有事関連法案に反対する特別決議

  政府は本年4月16日にいわゆる有事関連3法案(「武力攻撃事態法案」、「安全保障会議設置法改正案」、「自衛隊法改正案」)を閣議決定し、翌17日に国会へ提出した。現在、国会で審議が行われている。

 本法案はこれまでの日本の安全保障政策のみならず、国家や社会のあり方を根底から変更し、将来の日本の行方に関わる重大なものであるにもかかわらず、政府・与党が今国会の会期内に成立させようとしていることは見逃すことができない重大な問題である。

 本法案の推進者たちは、現行法における有事関連規定の不備を指摘している。しかし、これは戦後の日本が日本国憲法の平和主義に基づく法体系を構築してきたという歴史的経緯を無視した議論である。日本国憲法が国家緊急権の規定をもたないのは、第9条で一切の戦力や交戦権を否定しているからであり、それが憲法の平和主義の根幹であるからである。現行法に国家緊急権関連規定がないのは、大日本帝国憲法の体制下で戒厳令をはじめとする国家緊急権関連規定が対外侵略戦争の遂行や内外における人権抑圧をもたらしたことへの反省をふまえたものであり、現行法の「不備」などではない。したがって、「備えあれば憂いなし」という論理で戦時法制を導入することは現行の法体系を否定することにほかならないのである。

 そもそも日本国憲法の平和主義は、アジア太平洋戦争の敗戦の結果としてもたらされたものである。自衛隊や日米安全保障条約の存在にもかかわらず、戦後の日本が国際社会から一定の信頼を得てきたのも憲法第9条が存在したからである。

 しかし政府は近年、1999年制定の周辺事態法などの日米防衛協力の指針(ガイドライン)関連法、昨年米国の「対テロ戦争」支援を目的として制定した「テロ対策特別措置法」に基づく自衛隊艦船のインド洋派兵、昨年12月の「不審船」への過剰な対応など、憲法の平和主義や戦後日本のあり方を自己否定するような施策を次々と実行してきた。今回の有事関連3法案はこうした動きの一つの帰結点である。

 今回の法案では、地方自治体、公共機関や報道機関を含む民間企業、一般国民にまで広範な「協力」の義務付けや私権制限を規定するなど、日本国憲法が保障する基本的人権や財産権、地方自治などに抵触するものであり、日本社会のあらゆる分野での「戦時」を想定した「戦争国家」づくりに道を開くものである。一方で法案は、「有事」認定に関する内閣の広範な裁量、米軍の行動に対する無条件の支援を規定し、政府自身が従来から憲法上は認められないとしてきた集団的自衛権の行使にも事実上道を開くなど、外交・安全保障政策上もきわめて問題の多いものである。今回の有事関連法案は、一見すると「憲法の枠内」での「法治主義」を装いながら、実際には「有事」における憲法の停止を企図したものといわざるをえない。

 しかも、今回の有事関連法案では、政府・与党が有事法制制定の口実としてきた「テロ」や「不審船」への対応策、国民の退避に関する規定などは先送りとされている上に、「武力攻撃」自体の定義や「周辺事態」との境界もきわめて曖昧である。日本の国土に対する「武力攻撃事態」への対応策というよりは、日本に対する「攻撃のおそれ」や「予測」を口実として、海外で行われる米軍の軍事行動に自衛隊を積極的に協力・参戦させるためのものであると疑わざるをえない。

 このように今回の有事関連法案は、日本国憲法の平和主義を真っ向から否定する「有事」という名の戦争に向けた戦時法制づくりであり、集団的自衛権の行使や憲法「改正」へ向けて大きく舵を切るための布石と断ぜざるをえない。

 現在の日本に求められている外交・安全保障政策上の課題とは、まず何より自らが過去の歴史の教訓について謙虚に学び、アジア諸国との共生など対話に基づく平和外交を追究することである。しかし、政府の最近の動きは、歴史の事実を歪曲した教科書の義務教育における使用の容認、小泉純一郎首相の靖国神社参拝、国側敗訴の判決が出された在外被爆者訴訟・劉連仁(中国人強制連行)訴訟・浮島丸事件訴訟などの戦後補償裁判の控訴にみられるように、過去に真摯に向き合ったものとはいえず、その歴史認識を疑わざるをえない。政府が提唱しているアジア・太平洋諸国との「共同体」構想についても、過去の歴史に対する直視や反省を欠いたままでは歓迎されることはないであろう。

 われわれは、日本のさらなる軍事大国化や米国の対外戦争への参戦に道を開き日本国憲法の平和主義を否定する有事法制に断固反対する。現在国会で審議されている有事関連3法案が廃案にされることを強く求めるものである。

2002年6月1日
歴史学研究会総会