朝鮮学校を「高校無償化」措置から除外する日本政府の動きに対する抗議声明

 4月1日からいわゆる「高校無償化法」が施行される中、文部科学省は4月30日に外国人学校31校を無償化の対象に決定する一方で、朝鮮学 校については外交ルートなどで教育内容を確認できないとして、就学支給金の対象から除外した。検証機関を設置して教育内容を検証し、除外措置を解除できる かを今後判断するとしているが、情勢は楽観を許さない。なぜなら、そこには長い朝鮮学校差別の歴史が存在するからである。
 歴史的に見ると、朝鮮人の民族教育に対する日本政府の差別政策は、100年にわたり形を変えながら続けられている。その淵源は、いうまでもなく植民地支 配下での民族教育抑圧にある。戦後建設された朝鮮学校は、植民地支配によって奪われた民族教育の機会を取り戻し、民族的尊厳を回復しようとするところから 始まった。しかし、日本政府は戦後も朝鮮人の民族教育を弾圧し、植民地主義的な同化政策を継続させていった。1948年には大阪等で朝鮮学校に対する苛烈 な弾圧を行ない、1949年には運営母体であった朝鮮人連盟に団体等規正令を適用することで、当時500校以上あった朝鮮学校の閉鎖を強行したのである。 現在の朝鮮学校は、こうした弾圧をくぐりぬけながら、1950年代半ば以降に再建されてきたものである。
 日韓条約締結直後の1965年12月に出された文部次官通達(「朝鮮人のみを収容する教育施設の取扱いについて」)は、「民族性または国民性を涵養する ことを目的とする朝鮮人学校は、わが国の社会にとって、各種学校の地位を与える積極的意義を有するものとは認められない」ので、各種学校として認可すべき ではないとの姿勢を示した。朝鮮学校の各種学校としての「公的」認可は、1968年に美濃部亮吉東京都知事が朝鮮大学校を認可したように、各都道府県の知 事が行ってきたのであり、日本政府自体は文部次官通達を現在まで正式に撤回することなく、朝鮮学校を排除する姿勢を維持している。今回の「高校無償化」措 置をめぐる問題は、こうした民族教育敵視政策の歴史の延長線上に位置づけられるものである。
 また、こうした長い歴史を持つ民族差別が、グローバル化の進む中で、他の外国人学校との差別化という形でより露骨になった点も見逃すことができない。文 部科学省は2003年以降、国際的な評価団体の認定を受けた、主として欧米系の外国人学校や、外国の正規の高等課程と位置づけられていることの「公的確 認」が可能な学校には大学受験を認めるという基準を新たに設けた。その一方で、「公的確認」ができない朝鮮学校の生徒についてのみ例外とし、各大学に大学 受験資格審査を委ねる仕組みを作った。これは今回「高校無償化」問題をめぐって持ち出された、「外交ルートで教育内容を確認できない」云々という、朝鮮学 校を排除する論理と共通している。
日本政府による今回の措置は、すべての者に中等教育の無償化を求める国際人権規約および子どもの権利条約に抵触している。既に今年3月の国連人種差別撤廃 委員会においても朝鮮学校の除外を懸念する「勧告」が出されており、国際人権の観点から見てこれは明らかな民族差別である。民主党は当初、政権交代に際し てすべての外国人学校に「高校無償化」措置を適用するとしていたが、それでも結局、朝鮮学校を排除する方向に舵を取った。人権より長い差別の慣行を重視し ていると言わざるを得ない。
 深刻なのは、今回の朝鮮学校排除の動きが、「拉致」問題を理由とする、中井洽拉致問題担当相の提起(2月)に端を発しているように、「北朝鮮」問題を利 用して日本国内の国家主義を煽ろうとする流れと結びついていることである。こうした流れから、朝鮮学校についてのみ「教育内容」に干渉しようとする強硬な 主張が平然となされている。文科省による「確認」の含意は、あくまで「教育課程」に関するもの(教科、カリキュラム、授業時間数など形式的・外形的なも の)に過ぎなかったはずが、橋下徹大阪府知事のように、支援の代償として大阪朝鮮学校に肖像画撤去を要求するなど、民族教育の内容そのものに介入する動き が出てきているのである。これは民族教育権に対する重大な侵害である。
 歴史学研究会は「高校無償化」措置から朝鮮学校を除外しようとする日本政府の姿勢に抗議する。日本政府は朝鮮民族の尊厳を蹂躙し、民族教育の権利を奪っ てきた植民地支配を反省し、その負の遺産を清算するという歴史的責任を果たすためにも、朝鮮学校の民族教育権を十分に保障するべきである。

2010年5月22日
歴史学研究会2010年度総会