声明 安倍政権による教科用図書検定基準の改悪、教科書の国家統制強化に反対する

  11月15日下村博文文部科学大臣は会見を行い「教科書改革実行プラン」を発表した。その中で、唐突にも来年度実施の中学用教科書検定直前に、小中高教 科用図書検定基準を改定する方針であることを示した。文部科学省は教科用図書検定調査審議会において、社会科、特に近現代史が基準改定の対象であることを 明言し、12月20日同審議会で改定が了承された。改定の内容は、①愛国心・郷土愛など改定教育基本法に盛り込まれた目標をどのように教科書に反映してい るかを教科書会社に書面にて提出させる、②「通説的な見解がない事例」や「特定の見解を特別に強調して記述をする場合」には「バランスのとれた記述」とす ること、③政府見解や確定判例がある場合、教科書に記載すること、④改定教育基本法や学習指導要領の目標に照らして欠陥がある場合を不合格要件とするこ と、などだという。だがこのような基準改定には、以下のような問題点があり看過することが出来ない。
 第一に、政府見解などを教科書に書かせることは、教科書の国家統制強化となる点である。歴史研究の成果とは異なる次元で決定される政府や政治勢力の見解 を、あたかも史実のごとく教科書に記載させることは、政治的主張を歴史研究・歴史教育に押し付けることに他ならない。しかも安倍晋三首相は、歴史研究の成 果を踏まえない特異な歴史認識を示し、その教科書への反映を目指している。具体的には、かつて安倍氏は「自分は総理のときに、『いわゆる従軍慰安婦の強制 連行はなかった』と国会で答弁したが、一体、いつ変更したのか?なぜ(政府答弁を)無視するのか」と文部科学省の担当者を叱責したことが日本教育再生機構 の広報誌で紹介されている(伊藤隆・八木秀次対談「史上最悪の高校教科書検定を検証する(第1回)」『教育再生』2012年5月)。このように政府、与党 が教育内容を細かく規定していくことが実際に生じれば、それは政治勢力による教育の「不当な支配」にあたるものとなる。国家統制の強化は、安倍政権下の教 育政策に共通するものであり、教育への不当な政治介入として極めて深刻な問題を有している。
 第二に、改定教育基本法の目標に照らして欠陥がある場合、不合格とするとしている点も見過ごすことが出来ない。改定教育基本法では「伝統と文化を尊重 し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と目標を定めている。だが現 在、歴史研究の場では「国家」や「郷土」は超歴史的存在ではないことが常識になっている。もし仮に歴史教育を「我が国と郷土を愛する」ために利用すること になるのならば、現時点での特定の国家観や郷土観から過去を裁断することになったり、歴史の中の多様性や周縁性を排除したりすることになりかねない。この ことは歴史研究が明らかにしてきた成果に反し、歴史教育は厳密に歴史研究に基づくべきであるという立場から到底看過することが出来ない。さらに、学校教育 の場では現に在日外国人をはじめ民族的出自を異にする生徒たちが存在しており、日本への愛国心と郷土愛を養うとの基準に沿った歴史教育を行うことは、これ らの生徒たちを教育の対象から排除するものであり、問題といわざるを得ない。
 第三に、「バランスのとれた記述」を求めるとしているが、これまで出されている自民党教育再生実行本部の見解等の表現を借りれば、それは「自虐史観」を 是正するために「少数説」を記載させることになる。「バランスのとれた」という表現は公平性を想起させるが、事実に立脚した教科書叙述としては極めて妥当 性を欠いた提案である。そもそも「自虐史観」という表現は、これまで「新しい歴史教科書をつくる会」など歴史修正主義団体と一部政治勢力が使用してきたも のであった。これまで本会をはじめ多くの歴史学諸団体が批判をしてきたように、これらの団体と政治勢力が主張する南京大虐殺や日本軍「慰安婦」などをめぐ る意見の大部分は、歴史研究としての要件を満たしていないものである。そのような意見も「少数説」として教科書に叙述させることは、歪んだ歴史認識を国家 が国民に強制するものである。
 第四に、そもそも「通説的見解」の有無や「未確定事項」を文部科学省が判断することに問題がある。歴史研究の場では既存の説を批判し、新たな研究成果を 生みだす以上、学説対立にあふれている。それにもかかわらず、とりわけ近現代史において、恣意的に通説の有無を持ち出すのは、政府の意見に反する学説を牽 制するためのものでしかない。このような問題は家永裁判の過程でくり返し批判されてきたのだが、今回の検定基準改悪は改めて歴史学への無理解を示してい る。
 以上のような問題点をもつ基準改定は、歴史研究の成果に立脚した歴史教育を、政治の論理で歪めるものといわざるを得ない。また、国や行政が自己の意見を 子どもに押しつけることは、人格の完成を目指す子どもの学習権を著しく侵害するものである。ゆえに私たちは、歴史研究・歴史教育に携わる者として、安倍政 権の不当な政治介入に強く抗議をする。

2013年12月20日
歴史学研究会委員会