本学術会議を、政府や産業界の意向に従属させようとする明白な狙いがある。

現行の日本学術会議の法的位置づけと設立以来の活動

 日本学術会議は、確かに内閣総理大臣が所轄する国の機関ではあるが、日本学術会議法第五条によって、科学の振興および技術の発達など、六項目に及ぶ事項について政府への勧告が認められている。この点から明らかなように、日本学術会議は、国の機関ではあるが政府から独立した特別な位置づけを与えられていることは明白である。しかしながら、「法人化」後の日本学術会議は、独立行政法人通則法のもとにおかれることが予想されるが、そうなれば現在の日本学術会議法第五条に規定される政府への勧告権が剥奪されることも懸念される。「法人化」の狙いの中には、国の機関でありながら独立して政府に勧告する機能を有する現在の日本学術会議を、単なる政府の「企画立案機能」の下請け機関とすることが看取される。
 また、日本学術会議は、その設立以来、二五〇を超える政府に対する勧告を行ってきた他、数多くの学術的な「提言」を行い「見解」を示すなど、学術政策に関わって有意義な活動を行ってきたことは高く評価されるべきである。むしろ、歴代の政府が、これらの勧告等の多くを黙殺してきたことこそ問題とされるべきであろう。ちなみに、現在の日本における歴史研究の基盤的機関の一つである国立公文書館は、一九五九年になされた日本学術会議の内閣総理大臣に対する勧告に基づいて設置されたものであるし、さらに一九八〇年になされた勧告「文書館法の制定について」はその後、一九八七年の公文書館法や一九九九年の国立公文書館法の制定につながっていることから、日本学術会議の先見的な勧告の意義は明らかである。政府は「法人化」ではなく、積極的に日本学術会議に諮問を行い、また、その勧告・提言・見解を学術政策に摂取する努力を行うべきである。
 この間、日本学術会議は、自らの組織としての在り方を前向きに検討し、二〇二一年四月に「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」を発出している。この中で、自由で民主的な国家に共通してみられるナショナル・アカデミーの不可欠な要件として、①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性、の五点が挙げられている。もし、日本が、「自由」で「民主」的な国家なのであれば、これからの日本学術会議に必要な施策は、この五点を政府としてしっかり擁護していくことであり、それは現行の日本学術会議法の遵守であることは言を俟たない。ナショナル・アカデミーを事実上政府の隸属下に置こうとする「法人化」は、「自由」でも「民主」的でもない国家への転落を日本にもたらすことへと直結させることとなろう。

「法人化」の狙いと予想される未来

 今回の「日本学術会議の法人化に向けて」に示された、会員選考や組織構成のあり方は、二〇〇四年に導入された国立大学法人の学長選考や組織の在り方を彷彿とさせるものがある。法人化された国立大学が、事実上「学問の自由」や「大学の自治」を喪失し、さらには、日本を代表する大規模国立総合大学の多くが、「指定国立大学法人」や「国際卓越研究大学」の指定のため、事実上政府や産業界の意向を受け入れる体制作りに狂奔したことを忘れてはならない。
 また「法人化」に潜む問題点の一つに財政がある。「日本学術会議の法人化に向けて」においては、「法人化」後の日本学術会議に対して、「必要な財政的支援」を行い、「外部資金獲得の支援に必要な措置も検討」するとはしている。しかしこれも、十分な財政措置が採られないまま運営費交付金の交付額を大きく減少させられて多くの国立大学が財政的な苦境に陥り、その結果、政府・財界等の要望に沿う財政誘導を伴う政策への「隸従」を強いられている現状を見れば、日本学術会議の場合であっても、不十分な「支援」や「措置」を介して、結果的に財政誘導による政府・財界等への従属を招くことは必須である。
 以上、今回提起された日本学術会議の「法人化」の目的が、外部から会員選考のあり方に介入して政府・財界等の意向に沿う会員選考への道を開き、「政府等からの独立性を徹底的に担保する」との美名のもとでの「法人化」によってその財政基盤を不安定化させ、財政誘導を介して日本学術会議の在り方を政府・財界等の意向に従属させようとすることにあるのは明白である。かつて国家権力によって学問が戦争に奉仕させられた苦い経験を有する歴史学研究者・歴史教育者から組織される日本歴史学協会は、懇談会や内閣府が進めようとする、こうした日本学術会議の「法人化」の方針に強い反対の意を表するものである。日本学術会議は、先に述べた「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」を提起して自らの組織の在り方に対しての深化した自省・検討を行ってきているほか、創立以来、学術上の様々な課題に対する多くの有意義な「勧告」「提言」「見解」を発出するなど、ナショナル・アカデミーとして期待される充分な役割を果たしてきている。性急な会員選考の在り方や組織形態の変更は、日本の学術体制の根幹に遠い将来にまで亙る大きな禍根を残すものと言わざるを得ない。現行の日本学術会議法は、堅持されるべきである。内閣府は、日本の学術体制の在り方を根本から毀損しかねない「日本学術会議の法人化に向けて」を即座に撤回すべきである。

 二〇二四年四月一五日

日本歴史学協会
秋田近代史研究会
大阪歴史科学協議会
大阪歴史学会
京都民科歴史部会
高大連携歴史教育研究会
交通史学会
駒沢史学会
ジェンター史学会理事会
信濃史学会
首都圏形成史研究会
駿台史学会
戦国史研究会
専修大学歴史学会
地方史研究協議会
中国四国歴史学地理学協会
朝鮮史研究会幹事会
東海大学史学会
東北史学会
内陸アジア史学会
奈良歴史研究会
日本アメリカ史学会運営委員会
日本史研究会
日本史攷究会理事会・委員会
日本風俗史学会
白山史学会
福島大学史学会常任委員会
法政大学史学会
歴史科学協議会理事会・全国委員会
歴史学研究会
歴史学会
歴史教育者協議会
(賛同団体、二〇二四年四月五日現在)