2011年度歴史学研究会大会

会場:青山学院大学青山キャンパス (東京都渋谷区4-4-25)
 (東京 メトロ 表参道駅下車徒歩3分・JR山手線 渋谷駅下車徒歩10分)

第1日 5月21日(土) 13:00~17:30
全体会                                    
近世・近代転換期における国家-地域社会関係の再検討-女性の経験という視点から―
  教区の女たちが産婆を選ぶ―アンシャン・レジーム期フランスの国家と地域社会―
                            ……………長谷川まゆ帆
19世紀都市社会における地域ヘゲモニーの再編
―女髪結・遊女の生存と<解放>をめぐって― ……………………… 横山百合子
コメント:岸本美緒

第2日 5月22日(日) 9時30分~17時30分(近代史部会は10時~)

古代史部会 古代における交流と秩序形成Ⅱ         
東アジア<政治-宗教>世界と日本古代国家 ……………………………中林隆之
日本古代の対外交易と「東部ユーラシア」 …………………………………皆川雅樹

中世史部会 中世社会における権力と村落           
13~15世紀における在地寺社と村落…………………………………………坂本亮太
15~17世紀における村の構造と領主権力 ……………………………… 長谷川裕子

近世史部会 近世社会の再生産構造―藩・地域・金融資本―    
近世後期の藩領国における資本循環構造と藩財政 ……………………… 伊藤昭弘
近世後期藩領国の行財政システムと地域社会の「成立」
―熊本藩領を事例に-                  ……………………今村直樹

近代史部会 植民地認識を問い直す―継続する「戦争」、終わらない「分断」―

朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配―韓国軍事体制の系譜― …………愼蒼宇
植民地における軍事的暴力と社会創造―ドイツ植民地統治の事例から……浅田進史
コメント:宋連玉・檜皮瑞樹

現代史部会 脱植民地化の困難にむきあう-20世紀における占領と解放 -

沖縄「戦後」史における脱植民地化の課題-復帰運動が問う〈主権〉- …戸邉秀明
パレスチナでねじれる占領と解放の主体-バイナショナリズムをめぐって-……………早尾貴紀
コメント:木畑洋一・阿部小涼

合同部会 相互行為としての地域統合-内在する「他者」と支配理念の再編―

ローマ帝政後期の法と実践―テオドシウス朝の事例をもとに― …………… 田中創
12世紀エルサレム王国におけるフランク人とムスリムの政治的コミュニケーション…………櫻井康人
サファヴィー朝とクルド系諸部族―宮廷と土着エリートの相関関係―……… 山口昭彦
16世紀メキシコにおける先住民の精神的征服―告解制度がもたらしたもの-………………平田和重
17世紀ブリテンの複合国家と他者認識―ウェールズとアイルランドの場合…  岩井淳



▲会場:青山学院大学青山キャンパス (東京メトロ 表参道駅下車徒歩3分・
                          JR山手線渋谷駅下車徒歩10分)
▲会場整理費:一般1800円、会員1500円、学生(修士課程まで)1000円。
両日とも参加できます。事前お申し込み不要。
▲22日(日)正午頃より「東日本大震災に関する緊急集会」(1時間程度)を開催します。


全体会

近世・近代転換期における国家 -地域社会関係の再検討-女性の経験という視点から―

委員会から
 近世・近代転換期における国家・地域社会関係の展開は,そこで生きた女性たちの経験という視点から捉え直すとき,いかなる相貌を示してくれるのだろう か。今年度全体会でこうした問いを設定した背景には,いま私たちが生きている転換期の現実がある。
 ごく最近まで,米国主導の新自由主義に基づくグローバル化の流れは不可逆なように思われた。しかし,だからこそ変化の方向性は見通しえたのであり,その 意味で私たちは移行期を生きていたのである。そうした状況認識の下,2008年以降,歴史学研究会は全体会において歴史学の新自由主義への向き合い方を模 索してきた。これに対し,金融危機の拡大と深化が新自由主義の限界を浮き彫りにしたいま,私たちは,既存の秩序がどう変容するのかを予測しえない転換期を 生きているといえよう。一方で国家や地域社会が空洞化し,従来の政治参加や公論形成のルール,経済モデルが破綻し,他方で先進諸国においてさえ人びとの生 存が脅かされ,無力感が蔓延する。こうした現状を認識するにあたり歴史学は,近世・近代転換期に新たな光をあてることで一つの視座を提示しうるのではない か。
 周知のように,日本の歴史学は近世・近代移行期をめぐる諸問題について膨大な研究を蓄積してきた。人びとの生活の場としての地域社会と国家の関係にかぎ ると,それらの成果は変化の大筋を以下のように示すにいたっている。資本主義的商品生産の拡大という条件下,国制史的には統治構造の再編にともなう国家に よる地域社会への介入拡大と質の変化が進むとともに,社会史的には身分制的構造が解体し,近代市民社会が成立するのにともない,地域秩序は再編を余儀なく されたというのである。数々の移行期研究はこの大筋を把握することで満足せず,国家レヴェルでの路線対立から地域社会でのヘゲモニー抗争や民衆運動,さら には二つのレヴェルの相互規定性までをも解明しつつある。
 しかし,変化の到達点をすでに知っている者の視点からなされる移行期研究には,変化の方向性と速度に関し帰納的に再構成された枠組みを,当時の諸個人, 諸集団の感性,思考,行動に遡及的に適用しようとする傾向がつきまとうことは否めない。この傾向を自覚しない場合,明確な目標を追求していたようにみえる 諸主体が実際には暗中模索を繰り返していた側面や,移行に積極的に関わろうとしない,ないし関わる権利を否定され,変化の対象とされていた者たちの存在 は,枠組みにおさまらないがゆえに見落とされる危険にさらされる。大半の人びとが変化の方向性を見通せないままに現在の困難と将来の不可測性を生きざるを えなかった転換期の経験は,沈黙の淵へと追いやられてしまうのだ。
 今年度全体会でこの隘路を回避するための出発点として私たちが選んだのは,18世紀フランス,アルザス地方と19世紀江戸/東京で転換期を生きた女性た ちである。彼女たちはいずれも,当時の文書における言及の少なさと,上記の認識枠組みからずれてしまう存在であるがゆえに,移行期研究ではその場を与えら れてこなかった。それに対しここでは,転換期における国家・地域社会関係の変化を一定の方向に導く,ないし抑制しようとした国家エリートや地域エリートの 競合や協調が,地域社会における女性の生存にいかなるインパクトを与えたのか,彼女たちはそれにどう答えようとしたのかを問うてみたい。こうした人びとの 多様な経験からこそ,現代社会を捉え直す視座を引き出せるのではないかと考えるからである。この問いかけは,グローバルな文脈における位置や時期の異なる 二つの国家・地域社会関係を対象とすることで,転換をめぐる政治の質と女性の位置にみられる共通性と差異が形成されるメカニズムに迫ることを可能にしてく れるだろう。
 長谷川まゆ帆氏には「教区の女たちが産婆を選ぶ──アンシャン・レジーム期フランスの国家と地域社会──」というタイトルで,18世紀アルザス地方をフ ランス王国に併合する過程において,王権がいかなる形で地域社会に介入し,女性の生存のあり方にまで変化を強いようとしたのか,それに対し彼女たちはいか なる論理でもって対抗していったのかを,女性たちの産婆を選ぶ権利をめぐる介入と交渉の過程に即して論じていただく。
 横山百合子氏の報告は「19世紀都市社会における地域ヘゲモニーの再編──女髪結・遊女の生存と〈解放〉をめぐって──」というタイトルを掲げている。 維新後の近代化諸政策は,近世以来集団化から排除され,離脱してきた女髪結や,国家・地方行政機構・諸集団の錯綜した動きのなかで解放を求める遊女など, 都市下層社会の女性の姿を浮かび上がらせるものであった。報告では,そのような女性たちの経験に即しながら,転換期における地域的なヘゲモニーの再編と国 家・地域社会間関係の変容を問い直していただく。
 岸本美緒氏には,明末・清初という転換期における地域社会に関する研究の蓄積をふまえ,両報告を比較するに際しての座標軸を提示していただきたいと考え ている。
 この女性たちが国家や地域社会,さらには両者の関係を規定していたグローバルな文脈にいかに対峙しようとしたのか,その試みは転換の帰趨と自らの生存に どの程度の影響を及ぼしえたのかを,参加者もまじえて検討することで,近世・近代転換期の新たな歴史的位相を浮き彫りにできれば,歴史学研究会委員会の目 的は達成されたといえよう。転換期としてのいまを捉え直すための一つの起点となりうることを期待し,主旨説明を終えたい。  (研究部)

〔参考文献〕
長谷川まゆ帆「権力・産婆・民衆──18世紀後半アルザスの場合──」『思想』746,1986年,92-125頁。
同「バロック期のジェンダーと身体──国境地域ロレーヌから考える──」『岩波講座世界歴史 16 主権国家と啓蒙──16世紀~18世紀──』岩波書店,1999年,195-221頁。
同「地方長官と助産婦講習会──併合期ロレーヌの遺制と国家プロジェクト──」近藤和彦編『歴史的ヨーロッパの政治社会』山川出版社,2008年,190 -227頁。
横山百合子『明治維新と近世身分制の解体』山川出版社,2005年。
同「屠場をめぐる人びと」塚田孝編『身分的周縁と近世社会 4 都市の周縁に生きる』吉川弘文館,2006年,53-85頁。
同「19世紀江戸・東京の髪結と女髪結」高澤紀恵,アラン・ティレ,吉田伸之編『別冊 都市史研究 パリと江戸──伝統都市の比較史へ──』山川出版社,2009年,85-102頁。
歴史学研究会編『現代歴史学の成果と課題 Ⅱ 国家像・社会像の変貌』青木書店,2003年。

古代史部会

古代における交流と秩序形成Ⅱ

日本古代史部会運営委員会から
 日本古代史部会では,古代国家・社会の総体的な理解を深めるために国家・王権・地域社会,これら三者の実態と関係性の解明を目的として議論を重ねてき た。1997~2003年度大会における議論では,国家・王権・地域社会それぞれの関係性を確認した。2004・2005年度大会においてはイデオロギー と社会構造との間における照応・規定関係(柔軟性・適応関係)の有無を明確にし,国家・王権・地域社会の相互の関係をより具体化することを目的として古代 国家・社会の総体的把握を試みてきた。2006~2009年度大会においては,国家・王権・地域社会の三者に内在する諸事象について多面的な検討を行っ た。その成果として,国家・王権・地域社会の権力関係,支配秩序,イデオロギーなどの存在を介しての有機的な結合を見出すとともに,日本古代国家・王権を 維持させていくために必要な「秩序」の果たした役割やその形成過程の析出に成功した。
 しかしながら,近年の議論は国内の事象を中心とした「一国史」的な視点・理解にとどまってきたことも否定しえない。国家・王権・地域社会の三者に内在す る諸事象は,内的な契機とともに絶えず周辺の国家・地域・集団との関係によって発生しており,日本古代国家・王権に対する周辺諸国家・集団の存在意義や影 響など,常に越境的・双方向的な関係を視野にいれる必要がある。そのため周辺諸地域との関係,すなわち「交流」という側面から日本古代国家・王権・地域社 会の様相を捉えていかなければならない。
 このような問題意識から日本古代史部会では,日本古代国家・社会と周辺の諸国家・集団との多様な「交流」の実態解明を課題として設定した。そこで, 2010年度大会「古代における交流と秩序形成」において,広瀬憲雄氏は,6~13世紀における東部ユーラシア諸国の外交関係を分析し,中国王朝の一元的 な国際秩序の存在を否定したうえで,「複数の種類の国際秩序」の存在を提示した。蓑島栄紀氏は,列島北方社会と倭・日本など周辺諸地域との支配関係にとど まらない多元的な交流を分析し,北方社会の史的展開と秩序形成を論じた。両報告により,列島社会が置かれていた国際関係を描き出し,「交流」と「秩序形 成」との密接な関係性を明らかにすることができた。
 その上で,「交流」が列島内の支配や秩序形成に果たした役割については依然として課題が残されている。多様かつ多元的なネットワークによる「交流」に よって古代国家・王権・諸集団は国際社会と結び付き,さまざまなモノ・コトを受容・展開させていった。それは列島内の支配や秩序の形成も例外ではない。 「外」の世界のモノ・コトを,いかなる「交流」により,「内」なる世界の秩序形成に繫げたのか。古代における「交通」概念の相対的理解のためにも,国家・ 王権・諸集団が,「外」の世界に何を求め,受容したのか。また,その取り入れたものが,どのような展開・派生を遂げたのか,具体的な事象の検討から明らか にされなければならない。
 そこで,本年度大会では「古代における交流と秩序形成Ⅱ」というテーマを設定し,「外」からもたらされ具体的な秩序形成に展開したものとして「仏教」を 取り上げ,国際社会のモノ・コトを列島社会に受容する具体的な事象として「交易」を取り上げることにし,中林隆之氏「東アジア〈政治-宗教〉世界と日本古 代国家」と皆川雅樹氏「日本古代の対外交易と「東部ユーラシア」」の2報告を用意した。
 中林報告は,東部ユーラシア地域における仏教受容の意義を,南北朝から隋・唐帝国期にいたる〈中華〉世界およびその周辺諸地域の再編過程を規定的に特徴 づけた〈政治-宗教〉問題として位置づける。その中でとくに〈中華〉帝国の周辺地域(東夷)たる倭-日本における,朝鮮半島諸国や隋・唐との多元的「交 通」を介しての仏教(人-組織・機構・教学)の導入・興隆が果たした意義について,国家と政治社会の秩序形成,および国際秩序(戦争-平和)の構築の模索 の動きに関わらせて論じる。
 皆川報告は,9~10世紀の「東アジア世界」の変貌について,「日本」における外来文物としての「唐物」の「交易」を通じて検討する。その際,「日本」 における「外への意識」が「内なる秩序」に与えた影響について,「海」を媒介としてのヒト(外交使節・海商など)とモノ(外来品)の動きに注目し,アジア 海域の多元的「交通」が作り出すネットワークの中の「日本」という視点から,「日本文化」(「国風文化」・「和漢」意識)形成の意義と関連させて論じる。
 両報告により,多様かつ多元的な「交流」が対外的・対内的な「秩序」の形成に果たした役割を明らかにし得るだろう。また,古代における「交流」や秩序形 成を,列島内だけでなく国際社会との関係の中で検討することにより,東アジア・ユーラシアの地域的枠組の設定や,「一国史」をいかにして乗り越えていくの かという議論についても,確かな方向性を与えるものとなるだろう。そして,昨年度大会同様に1983年度大会における古代東アジア諸国の国際意識(酒寄雅 志氏),1990年度大会における古代の境界と境外に対する観念(大日方克己氏),1994年度大会における対外「交通」からみた日本の古代国家・王権 (平野卓治氏)の議論を継承し発展させることを目指す。
 2011年度大会は日本古代史部会単独の開催となるが,アジア前近代史部会と合同で打ち立てた2004年度大会以来の課題と方向性を基本的に引き継ぐも のである。多くの方々の参加により活発な議論が展開されることを期待したい。  (河野保博)

中世史部会

中世社会における権力と村落

日本中世史部会運営委員会から
 中世史部会では2000年以降,国家を相対化する視座や在地と国家を切り結ぶ多様な「切り口」を模索し,流通や荘園制,宗教,在地領主などの問題を取り 上げてきた。その後,地域社会を含みこむ形で国家権力へと視点を移し,2008年度には権力による社会の紛争解決・秩序維持の構造,2009年度には武家 権力による都市支配の様相を検討した。そして2010年度大会では公家権力の実態と社会構造の解明を目指した。野口華世報告では,院政期から鎌倉期の女院 領における本家と知行者の関係およびその歴史的変遷から,公家社会を成り立たせる秩序と家領の形成過程を見通した。遠藤珠紀報告では,下級官人の実務運営 システムと経済基盤の変容を分析し,内実を変化させつつも存続し続ける中世朝廷の実態を明らかにした。こうした検討を通じて,中世における権力の実態につ いてよりいっそう理解を深めることができたと考える。
 そこで2011年度大会ではこれらの成果を踏まえ,いま改めて権力と地域のあり方を問い直す必要があると考え,「中世社会における権力と村落」をテーマ とすることに決定した。
 1980年代に始まる「村論」の進展により,中世村落をめぐる歴史像は大きく様変わりしつつある。こうした研究では中世後期の村落が「自力の村」として 把握され,年貢の村請と集村化を一つの契機として,政治的主体であり社会集団である村が成立すると見通されている。しかし一方で,村請の実態や村落の歴史 的変遷,中間層である土豪層の位置づけなどをめぐっては具体的検討が不足しており,議論が錯綜している。また,「村論」では村のあり方そのものに議論が集 中しており,かつて地域社会論の中で地域秩序を規定する要素として注目された寺社の存在が位置づけられていない。
 こうした研究動向に鑑み2011年度大会では,中世前期村落と中世後期村落の連続・非連続面を踏まえた歴史的変遷と近世村落への見通し,中世後期におけ る領主と土豪層との関係といった課題に取り組みたい。
 そして,今年度大会では上記課題に応えるために次の二つの視角からアプローチを試みる。
 第一は寺社と村落・領主権力との関わりという視角である。中世史部会ではたびたび宗教をテーマとした大会報告を行ってきたが,直近では2006年度大会 において宗教を取り上げ,荘園制下における地域や民衆に密着した寺社の存在形態を明らかにすることで,地域社会が国家的枠組みに収斂していく側面とその枠 組みを越えて自律的に展開していく側面を描き出した。しかし,中世村落の位置づけについてはなお課題として残された。これを踏まえて,寺社をめぐる権力と 地域社会の関係から惣村の成立と,その後の寺社の機能を考えてみたい。
 第二は中世後期における土豪層の活動から当該期の社会動向を見る視角である。領主と村落の間に位置する土豪層をめぐる議論,すなわち中間層論は1960 年代に本格化し,その性格規定をめぐり様々な概念が生み出されているが,今なお統一的見解を出すには至っていない。しかし,土豪層の運動が当該期社会の特 質を捉える上で重要な要素であることは言うまでもない。そこで中間層論で階級闘争や土地所有との関連で論じられてきた土豪層を,年貢・諸役負担を根幹とし た村と領主との関係の中で捉え直し,土豪層の役割と存在形態を論じていくことで中間層に対する新たな視角を提示したいと考える。
 こうした問題意識から当日は,坂本亮太「13~15世紀における在地寺社と村落」,長谷川裕子「15~17世紀における村の構造と領主権力」の2報告を 用意している。
 坂本報告では,中世前期の在地寺社が形成していた荘園制的な宗教構造や社会関係の特質とその変容を検討し,そうした変容の中で村において寺社が担ってい た機能に注目して,中世前期村落から中世後期村落への歴的変遷を考察していただく。長谷川報告では,15・16世紀の年貢収取を中核とする村請の実態を分 析し,村と領主との関係がどう形成されていくのか,その中で土豪層がいかに成立し,かつ変化していくのか,という問題について検討し,さらに17世紀まで を展望していただく。
 大会当日には,以上の主旨をご理解いただき,建設的な議論が行われることを期待したい。なお,両報告の内容を理解する上で,以下の文献を参照されること をお願いする。  (近藤祐介)

〔参考文献〕
坂本亮太「中世村落祭祀における寺社の位置──大和国平田荘下田村を中心に──」(『国史学』186,2005年)。
同「中世荘園と祈願寺」(『ヒストリア』198,2006年)。
長谷川裕子『中近世移行期における村の生存と土豪』(校倉書房,2009年)。
同「近世前期の地域秩序と村域形成」(渡辺尚志編『畿内の村の近世史』清文堂出版,2010年)。

近世史部会

近世社会の再生産構造―藩・地域・金融資本―

近世史部会運営委員会から
 本年度は「近世社会の再生産構造──藩・地域・金融資本──」をテーマに,領主層,地域社会の再生産構造を,それらと密接に関わっていた金融資本にも注 目しながら,総体として捉えなおす。それを通じて,近世社会の再生産がいかになされていたのか,その実態と変化の過程を究明していく。
 社会のゆるやかな変容過程を実態に即して描き出すことは,近年の大会において当部会が継続して目指してきた目標である。それを成し遂げるために,たとえ ば,2007年度では異文化接触,2009年度では商品経済の浸透など,幕藩領主から地域社会内までの広汎な諸主体・諸集団の存立基盤に大きな影響を与え るような要因に注目してきた。
 昨年度は,これらの大会でも注目してきた政治支配の問題をより突き詰め,社会変容に対応する政治支配のあり方を考えるべく民政の問題を取り上げた。その 結果,領主層の再生産が困難になった時に,藩政改革が行われ,その中で地域社会との向き合い方がひとつの課題となったことが明らかになった。すなわち,維 新期に至るまで繰り返し行われた藩政改革においては,領主層の再生産と地域社会のそれの折合いをつけることに領主層が腐心していたこと,そしてそれにはか なりの困難が伴ったことが示された。
 それではなぜそれが難しかったかといえば,①領主層の再生産も地域社会のそれもお互いの関係なしでは成り立たずに,相互の調整が必須であったこと,②そ れに加えて,地域を超えて全国レベルで活動するような金融資本との調整も必要であったことが,そのおもな要因であったと考えられる。
そこで,当部会は,⑴領主層の再生産構造と地域社会のそれ,双方をそれぞれ別個のものと見なすのではなく,たがいに関係しあって,その形を適宜変えなが ら,再生産構造を維持したものとして捉えるべきである,⑵さらに,それに金融資本との関係も加えて,総体としての再生産構造がどのようにして機能していた のかを明らかにしなければならないと判断した。
 ここで,金融資本の最たるものであり,諸地域との多様な関係を有する大坂金融資本と諸藩との関係を例にとって,当部会が考える総体としての再生産構造, 藩に即していえば藩経済と呼べるものの内容について,もう少し具体的に説明しておこう。諸藩への貸付けを重要な収益源のひとつとする大坂金融資本にとっ て,藩経済が健全に経営されることは,長期にわたって収益を確保するうえで重要であった。したがって,かれらについても,資金調達などの面で藩経済の運営 に積極的に関与し,その再生産構造を維持するために不可欠な存在であったと捉える必要がある。
 ここでは大坂金融資本と諸藩との関係を例にとったが,これまでの大会でも明白であったように,地域社会の再生産に担保されてこそ,領主層の再生産,また ひいては藩経済は成り立ちえた。これらの点から,領主層,地域社会,金融資本が深く関わるものとして,総体としての再生産構造を捉えていく必要性が明らか になる。
 本年度は,それを藩に即して分析する。領主層,地域社会,さらにはそれらと金融資本との関係を同時に視野に入れられる藩をひとつの単位にして,この三者 が,ときに矛盾をきたしながらも,相互に関係しあって,総体としていかに再生産を維持したのかという問題を具体的に究明していきたい。
 以上の関心から,運営委員会は伊藤昭弘氏と今村直樹氏に報告を依頼した。
 伊藤報告「近世後期の藩領国における資本循環構造と藩財政」は,近世後期の藩領国経済における資本循環構造の中で,藩権力が果たした役割を考える。従来 の藩政史では藩の財政窮乏が強調されてきたが,近年伊藤氏は藩が保有していた資産に注目し,窮乏イメージに異議を唱えてきた。もちろん藩によってさまざま であろうが,萩藩・佐賀藩などでは藩領国における最大の資本所有者は藩当局であり,領国経済に大きな影響力を誇っていた。報告では藩当局による資本調達・ 運用について,大坂金融資本など領外資本との関係や領国における経済政策,藩札発行といった点から検討し,近世社会の再生産における藩権力の経済的役割・ 機能について考える。
 今村報告「近世後期藩領国の行財政システムと地域社会の「成立」──熊本藩領を事例に──」は,領主層がいかにして領民の「成立」を図っていたかという 近年活発な議論が行われているテーマに対して,藩・地方行政と地域社会の「成立」という視点から,あらたな光をあてる。これまで今村氏は,熊本藩の地方行 政機構(手永)にストックされた資産(会所官銭)の存在に注目し,それが農業インフラなどの整備や貧民救済に果たした役割を明らかにしてきた。報告では, 近世後期に地方行財政が整備される契機,藩財政と地域財政の関係,隣接する他領や諸地域の金融資本との関わりなどに留意しながら,地域金融の改善,零落村 の復興や社会資本の整備など,惣庄屋・郡代らによる地方行政の展開をおもに検討する。
 両報告ともに,藩というひとつの単位に着目して,その総体としての再生産構造の実態解明を目指すものである。議論の射程には幕府との関係も含まれてお り,近世社会全体の再生産構造を明らかにする一歩になると考える。幅広い議論を期待したい。  (佐藤雄介)

近代史部会

植民地認識を問直す―継続する「戦争」、終わらない「分断」―

近代史部会運営委員会から
 19世紀以降に構築された植民地主義は,今なお機能している。現代における資本と労働の新たなグローバルな編成のもとでは,かつての『先進』/『後進』 の枠組みは融解したかに見える。しかし,植民地支配から連なるむき出しの暴力と社会の分断は,旧植民地社会に偏在し,この枠組みをむしろ再編成し強化して いる観さえある。これらの意味で,“植民地支配は終わっていない”。この植民地主義の継続に対して,旧宗主国の人々の関心が希薄であるならば,そうした継 続を不可視化する構造を問う営みは喫緊の課題であろう。
 近代史部会はここ数年「近代の支配原理」に注目してきた。今年度はその一環として,継続する「戦争」と終わらない「分断」という観点から植民地支配とそ の認識を再検討する。植民地研究の多様なアプローチのひとつとして,植民地時代から継続して現地の社会を規定してきた政治的な権力関係に対する新たな認識 を喚起した「植民地責任」論が近年とくに注目を集めており,2010年度の大会全体会「いま植民地責任を問う」でも取り上げられた。我々はこの「植民地責 任」論の成果のなかでも,とりわけ次の二点──①制度的な独立以後も暴力的な支配体制が残存し,その社会を分断したシステムもまた解体されることがなく, むしろより巧妙な権力関係となって現在まで機能し続けていること,②いわゆる戦時の問題のみを扱ってきた従来の「戦争責任」論とは異なり,平時を含む恒常 的な生活の破壊についても考察の対象としたこと,に注目したい。
 植民地主義は,表向き現地の安定と発展を標榜することで支配の正当性を確保していた。反面,その社会を支えてきた独自のシステムは非合理的なものとして 否定され抑圧されるとともに現地の人々を引き裂き相争わせるシステムがその社会の深くにまで打ち込まれる。たとえば英国のパレスチナ委任統治においては, 欧米「ユダヤ人」を頂点とした支配体制を構築するために,現地アラブ人社会のあり方を「野蛮」と規定して,旧来のイスラム教,キリスト教,ユダヤ教の宗教 共同体間秩序を破壊し,暴力の応酬を恒常化させた。このように植民地主義の支配体制は,現地社会を蹂躙しただけでなく暴力の契機を振りまくことで,なによ りも人々の生活を脅かし続けるものであった。そして,今なお世界各地ではその残滓に苦しめられている人々がいる。この意味で植民地とされた社会は今日まで 常に平和から最も遠い位置にあるといえるだろう。
 一方で宗主国の社会は,「文明化の論理」という神話のもとで,植民地支配体制を是認していた。この論理に従うなら,本大会のキーワードである「戦争」と 「分断」は,宗主国側からすればたとえば「秩序維持」と「社会の再編成」と読み替えられる。植民地社会を暴力的に組み換え,宗主国に都合のよいシステムに 変容させられる過程は,この読み替えのレンズを通すことで悲惨な現地の実態や血生臭さが取り除かれ,好ましい価値観を付与され,宗主国社会の人々の歓心を 得る幻想へと置換された。「共存共栄」というようなグロテスクな幻想は,こうした正当化の読み替えを植民地への認識上の暴力に変換させる重要な仕掛けであ る。この幻想の下では植民地の抵抗活動は目指すべき理想への障害として扱われ,抑圧や現地支配協力者への権力の強化を促すことになってしまった。加えて, このような幻想が機能していることは,宗主国の社会,また国際社会からもその支配体制が是認され,宗主国同士の協力体制が構築されるうえで不可欠であっ た。
 植民地支配とは,このように植民地および宗主国,さらには国際関係にいたる多層な構造によって成立していた。これが継続して機能していることに関しては 多くの研究が指摘してきたことであるが,近年旧宗主国からの研究には植民地問題を正当化,合理化しようとするものが出てきている。植民地にまつわる幻想も また,いまだ機能しているようだ。植民地支配を通じて社会に内在化した「戦争」と「分断」のあり様に着目することで,このような幻想を批判し,近代以降に 構築されたこの暴力的な構造が,まさに我々の現在の社会の基礎にあることを明らかにして,植民地認識への新たな地平を拓くことを目指したい。
 以上の問題関心から,今回は以下の二人に報告を依頼した。
 愼蒼宇氏「朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配──韓国軍事体制の系譜──」では,現代韓国における軍人優位の体系と民衆運動抑圧の体制が,日本と朝 鮮独立運動との50年にわたる「戦争」経験のなかでどのように形成されてきたのかを,①「親日派」軍人の形成過程,②植民地戦争下の社会組織化(自衛団/ 密偵組織など),③朝鮮民衆の生活への影響と対立の様相,という三点に着目しながら検証する。そして,現代の朝鮮半島の「戦争」と「分断」に植民地主義が どのように再編されつつも継続しているのかを問い直す。
 浅田進史氏「植民地における軍事的暴力と社会創造──ドイツ植民地統治の事例から──」では,19世紀末・20世紀初頭のドイツ植民地統治の事例を通じ て,軍事的な暴力の存在・威圧・顕示・行使が植民地支配下に置かれた社会に与えた衝撃を,破壊のみならず,「創造」の側面に着目して再検討する。とくに, その暴力を通じた社会創造──まさに「分断」の創造でもある──が,当時の植民地支配を前提としていた世界秩序をいかに支えていたかについて考察する。
 両氏の報告に対し,宋連玉氏と檜皮瑞樹氏からコメントをいただく。あわせて多くの方々の参加と議論をお願いしたい。  (武田祥英)

〔参考文献〕
永原陽子編『「植民地責任」論──脱植民地化の比較史──』青木書店,2009年。
愼蒼宇「韓国軍人の抗日蜂起と「韓国併合」」『思想』1029号,2010年1月。
浅田進史『ドイツ統治下の青島──経済的自由主義と植民地社会秩序──』東京大学出版会,2011年。

現代史部会

脱植民地化の困難にむきあう-20世紀における占領と解放 -

現代史部会運営委員会から
 当部会ではこの間,20世紀後半における社会形成の質をめぐる探究と,植民地主義の戦後世界への再編・継続に関する検証とに交互にとりくんできた。この 往復作業は,前者の実証を深めていけばいくほど,「戦後=冷戦下」が後者の領域と不可分に絡まりあって構成されてきた事実に直面せざるをえないためであ る。後者について企画名だけをあげれば,2005年度「複合的視角から見た戦後日本社会」,2008年度「離散者が問う戦後世界像」,さらに昨年度「記憶 をめぐる抗争と創造」等を通して追究してきた。
 こうした展開と呼応するように,昨年度は全体会でも植民地支配が真正面に据えられた。「植民地責任」論を手がかりに植民地化の過程から脱植民地化の途上 にある今日までを包括する新たな認識枠組の必要が提起されたが,それは私たちに足下からの点検を迫る事態といえる。とりわけ現代史研究においては,20世 紀後半の世界を貫く脱植民地化の趨勢を自明視せず,従来,国際関係史等の文脈では植民地主義と結びつけて論じられてこなかった問題群を,いまいちど問いに 付すことが求められよう。
 そこで今年度は,脱植民地化が進む戦後世界のなかでこそ生まれる「占領と解放」という一見相反する事態を焦点として,全体会の問題提起をこれまでの当部 会の蓄積のなかで受けとめ,さらに視野を開いてゆく機会としたい。もちろん,占領にまつわるさまざまな抑圧や政治過程を「植民地」と類比すれば事足りるわ けではなく,まずは分析の精度を高めるための試掘作業が重要となる。
 ひとつには,この新たな占領のあり方を単に冷戦形成の一環とするにとどめず,現代史を考えるための不可欠な支点として位置づけたい。それには(旧)帝国 間の占領よりも,むしろ周辺地域で始まった占領から再検討を出発させるべきだろう。なぜならば,周辺地域での占領は,①「戦後処理」を越えた近代以来の複 数の抗争や構想の結節点として,長期的視野のもとで捉える必要を私たちに迫り,また②主権の形態から個々の主体までを貫いて変容を強いる占領の力学を通じ て,制度的な植民地支配の痕跡だけでなく,さまざまな植民地主義が再編されて流れこむ過程が浮き彫りになると考えられるからである。
 ならばもうひとつ,占領がいかなる主体の形成と相関するのかを見通そうとする企図も了解されよう。第二次大戦以降,さまざまな占領はほぼ例外なく被占領 者の解放を謳ってきた。それを植民地主義の隠蔽と見るのはたやすいが,他方で解放に賭けるさまざまな主体の実践と葛藤を誘発したことも事実である。しか も,その解放が誰のものであり,それによって新たな抑圧と屈折がいかにつくられたのかを問うならば,解放の評価も,そこで発生した「責任」の位置づけも, 慎重な検討を要する。
以上の課題と視角を立てたとき,沖縄とパレスチナという二つの場所とそこに生きた人々の経験にあらためて注目が集まるのはむしろ必然だろう。そこで今回は 以下の構成によって課題にとりくみたい。
 まず戸邉秀明氏の報告「沖縄「戦後」史における脱植民地化の課題──復帰運動が問う〈主権〉──」では,沖縄人が占領に抗して主体の回復を求めた復帰運 動の検討を通じて,戦後日本の植民地主義や主権の実態を考える。具体的には,長く沖縄の近代化を主導してきた学校教員が占領下でとりくんだ諸活動(広義の 復帰運動)から,それがはらむ同化主義や開発志向の執拗さ,あるいはその内的克服を挫いた占領の構造が摘出され,沖縄人の近代以来の主体化の試みが直面し た困難が捉えられる。中心的な対象は占領後半の1960年代となるが,できるだけ長期の射程を意識した問題提起をお願いした。
 ついで早尾貴紀氏の報告「パレスチナでねじれる占領と解放の主体──バイナショナリズムをめぐって──」では,1948年のイスラエル建国/パレスチナ 占領に凝集された諸矛盾が焦点になる。排外的な建国の渦中でもユダヤ知識人に少数ながら存在したバイナショナリズム(二民族一国家論)が,占領によって覚 醒したパレスチナ人意識をへて,今日ではパレスチナ側から提起されている。近百年のパレスチナに現れたこのダイナミズムからは,ヨーロッパ近代思想に根ざ す民族・人種や主権をめぐる議論の二律背反とそれを否認する植民地主義にとどまらず,その克服をめざす道筋も浮かびあがるだろう。
 さらに,英帝国の脱植民地化/脱宗主国化の研究を先導されてきた木畑洋一氏,沖縄にあってアメリカ「帝国」の占領の歴史を湛えたプエルトリコを研究され ている阿部小涼氏のお二人からコメントをいただき,両報告をより広い文脈に媒介していきたい。
 「植民地」と名指すことをあらかじめ禁じられた植民地化のなかで,人々はどのような困難を感知し,それゆえにどのような解放を模索したのか。この問いは 当然,新たな世紀の10年を生きた私たちが,世界で「合法的」につくられ続けている占領の現実を見据えるためにも不可欠である。そうである以上,「脱植民 地化の困難にむきあう」とは,報告が対象とする主体自身の課題であったと同時に,それを論じる私たちの今日の境涯を示してもいる。この二重の「むきあう」 を思考する場を創り出すためにも,ぜひ多地域・多分野からの積極的な参加をお願いしたい。  (中村綾乃・関 智英)

〔参考文献〕 *著書・論文の副題は省略
戸邉秀明「基地と近代性」樋口映美・中條献編『歴史のなかの「アメリカ」』彩流社,2006年。
同「「戦後」沖縄における復帰運動の出発」『日本史研究』547号,2008年3月。
同「沖縄教職員会史再考のために」近藤健一郎編『沖縄・問いを立てる 2 方言札』社会評論社,2008年。
早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』青土社,2008年。
同「「ユダヤ人国家」の普遍性を追求したヘブライ大学の哲学者たち」西山雄二編『哲学と大学』未来社,2009年。
同「シオニズムにとっての土地と占領」ミーダーン編『〈鏡〉としてのパレスチナ』現代企画室,2010年。
木畑洋一『イギリス帝国と帝国主義』有志舎,2008年。
阿部小涼「ポストコロニアル・プエルトリコ」遠藤泰生・木村秀雄編『クレオールのかたち』東京大学出版会,2002年。

合同部会

相互行為としての地域統合-内在する「他者」と支配理念の再編―

合同部会運営委員会から
 2010年度の歴史学研究会大会において,合同部会は,「ヨーロッパ前近代における地域統治と国家イデオロギー」というタイトルのもとで,シンポジウム を開催した。このシンポジウムでは,前近代ヨーロッパにおける帝国や王国が,多様な地域社会を組み込みながら,統合を実現する過程が論じられた。この過程 で,ローマ帝国のイメージやローマ法に由来する「公益」の概念,さらにはキリスト教信仰を基盤とする,統合のイデオロギー,支配理念の重要性が明らかにさ れた。
 この支配理念の基盤である政治思想や宗教は,自らの普遍性を主張しながらも,特殊なものであり続ける。この矛盾のために,理念は,自らの力の範囲を拡大 させながら,その内部に存在する「他者」と対峙し,動揺することになる。前年度のシンポジウムでは,支配理念が地域社会に貫徹される過程が明らかにされた が,地域社会の「他者」がこれに対して示した反応や,これに起因する理念の側の変容について,十分に論じられたとは言い難い。しかし,地域統合の過程にお いて,「他者」は,ジャワハラル・ネルーと似た経験をするかもしれない。後に近代インドの「父」となった彼は,「外国による征服は,忌まわしいことだらけ だが,一つ利点もある。人々が精神的な地平を広げ,自分たちの殻の外に目を向けることを余儀なくさせる。人々は世界が想像したよりもずっと大きく,変化に 富んだ場所であることに気づくのだ」と述べた。現在イギリスで活躍するエリートたちの中には,イギリスのインド支配によって生じた,新しい人生の可能性を 摑み取った人々の子孫がいる。他方,「他者」の固有の文化や価値観が,支配理念に影響を与えることもある。トンマーゾ・カンパネッラの『太陽の都』に示さ れた都市の姿は,ナポリの人文主義者が夢想した,最善の政治体制のイメージである。しかし,同時に,彼の同時代人ファン・デ・トルケマーダが『インディア ス王国史』に描き出した,理想郷としての先住民社会の姿を思い起こさせる。
 このように,地域統合は,「他者」の理念に対する服従,支配理念の普遍的妥当性の貫徹として,一方通行的な仕方ではなく,両者の間で交わされる,複雑な 相互行為を通じて実現される。2011年度の合同部会シンポジウムでは,こうした相互作用の過程を辿り,その歴史的意義を論じてみたい。このテーマは,西 洋古代史,中世ヨーロッパ史,イスラーム史,そして近世ヨーロッパ史を専門とする研究者が,時間的,空間的に規定された研究分野の境界を越えて議論を行う 場,「他者」との出会いの場として,活動を続けてきた,合同部会の伝統にも相応しいものであろう。
 最初の報告,田中創氏の「ローマ帝政後期の法と実践──テオドシウス朝の事例をもとに──」では,4世紀末から5世紀中葉のテオドシウス朝期ローマを対 象に,ユダヤ教シナゴーグ焼打ち事件などの事例に基づき,ローマ法の帝国全体における普遍的適用をめぐる中央政府と地方のやり取りを論ずる。また,この過 程で生じた僭称帝の擁立などの様々な混乱に対する,勝者の側のコントロールの試みを明らかにする。
 ヨーロッパ中世のキリスト教共同体の拡大は,「十字軍」という試みとして現出した。政治的にはマジョリティーであったが社会的にはマイノリティーであっ たエルサレム王国のフランク人は,いかにしてムスリム住民という「他者」を統治したのであろうか。櫻井康人氏の報告「12世紀エルサレム王国におけるフラ ンク人とムスリムの政治的コミュニケーション」では,両者の間に存在した媒介に注目し,「他者」間の政治的コミュニケーションの実態が論じられる。
 イスラーム史研究からは,山口昭彦氏が「サファヴィー朝とクルド系諸部族──宮廷と土着エリートの相関関係──」と題して報告する。トルコ系諸部族の軍 事力とシーア派信仰を基盤として成立したサファヴィー朝が,その大半がスンニー派であったクルド系諸部族を統合していく経緯を辿りながら,その過程におけ る両者の変容が明らかにされる。
 ヨーロッパの近世史は,中世的な「普遍なる(カトリック)キリスト教共同体」という理念の動揺の時代である。この大変動のきっかけは,「地理上の発 見」,そして「宗教改革」と呼ばれる出来事を通じた,「他者」との出会いであった。平田和重氏の報告「16世紀メキシコにおける先住民の精神的征服──告 解制度がもたらしたもの──」は,先住民のキリスト教化に携わった宣教師が,告解制度導入の過程で先住民との間に積み重ねた双方向的な営みを明らかにし, その影響を考察する。他方,近世のブリテン諸島では,多様な地域・宗教・民族からなる複合国家「ブリテン」の形成が推し進められた。岩井淳氏「17世紀ブ リテンの複合国家と他者認識──ウェールズとアイルランドの場合──」では,ピューリタン革命期を中心に,アイルランドとウェールズに対するイングランド 人の認識のあり方,さらにはイングランドを中心とした統合の過程を検討する。
 人・モノ・サービス・情報が容易に国境を越えていく「グローバル化」の時代において,アンソニー・パグデンは,近代の国民国家の一員たる我々が「もう1 度単なる「人々」に戻ろうとする兆し」を看取した。人々は,旧来の政治的・文化的な枠組みの外へと越境する思考様式を獲得する必要に迫られている。こうし た状況において,本シンポジウムの課題が現代的意義を持つことは,明らかである。シンポジウム後半の質疑応答の司会は,加藤玄氏がつとめる。様々な時代と 地域を対象とする研究者が,積極的に議論に参加することを期待したい。