「君が代」不起立・再雇用拒否にかかわる最高裁不当判決に対する抗議声明

 卒業式などで「君が代」の斉唱時に起立しなかったため、東京都教育委員会(以下、都教委)によって再雇用を拒まれた東京都立高校の元教職員22名が起こした訴訟の第一、第二審判決は、「都教委の判断は、客観的合理性及び社会的相当性を欠き、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用をしたものに当たる」と判断し、都に約5千万円の賠償を命じた。しかし、2018年7月19日の最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は、不起立は「式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたら」し、「参列する生徒への影響も伴うことは否定し難い」と述べ、都教委の判断が「著しく合理性を欠くものであったということはできない」と結論づけて、第一、第二審判決を破棄し、原告側の請求をすべて棄却した。
2011年にも最高裁は、「君が代」の起立斉唱を命じた職務命令を合憲と判断した。2012年には、職務命令に違反した教職員の懲戒処分に関して、「基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内」だが、「減給以上の処分を選択することについては、本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要」との基準を示し、行政の行き過ぎに歯止めをかけた。しかし、今回の判決は、従来の判決を覆すものであり、「裁量権」や「生徒等への配慮」を名目にした介入を正当化する内容になっている。そのため教育現場に必要な政治介入を抑止するための歯止めが軽視されており、判決内容として大きく後退している。
1999年の「国旗国歌法」制定以降、本会では、2001年5月に「教育現場での「日の丸」「君が代」強制に反対する声明」を、2011年7月に「大阪府議会における、「日の丸」常時掲揚・「君が代」斉唱時起立条例の強行可決に抗議し、あわせて本条例「違反」教職員の処分基準を定めることに反対する」という声明を、それぞれ出してきた。
 「日の丸」・「君が代」に対する考え方や捉え方には多様なものがある。「日の丸」・「君が代」は、かつて日本が行った植民地支配や数々の侵略行為の象徴であり、あるいはそれらを支えてきた近代天皇制の象徴であって、日本国家の戦争責任がいまだ清算されないまま、「日の丸」・「君が代」が教育現場で強制されることは不当であるという考え方も強固に存在する。しかし、政府はこうした考え方を少数派として切り捨て、一面的な見解を押し付ける。はたして、このような状況下で、学習指導要領が重視する「多面的・多角的に考察し公正に判断する力を養う」ことなどできるのだろうか。
 「日の丸」・「君が代」・「愛国心」の強制、「領土問題」における政府見解の押し付け、教育委員会による実教出版『高校日本史A』・『高校日本史B』の教科書採択への不法不当な介入、「学び舎」の教科書に対する「政府筋からの問い合わせ」、文部科学省による名古屋市立中学校の授業への介入など、教育現場に対する行政の不当な介入は本来あってはならないものであり、全く容認することができない。
 最高裁は、懲戒処分だけでなく不採用に関しても、都教委の行き過ぎに歯止めをかける立場にあるはずだが、都教委の主張をそのまま認め、「裁量権の範囲内」と判決を下したことは大問題である。教職員は思想・良心の自由と職務とを天秤にかけて実践しているが、こうした外部からの過度な介入が増えると教育現場は徐々に萎縮していく。また、教育現場の意向を無視した行政権力による不当な介入により、教育現場の自由や多様性が失われてしまう。教育現場の意向を尊重し、自由かつ民主的な発言・活動の場とするためにも、本会は最高裁不当判決に対して断固抗議する。

2018年9月14日
歴史学研究会