歴研シンポジウム

2020年

歴研シンポジウム開催のお知らせ「皇位継承再論―女帝・女系の可能性と皇太子―」
歴研シンポジウム・オンライン開催のお知らせ:会員限定


 2020926日(土)に早稲田大学で開催を予定しておりました歴研シンポジウム「皇位継承再論:女帝・女系の可能性と皇太子」は、会場校の都合および新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、先日の総合部会例会と同様、オンラインにて開催することに致しました。
 本シンポジウムの登壇者のみなさま、来場予定であったみなさまには、昨今のコロナ禍にかかわるやむなき対応として、なにとぞご了解いただけますようよろしくお願い致します。
 ふるってご参加ください。

日時:2020926日(土)1330分~17
報告:仁藤敦史
 「万世一系」論と女帝・皇太子皇統意識の転換を中心に
  コメント:佐伯智広、村和明、長志珠絵

■主旨説明:中澤達哉
司会:岩本健寿、井上正望

参加費:無料

 参加申し込みをご希望の方は、下記URLをクリックし、必要事項をご記入のうえご登録ください。
 https://forms.gle/pu8TirfZDVJaww2m6
(ご登録が完了すると、折り返し、申し込み受付完了のメールが届きます。稀に、申し込み受付完了のメールが、迷惑メールに振り分けられて届くことがございます。ご注意ください。)
 上記URLからの申し込み締切は、919日(土)です。会務運営上、お早めに登録を完了してくださいますと幸いです。
 本シンポにご参加いただく際の報告資料等の配布物につきましては、919日の申し込み締切以後に、ZoomウェビナーURLとあわせて送信いたします
 なお、719日開催の総合部会例会と同様、今回の歴研シンポも、コロナ禍という非常事態に対応したオンライン開催であり、これに伴うZoomのセキュリティ上の不安定さも勘案し、参加者を原則として会員の皆様に限らせていただくことにしました。
 ただし、非会員の方で参加を希望される方については、会員の推薦があれば参加することができます
 その他、歴研シンポに関するお問い合わせにつきましては、rekiken2020rekikensympo@gmail.com までご連絡ください。
 皆様のご参加をお待ちしております
(歴研事務局メールアドレスでは受付できませんので、ご注意下さい)。

歴史学研究会委員会
(主旨文)


 歴史学研究会は、2018年4月に総合部会例会「天皇の身体と皇位継承―歴史から考える」を開催し、2019年年2月にはその成果として『天皇はいかに受け継がれたか―天皇の身体と皇位継承』(績文堂出版)を刊行した。この間、私たちは、その時々の政治権力によって天皇の存在がいかに位置づけられ、その継承の方式はいかに変化したのか、また、天皇の側にあっては、政治や社会の変化にいかに対応したのかについて、通史的・世界史的観点から考察を行ってきた。しかし、同著刊行後も委員会内では、その問題点を洗い出し、その先を展望するような議論が続けられていた。このような内省を経た結果、いまだ分析が不十分であると認識されたのは、以下の二点であった。
 第一に、継承の仕組みを支えた政治観念やイデオロギー、儀礼とその背後にある宗教・思想について十分に検証しきれていないという問題であった。この反省をもとに私たちは、すでに2019年4月に、歴研シンポジウム「天皇と皇位継承のコスモロジー」を開催した。ここで、近代の即位儀礼にはときの権力による統治の正統性の確立方法がナショナリズムの力を借りて集約的に現れること、儀礼の些細な変化から統治権力の意図、ときには権力の重層性や可塑性をもみいだしうることが確認された。これによって、皇位継承や「天皇の身体」のベクトルと、「明治一五〇年」として描かれる明治へのノスタルジーとが実は相反しているという矛盾を突くことができた。つまり、昭和から平成への代替わり時とは異なる、皇位継承をめぐる権力の実態に肉薄することができたのである。
 これに対して、現時点においていまだ解決されずに残されている問題がある。これが第二の課題、すなわち、皇位継承に内在する本質的問い―女帝・女系論である。秋篠宮文仁が皇嗣となったことを国の内外に宣明する儀式、立皇嗣の礼(当分延期の予定)を機に、女帝・女系に関する本格的な議論が始まるであろう。よって、この立皇嗣の礼を前に、女帝・女系を歴史学的に検証し議論しておくことには、大きな意味があると思われる。1330年に花園上皇が時の皇太子に宛てて書いた『誡太子書』にみえるように、前近代日本の皇位継承における「万世一系」が決して自明のことではなかったことと併せ、これまでの歴史学研究会の活動を踏まえるならば、女帝・女系の分析軸となるのは、君主制とジェンダーという観点、あるいは、世界史上の選挙制と対置される世襲制の一変種という視点であろう。それゆえに、女帝・女系論は皇太子論を抜きにして語ることはできない。こうした視点をもつことによって、近年の新自由主義による政治・文化権力の世界的再編過程に、この問題を接続することが可能となろう。
 以上の問題意識のもと、私たち歴史学研究会委員会は、古代史から近現代史を俯瞰する問題提起的な報告を仁藤敦史氏にお願いした。日本古代史研究の現状と課題をふまえる仁藤報告「「万世一系」論と女帝・皇太子―皇統意識の転換を中心に」に対して、中世史から佐伯智広、近世史から村和明、近現代史から長志珠絵の三氏がコメントする。これによって、日本史における女帝・女系の論点が社会に向けてわかりやすく解題されるであろう。以上の知的営為を通じて、本シンポジウムが女性君主・女系君主に関する日本史にとどまらない世界史的な議論の場となれば幸いである。(歴史学研究会委員会)


日韓の歴史葛藤をほどく
─「徴用工」問題から考える─


日時:2020年1月12日(日)13時30分~18時
場所:早稲田大学戸山キャンパス36号館3階382教室
https://www.waseda.jp/flas/cms/assets/uploads/2019/09/20181220_toyama_campus_map.pdf
主催:歴史学研究会 共催:朝鮮史研究会

報告者:
太田修「韓国大法院判決と再現する暴力について」
庵逧由香「朝鮮人強制動員の実態と「徴用工判決」」
金廣烈「韓国における強制動員真相糾明活動の経緯と意義」
コメント 外村大

参加費:500円(事前申し込み不要)

(開催主旨)
 2018年10月、韓国大法院は新日鐵住金に対し、戦時期徴用工に対する賠償を命ずる判決を下した。日本政府は、1965年の「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(日韓請求権協定)により解決済みであるとの姿勢を崩さず、今日に至る。この判決を機に、日本と韓国双方の社会において戦時期朝鮮人強制動員問題に対する注目度が高まったが、それは必ずしもその歴史に対する理解を深めるところまではつながっていないのが現状である。日本では、日本政府の公式見解を無批判に受け入れ、韓国政府(ひいては韓国人)を非難する言動がメディアを通して流布されている。そこには戦時期強制動員の歴史的実態や、日韓請求権協定締結に至るまでのプロセスないし背景に対する理解は見られない。一方、韓国でも、そのような日本の歴史修正主義の動きと呼応するかのように、「ニューライト」と呼ばれる知識人たちを中心に戦時期強制動員の差別性、暴力性を否定する歴史解釈が提示されるなど、歴史解釈の葛藤を生じている。
 徴用工訴訟の判決以後は、さらに外交・通商上の葛藤までも引き起こされた。しばしば歴史解釈の問題はそこに動員されつつ、相互不信を増長する材料としてさえ機能してしまっている。現在、日本においては、極めて深刻なことに、多くのメディアが、「反韓/嫌韓/断韓」をうたい、一般社会における排外主義的風潮を増長する事態が起きている。一方、韓国においても、日本(政府)に対する不信感がメディアを通して展開され、人々に浸透していきつつある。これらすべての原因を徴用工訴訟問題のみに帰することはできないが、近現代史の理解ないし解釈をめぐる問題が一原因であることは言うまでもない。われわれ歴史家が大きく危惧するのは、「記憶の政治化」が進むにつれ、戦時期強制動員がどのようなものであったのか、そして、日韓国交正常化交渉でこの問題がいかに議論され、今日の日韓両政府(あるいは司法)での解釈につながっているのかについて検討する機会が失われることである。
 戦時期強制動員の歴史を問うことが、植民地支配責任を問う重要な作業の一環であることは、われわれ歴史家も強く認識し、かつ主張してきたところである。そして、いま必要なのは、その問題意識を受けて、現今の歴史葛藤の背景を、正確な事実認識に基づいて理解し、ほどいていくことであろう。
 そこで、このたび日韓双方の専門家を招き、戦時期強制動員および日韓請求権問題にかかわる一連の歴史研究の成果の到達点を確認し、それらを広く共有する場を設けるべく、シンポジウムを開催することとした。
 報告は、太田修、庵逧由香、金廣烈の三氏にお願いした。太田報告は、大法院判決の歴史的意義と日韓両政府の対応について整理・分析する。庵逧報告は、強制動員政策の展開過程を概観したあと、徴用工訴訟の原告である強制動員被害者の体験を掘り起こす。金報告は、日本ではあまりよく知られていない、2000年代以降韓国で行われてきた強制動員真相糾明活動の経緯と意義について整理する。そして、この三報告を受け、朝鮮人強制動員政策研究の専門家である外村大氏の総論的コメントを得た後、総合討論をおこなう。ともに深く考える場としたい。
(歴史学研究会委員会)

2019年

天皇と皇位継承のコスモロジー
―『創られた明治、創られる明治』と『天皇はいかに受け継がれたか』から考える―


日時:2019年4月13日(土)13:30~17:30 
場所:明治大学リバティタワー1階1011教室

報告者:
仁藤敦史 古代国家と譲位制の成立-「平成の代替わり」を古代史から考える-
加藤陽子 近代国家と天皇制-軍と宮中、二つの例外領域から考える-

参加費:500円(事前申込み不要)

(開催主旨)
 歴史学研究会は、2018年12月に『創られた明治、創られる明治―「明治150年」が問いかけるもの』(岩波書店)を刊行し、2019年2月には『天皇はいかに受け継がれたか―天皇の身体と皇位継承』(績文堂出版)を発行した。前者は、「明治百年」と「明治150年」の歴史状況の相違を意識しながら、権力によって「明治」イメージが創られ、利用される文脈と構造を、近現代ナショナリズムと新自由主義の位相において検証した。後者は、歴史上、その時々の政治権力によって天皇の存在がいかに位置づけられ、その継承の方式はいかに変化したのか、また、天皇の側にあっては、政治や社会の変化にいかに対応したのかについて、通史的・世界史的観点から考察を加えた。
 それぞれに個性的な内容に富む二冊の本を総合的に俯瞰するとき、その先にいったいなにが見えてくるだろうか。2016年の夏に突如、天皇が譲位の意思を表明したことから、2017年には皇位継承に関する出版企画がもちあがった。こうして、それ以前から検討されていた明治150年の出版企画と、期せずして時期が重なることになったのである。両企画が別個に、なおかつ、同時並行的に開始されることになった所以である。しかし、本来、明治150年問題と天皇譲位問題とは結びつけて考察される必要があった。実際に、明治論集は新たに創出された天皇制の制度史的考察が抜け落ちている点、天皇論集には、継承の仕組みを支えた政治観念やイデオロギー、儀礼とその背後にある宗教・思想などについて十分に検証しきれていない憾みがあった。
 そこで、私たち歴史学研究会委員会は、これら二冊の不十分を補い、さらにその向こうに広がる歴史認識を展望すべく、歴研シンポ「天皇と皇位継承のコスモロジー―『創られた明治、創られる明治』と『天皇はいかに受け継がれたか』から考える―」を企画した。両者を架橋する際に導きの糸となるのが、明治改元や皇位継承に深くかかわる即位の儀礼である。洋の東西を問わず、とりわけ近代の即位儀礼にはときの権力による統治の正統性の確立方法がナショナリズムの力を借りて集約的に現れる。儀礼の些細な変化から統治権力の意図、ときには権力の重層性や可塑性をもみいだしうるのである。これによって、皇位継承や天皇の身体のベクトルと、「明治150年」として描く明治へのノスタルジーが、実は相反しているという矛盾を突くことができるだろう。なお、コスモロジーという語を使用したのは、儀礼・宗教・哲学・表象も含めて総合的に対象を把握するための手だてとしてである。一つの世襲王政の形である天皇制を超歴史的存在として固定化して考えたり、まして天皇制を称揚したりするためのものでない。
 そのような前提をふまえ、独自の視点からこれら二冊を架橋するのが、以下の二報告である。仁藤敦史報告「古代国家と譲位制の成立-「平成の代替わり」を古代史から考える」は、明治に形成された近代国家としての日本が、新たに創出した天皇にまつわる制度や儀礼につき、古代史から無媒介に援用し遡及させようとした試みを、古代史の立場から批判的に論ずる。加藤陽子報告「近代国家と天皇制―軍と宮中、二つの例外領域から考える」は、天皇論集の責任編集に携わった立場から、同著内の個々の論文の関係性を検証しつつ、これを明治論集と架橋することによって、仁藤報告との認識論的かつ方法論的対話を試みる。これらの二報告に対する執筆者の応答を経て、総合討論を行う。以上の知的営為によって、天皇と皇位継承に関する新たな論点の深化と分析方法の進展をはかるだけでなく、今秋の大嘗祭を総合的かつ批判的に検証するための第一歩を踏み出すことができるであろう。


2017年

現代歴史学の新たな地平を求めて ―『第4次 成果と課題』再考―



日時:2017年12月2日(土)13:00~17:30(開場12:30)
会場:早稲田大学戸山キャンパス 36号館681教室
https://www.waseda.jp/top/access/toyama-campus
報告者
大門正克 現代歴史学を串刺しにする
 -『第4次 成果と課題』の構想と発刊をふまえて-
松原宏之 文化からたどりなおす現代歴史学
 -ジェンダー、身分、政治経済-
若尾政希 いまなぜ歴史実践か
コメント 加藤陽子、仲松優子、浅田進史

資料代 500円(事前申込不要)

(開催主旨)
 2017年5月、歴史学研究会は『第4次 現代歴史学の成果と課題』を刊行した。15年ぶりとなる『成果と課題』は、以下の全3巻から構成される。第1巻「新自由主義時代の歴史学」は、この15年間の歴史認識の変化を集約し、歴史学の方法的可能性を展望するだけでなく、その課題と隘路をも示したことに特徴があるだろう。第2巻「世界史像の再構成」は、1990年代以来、日本の歴史学界を席巻してきた構築主義を克服しつつ、その最良の遺産を継承しながら新たな動態的歴史像を模索した。第3巻「歴史実践の現在」は、史料・方法・叙述のほか、研究・教育を含む一連の社会的営為を「歴史実践」と考え、いまなぜ歴史実践が必要なのかを問いつづけた。
 さて、それぞれに個性的な3巻を総合的に鳥瞰するとき、その先にいったいなにが見えてくるのだろうか。私たち歴史学研究会委員会は、これら3巻の向こうに広がる地平を展望すべく、歴史学研究会シンポジウム「現代歴史学の新たな地平を求めて―『第4次 成果と課題』再考―」を企画した。このとき、導きの糸となるのは、独自の視点から3巻を貫通して把握しようとする以下の三報告である。大門正克は、『成果と課題』編集委員の立場から、3巻を串刺しにする総括的な報告を行う。松原宏之は、第1巻の自著「カルチュラル・ターン以後の歴史学と叙述」のなかで触れることができなかった対象、たとえばジェンダーについてどうみるかを皮切りに、認識論的かつ方法論的議論をさらに拡張していく。最後に、若尾政希は「いまなぜ歴史実践なのか」という問いを軸に、第1巻・第2巻で表明されつつある歴史学の新たな展開と第3巻の歴史実践論とがいったいどのようにかかわり、どう異なるのか、そして、どのように結びつくのかを論じる。
 これらの三報告に対して、全3巻を踏まえた近現代史研究の視点から加藤陽子、近世国制・身分・ジェンダーの観点から仲松優子、若手研究者問題にも取り組む浅田進史の三氏にコメントをいただく。これによって、歴史認識・歴史叙述・世界史像・歴史実践を総合的に論じる「歴史学の場」をつくることができるだろう。

2014年

歴史学の課題としての戦後日本/平和主義
―集団的自衛権問題を見すえて― 


日 時:2014年12月13日(土) 13時30分~17時30分
会 場:慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎527教室

http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
※西校舎は上記サイトの「キャンパスマップ」中、12番の建物

報 告
 油井大三郎 世界史に逆行する集団的自衛権論の陥穽
 鳥山  淳   自治と復興をめぐり揺れ動く、占領下沖縄の「平和」
 村井章介   境界の蘇生を求めて-日本前近代史から-
 資料代:500円(事前申し込み不要)

開催主旨
 2014年7月1日、第二次安倍政権により、集団的自衛権を容認する閣議決定が強行された。当会委員会としてはこれに先立つ5月24 日に、声明「憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認に反対する」を発表し、反対の意思を表明した。同声明では、集団的自衛権の行使は国際法上の戦争事態 にあたり、軍隊として交戦活動をおこなうに他ならないこと、〝戦争ができる国づくり〟の一環としてこれをとらえる必要があること、解釈改憲をめぐる安倍政 権の手法は、強引かつ恣意的である点でかつてない危うさがあることなどを指摘した。こうした安倍政権の策動は、日本国憲法の根幹である平和主義に対する挑 戦であり、また、立憲主義の原則を否定するものに他ならない。本シンポジウムでは、そうした集団的自衛権の諸問題をふまえたうえで、歴史学の立場から、あ らためて現状を見すえる視座を探りたい。
 歴史学研究会は、この間、眼前にある状況を見すえた企画を継続的におこなってきた。2013年12月15日には、シンポジウム「「慰安婦」問題を/から 考える」を日本史研究会と合同で開催し、2014年3月30日には総合部会例会「法と人権の歴史を再考する」を開催した。四月二八日には歴史科学協議会・ 歴史教育者協議会と「四月二八日の意味を考え辺野古への基地移設に反対する歴史学関係者の集会」を共催した。そして、5月24日には大会全体会で「いま、 歴史研究に何ができるかⅡ」を、翌25日には特設部会「資料保全から歴史研究へ」を開催した。これらは、現代社会に対して歴史研究が果たす役割は何かを、 真摯に問い直そうとする、現実と歴史学のかかわり方=アクチュアリティを考える取り組みであった。
 以上の経緯をふまえながら、今回は、眼前に浮上してきた集団的自衛権問題と表裏の関係にある、戦後日本が標榜してきた「平和主義」に照準を合わせて議論 したい。そのことはまた、「戦後日本」を再検討することにもつながるだろう。その際、とりわけ以下の三つのポイントを念頭に置いて、検討を加えていきたい と考えている。
 第一に、平和主義は安倍政権がまさに「脱却」しようとしている、「戦後レジーム」の中心に据えられてきたものであり、集団的自衛権にかかわる問題の集約 点である。その平和主義を広く歴史的文脈のなかでとらえなおす作業をとおして、東アジアの緊張感をさらに高める現政権の動きに対して、それとは異なる平和 への展望を見出したい。
 第二に、侵略戦争への反省の上に出発した戦後の日本が標榜してきた平和主義が、現実にはどのような関係のなかで「成り立って」いたのか。世界、あるいは 東アジアとの連関のなかで、歴史的に検証したい。
 第三に、ここでいう戦後日本は、単なる歴史研究の対象ではない。そのあゆみのなかに、他ならぬ歴史学もあったことに留意したい。一人ひとりの研究者が、 眼前にある同時代的な現実と向きあい、問題意識を研ぎ澄ませたり、あるいは現実の影響を極力排そうとしたりしながら、積みあげてきた戦後の歴史学のあり方 についても問いなおしたい。
 以上のような問題意識から、本シンポジウムでは、油井大三郎・鳥山淳・村井章介の三氏に報告をお願いした。
 油井氏は、近年、第一次世界大戦後の国際社会における、戦争の違法化と国際機関の発展について論じてこられた。それをふまえ、第二次世界大戦後に世界の 中心としてあったアメリカとの関係のなかで日本をとらえ、アジア太平洋戦争をめぐる日米間の記憶の壁について論じていただく。
鳥山氏は、「自治」と「復興」の観点から戦後の沖縄の歩みを検討されてきた。沖縄は、つねに戦後日本/平和主義の矛盾の焦点であり続けてきた。鳥山氏には 沖縄の歩みに即して話していただく。そこから見えてくる戦後日本/平和主義はどのようなものなのか、一緒に考えたく思う。
 村井氏は、日本中世の境界・境界認識について、積極的な研究を展開されてきた。これまでのご自身の研究成果をふまえて、幅広い時間軸のなかで、偏狭なナ ショナリズムが幅をきかせつつある今日の状況をとらえるための視座を提供いただく。
 以上、専門とする時代や地域の異なる三氏の報告によって、戦後日本/平和主義を、時間的・空間的な広がりのなかで多角的にとらえ、議論をひらいてゆくこ とを企図している。当日はぜひ会場にお越しいただき、討論の輪に積極的に加わっていただきたい。