大阪府議会における、 「日の丸」常時掲揚・「君が代」斉唱時起立条例の強行可決に抗議し、あわせて本条例「違反」教職員の処分基準を定めることに反対する

 2011年6月3日、大阪府議会では「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」が可決され、成立をみた。 橋下徹大阪府知事が代表を務める「大阪維新の会」が提案したもので、府議会では他の四会派が反対したものの、わずか数時間程度の審議により、拙速にも本会 議での単独採決が強行された。府民による充分な議論や合意があったとはいえない状況での、数の威力に任せての暴挙であり、議会制民主主義の内実が問われる 事態である。本条例は、大阪府の施設に「日の丸」を常時掲揚させるとともに、同府内の公立学校において、入学式・卒業式等で「君が代」を斉唱する際に、教 職員に起立・斉唱を義務づけるものである。これまで、同様の条例が制定された例は存在していなかった。こうした可決の強行に対し、われわれは強く抗議す る。
 既に1999年の「国旗国歌法」制定の際にも、世論は賛否をめぐって大きく分かれていたのであり、現に実際、日本国内にかぎっても「日の丸」や「君が 代」に対する考えや捉え方には多様なものがある。「国旗国歌」といったシンボルであろうと、抵抗感や疑問を抱く人々も少なくない。国家の象徴に直面させら れる場で、天皇制を賛美する内容を声に出すという、国家忠誠宣言のような行為を公式に強要されること、これに対しては、明確に拒絶する立場が存在して当然 といえよう。こうした様々な意見を府民多数の感覚と乖離した少数派のものと切り捨て、公務員の服務規律を楯に取って、起立・斉唱を肯んじない教職員を抑圧 することが目指されている。さらに戦前期以来の、「日の丸」および「君が代」をめぐる歴史を想起すれば、過去の歴史的経緯を一顧だにすることなく、多くの 反対の声や意見を無視して強行された今回の事態は、驚くべき強権的な対応というほかなく、とうてい看過することはできない。
 政治が教育現場に介入しようとし、「君が代」斉唱時の教職員起立などを強制してきた事態は、既に東京都における不起立教員の大量処分にみられるごとく、 これまで頻発してきたのも事実である。教員個々人の思想・良心の自由、さらに教育の自由はたびたび侵害され、脅かされてきた。またこの間、公立学校の卒業 式等で教員に起立と「君が代」斉唱を命じた職務命令を、合憲とする判断が最高裁判所で相継いで出されたことは、良心の自由が軽視された実に遺憾な事態であ り、今後に禍根を残すものである。
今回の大阪での事例は、条例でもって個々人の自由を縛ろうとし、政治権力が教育委員会の頭越しに直接介入に踏み込もうとしているところが段階を新たにする 特質である。一般行政から独立する教育行政への配慮は全くなく、意図的に両者は混同させられており、事態はいっそう悪化している。思想・良心の自由を保障 する憲法、教育への不当な支配を斥ける教育基本法の趣旨に照らして、この間の経緯も厳しく問われねばならない。
 「大阪維新の会」市議団は、6月27日に大阪市の教育委員会に対して、教科書採択に関する申し入れをおこなっており、中学歴史教科書には自由社・育鵬社 版のものを使用するよう求める方針であると報道されている。これは前述の条例制定の問題と軌を一にするもので、こうした地域政党を率いる橋下知事の政治姿 勢ともども、注視してゆく必要がある。同知事によれば、「教育現場、すなわち学校は、『個人商店の集まり』ではなく、『エキスパートを構成員とする企業組 織』へと変貌しなければならない」「組織の神経系統である指揮命令が機能しなければ、組織マネジメント[と脱]しては成立ちません」ということになるので あり、こうした発言をする政治家と、実質的に「橋下新党」ともいえる傘下の政治集団に対する批判の声を、今後ともあげてゆかねばならない。大阪府教育委員 会は、さしあたって「本条例は、具体的な義務を課すものではないので、条例違反をもって直ちに懲戒処分は行わない」としている。しかし、府議会で過半数を 擁する「大阪維新の会」は、起立・斉唱しない教職員については免職処分の基準を定める条例を今後審議する意向を示しており、全く予断を許さない状況にあ る。このような条例案には、断固として反対するものである。
 問題となる上述の条例については、今後違反者の処分がおこなわれないよう要請するとともに、この条例自体のすみやかな廃止をもとめるものである。

2011年7月

歴史学研究会
歴史科学協議会
歴史教育者協議会