2010年度歴史学研究会大会

会場:専修大 学生田キャンパス (川崎市多摩区東三田2-1-1)  
    小田急線向ヶ丘遊園駅下車 北口より 大学行きバス10分


第1日 5月 22日(土)  13:00~17:30 
 
全体会  いま植民地支配を問う                         
 植民地体制の国際化と「植民地責任」-南部アフリカを手がかりに-…………永原陽子
 韓国における「親日」清算問題の位相…………………………………………… 藤永壯
 戦後歴史学における植民地認識-韓国併合過程をめぐって-…………… 小川原宏幸

第2日 5月23日(日)  9:30~17:30(近代史部会は10:30~17:30)

古代史部会 古代における交流と秩序形成                  
 倭国・日本史と東部ユーラシア-6~13世紀における政治的連関再考-……廣瀬憲雄
 北方社会の史的展開と王権・国家…………………………………………… 蓑島栄紀

中世史部会 中世公家社会の構造と変容 
 中世前期公家社会の変容………………………………………………………野口華世
 中世朝廷の運営構造と経済基盤……………………………………………… 遠藤珠紀

近世史部会 近世の政治支配と社会変容-民政の担い手の視座から-
 近世後期の藩学と「改革」-越後長岡藩儒・秋山景山を中心に-………… 小川和也
 維新における「私政」の否定と藩政-飯田藩を事例に-…………………… 池田勇太

近代史部会 資本主義社会を生きるということ-労働の現場を通じて- 
 20世紀初頭シカゴ食肉工場街の労働と生活-支配と変革の接点を探る-…松田裕之
 工場の労働時間-日本製糸業の現場から-……………………………………榎一江
  コメント:奥田伸子・白井聡

現代史部会 記憶をめぐる抗争と創造-ポスト冷戦史の一断面- 
 ポスト冷戦における東京大空襲と「記憶」の空間をめぐる政治……………… 山本唯人
 抵抗の記憶-《植民地》戦争としてのスペイン内戦-……………………… 飯島みどり
  コメント:寺田匡宏・聶莉莉

合同部会 ヨーロッパ前近代における地域統治と国家イデオロギー   
 ローマ帝国における皇帝権力と地方都市
   -帝政前期のイタリア地方都市を事例として-…………………………… 島田誠
 ビザンツ国家の行政機構と教会組織-地域統合の制度とイデオロギー-…大月康弘
 フランス中世における王権と地域支配-王国統治理念の発展と変容-……渡辺節夫
 ブルゴーニュ公国における地域統合と都市
   -シャルル・ル・テメレール期の政治文化を中心に-……………………… 河原温
  コメント:清水和裕

▲ 会場整理費 : 一般1800円 会員1500円 学生(修士課程まで) 1000円
   両日とも参加できます。 事前申し込みは不要です。


全体会

いま植民地支配を問 う

委員会から
 今年度全体会では,植民地支配研究の現状を,「韓国併合」から100年を経た2010年という年,さらに21世紀も10年が過ぎた,そして内外に大きな 経済・政治変動が生じているまさに現在の地点から考察する。2008,2009年の全体会は「新自由主義の時代と現代歴史学の課題」を掲げ,グローバル 化・市場化の進行のなかでの歴史学を多面的に論じた。今年度はこれまでの問題関心を引き継ぎつつ,歴史学にとって主要なテーマであり続けた植民地支配の問 題を正面から取り上げる。
 こうした課題設定に積極的意義を付与している二つの背景を指摘したい。ひとつは世界と日本の政治的な動きなど,われわれと歴史学を取り巻く情勢である。 ふたつめには,近年大きな発展をみた植民地支配についての研究状況である。最初に世界と日本の動きをみてみよう。20世紀末以来,世界的規模で植民地支配 に対する謝罪と補償の要求が起こっている。そこでは近代の植民地支配はいうに及ばず,奴隷貿易・奴隷制までもが対象になっている。こうしたなか日本に目を 転じると,同時期には歴史学の研究や運動の成果により植民地支配が朝鮮や台湾にもたらした被害に光があてられ,かかる被害を日本政府が認める局面も生まれ た。だが近年「バックラッシュ」ともいうべき事態が生じている。「慰安婦」をめぐる河野官房長官談話を否定する安倍元首相の発言,一部の国会議員による米 下院での「慰安婦」に対する謝罪要求決議案への非難などがそれである。また「新しい歴史教科書をつくる会」等の歴史教科書を採択する動きが広がっている状 況は見過ごせない。記述内容への学界や市民による厳しい批判や,「つくる会」の分裂にもかかわらず,東京都杉並区,神奈川県横浜市の一部区域などにおいて も「つくる会」教科書の採用を許してしまった。
 一方,植民地支配をめぐる研究は近年大きな深化がみられた。たとえば,補償を求める裁判闘争とも関連して,朝鮮人・中国人強制連行の実態の解明が行われ ている。また戦争責任論・戦後補償論,さらには今回取り上げる「植民地責任」論という新しい議論の枠組により,植民地支配を問う視角が多元化している。
以上のような世界と国内の動きと植民地支配をめぐる研究状況のなかで,歴史学が植民地支配の「過去」にいかに向き合ってきたのかを整理し,これからどのよ うに向き合っていくのかを議論する場が求められているといえるだろう。そのため歴史学研究会委員会では,①植民地責任論という枠組の射程,②韓国における 植民地時代の負の「遺産」清算,③日本の歴史学における植民地支配研究の動向を柱として報告を依頼した。
 永原陽子「植民地体制の国際化と『植民地責任』──南部アフリカを手がかりに──」。永原氏は近年,南部アフリカの歴史と1990年代以降の植民地支配 の清算をめぐる攻防を再検討し,「植民地責任」論を提唱してきた。この枠組は「過去」の問い方自体を変え,ひいては世界史認識をも変容させる問題提起とな ると考える。なぜならば「植民地責任」論は,「人道に対する罪」という概念を出発点として広い意味での支配責任を問い,同時にヨーロッパ中心の国際法体系 や,さらには奴隷貿易・奴隷制を当然のものとしてきた「近代」それ自体への批判となるからである。今回,永原氏は南部アフリカの植民地主義の錯綜した歴史 的実態をふまえながら,植民地支配の世界史的連関を論じる。また戦争責任論と「植民地責任」論の関係についても言及していただくことになろう。
 藤永壯「韓国における『親日』清算問題の位相」。藤永氏は朝鮮植民地支配を賛美・合理化する言説を鋭く批判してきたが,近年,韓国の「過去清算」問題か ら植民地支配を問う研究を展開している。日本の植民地支配の直接的協力者としての「親日派」は,解放後韓国の権威主義体制の中核を占めてきた。近年,韓国 では「過去清算」に関わる法律が制定され,政府・軍による民衆弾圧の真相究明,弾圧された人々へ名誉回復・補償が行われている。これは日本の植民地支配が 遺した負の「遺産」に韓国の人々がいかに向き合っているのか,という問題ともいえる。藤永氏には,韓国における「過去清算」問題に関わって問題提起をして いただく。
 小川原宏幸「戦後歴史学における植民地認識──韓国併合過程をめぐって──」。日本の「韓国併合」過程を,伊藤博文の「韓国併合」構想にそくして研究を 積み重ねてきた小川原氏には,特に伊藤博文の対韓政策の評価をめぐる近年の動向にもふれながら,日本の歴史学における朝鮮植民地化に関する研究を概括する 報告をお願いした。さらにこれまで日本の歴史学研究者が,朝鮮植民地化にどのように向き合ってきたのかについて,論じていただく。
以上の3つの報告は,責任というものの論じ方,そして植民地支配の責任追及が新たな展開を見せるようになる歴史的背景,さらには近代世界史の見直しを展望 した歴史学の新しい方法的視座について,実りある議論を喚起するであろう。歴史学研究会委員会はこの全体会企画が,大会参加者を含めた活発な討論が行われ る場となることを期待している。  (研究部)

〔参考文献〕
永原陽子編『「植民地責任」論』(青木書店,2008年)。
同「二〇世紀起点の南部アフリカと東アジア」(『歴史評論』第692号,2007年12月)。
藤永壯「韓国の『過去清算』とは何か」(『情況』第3期第6巻第9号,2005年10月 http://www.dce.osaka- sandai.ac.jp/~funtak/papers/joukyou_0510.html)。
同「韓国の『過去清算』はどうなっているか」(田中宏・板垣竜太編『日韓 新たな始まりのための20章』岩波書店,2007年)。
小川原宏幸『伊藤博文の韓国併合構想と朝鮮社会』(岩波書店,2010年)。
同「伊藤博文の韓国統治と朝鮮社会」(『思想』第1029号,2010年1月)。

古代史部会

古代における交流と秩序形成

日本古代史部会運営委員会から
 日本古代史部会は,1997年度~2003年度大会の議論により,国家・王権・地域社会の関係性を確認することができた。そして,2004年度大会以降 は,これら三者に内在する諸事象(権力関係,支配秩序,イデオロギー等)について,多面的に検討してきた。
 2004年度大会「古代王権の構造と支配秩序Ⅰ」では,支配を正当化するイデオロギーの形成過程を分析した(河内春人氏)。2005年度大会「古代王権 の構造と支配秩序Ⅱ」と2006年度大会「古代国家の支配と空間」において,国家・王権と社会を結びつける天皇即位儀礼(藤森健太郎氏),国家と地域社会 を結びつける駅伝制(中村太一氏),の果たした役割をそれぞれ検討した。続く,2007年度大会「古代における法と地域社会」と2008年度大会「古代国 家の秩序と観念」では,イデオロギーの表象たる「法」の理念(服部一隆氏),古代における天皇・国家に対する観念(関根淳氏)を析出した。そして, 2009年度大会「古代における地域社会の構造と統合」では,荒井秀規氏は,班田収授制と国土観から律令国家の地域支配を検討し,三原康之氏は,村落社会 における祭田行事や労働力編成から村落社会を検討し,国家・王権と地域社会の双方向の関係性を明らかにした。
 以上のように,検討対象となった諸事象が,国家・王権・地域社会の三者を有機的に結びつけていたことを明らかにしてきた。そして,日本の古代国家・王権 を存立・維持させていくために必要な「秩序」の果たした役割や,その形成過程を析出することができた。しかし,これらの議論は,「一国史」の視点で検討さ れてきたため,周辺の諸国家・集団の存在が捨象された側面を持つ。すなわち,日本の古代国家・王権と,周辺の諸国家・王権が,相互にいかなる関係を持ち, いかなる影響を与えていたかということについても視野に入れる必要がある。このような視点を導入することで,近年の議論を相対化しつつ,その成果を発展す ることができるだろう。
こうした視点は,従来から指摘されている,古代東アジア像をいかに描くか,「一国史」をどのようにして乗り越えるかという点と関連する。当部会が2003 年に開催したシンポジウム「古代史研究の現在──石母田正『日本の古代国家』発刊30年を契機として──」(本誌第782号,2003年)においても,今 後の古代史研究の課題・方向性の一つとして,古代東アジア地域全体を見据えた新たな歴史像の構築作業の必要性が指摘されている。これらは,古代史研究を行 う上で,意識的に向き合わなければならない喫緊の課題であろう。
 その上で,古代国家・王権や集団の関係に検討を加えていく際に,石母田正氏が提起した,「交通」と「国家」の連関性が注目される。「交通」とは,「経済 的側面では,商品交換や流通や商業および生産技術の交流であり,政治的領域では戦争や外交をふくむ対外諸関係であり,精神的領域においては文字の使用から 法の継受にいたる多様な交流」(石母田正『日本の古代国家』第1章,岩波書店,1971年,14頁)と定義されている。このように,国家や集団を結びつけ る「交流」に着目することは,上記の課題を解明するための有効な視点になり得る。
 そこで,本大会では,「古代における交流と秩序形成」というテーマを設定し,廣瀬憲雄「倭国・日本史と東部ユーラシア──6~13世紀における政治的連 関再考──」と蓑島栄紀「北方社会の史的展開と王権・国家」の2報告を用意した。
 廣瀬報告は,6~13世紀の東部ユーラシアにおける外交関係を手がかりとして,まず,これまで重視されてこなかった10世紀以降の君臣関係が貫徹しない 外交関係を検討する。続いて,西嶋定生氏・石母田正氏の枠組で説明されてきた隋・唐代の外交関係を見直し,各時代における「国際的契機」の検討を通じて, 「東アジアの中の日本(史)」像に対する再検討を行っていく。
蓑島報告は,6~13世紀における列島北方社会の史的展開を,倭・日本など隣接諸地域との「支配-被支配」の関係にとどまらない多元的な交流から解明す る。北方社会の主体性を重視し,このような交流が双方の歴史をいかに規定し,いかなる秩序・社会が形成され,展開していったのかを論じる。
 両報告により,多様かつ多元的な「交流」が対外的・対内的な「秩序」の形成に果たした役割を明らかにし,同時に,次元の異なる「交流」を対象とすること により,それぞれの秩序形成に果たした役割を比較することができる。また,東アジアの地域的枠組の設定や,「一国史」をいかにして乗り越えていくのかとい う問題についても,確かな方向性を与えるものとなるだろう。そして,1983年度大会における,古代東アジア諸国の国際意識(酒寄雅志氏),1990年度 大会における,古代の境界と境外に対する観念(大日方克己氏),1994年度大会における,対外「交通」からみた日本の古代国家・王権(平野卓治氏)の議 論を継承・発展させることを目指す。
 本大会は,日本古代史部会単独での開催となったが,当日は多くの方々に参加いただき,活発な議論が展開されることを期待したい。  (五十嵐基善)

中世史部会

中世公家社会の構造と変容

日本中世史部会運営委員会から
 中世史部会では,2004年~2007年度大会において,地域社会の動向から中世社会の構造や国家権力の姿を照射するという立場に立ち,地域と荘園制・ 宗教・在地領主との関係を考察する中で,豊かな中世社会像を構築してきた。2008年度大会では,これらの成果を踏まえ,権力のあり方を問い直すという観 点から,地域における紛争解決と秩序維持の構造を検討した。
 この権力を問い直すという観点を受けて,2009年度大会では,中世の権力がその基盤とした鎌倉・京都に注目し,権力による都市支配のあり方を検討し た。秋山哲雄報告では,鎌倉の変容と鎌倉幕府の成立・展開過程とを関連づけて検証し,鎌倉が全体として求心力を高める一方で,並行して「多核化」とも呼ぶ べき求心力の拡散状況が進行したことを明らかにした。三枝暁子報告では,室町幕府が京都において山門勢力を取り込むことによって,経済基盤の整備や京都の 土倉・酒屋の把握を行う中で,寺社という権門を介して都市住民を掌握していく様相を明らかにした。これらの分析を通じて,とりわけ武家権力の支配の特質に 関する理解を,より一層深めることができたと考える。そこで2010年度大会では,中世において武家とともに権力の一翼を担った公家権力に焦点を合わせ, それを成り立たせている社会の構造を問い直すことを目的として,「中世公家社会の構造と変容」をテーマとすることに決定した。
 今日の中世史研究においては,公家社会と武士の密接な関係を解明している職能論的武士論や,荘園の成立に院・摂関やその近臣などが大きな役割を果たして いたことを明らかにした立荘論,公家を単に武家に吸収されるものととらえずに両者の関係性を解明する室町期の公武関係論の成果などによって,公家社会の様 相が多面的に明らかにされつつある。とりわけ近年では,王家論や室町殿論などに見られるように,公家社会の上位層への関心が高まり,研究が急速に進んでい る。上位層の動向はそれ自体として重要であるが,公家社会のあり方を立体的に把握するために必要なその構造・基盤についての解明は,いまだ課題として残さ れている部分が多い。
 中世公家社会を成り立たせていた基盤を考えるにあたって,論点となるものとしては,ひとつに荘園知行の問題があげられよう。王家の家産形成過程におい て,女院領の存在は非常に大きな比重を占めるが,その構造の具体的解明は立ち遅れている。とりわけ公家社会の構造に焦点を当てた場合,女院領の知行に携 わった中下級貴族を射程に入れた実態の解明が必要となる。ここでは,かつて永原慶二氏が提唱した「上位者優位の構造」の問題についても,検討が求められよ う。
 もうひとつには,公家社会を支える朝廷運営システムの問題があげられる。中世の朝廷運営システムは,佐藤進一氏の「官司請負制」論によって,特定の氏族 が各官司を世襲的に請け負い,その職と一体化した形で得分を得るものと理解された。氏の理解は現在に至るまで広く受け入れられているが,批判も多く出され ている。現在の研究段階を踏まえて,「官司請負制」をより実態に即した形でとらえ直す必要がある。とくに中世後期に財政状況の悪化が深刻になる中で,彼ら がいかに財源を確保し,朝廷の機構を維持・存続させたのかを追究することは,公家社会の特質を考える上で重要であろう。
 こうした問題意識から,当日は,野口華世「中世前期公家社会の変容」,遠藤珠紀「中世朝廷の運営構造と経済基盤」の2報告を用意している。
 野口報告では,院政期~鎌倉期の女院領を素材に,所領をめぐる中下級貴族と本家との関係の分析を通して,中下級貴族の家が本家の変遷にいかに対応し,公 家社会全体としていかなる秩序を構築していたかを検討する。その際,鎌倉幕府の存在が与えた影響を踏まえつつ論じていただく。遠藤報告では,鎌倉期~室町 期を対象として,下級官人による日常の朝廷運営の様相を,とくに運営システムの内実と経済基盤に注目して分析し,中央の官職体系が,経済基盤と関わりつつ どのように変質していくかを検討する。その中で,建武政権の成立や南北朝の分裂など,上位権力の変遷との関係についても再考していただく。以上の2報告 は,貴族や官人の主体的な活動の上に成り立つ,中世公家社会の特質を明らかにしようという試みでもある。
 以上の主旨をご理解いただき,大会当日には建設的な議論が行われることを期待したい。なお,両報告の内容を理解する上で,以下の文献を参照されたい。   (伊藤瑠美)

〔参考文献〕
野口華世「安嘉門院と女院領荘園──平安末・鎌倉期の女院領の特質──」(『日本史研究』456,2000年)。
同「中世前期の王家と安楽寿院──「女院領」と女院の本質──」(『ヒストリア』198,2006年)。
同「『御料地史稿』と王家領研究」(『歴史学研究』819,2006年)。
遠藤珠紀「官務家・局務家の分立と官司請負制──中世前期における朝廷運営の変質──」(『史学雑誌』111-3,2002年)。
同「鎌倉期朝廷社会における官司運営の変質──修理職・内蔵寮の検討を通して──」(『史学雑誌』114-10,2005年)。
同「鎌倉時代の朝廷制度史研究」(『歴史評論』714,2009年)。

近世史部会

近世の政治支配と社会変容──民政の担い手の視座から──

近世史部会運営委員会から
 近世史部会は,本年度大会のテーマを「近世の政治支配と社会変容──民政の担い手の視座から──」と設定する。
当部会は,1999年度から2001年度までの「地域社会論」以降,「境界領域」への着目など地域社会分析の方法を鍛える一方で,近世の思想や文化につい て議論を重ねてきた。その際,意識形態の社会における形成・変容過程を重視することで,思想・文化に関する分析を,近世の政治支配の特質を追究する方法と して提示した。昨年度大会では,前年度までの成果を踏まえ,意識形態の形成・変容を促す社会的背景について検討した。そして,「地域社会論」に政治支配の 問題を組み込むべく,人々の生活を支える自然環境や産業を中心に地域社会の変容を描き,領主・民衆関係の変容を追究したのである。
 一連の大会では,さまざまな視角から社会変容の過程を具体的に描き,諸個人・諸集団によって,政治支配のありようが形作られる様相を明らかにした。しか し,①当時の人々が抱いた政治に対する意識と具体化された政策の関係,②政治支配を担った諸主体を取り巻く社会的条件の検討が,課題として残された。過去 の大会を踏まえると,①については学問受容との関係,②については政治支配を担った人々の存在形態と,その多様性という論点が浮上する。そこで,本年度 は,民政の担い手たちの思想と行動を取り上げ,思想の形成・変容過程と,政策の立案・実践に関する局面を総合的に把握することで,上述した課題に取り組み たい。ここで民政を取り上げる理由は,政治支配を担った諸主体と地域社会が互いに影響を及ぼし,変容していく過程を動態的に把握するためには,為政者の実 践と民衆・地域社会との接点となる,民政の領域への着目が有効だと考えるからである。本年度の視角は,社会におけるその形成・変容過程を重視するという, 当部会が用いてきた意識形態分析のアプローチを継承しつつ,民政の領域に着目することで,政治支配の担い手と民衆・地域社会との影響関係を,より深く掘り 下げようとするものである。また,国家・社会のあり方や,時代状況との関わりにも留意し,民政の担い手の思想と行動から浮かび上がる政治支配の特質を,近 世社会全体の変容のなかで位置づけることも企図している。さらに,東アジアの文化を特徴づける儒学において,為政者の責務とされている民政への着目から は,東アジアにおける近世日本の位置づけを考える素材も得ることができるだろう。
 近年の日本近世史研究における政治支配についての議論は,領主権力による強圧的支配の側面を強調するばかりでなく,領主・民衆の「合意」「契約」という 側面に注目するようになっている。そこでは,民衆の力量の高まりや地域社会の変容に伴い,民政の領域が重要性を増すとの指摘がなされ,民政の具体的様相も 明らかにされてきている。こうした研究動向のなかでも,「藩」研究は,「地域社会論」の課題であった政治支配の問題の組み込みを目指しており,当部会の課 題意識と密接な関わりをもつ。「藩」研究は,藩領民を「藩」の主たる構成要素としてとらえ,多様な関係を総体的に把握する場として「藩」を位置づけ,近世 社会の全体像を見通す手がかりとなる成果をあげている。その一つとして,領主から中・下級藩士に至る政策主体たちの思想に踏み込み,政治支配の特質を追究 する試みもなされている。しかし,政策の立案・実施に携わる藩士たちと,地域社会で民政に携わる中間層,政策を受け止める民衆の関係について,さらに追究 する余地がある。具体的には,文化的交流などの多様な側面を踏まえた政治支配の局面の位置づけや,「藩」を中心とした社会関係だけではとらえきれない動向 を踏まえた検討が必要であろう。
 以上のような関心に基づき,運営委員会は,小川和也氏・池田勇太氏に報告を依頼した。小川報告「近世後期の藩学と「改革」──越後長岡藩儒・秋山景山を 中心に──」は,「教育爆発の時代」と呼ばれる18世紀後半からの藩学と藩政の関係を,譜代牧野家・越後長岡藩を事例に検討する。たび重なる飢饉などによ り引き起こされた藩政の危機と,その対応として繰り返された藩政改革のなかで,どのような政治的主体が求められたのか。具体的な政治課題解決のために,ど のような学問が求められたのか。天保期の藩政改革で重要な役割を果たした藩校の都講・秋山景山の思想と行動を中心に,村役人層の動向を視野に入れつつ,藩 学と藩政の関係を問い,ひいては「藩」とは何かという問題を考える。池田報告「維新における「私政」の否定と藩政──飯田藩を事例に──」は,維新期に行 われた藩政改革を「私政」の否定という観点をまじえつつ検討する。維新期の藩政改革は,中央政府の諸藩に対する強力な統制下で進められた。この前提には, 諸侯による封土・領民の支配を「私有私政」として斥ける時代の思潮があった。維新期における飯田藩の改革からは,この時期の諸藩が「私有私政」の否定とい う観念に拘束されながら「藩」という存在を模索していった様相が見て取れる。報告では,それらの変革の位相を民政との関係のなかに検討し,「藩」の終焉に ついて考える。
 両報告は,時期の異なる藩政改革で民政を担った主体の思想と行動を取り上げ,近世の政治支配の特質を追究する。多くの方々による,活発な議論を期待す る。
  (小田真裕)

〔参考文献〕
小川和也『牧民の思想──江戸の治者意識──』(平凡社,2008年)。
同「越後長岡藩儒・秋山景山の天保改革構想」(『歴史評論』717,2010年)。
同「村役人の蔵書と藩政──越後長岡藩の割元・横山家を事例に──」(『書物・出版と社会変容』8,2010年)。
池田勇太「維新期民政改革の再検討──熊本藩から──」(『明治維新史研究』2,2005年)。
同「明治初年における木下助之の百姓代改正論について」(『史学雑誌』118-6,2009年)。 

近代史部会

資本主義社会を生きるということ──労働の現場を通じて──

近代史部会運営委員会から
 近代史部会ではここ数年,人々の結びつきが分断・再構築される歴史的局面について検討を重ねてきた。その背景には,自由の概念を企業の自由に縮めて社会 的連帯を解体していく新自由主義に対する批判的認識がある。また昨今の派遣労働などに見られるように,労働市場の流動化や不安定化が進む現在,そのただ中 を生きる人々のうちにも離散や生産の非人格化を経験することによって,資本主義の破壊的側面に対する疑問や不満が高まりをみせている。
昨年度の大会報告では,資本主義の問題を,労働成果の再分配だけに求めるのではなく,働く者にとって労働そのものが持つ意味を問い直す視点が提示され,賃 金制度や分業を通じて支配構造が貫徹するようにみえる労働の現場のうちに,これらを打ち破る相互扶助の原理に基いた実践が強く息づいていると捉えることの 重要性が強調された。この場合労働とは,資本主義による社会編成の基底になると同時に,それとは異なる共同性の紐帯を構成する場にもなりえる両義的なもの として理解される。近代史部会ではこれまでも,労働の観点から近代社会において形成される多様で重層的な主体をいかに捉えるかについて議論を重ねてきたが (たとえば2002年度大会報告を参照),資本主義社会を問う契機を労働そのものの中から読み解く作業は今なお課題として残されている。
以上をふまえて今年度は,支配とその変革の契機が交錯しあう場と,それを構成する労働の現場を生きた人々の活動と思想をその深部から問うことによって,資 本主義社会の構造を考えたい。
 またその際には,労働の現場に視座をすえて,人々の具体的な生の様式をその根底からつかむとともに,資本主義を批判的に対象化する理論にまで高め,再び 労働の現場に下降するという不断の往還運動として捉えることの重要性にも留意する。たとえばハリー・ハルトゥーニアンは,不均等発展と万物の商品化を生む 資本主義からの脱出と抵抗を求める欲望が,資本主義の外部に永遠の共同体を渇望するモダニズムイデオロギーの形成を促し,1930年代には資本主義を観念 的に批判しながらもその物質的基盤を肯定したファシズムに連結するプロセスを検証した(『近代による超克』岩波書店,2007年)。ここからは,生の営為 の中から紡ぎだされた資本主義に対する批判理論もまた,人々の生を縛る枷となりうること,それゆえ具体的現場との関係で改めてこれらを問い直すことの意義 が導かれる。
加えて,こうした生きる現場に視座を据えることの重要性は,資本主義権力とそれを支える各主体の相関関係のプロセスの内部に解放の契機を創造したネグリ& ハートの議論を補助線とすることでさらに理解が深まると考える。彼らは,生の管理を通じて起こる資本の搾取をその身体に刻みながら社会的生産を担い,人種 やジェンダーに基く階層秩序に包摂されつつその一部を移動性と混交性によって打ち破る人々がもつ潜勢力をマルチチュード(多数多様性と訳される)とよんで いる。彼らの使用するマルチチュードには,相互補完的な二重の意味がある。すなわち,①グローバル資本主義に照応して人々の生を管理するネットワーク状の 〈帝国〉的権力を内部で支えながらも,それに対抗しうるものとして立ち現れつつある存在を示唆する概念,②歴史を生きる人々の根底に常に潜在してきた一人 ひとりの「生きる欲求」や他者と共同的に「生きる力」を把握する概念,である。
 一般的に言って,マルチチュードは①に関わる議論が多いが,人々の深部を問う参考軸として,今年度はより根源的な②の視角を汲み取ることで,①をめぐる 議論の深化をはかりたい。②の観点からみた場合,マルチチュードとは,スピノザの「絶対的民主主義」(全員による全員の統治)や,マルクスの「生きた労 働」(使用価値の独立性)の系譜から説明される,資本の支配のもとで働きながら,潜在的には資本の支配を拒否するすべての人々に内在する「自律的に社会を 形づくる能力」として捉えることができる。それは,何ものにも媒介されえない根源的な潜勢力であり,人々の生を固定化した実体として捉えようとするあらゆ る表象を問い直す基点となりうるものとして把握できる。またそれは,歴史研究が,資本主義社会を生きる人々の経験をどのくらい深い次元で対象化できるかを 問うことにもなるだろう。
以上のような問題意識から,運営委員会は松田裕之氏と榎一江氏に報告を依頼した。
 松田裕之氏の報告「20世紀初頭シカゴ食肉工場街の労働と生活──支配と変革の接点を探る──」は,20世紀初頭のシカゴ食肉工場街パッキングタウンを 舞台として,東南欧系移民や南部出身の黒人からなる多種多様ハイブリッドな労働者群の生活実態を描くことにより,資本主義に内在する「差別性」・「非人間 性」・「疎外性」などを浮き彫りにすると同時に,これら「生」破壊的な側面を打破・止揚する理念と実践が生まれる可能性を労働現場という空間トポスに探り たい。
榎一江氏の報告「工場の労働時間──日本製糸業の現場から──」は,近代日本の経済発展を底辺で支えた製糸業における労働時間の変遷に着目する。一般に長 時間労働として問題視されてきた工場の労働時間は,工場で働くということをどのように規定したのであろうか。労働時間の歴史を再検討することによって,製 糸業の現場から資本主義社会の構造を問う。両氏の報告に対し,奥田伸子氏と白井聡氏からコメントをいただく。  (佐貫正和)

〔参考文献〕副題は省略
安田常雄「民衆史研究の現在」安田常雄編『歴史研究の最前線』総研大日本歴史研究専攻,Vol.3,2004年9月。
アントニオ・ネグリ,マイケル・ハート『マルチチュード』(上・下,幾島幸子訳),日本放送出版協会(NHKブックス),2005年。
松田裕之『労働者文化の胎動』清風堂,1999年。
榎一江『近代製糸業の雇用と経営』吉川弘文館,2008年。

現代史部会

記憶をめぐる抗争と創造──ポスト冷戦史の一断面──

現代史部会運営委員会から
 近年,「記憶」を主題とした研究が,歴史研究に限らず,多方面でなされている。歴史学研究会では,2000年度特設部会「『記憶』の意味──コメモレイ ション論と現在──」,2001年度総合部会「歴史と記憶──その多様性をめぐって──」および,2002年度特設部会「戦争の記憶」において,歴史学が 「記憶」という問題系といかに向き合うかという課題について議論を重ねてきた。今回の大会では,歴史学研究会が積み重ねてきた議論の成果を踏まえつつ,現 代史の視点から「記憶」と歴史研究の関係について考察したい。
 記憶をめぐる歴史研究の進展は現代史研究の分野でも例外ではなく,20世紀の総力戦,植民地支配,独裁と抵抗などをめぐって,従来の事実・実態の究明と は異なる,それらについての「記憶研究」が盛んになりつつあるといえよう。しかし,現状では一連の記憶研究は表象・言説分析や記念碑,ミュージアム(博物 館)における展示などに特化した分析として固定化しつつあり,現代史において記憶の問題系がもつ意味とそれを分析する方法について,充分自覚的であるとは いいがたい。また,記憶という問題系が研究者の分析対象として切り取られて扱われがちであり,研究者自身をも規定している時代状況,特に「冷戦後」かつ新 自由主義時代という文脈については案外に無自覚な「分析」が目立つのではないか。しかし,「冷戦終結」前後から,記憶や歴史の解釈をめぐる論争や抗争が世 界の各地で生じていることに鑑みれば,記憶を現代史の枠組みにおいて論じる際に,同時代の政治・社会状況という背景を無視することはできない。今後も旺盛 に進められるであろう「記憶の現代史」が,この時代とより強く切り結べるように鍛えるには,この20年あまりに起きたさまざまな記憶の抗争や分断それ自体 をまずは「歴史化」し,〈過去の記憶をめぐる近い過去〉の歴史をたどり直すことが必要だと考えられる。むろん,この〈過去〉においては,歴史研究自体もま た批判的な分析対象になるであろう。
 このような問題意識を背景に,現代史部会は以下の課題を設定する。本大会では,戦争などの犠牲者への追悼・補償,そしてこれに関連する史跡の保存や記念 碑の設置,ミュージアムの展示をめぐる諸アクター間の交渉・葛藤を,冷戦後における記憶をめぐる政治史,そして文化史として「歴史化」する試みを各地域の 事例に即して考察し,比較史的な議論の場を設けたい。その際,記憶をめぐる抗争が,それまで分断されていた犠牲者の記憶を公的な場面における争点として活 性化させ,それがまた反動を生み出しつつも,同時にオルタナティブな記憶の開封の試みを作り出すという一連の過程に目を向ける必要がある。さらに,その過 程に促された歴史研究の新たな課題に研究者たちはどのように応じてきたのかという問題について分析することが重要となる。こうした作業は,歴史研究と記憶 の関係を各社会固有の文脈および世界的視座の双方から立体的に捉えるための一助となろう。
 本大会では,以下の方々に報告およびコメントをお願いしている。まず山本唯人氏から,「ポスト冷戦における東京大空襲と『記憶』の空間をめぐる政治」と いうテーマでご報告いただくことを予定している。本報告では,東京での空襲の犠牲になった民間人の個々の生を記録していく「氏名記録運動」や戦争展示の新 しい取り組みを通じて,「ポスト冷戦」期の日本における記憶をめぐる抗争のあり方が示される。そこでは,「日本人」と「外国人」,「軍人・軍属」と「民間 人」という形で戦争の犠牲者,被害者たちを分断してきた戦後日本の記憶のあり方に対するさまざまな方面からの批判と対抗的記憶の生成過程に注目すること で,ミクロな場で展開される記憶生産の実践と,内政や外交といったマクロな場で展開される記憶をめぐる政治の関係性について論じられる。飯島みどり氏に は,「抵抗の記憶──《植民地》戦争としてのスペイン内戦──」というテーマでご報告いただく。本報告では,スペインと旧スペイン植民地のあいだの記憶の 往還という視点から,歴史的記憶の政治性の問題についての問題提起がなされる。そこでは,スペインと,ラテンアメリカやモロッコ,西サハラといった旧植民 地のあいだの記憶をめぐる緊張関係について,旧宗主国からかつての植民地に向けられる植民地主義やパターナリズムを体現する記憶と,それに抗する記憶のあ り方の双方に焦点を当てつつ論じられることになる。
 さらに両報告に対して,異なる方法的視点からのコメントを得て議論をより深めたい。まず,阪神・淡路大震災を契機として記念・記憶の行為と展示空間の関 係を追究されてきた寺田匡宏氏から,展示表現の実践をふまえたコメントをいただく。また,現代中国における民衆の戦争記憶を調査されている聶莉莉氏から は,文化人類学による記憶へのアプローチをふまえたコメントをいただく。
 専門分野および対象地域の境界を越えた記憶研究の発展に寄与すべく,活発な議論がなされることを期待したい。  (戸田山祐)

〔参考文献〕
山本唯人「『東京都慰霊堂』の現在──東京空襲と『戦災死没者慰霊制度』の創設──」『歴史評論』616号,2001年8月,40-52頁。
同「『分断の政治』を超えて──東京大空襲・慰霊堂・靖国──」『現代思想』33巻9号,2005年8月,199-209頁。
同「市民が作る『戦争展示』──東京大空襲の事例から──」『歴史評論』701号,2008年9月,15-27頁。
飯島みどり「植民地主義もしくは歴史のシニシズム」『歴史評論』677号,2006年9月,41-55頁。
同「フランコと再び向き合うスペイン社会──『歴史的記憶の法』成立をめぐって──」『季刊戦争責任研究』59号,2008年,41-48頁。
同「往還する記憶と責任──スペイン帝国の残照──」,永原陽子編『「植民地責任」論』(青木書店,2009年),101-131頁。
笠原一人・寺田匡宏編『記憶表現論』(昭和堂,2009年)。
聶莉莉『中国民衆の戦争記憶──日本軍の細菌戦による傷跡──』(明石書店,2006年)。

合同部会

ヨー ロッパ前近代における地域統治と国家イデオロギー

 我々「ヨーロッパ中世史研究会」では科研のプロジェクト研究「中世ヨーロッパの権力構造とアイデンティティー複合」(2006-2008年度)におい て,以下の視点で研究を推進してきた。即ち「権力の全体的な編成の下での公的組織・機関の社会的な役割を具体的な機能──統合と調整──にまで遡って解明 する。その際,各組織・機関が担う個別的な社会的機能と役割に対応した集団・場の形成とその再生産のメカニズム,さらに,その背後にある一体性とアイデン ティティー(帰属意識)の存在根拠も含めて考察する」というものである。その観点から,①紛争解決のメカニズムと裁判権,その背景としての一体性,②議会 における立法と合意形成のメカニズム,③王権の地域統治と統合のメカニズム,という三つの具体的なテーマが設定された。それらは司法(①),立法(②), 行政(③)と言い換えることもできる。今回はそのうちの③のテーマの成果を公表するものである。
 具体的には前近代のヨーロッパにおける帝国・王国(公国)の存在基盤である一体性が,多様な地域社会を組み込む形で,いかにして実現していたかを,中央 の統治理念との関係から明らかにすることが課題である。この問題は近現代における国家統合のありかたとも連なり,現代的な課題とも連なる問題である。特に イデオロギー,理念の面から見た場合,前近代におけるその蓄積が伝統として,近代以降も継承され国家形成に刻印されているからである。
ここでは前近代に限定して上記の課題に取り組むわけであるが,一方で王や皇帝の神性や聖性が宗教と結びつく形で動員されていた面も見逃すことができない。 また,同時に具体的な統治のメカニズム,制度の実態にも触れざるを得ない。即ち,中央レヴェルで構想された統合の理念・手法がいかにして実効性を持つこと ができたかを地域の動向とそれへの対応において捉えることが求められるのである。そこではキリスト教思想とともに古代ギリシア・ローマの遺産の継承が持つ 意味は絶大である。この認識に立って,特に古代ローマの研究者に加わっていただき,歴史学研究会の運営委員会との協議により本企画を立案した次第である。
時代的には帝政期ローマ(1-3世紀)を出発点として,ビザンツ帝国(10-12世紀),中世中期(11-13世紀)のフランス王国,中世後期(14- 15世紀)のブルゴーニュ公国という順に見ていくことにより,各時代・地域間の差異を明らかにするだけでなく,ヨーロッパ的特質とその形成過程を明らかに することになる。とりわけ,ローマ的伝統とキリスト教的要素がいかなる形で融合していったかを大きく捉えることは,ほかの地域,ほかの文化伝統との差異を 明らかにする上で重要である。ここでは特にイスラームと比較することにより双方の特質をより鮮明にする意図のもとに,イスラーム前近代史の側から清水和裕 氏にコメントをお願いした次第である。ここで得られた知見はさらに,国家形成における日本の特質を明らかにすることにも資するものと思われる。
 なお,4報告のタイトルとその内容の概略は以下の通りである。
 島田誠「ローマ帝国における皇帝権力と地方都市──帝政前期のイタリア地方都市を事例として──」
旧来,帝政前期の地方行政については中央権力の介入は極めて限られており,地方に見られる帝国の権力を象徴する各種の建造物も地方名望家層の中央権力への 働きかけを示すものと考えられてきた。しかし,近年,属州行政に総督,補助スタッフ以外に多くの兵士が投入されていたことが指摘されている。本報告ではイ タリアの地方都市を取り上げ,皇帝権力の地方都市への介入や地方都市での皇帝の存在意義を考察する。
 大月康弘「ビザンツ国家の行政機構と教会組織──地域統合の制度とイデオロギー──」
ローマ帝国の遺産を受け継いだビザンツ帝国では,皇帝に収斂される中央集権的な行財政機構が確立しており,そのもとで地方統治も実現していた。その際,教 会と修道院が,皇帝をイデオロギー面から支える機能をも帯びて,帝国民を統合する装置として大きな役割を果たしていたものと考えられる。また,キリスト教 の思想と価値規範は多民族共生の社会にあって統合の重要な要素であった。ここでは10-12世紀の修道院関連文書を通して地域統合のあり方を検討するとと もに,皇帝の神聖性とキリスト教の救済理念との連関についても考察することとしたい。
 渡辺節夫「フランス中世における王権と地域支配──王国統治理念の発展と変容──」
フランスではカペー朝初期にあたる11世紀末まで王権,諸侯権は極度に弱体化し,公的秩序維持権(バン権)は各ランクの貴族層が分有するところとなった。 しかし13世紀初頭には王を頂点とするレーン制(封建制)的権力構造が形成された。13世紀の過程で最高封主(suzerain)たる王がいかにして,貴 族層と対抗しながら,君主(souverain)として末端までその支配権を浸透させようとしたか,そこで導入された理念・イデオロギーとその実効性につ いてイル・ド・フランス地域を中心に検討することとしたい。
 河原温「ブルゴーニュ公国における地域統合と都市──シャルル・ル・テメレール期の政治文化を中心に──」
本報告は,ブルゴーニュ公国の形成においてその最後を飾る4代目ブルゴーニュ公シャルル・ル・テメレールの治世を中心に,公領南部と北部の領域統合・一体 化の試みが,統治・行政制度,宮廷システム,儀礼──入市式と都市破壊,金羊毛騎士団など──を通じ,政治文化としていかなる理念のもとに展開されたか, その意義を考察するものである。  (渡辺節夫)