文部科学省による名古屋市立中学校の授業への介入に反対する決議

 2018年2月16日に愛知県名古屋市の公立中学校で行われた、前文部科学事務次官前川喜平氏を講師とする公開授業に対し、同年3月、文部科学省(以下、文科省)が、名古屋市教育委員会を通じ、授業内容の詳細な説明及び録音記録の提出を求めていたことが明らかとなった。またその後の報道で、自民党文科部会に所属する2名の衆議院議員が、前川氏を学校に招いた経緯を複数回に渡り文科省に照会していたことも判明した。本会は、今回の文科省及び自民党議員による行為の問題性を強く認識し、ここに抗議の意を表明する。
 そもそも文科省が個別の中学校の授業内容について説明や記録の提出を求めるということは、教育行政による教育現場への介入であり、1947年教育基本法第10条(2006年「改正」教育基本法第16条)で禁じられている「不当な支配」にあたることは明らかである。本来であれば、教育基本法の理念にのっとり教育現場に対するあらゆる権力の介入に歯止めをかけるべき文科省が、このような行動をとったことに対し、私たちは困惑と憤りを禁じ得ない。文科省は現在のところ議員による照会の影響を否定しているものの、政治権力におもねり「忖度」を繰り返す昨今の行政のゆがみを象徴した事態といわざるをえない。
 ただし今回の問題は、単に一省庁による政権への「忖度」の問題として矮小化されるべきではないだろう。戦前における天皇機関説問題を想起するまでもなく、傲慢な政治家と無自覚な官僚による不用意な行為をきっかけに、徐々に教育・学問の現場が委縮していくことへの危惧を、本会は強く認識するものである。天皇機関説問題も、当時の法律学の常識的見解に対し全くの見識を欠く一貴族院議員の発言に端を発し、やがてその発言が時代状況と異常なまでに共鳴しながら、教育・学問への介入と弾圧を増幅させていったのである。
 昨今の状況に鑑みても、特定の中学歴史教科書を採択した学校に対し、政治家が直接問い合わせを行うなど、教育現場に対する露骨な政治介入の度合いは増してきている。しかもそうした政治家に同調し、採択校に大量のはがきを送りつけるなど、教育現場への介入を草の根で支える動きも活発化している。戦前の深い反省に立ち、戦後常に権力による支配・統制に対抗する拠り所となってきたはずの旧教基法第10条(現16条)がないがしろにされるような動きが、いまや確実に加速しつつある。そうした時代的文脈の中で、今回の問題の重大性をとらえるべきである。
 もはや教育への政治介入は、一教育現場の授業に圧力をかけるところにまで迫ってきたのである。
文科省は今回の行為の重大性を強く認識し、「不当な支配」に対する防波堤という本来の役割に立ち戻って、教育現場が自由かつ民主的な発言・活動の場となるよう努めることを、本会は強く求める。

2018年5月26日
歴史学研究会総会