2018年度歴史学研究会大会

*主旨説明文は、それぞれこの頁に下についています。
 うまく飛べないようでしたら、下にスクロールしてください。  

第1日 5月26日(土)      大会「直前情報」はこちらから
全体会 13:00~17:30
全体会 戦争を検証する-「9.11事件」の歴史化をめざして- 10号館109教室
主旨説明文
現代世界と戦争-歴史的視座から-……………………………………………………木畑 洋一
世界秩序への挑戦-日独中ソ提携構想の系譜-………………………………………田嶋 信雄
  コメント:黒木 英充・加藤 陽子

第2日 5月27日(日)
 9:30~17:30(特設部会11:30~14:00)
古代史部会 古代国家における支配構造の形成  3号館402教室
主旨説明文
「庶人」が結ぶ中国古代の社会と国家……………………………………………………椎名 一雄
地域社会からみた部民制・国造制・ミヤケ制………………………………………………平石 充
6・7世紀の国家と収取制度………………………………………………………………毛利 憲一

中世史部会 中世における宗教と社会  10号館109教室
主旨説明文
中世後期の社会と在俗宗教…………………………………………………………………芳澤 元
15~17世紀における門跡寺院と地域社会…………………………………………………近藤 祐介

近世史部会 近世日本の権威と民衆   3号館501教室
主旨説明文
19世紀における将軍権威の再構築と地域・民衆…………………………………………椿田 有希子
近世畿内・近国社会と天皇・朝廷権威-丹波国桑田郡山国郷を主な事例に-……………𠮷岡 拓

近代史部会 生活のなかの労働と社会関係   3号館301教室
主旨説明文
「仁義」の動員-戦時期日本における日雇労働者-……………………………………佐々木 啓 
生活世界を捉えるということ-ニューヨーク港湾地区に生きる労働者とその日常-………南 修平
   コメント:相馬 保夫・沼尻 晃伸

現代史部会 冷戦体制形成期の知の制度化と国民編制 3号館302教室
主旨説明文
アメリカ製軽水炉の選択をめぐる情報・教育プログラム-1950年代末の日米関係-……土屋 由香
アメリカの学術世界における学知の変容・制度化と世界構造………………………………藤岡 真樹
東ドイツの社会編成とその変容-「社会政策」の検討を通じて(1945~70)-…………河合 信晴

合同部会 「主権国家」再考  3号館502教室
主旨説明文
君主政の狭間から見る近世的主権国家-スコーネ住民と「正しき統治」-………………古谷 大輔
17世紀ブリテン諸島における礫岩国家・主権・法の支配…………………………………後藤 はる美
ブルゴーニュ複合君主政下のネーデルラント諸邦と主権……………………………………青谷 秀紀
   コメント:篠原 琢・黛 秋津・田口 宏二朗

特設部会 3.11からの歴史学  3号館401教室
主旨説明文
歴史学がふくしま復興・再生に資するために
 -現場での7年間を通して経験し、考えたこと-…………………………………………阿部 浩一
地殻災害と「人新世」の歴史学……………………………………………………………保立 道久
若い世代の未来志向と死者の行方………………………………………………………北原 糸子

▲会場:早稲田大学早稲田キャンパス(東京都新宿区西早稲田1-6-1)
▲会場整理費:一般1800円、会員1500円、学生(修士課程まで)1000円。
両日とも参加できます。(事前申込不要)。
▲直前情報はこちらから 

全体会 戦争を検証する -「9.11事件」の歴史化をめざして-

委員会から
 いつの時代にあっても戦争は,社会を変容させ,ときに歴史の転換点だったと回顧される対象ともなる。では,2001年9月11日,アメリカで起きた「9.11事件」とそれに続く「戦争」は,歴史的にどう評価できるのか。
 2001年の「テロ」を受け,アメリカはアフガンへの空爆を開始し(アフガン戦争),2003年には英米両国を中心とする有志連合を形成してイラクに侵攻した(イラク戦争)。アフガン戦争は,現在にいたってもなお終熄する気配をみせず,イラク戦争の過程では後にISと名乗ることになる武装集団も生みだされた。これら一連の「戦争」は,国民国家が武力を独占して行使するという従来の戦争観,国家観に大きな変容を迫ったという点で,正真正銘の転換点だったといえよう。
 歴史学研究会では,「9.11事件」が社会に与えた衝撃をいち早く受けとめ,グローバル資本主義(2002年),グローバリゼーションとナショナリズム(2003年),グローバル権力としての「帝国」(2004年),政治思想としてのイスラームとアメリカ(2005年)といった観点から,戦争の背後にある世界の抑圧構造についての検討を進めてきた。
 だが,「テロ」に対する反撃(反「テロ」戦争)がもたらした,戦争の新たなかたちに着目した検証はいまだなされてこなかったといえる。たしかに,この戦争もまた,かつての国民国家同士の戦争が,自らを正義とし,相手方を悪として対照的に描くことで国民の支持を動員したように,戦争の正当化に努めた点では違いはなかった。だが,坂本義和をはじめ多くの研究者がいち早く指摘したように,アメリカの主導する反「テロ」戦争は,対外戦争というよりは,あたかも,国内において治安を乱す勢力に対してなされる警察行為のように実行された。また,渡辺治はこの新しい戦争を,非対称性,同盟的性格,非総力戦という諸点から特徴づけた。一方,「テロ」の側は,正義を謳う国家の側/統治する側こそが,抑圧や格差構造の受益者であり黙殺者であると批判し,現状変革のための暴力行使を容認し,実行するという構造がある。正義の言葉で戦争の大義を語る国家と,破壊組織・犯罪集団・「ならず者国家」と名指しされる集団,という非対称的な関係性がこの新しい戦争の大きな特徴の一つといえるだろう。
 このような非対称性と戦争は,実のところ日本ともかかわりが深い。反「テロ」戦争で日本はいち早くアメリカを支持し,政治,経済,軍事面でアメリカの戦争に関与してきた。それに応じて日本社会も変化した。村山談話や東アジア共同体構想によって培われつつあった穏健なアジア認識は急速に力を失い,歴史修正主義がさらに台頭した。朝鮮民主主義人民共和国に対しては,日本人拉致と核・ミサイル実験を取り上げ,「何をするか分からない国」,「脅威」との認識が形成された。国連安保理決議を背景に同国への軍事的圧力は正当化され,日本独自の経済制裁は,これまで国会においてほぼ全会一致で決議され続け,政府は対話の姿勢を見せない。こうしたなかで,2014年の集団的自衛権をめぐる解釈改憲から始まる安倍晋三政権の動きは,憲法9条に自衛隊を明記する改憲案として具体化し,今や日本において「戦争すること」が急速に正当化され,現前しつつある事態となっている。
 近年のアメリカ以外の大国の動きに目を転じれば,シリア内戦へのロシアの介入などに見られるように,軍事力という点でのアメリカの一極集中という事態が変容し,世界は混迷と多極化が加速した。「9.11事件」で変容した世界は,近年,さらに次の次元へと変容を遂げたともみなせる。このように,「9.11事件」で変容した世界がある意味「歴史化」された現在,まずはアメリカが行なった「テロ」に対する反撃(反「テロ」戦争)が,国民国家が武器を独占できなくなっている世界の中で,いかなる点で新たな戦争のかたちを生みだしたかを問うてみることには意味があろう。
 歴史学は,過去の事象を史料から研究する学問であるから,生乾きの現代の戦争を対象とする際にはアプローチに工夫が必要となる。アメリカを中心に有志連合で戦われた対イラク戦争については,史料的性格への配慮が必要なだけでなく,粗密の程度差はあるものの,イギリス,アメリカ,オランダ,日本において,参戦の可否の妥当性をめぐっての調査報告書が作成された。過去においても戦争は,後世の観点からさまざまに評価され,検証されてきた事実を想い起こし,これらの報告書において,今回の戦争のいかなる側面が取り上げられ,どう評価されたのか,という点に着目しつつ,20世紀と21世紀の戦争の差異や異同を大きく論じてみたい。この観点から,木畑洋一氏に「現代世界と戦争―歴史的視座から―」と題して報告をお願いする。また,正義の言葉で戦争の大義を語る国家の側から「ならず者」国家と呼ばれた側が,彼らなりの外交戦略をもつ(合従連衡する)という論理を,歴史的な事例から探りたい。この観点から,田嶋信雄氏に「世界秩序への挑戦―日独中ソ提携構想の系譜―」と題して報告していただく。コメンテーターとして,シリア内戦・レバノン内戦の今日的意義や「対テロ戦争」という命題が孕む危険性について考察してきた黒木英充氏と,近代日本のいくつかの戦争の相互関係や戦争正当化の論理などを研究してきた加藤陽子氏にご登壇いただく。(研究部)

古代史部会
古代国家における支配構造の形成

アジア前近代史部会・日本古代史部会運営委員会から
 2018年度の古代史部会では,アジア前近代史・日本古代史部会で共同のテーマを設け,アジアに通底する問題意識の追究を目指す。以下,各部会のこれまでの議論と課題を整理しておく。
 アジア前近代史部会では,中国古代における国家の成立とその支配構造の特質の解明を課題に設定し,大会・例会を開催して研究を続けてきた。ここ15年間の大会報告をふりかえれば,国家権力の基盤としての皇室家産に着目した2004年度の山田智報告,匈奴すなわち「他者」という外的要因が,国家の秩序形成に及ぼした影響を論じた2005年度の阿部幸信報告,黄河下流域という環境(空間)が国家による地域支配にもたらした作用に視座を据えた2006年度の濱川栄報告,国家の外縁に位置する隠逸・逸民的人士という「社会階層」に焦点をあてて国家秩序との関連を課題とした2008年度の安部聡一郎報告,簡牘資料によって明らかにされた「系譜」の成立を「家族」意識の形成として位置づけ,それと国家秩序との関係を展開した2012年度の小寺敦報告は,いずれも国家の権力構造に関する従来の認識への再検討,および新たな視点の提出を試みたものである。
 ただ古代国家の成立の問題については,在地社会(郷里社会)の実体の解明がより重要であるとする1998年度の小嶋茂稔報告と1999年度の飯尾秀幸報告の提言は,史料上の制約があるとはいえ,いまに至るまで議論が深まったとは言い難い。しかし近年,中国で相次ぐ簡牘の発見によって,語句やその位置づけなどで解釈が定まらないといった問題を抱えながらも,この課題への追究の糸口が見出された。それは簡牘に記されている内容から,直接には記述されない在地社会の実体に迫るといった研究方法が可能となったからである。当部会では,これを共通認識として,例会などを通してこの方法の具体的な追究を試行し,国家と社会との接点を可能なかぎり発見することを一つの目標に掲げて活動することになった。
 日本古代史部会では1973年度大会以来,在地首長制論を主たる検討課題とし,80年代後半からは王権論,90年代には地域論といった視点を取り入れることで,古代国家の成立・展開について検討を重ねてきた。これらの議論をふまえ,1997~2003年度大会では,国家・王権・地域の双方向的関係を分析することで,古代社会像の解明を試みた。以上の議論を通じて,重層的かつ多様な古代社会の実態が明らかとなったが,同時に,国家や王権が社会・人民をいかにして支配したのかという,根本的な問いに立ち返る必要性が改めて認識された。これを受け,2004~09年度大会では「秩序」の形成・展開を議論の主軸にすえて,支配秩序の構造・実態を,国家・王権と社会・人民との相互関係から解明した。さらに2010~12年度大会では,東部ユーラシア・東アジア地域における「外交・交流」が,日本の古代国家・王権の秩序形成に与えた影響を明らかにした。
 以上をふまえつつ,2013~17年度大会では日本古代国家の歴史的独自性を解明するために,分析対象を列島内へ戻し,日本古代国家による秩序・支配の形成とその変質について議論を重ねてきた。昨年度大会では,中大輔氏が都鄙間交通を媒介した国司制の成立・展開を通して,日本古代国家の支配構造の特質を明らかにした。また北村安裕氏は,律令制土地支配の根幹をなす「田」の検討から,土地支配体制の形成過程を論じた。
 2013年度大会以降,古代国家およびその支配構造の形成について,中央と地域社会との結びつきからの解明を試みてきたが,国家による支配の形成に焦点を置く一方で,地域における社会編成や秩序形成については,必ずしも十分な検討がなされてこなかった。しかし,東部ユーラシア・東アジア地域における「外交・交流」が,古代日本の秩序形成に影響を与えたとする2010~12年度大会の議論をふまえるならば,国家の成立と地域社会の形成は併行的に論じられなければならず,両者の相互関係のもとに古代国家の形成が議論されるべきではないだろうか。
 以上のような両部会における議論と課題から,「古代国家における支配構造の形成」という共同テーマを設け,アジア前近代史部会から椎名一雄氏「「庶人」が結ぶ中国古代の社会と国家」,日本古代史部会から平石充氏「地域社会からみた部民制・国造制・ミヤケ制」と毛利憲一氏「6・7世紀の国家と収取制度」の報告を用意した。
 椎名報告では,秦漢期の社会と国家の関係を,最新の出土文字資料から,「庶人」の身分的特殊性を再検討するなかで考察する。爵位や刑徒名などを冠して個人が特定される当該期において,奴婢や刑徒が「免じて庶人と為す」を経て得る身分「庶人」は,「徭役・兵役・仕官から除外される存在」と定義される。この男女「庶人」に共通する身分的特質が社会内においていかに位置づけられるか,「庶人」の存在から,国家と社会との接点を具体的に追究する。
 平石報告では,5~7世紀の地域社会と王権との関係を,「奉仕・貢納」の視点から検討する。国家形成期における部民制・国造制・ミヤケ制による奉仕・貢納関係の形成が,倭王権による列島規模の収取関係を構築するとともに,地域社会が組織化され,王権へ編成されていくことを論証する。
 毛利報告では,律令的地方支配の成立過程を,6・7世紀における「収取」の問題から検討する。中央政府の「経費」と地方における「収取」の関連性をふまえれば,地方支配制度の変遷と負担体系・収取組織の形成・展開は対応関係にあると考えられる。租税制度の成立・変遷の検討を通して,国家による地方支配の構造を析出する。
 以上の3報告により,古代国家における支配構造の形成過程の解明を試みる。大会当日には多くの方々が参加され,活発な議論となることを期待したい。(多田麻希子・栁田 甫)

中世史部会 中世における宗教と社会

 中世史部会運営委員会から
 日本中世史部会では,2014年度大会以降,中世社会を取り巻くさまざまな秩序の問題から国家と社会の関係を考えるという視座を設定し,権力と秩序形成(2014年),法秩序と国制(2015年),富と貨幣(2016年)といった切り口から検討を続けてきた。また直近の2017年度大会では2014年度大会の視角を継承し,中世社会における権威・秩序に注目して,足利氏を事例に,儀礼が権威・秩序形成に果たした役割,その崩壊の過程などについて検討した。その結果,従来議論が低調だった権威論的側面から,中世国家・社会を論じる視座が提示され,今後の中世史研究に新たな道筋を示すことができたのではないかと考える。
 その一方で,昨年の大会討論時にも宗教史的観点からのアプローチも重要であるとの意見が呈されたように,日本中世史を考える上で欠かすことのできない宗教の問題については,いまだ十分な議論が尽くされているとは言いがたいように思われる。もちろん,中世史部会においても,1992年の榎原雅治報告,2006年の苅米一志・鍛代敏雄報告,2011年の坂本亮太報告などで,地域社会における在地寺社や宗教者の果たした機能・役割等についての検討を重ねてきた。また1990年代以降,鎌倉・室町幕府との関係を軸に,顕密寺社・禅林の政治史的・国家史的位置づけについても追究が進んでいる。しかし,こうした地域社会論的観点からの研究成果と,政治史的・国家史的観点からの研究成果がうまく結合しているとは言いがたく,在地寺社と畿内大寺社との関係性等については,依然として不明確な点も少なくない。両者の視点を結びつけ,改めて日本中世における宗教の位置づけについて考察する必要があるのではなかろうか。
 そこで2018年度大会では「中世における宗教と社会」をテーマとして,宗教と中世社会の関係性について,従来検討が不十分な視角からのアプローチを試みる。
 中世の宗教と社会との関係を考察する際に,黒田俊雄の「顕密体制論」,「寺社勢力論」が基底となることは周知に属するが,黒田の所論は中世前期を中心にして立論されたものであり,中世後期の宗教史を論じる上では不十分な点が多いことも,従来から指摘されるところである。中世後期の宗教史研究は,歴代の日本史関係の岩波講座中世最終巻で「宗教一揆」をテーマとする1章が設けられてきたことに象徴的なように,一向宗,法華宗など新興の門派に関するものが中核であった。また,黒田の用いた「寺社勢力」というタームが中世前期の顕密寺社を中核に立論されたのに対し,近年盛んに使用されるようになった「宗教勢力」というタームは,中世後期の一向宗などを中核に立論されたものといえよう。
 一方,黒田がその衰退期と捉えた中世後期の顕密寺社研究については,昨今研究の進展がみられるとはいえ,いまだ個別研究の積み重ねが要求される段階にあり,研究関心も寺院内組織の解明や公武政権との関係性などに集中している。これは,鎌倉・室町幕府政権下で発展を遂げ,その崩壊とともに衰退したと説明されることが多い中世禅林に関しても同様の指摘が可能であろう。しかし顕密・禅林の主要寺院の多くが衰退期とされる中世後期を生き延び,近世の本末体制において中核的な位置づけを与えられていることを踏まえれば,中世後期の顕密・禅林と社会の関係性について考察することは,中世の宗教の全体像を解明する上で必須の課題であることは明白である。この課題に取り組むことは,上述の地域社会論的な観点と政治史・国家史的な観点からの宗教史研究を結びつけるだけでなく,中世前期と後期,さらには中世と近世の宗教史・社会史研究を有機的に結びつけることにも大いに資するものとなろう。
 以上の課題設定の下,今年度の大会では芳澤元「中世後期の社会と在俗宗教」,近藤祐介「15~17世紀における門跡寺院と地域社会」の2報告を用意した。
 芳澤報告では,中世後期の仏教諸宗と世俗社会・在俗信徒との関係について検討していただく。従来の仏教史研究は,出家して寺院に所属する僧侶の活動が検討の中心であり,在俗しながらもさまざまな宗教的活動に従事する人々の存在,およびこれらの人々が中世宗教史の展開に果たした役割などについては,検討が不十分な点も多い。芳澤報告において,顕密・禅林を中心に,一向宗や法華宗の事例も踏まえて,中世後期の仏教諸宗と在俗信徒との多様な関係性を明らかにし,僧と俗の関係について再考を迫る。
 近藤報告では,寺門派聖護院門跡を中心的な検討対象に据えて,室町期~中近世移行期の門跡寺院の展開を,門跡と地方在住僧および彼らが活動する地域社会との関係に注目して検討していだだく。近世の本末体制は中世以来の門跡寺院を中核として整備されたものであるが,室町幕府衰退後の門跡寺院研究は従来低調であり,近世との接続面に関して不明確な点が少なくない。近藤報告において,近世に本末関係を結ぶことになる門跡と地方在住僧との関係,および門跡と地域社会との関係がどのように形成されてきたかを明らかにし,近世的な宗教体制が成立していく過程を展望する。
 そして両報告による検討結果を踏まえて,改めて中世社会における宗教の位置づけについて再考することを目指したい。
 以上の趣旨をご理解いただき,当日は活発な議論が行われることを期待したい。なお,両報告の理解にあたっては,下記の文献を参照されたい。(小池勝也)

[参考文献]
芳澤元「鎌倉後期の禅林と文芸活動」(同『日本中世社会と禅林文芸』吉川弘文館,2017年)。
同「応永期における渡唐天神説話の展開」(同上)。
同「宗教勢力としての中世禅林」(同上)。
近藤祐介「本山派」(時枝務・長谷川賢二・林淳編『修験道史入門』岩田書院,2015年)。
同「修験道本山派組織構造の成立」(同『修験道本山派成立史の研究』校倉書房,2017年)。
同「年行事職の誕生と聖護院門跡」(同上)。

近世史部会 近世日本の権威と民衆

 近世史部会運営委員会から
 今年度大会では「近世日本の権威と民衆」というテーマを掲げ,権威をめぐる諸動向から近世国家と民衆の関係を検討する。
 国家権力と民衆との関係の捉え方をめぐっては,1970年代が一つの画期となる。そこでは,治者と被治者の関係を,前者による後者の一方的な収奪として対立面を強調する把握から,仁政を媒介とする両者の相互規定的な関係に注目する把握へのシフトが行われた。それと併行して,国家権力の構造分析も進んだ。具体的な成果として,天皇・朝廷の存在も組み込んだ近世国家論の登場,幕政史や藩政史における,幕藩領主の権力構造やその運用を支える諸機構の分析の進展などがあげられよう。
 他方,被治者側の研究も深化が見られた。たとえば,1980年代以降,訴願をめぐる村連合や中間支配機構の存在に光があてられ,地域社会における政治的力量の成熟のありようが示された。また,社会集団論や身分的周縁論,地域社会論等により,諸集団の編成過程や存立構造の精緻な分析とともに,地域社会が持つ固有性の解明も進められ,近世社会をめぐる豊かな実態が明らかにされている。
 以上の諸研究の成果によって,治者と被治者に関する歴史像は大きな変容を見せている。しかし,各分野史研究における分析の精緻化が進むことと表裏をなすかたちで,国家権力と民衆との緊張を含む諸関係のありようを,諸研究の成果を十分に交錯させながら統一的に把握することは,現在,徐々に困難になりつつある。国家権力と民衆との関係を総体的に把握するには,いま一度,政治史や地域社会史,民衆史などの諸成果を架橋できるようなテーマを抽出し,議論の総合化を図ることが有効であろう。その際,治者側・被治者側を取り巻く政治・社会状況の変化にも目配りし,静態的な歴史像の提示に陥らないように留意せねばならない。
 そこで今年度大会では,対外危機への直面や,学問・文化の発展を通じて国家・社会が大きく変容する18世紀後半から19世紀半ばまでを中心に,徳川将軍および天皇・朝廷と民衆との諸関係を,権威を軸に検討することで,上述の課題に取り組むことにした。
 権威の問題を取り上げる意義は,権威をめぐる議論が近世国家権力の特質を問う視座から開始され,徐々に民衆側の諸動向を組み込みながら展開されたことにある。まず,近世国家論の一環として,徳川将軍権威と天皇・朝廷権威の内実を問う研究が積み上げられた。徳川将軍権威については,武威を背景に,将軍を頂点とするさまざまな儀礼や格式によって構築されていたことが指摘されている。また,天皇・朝廷(権威)をめぐっては,同権威を近世国家の金冠部分として位置づける議論や,徳川将軍の権威化と諸身分編成,国家レベルの宗教的機能を果たすものとして見る議論がなされた。
 その後,由緒論や社会集団論の知見を踏まえ,諸集団が,幕藩領主,寺社,天皇・朝廷といった諸権力・権威との関係を構築/利用することによって個々の利害の実現を図っていくさまが示された。かかる議論のなかで,近世社会がさまざまな権威の併存する社会であることが明らかとなり,さらに,それら諸権威を活用するしたたかな民衆像も描き出された。こうした民衆像の登場は,朝幕関係論でつとに指摘される,18世紀後半以降の天皇・朝廷権威の浮上の内実を検討する上でも影響を与えた。
 以上の進展が見られる一方で,どのような存在が権威として見なされていくのか,そして,権威の浸透が既存秩序にいかなる変容をもたらすのか,特定の権威を誇大視せずに解明する余地も残されている。具体的には,まず,仁政を媒介に構築された治者と被治者の関係が国内外の情勢変化を受けて揺らぐなか,治者の側がどのような対応を取ったのか,さらに,近世を通じて養われてきた政治通念が治者をいかに規定したのかを検討する必要がある。また,権威が何によって担保されたのか,そして,権威の浸透が地域社会にいかなる影響を与えたのか,地域社会構造の特質と諸集団の動向に注意を払いながら見ていかねばならない。
 以上の問題意識を踏まえ,椿田有希子・𠮷岡拓両氏の報告を用意した。
 椿田有希子「19世紀における将軍権威の再構築と地域・民衆」では,当時の幕府がいかなる政治的課題に基づき,どのような方針・手法で将軍権威の立て直しを図ろうとしたのかを,天保14年(1843)に挙行された一大国家行事である日光社参などを題材に検討する。そして,それらに対する地域社会や民衆の反応・受容の諸相を明らかにしたうえで,当該時期ならではの治者・被治者関係のありようについて考える。さらに,かかる将軍権威や治者・被治者関係が,幕末維新期にかけて,いかに推移していくのかも展望する。
 𠮷岡拓「近世畿内・近国社会と天皇・朝廷権威―丹波国桑田郡山国郷を主な事例に―」では,郷・大堰川流域・禁裏御料という3つのレベルから,天皇・朝廷権威の発現/機能とその歴史的位置を検討する。中世,修理職領だった山国郷は,近世に入ると幕領,旗本領となり,宝永期に郷内7か村が禁裏御料に設定された。このことが,「名主」と呼ばれる,中世以来の系譜を引く集団が郷内で保持してきた特権的地位に,いかなる影響を与えるのか。領民としての負担,特に朝廷への鮎献上をめぐる郷内・地域社会の動向を軸に考察する。
 徳川将軍と天皇・朝廷の権威の発現/機能の様相を通じて,近世における国家と民衆の関係の特質を解明することを目指す。活発な議論を期待したい。(芹口真結子)

[参考文献]
椿田有希子『近世近代移行期の政治文化―「徳川将軍のページェント」の歴史的位置―』校倉書房,2014年。
坂田聡・𠮷岡拓『民衆と天皇』高志書院,2014年。
𠮷岡拓「近世後期地域社会における天皇・朝廷権威」『恵泉女学園大学紀要』28,2016年。

近代史部会 生活のなかの労働と社会関係

 近代史部会運営委員会から
 今年度の近代史部会では,「生活のなかの労働と社会関係」というテーマを設定する。本企画は,労働現場での人びとのあり方ばかりが注目されがちであった従来の研究に対して,生活という視点を組み入れることで,より重層的で多様な社会関係を考察し,人びとと社会構造の関係を捉え返す試みである。
 歴史学研究会大会では,これまでも労働をテーマとして検討を重ねてきた。近代史部会では,2002年度企画「消費からみる「労働者」―経済構造と主体形成―」で,消費者としての労働者という視点を提示し,消費という生活実践を通じて形成される労働者の主体に着目した。2010年度企画「資本主義社会を生きるということ―労働の現場を通じて―」では,労働の現場で生きた人びとの活動と思想を見ることで資本主義社会を問う契機を読み解こうとした。また現代史部会では,2007年度企画「「戦後」形成期における社会的結合―1950年代社会論の再開―」で,工業労働者や都市民衆の社会的関係に着目して,戦後の日本・中国・ドイツにおける人間関係やコミュニケーションの変容について議論を行った。
 このように近年の大会では労働や,労働者の主体性,労働者同士の関係性について検討を加えてきたが,人びとの日常生活と労働経験を結びつけて,そのもとで構築していく関係性について検討を加える作業は十分ではないだろう。そこで本企画では労働する人びとが作り上げるつながりとはどのようなものであったのかを,労働する人びとの生活や文化まで射程に入れて,捉え返してみたい。
 労働は人びとが日常生活を営む上での基本となる行為の一つであり,人びとは働くことを通じて,さまざまな関係を結ぶが,この関係性は水平的なものばかりではなく,権力との間での反発や統合といった垂直的なものも含まれる。また労働の場だけでなく人びとが置かれた生活状況にも注目しなければならない。これは人びとを取り巻く社会が彼らの思想を形成し,そのもとで彼らは独自のつながりを作り上げ,ひいては労働の場で構築されるつながりにも影響を与えずにはいられないからである。このような重層的で多様な関係性は,同時に分断の契機をも含んでいることを忘れてはならない。つながりの強さゆえに,人種の違いから来る違和感,ジェンダー的要因による迫害,階級差ゆえの対立といった分断の契機がそこにはある。
 このように労働も生活も,人びとがつながりを作り出す起点として位置づけられる。この重層的で多様な関係性を分析することは,人びとの意識構造や,人びとが置かれた社会構造を分析するうえで重要である。この作業を経ることで,今までの研究では捉えきれなかった,労働する人びとの生活意識や文化を包含した関係性を考察でき,さらに議論は歴史研究として生活世界を捉えることはどういうことなのか,という方法論・認識論の問題にも及ぶことになるだろう。以上の問題関心から,今年度の近代史部会大会では,佐々木啓氏と南修平氏に日本とアメリカにおける労働する人びととその生活のなかで作り出されていくつながりについて,報告を依頼した。
 佐々木氏には「「仁義」の動員―戦時期日本における日雇労働者―」と題して,総力戦体制が敷かれた戦時下の日本において,国家権力が下層労働者を「産業戦士」として位置づけて再統合を行おうとする一方で,労働者たちの日常生活がどのような変容を遂げることになるのか,について報告していただく。国家権力はややもすれば蔑視や忌避の対象になりかねない下層労働者を徴用することを通じて,戦時体制への動員を試みる。しかし徴用され,「産業戦士」として位置づけられた彼らは,動員にともなう経済的・社会的異動や異なる階層の人びととの均質化を体験しながら,生活に強度の負荷をかける戦時下を生きることとなった。このような状況は,下層労働者の日常的なつながりにどのような変容を及ぼすかを探ってみたい。
 南氏には「生活世界を捉えるということ―ニューヨーク港湾地区に生きる労働者とその日常―」と題して,第2次世界大戦期から1960年代半ばにかけてのニューヨーク港湾地区に生きる労働者を事例に,彼らが労働現場や日常生活において作り出していくつながりと政治権力との関係について報告していただく。この時期の同港湾地区は連邦・州政府や資本および労働者の間で激烈な権力闘争が展開した場として注目されてきた。ここでは,その渦中にあった労働者相互の複雑な関係と日常に注目し,政治的主導権の争いの中で反発し合い,つながり,動揺する姿を見ることによって,労働者の生活世界と政治権力の関係について新たな歴史像を描くことを試みる。
 またこうした両氏の報告に対しては,相馬保夫氏と沼尻晃伸氏にコメントをお願いした。
 世界的に「つながりの希薄化」が叫ばれて久しい。根無し草となった人びとは,強い個人に惹きつけられ,さらに自己を喪失していく。日本においても人びとは分断され,民衆運動を展望し得なくなっている。しかしだからこそ,人々が日常生活のなかで作り出すつながりを,つながりが生み出す問題をも含めて歴史の中から問い直すことで,新たな展望が得られるのではないだろうか。奇しくも今年は近代日本最後の民衆運動と言われる米騒動が起こってからちょうど100周年である。新たな展望を求めて闊達な議論を期待したい。(中村祐也)
[参考文献]
佐々木啓「総力戦の遂行と日本社会の変容」(『岩波講座日本歴史18近現代4』岩波書店,2015年)。
同「民衆の徴用経験」(アジア民衆史研究会・歴史問題研究所編『日韓民衆史研究の最前線:新しい民衆史を求めて』有志舎,2015年)。
南修平『アメリカを創る男たち』(名古屋大学出版会,2015年)。

現代史部会 冷戦体制形成期の知の制度化と国民編制

現代史部会運営委員会から
 昨年度の部会主旨文において,私たちは,「現在を戦後体制と別つような,現在の現在性とは何か」と問うた。だがこの間,世界では冷戦の再来と見紛うばかりの政治状況が見られ,新自由主義のもとで再版された近代化論が大手を振るっている。もちろん,戦後体制と現在とが文字通り地続きであるはずはない。ならばこの既視感のなかで,なお現在の現在性を省察するために,現代史研究にはなにができるだろうか。
 そこで今年度の現代史部会では,冷戦が世界を新たに構造化する時期(1940年代後半~1960年代)に焦点を当て,当該期の知の制度化と国民社会の編制との関連を検証したい。学知や文化の制度化と動員が,総力戦の知を受けながらいかに展開するのか。そして新たな「戦時」に対応する国民の編制にいかなる役割を果たすのか。そのような課題を,できるだけ当該期の世界史的な連関を念頭に考えてみたい。
 当部会では2000年代前半にかけて,一連の1950年代社会論を積み上げてきた。その後はさらに,①戦後体制に継続した植民地主義の様相,②「豊かな社会」の変容から新自由主義が登場する過程,という2つの主題を往復しながら議論を重ねてきた。この蓄積をふまえて,今年度はあらためて冷戦体制の形成期を取りあげる。
 このような課題設定は,一方で宣伝戦・心理戦の技術や科学技術体制の戦時から戦後への連続性をめぐる研究が隆盛し,他方で文化外交やソフトパワーに関する外交史や政治史の研究が増加する近年の動向を受けたものである。また大衆文化研究等でも,冷戦期に敵対した東西,あるいは東洋/西洋の別を越えて浸透していく文化様式(アメリカニズム等)の共通性に着目した研究が増えているように,当該期は多分野の関心の焦点となっている。
 これらが鋭い現代的関心に裏づけられていることにも注目したい。知の制度化や動員の面でいえば,軍事研究を主とする軍産官学複合体制の問題や,ビッグデータの覇権と政治性の脱色といった状況への批判的介入が模索されている。またメディア環境の激変により,「ポスト・トゥルース」的現象が蔓延し,政治社会が麻痺していく状況に対しても,批判的な応答が求められている。このような現状に照らし出される20世紀半ば以降の〈政治/メディア/学問/文化〉の相互作用に関する省察が,今こそ試されるゆえんである。
 異なる学問分野や方法に発する知の制度化をめぐる関心を,世界規模の時代像へと昇華させるため,今回はとりわけ国民編制との関連に照準を合わせて検証する。当該期は,脱植民地化を遂げた新国家による国民創造だけでなく,「先進国」の国民/非国民の再編制が進行した時代でもある。そこで科学技術や専門知が果たした機能と役割については,一国史の枠を越えた検討が必要である。
 以上の関心にもとづき,今年度の当部会は以下の3報告と討論によって構成される。
 まず土屋由香氏の報告「アメリカ製軽水炉の選択をめぐる情報・教育プログラム―1950年代末の日米関係―」では,日本に米国製原子炉技術を選択させるために,米国が日本の政府・産業界・科学界・国民世論に対してどのように働きかけ,日本側がいかに反応したのかが焦点となる。その実証的解明は,日米間の外交や技術移転の面だけでなく,日本がアメリカの知的パラダイムやモダニティを受け入れ,冷戦期の世界のなかで自らの立ち位置を定めていく過程をも浮き彫りにするだろう。技術知の重層的な動員がひきおこす日本像の再成型を通じて,国際関係史の新たな可能性が示唆されよう。
 ついで藤岡真樹氏の報告「アメリカの学術世界における学知の変容・制度化と世界構造」では,総力戦のもとで立ち上げられたソ連研究という学知が,冷戦にあたって近代化論へと変容し,対外政策の一部に制度化される経緯が論じられる。米国発祥の学知である地域研究という制度は,他者認識の組織化であると同時に,自己を中心とする新たな世界観の形成を伴った。その過程が,大学や政府の組織・人材の変化から世界観まで,多重的な分析を通じて明らかになるだろう。大学史・学問史の刷新は,当然ながら私たちの足許をも照らし出すに違いない。
 最後に,河合信晴氏の報告「東ドイツの社会編成とその変容―「社会政策」の検討を通じて(1945~70)―」では,社会政策の内容にいかなる重点の変化があったのかを探るために,戦傷者へのケア,住宅整備,余暇の3点を取り上げて,東ドイツ社会の動態が追究される。体制の別を越えた制度の移植や文化の流入は,冷戦の最前線にある分断国家の社会主義体制のもとでいかに生じたのか。その社会の「ソ連化」も「アメリカ化」も,冷戦のこちら側で作られた私たちの想像力を越える複雑さと独自の論理を持つ。「社会政策」という国家と社会の相互作用の局面から見るとき,東ドイツ独自の要素と戦後世界一般の共通要素とがともに浮かびあがるだろう。
 冷戦体制の共時的文脈から生じる差異化と収斂の両方を捉えることで,当該期の世界史の構造と動態にいかに迫れるか。有益な議論の場とすべく,当日は多地域・多分野の見地から積極的な参加をお願いする。(戸邉秀明)
[参考文献]
土屋由香「アメリカの原子炉輸出政策と日本の選択―アメリカ製技術への「信頼」の形成―」(菅英輝・初瀬龍平編『アメリカの核ガバナンス』晃洋書房,2017年)。
藤岡真樹『アメリカの大学におけるソ連研究の編制過程』(法律文化社,2017年)。
河合信晴『政治がつむぎだす日常―東ドイツの余暇と「ふつうの人びと」―』(現代書館,2015年)。

合同部会 「主権国家」再考

 合同部会運営委員会から
 「主権国家」は,近代以降の人文学・社会科学の学問分野はもとより,広く社会において共有されてきた概念である。本シンポジウムは,歴史学研究において注目を集めつつある「複合国家」論や「礫岩のような国家」論など,地域と統治の複合性を重視する議論をふまえて,歴史における主権国家の姿を再考するものである。
 国家は,一定の領域において管轄権を確立し,他のいかなる公権力もその管轄する領域には介入できない。こうした主権国家の理解は,近代の国民国家と国際社会の主要な属性として認識され,近代主義的な発想が批判されるようになった今日でもなお,国内/国際政治の前提となっている。そして,主権国家体制は中世ヨーロッパにおける普遍的世界の瓦解から生み出され,1648年のウェストファリア体制を機に成立したと理解されつづけている。だが,主権国家は当初より上記の定義のように説明できるものなのだろうか。
 近代的主権論の祖とされるジャン・ボダンは,1576年の『国家論六篇』において「主権(souveraineté)は国家の絶対的かつ永久的権力である」(ラテン語版では,「至上権(majestas)は市民と臣下に対する最高にして法の拘束から解放された権力である」)と定義する。これは主権がもつ絶対性を想起させる指摘である。しかし一方で彼は,「国家は多くの家族の間で共通な問題について主権的権力をもってなす正しき統治である」とも定義する。統治の側面から見れば,主権を行使する者は「正しき統治」が求められる点で制約が課せられているとも理解できる。ここにみられる主権の絶対性と統治の制約性の齟齬は,近世以降の政治思想史でも「国家理性」の問題を軸に長らく議論されてきた。
 他方で,近年の近世ヨーロッパを対象とした歴史学研究では,近世を初期近代としてではなく独自の秩序をもつ世界としてとらえ,ヨーロッパにおける国家形成を再検討する試みが成果をあげている。たとえば『礫岩のようなヨーロッパ』(2016年)は,ヨーロッパ近世を「礫岩のような国家」が合従連衡し,一人の君主支配のもとにさまざまな属性をもった複数の地域が包摂される集塊的国家が形成された時代として位置づけ直している。この前提となったのは,単一的で排他的な支配ではなく,「王と政治共同体の支配」とも呼ばれる重層的な統治のありかたであった。
 本シンポジウムはこのような問題関心を出発点に,近世史の文脈から主権国家の問題を再検討することをめざす。この問題は,主権国家体制や絶対王政といった近世史における枢要なテーマと関連することはもちろん,政治権力の細分化がその特徴とされる中世国家と政治権力の集中が最たる特性とされてきた近代国家との関係,ひいては国民国家や帝国の形成過程などを再定位する布石となることが期待される。
 そこで本シンポジウムでは,歴史における主権国家をテーマとする3報告を用意した。古谷大輔「君主政の狭間から見る近世的主権国家―スコーネ住民と「正しき統治」―」。デンマーク君主政とスウェーデン君主政の狭間に位置したスコーネは,17世紀後半にデンマーク王からスウェーデン王へ「国替え」された地域である。古谷氏は,この時期に頻発したスコーネ住民による義兵闘争とふたつの君主政との応答に着目しながら,権力の多重空間のなかで「正しき統治」の制約を課された主権国家のあり方を論ずる。
 後藤はる美「17世紀ブリテン諸島における礫岩国家・主権・法の支配」。17世紀前半のブリテン諸島は,イングランド・スコットランドの同君連合にはじまり,国王処刑と共和国宣言をへて,クロムウェル治下での統一議会召集と「イングランド・スコットランド・アイルランド共和国」の成立に至る激動の時代を経験する。後藤氏は,この過程において各地域の主権とひとりの支配者,そして法の支配の問題をめぐって行われた人びとのさまざまな交渉に注目する。
 青谷秀紀「ブルゴーニュ複合君主政下のネーデルラント諸邦と主権」。いわゆる「ブルゴーニュ公国」の一部をなすネーデルラント諸領邦は,ブルゴーニュ家の支配下にありながらもフランス王国や神聖ローマ帝国との関係を背景に,法的権限・支配関係の錯綜や多様な帰属意識がみられた地域である。青谷氏は,フランドル伯領とリエージュ司教領を比較しながら,15世紀後半から16世紀初頭のブルゴーニュ複合君主政における君主と諸領邦の関係を論じる。
 以上の3報告に対し,中近世史および近現代史研究者をコメンテータに迎え,各時代・各地域の視点から主権国家を再検討する。この試みは,近代歴史学の総点検に値するほか,政治思想史や国際政治学など,主権の問題を扱ってきた隣接学問分野と歴史学との,あるいは,より広く社会と歴史学との対話回復の第一歩ともなるはずである。(合同部会運営委員会)

[参考文献]
古谷大輔・近藤和彦編『礫岩のようなヨーロッパ』(山川出版社,2016年)。
樺山紘一ほか編『岩波講座世界歴史 16 主権国家と啓蒙16-18世紀』(岩波書店,1999年)。
小野紀明・川崎修ほか編『岩波講座政治哲学 1 主権と自由』(岩波書店,2014年)。

特設部会 3.11からの歴史学

委員会から
 2011年3月11日,日本の観測史上最大の巨大地震が起こり,続いて発生した大津波は東京電力福島第一原子力発電所における原子力災害を引き起こした。あれから7年がたとうとしているが,今なお,約7万3000人もの人々が避難をよぎなくされている(2018年2月現在,復興庁)。この数には,避難指示区域外からの自主避難者は含まれていない。
 この未曾有の災害は,人間の歴史あるいは,人間と社会の関係性の歴史を対象としてきた歴史学という学問のあり方自体への深い問いを投げかけずにはおかなかった。哲学者内山節が的確に述べたように,歴史学は自然の歴史をも人間の活動の歴史としてとらえ,自然には人間史とは別の独自の歴史があるという事実を見過ごしてきた。
 このような事態をうけ,歴史学研究会では,『歴史学研究』第884号(2011年10月)において「東日本大震災・原発事故と歴史学」と題した緊急特集を組み,以下の4点に留意して問題に迫ろうとした。すなわち,①地震史・災害史という分野が持つ重要性を歴史学上に位置づけること,②史資料の保全・復元活動の持つ重要性を自覚すること,③原発問題を歴史学の対象に包含すること,④同時代史・現代史研究の立場から,3.11を記録・分析すること,である。それに加えて,『歴史学研究』第903号(2013年3月)から,1年に2回の「シリーズ 3.11からの歴史学」の連載を開始し,これまで歴史学としての取り組みが遅れてきた,災害史や原発をめぐる問題について,息の長い議論を展開することにした。そのシリーズも,気づいてみれば,第961号(2017年9月)で10回を算えるまでになった。
 本誌での取り組み以外にも歴史学研究会は,歴研大会特設部会にシンポジウムの場を設定し,「災害の『いま』を生きることと 歴史を学ぶこと」(2012年),「3.11後の『復興』と運動を問う」(2013年),「資料保全から歴史研究へ」(2014年)と題する継続的な取り組みをおこなってきた。
 これをまとめれば,歴史学研究会としての3.11関係の取り組みは,「シリーズ 3.11からの歴史学」が開始された『歴史学研究』第903号の編集後記の言葉,「未来への投錨」に集約できる。「このシリーズは,議論の遅れを取り戻すために,いわば歴史学の未来に向かって錨を投げるものである。本シリーズの錨が議論の波紋を呼びおこし,本シリーズが各所の議論の交流の場になることを期待している。数年経ち,5年が過ぎたときに,『3.11からの歴史学』とは何なのか,自然と人間の関係を含め,あらためて歴史学の全体史を討論できることをぜひとも期待したい」。
 今回の特設部会では,まさにここにいう,歴史学を前面に出し,全体史としての歴史学を議論したいと考えている。この間,地域の人々や研究者の奮闘によって,史資料の保存,未登録文化財の調査,デジタルアーカイブ構築をめぐる地域公共機関と大学機関の連携,地域研究者と大学との連携,地域の民俗芸能の掘り起こし,災害史と復興の政策的対応の分析,原発立地をめぐる社会運動史研究などが着実に進展してきた。だが,このような取り組みが成果をあげていることは確かではあるものの,巨大な自然災害をうけて,それまでの学問や専門家のあり方が批判され再考を強く迫られたことで,学問が再編成され,学問が共働するための「核」としての歴史学が果たすべき役割は,なおいっそう大きなものとなったはずである。
 よって,今回の特設部会では,10回で完結した「3.11からの歴史学」シリーズをふまえ,その到達点を確認しながら,ふくしま歴史資料保全ネットワーク代表の阿部浩一氏から,まずは,郷土史研究を支える人々の存在が地域「復興」にもつ意味などにつき,「ふくしま」の抱える危機が現代社会に敷衍化しうるものとの観点からお話しいただく。報告のタイトルは「歴史学がふくしま復興・再生に資するために―現場での7年間を通して経験し,考えたこと―」である。続いて,地震火山災害に対応するためのシステムに歴史学をどう組み込んでいくか,歴史学にできることは何かについて,保立道久氏に大きく語っていただく。報告のタイトルは「地殻災害と『人新世』の歴史学」。最後に,災害に関わる歴史学は防災教育などの現状に鑑みていかなる形が現在求められているのかなどにつき,災害と社会構造の関係を先駆的に解明してきた北原糸子氏から「若い世代の未来志向と死者の行方」と題して報告していただく。(研究部)