2009年度歴史学研究会大会

会 場:中央大学多摩キャンパス (東京都八王子市東中野742-1)

第1 日 5月23日(土)    13:00~17:30 
全体会  民衆運動研究の新たな視座 ―新自由主義の時代と現代歴史学の課題(II)―

 政治文化の変容と民衆運動―朝鮮民衆運動史研究の立場から―……………… 趙景達
 社会・文化の視座と民衆運動史研究―戦後日本の実験を通して―…………… 安田常雄
  コメント:稲葉継陽・長谷川まゆ帆

第2 日 5月24日(日)
      9:30~17:30(近代史部会は10:00~17:30、特設部会は13:00~17:30)

古代史部会 古代における地域社会の構造と統合              
 律令国家の地方支配と国土観……………………………………………………荒 井秀規
 村落社会の展開と農事慣行………………………………………………………三 原康之

中世史部会 中世権力と都市支配                         
 鎌倉と鎌倉幕府……………………………………………………………………秋 山哲雄
 室町幕府の京都支配………………………………………………………………三枝暁子

近世史部会 近世社会の変容を考える―商品経済と地域社会―      
 山林用益をめぐる地域の変容………………………………………………… 多和田雅保
 近世中後期における産業・流通の展開と伊勢湾地域
   ― 知多半島の醸造業を中心に―…………………………………………… 曲田浩和

近代史部会  帝国秩序とアナーキズムの形成―抵抗/連帯の想像力― 
 アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト
   ―1880年代から1920年代―  …………………………………………… 田中ひかる
 日本思想史におけるアナーキズムの位置
―初期社会主義思想との関連を中心に―………………………………… 梅森直之
  コメント:山口 守・木下ちがや

現代史部会  「豊かな社会」の都市政治にみる参加と対抗    
 高度経済成長前半期の水利用と住民・企業・自治体
―静岡県三島市を事例として―……………………………………………… 沼尻晃伸
 福祉をめぐる鬩ぎ合い
―ロスアンジェルスにおける「貧困との戦い」と人種、ジェンダー―………… 土屋和代
  コメント:野田昌吾

合同部会 刻まれるメッセージ、読み解かれるメッセージ―歴史資料としての石碑と遺跡―

 古代ギリシアの石碑-関係性の記録と記憶の共有-………………………… 師尾晶子
 古代ローマのモニュメントとしての石碑―権力と、記憶を刻むという名誉 ―……中川亜希
 林立するルーン石碑のなかで―イェリング石碑と「デンマーク」の誕生 ―……… 小澤実
 伝説から史実へ―イラン・イスラーム社会における古代遺跡と歴史認識 ―……守川知子

特設部会 社会科世界史60年          
 「社会科世界史」はどのようにして始まった か……………………………………茨木智志
 苦役への道は世界史教師の善意でしきつめられている……………………… 小川幸司
 大学における世界史教育は可能か………………………………………………南 塚信吾


全体会

民衆運動研究の新たな視座 ―新自由主義の時代と現代歴史学の課題(II)―

委員会から
 昨年の全体会は,今日の世界におけるグローバル化状況を社会経済的・政治的・文化的に根底で規定する社会編成として新自由主義を捉え,そうしたなかで営 まれる歴史研究のありようを自覚的に位置づけるべく,「新自由主義の時代と現代歴史学の課題──その同時代史的検証──」をテーマに掲げた。そこでは,主 に社会経済史研究の史学史的な検討が行われるなかで,「生存」というテーマが前景化されるとともに,主体,共同性,国家などの問題群へと議論が広がった。
 本年度も昨年に引き続き,新自由主義の時代に「ついて」というよりも,新自由主義の時代の「なかで」歴史研究の方法と視角を自省的に深化させることをめ ざすが,このたびは戦後歴史学,現代歴史学を,民衆運動研究の観点から史学史的な再検討の俎上にのせる。
 戦後歴史学は,階級闘争史,人民闘争史,民衆(運動)史と名称と視座を変えながらも,1950年代から70年代を頂点にして民衆運動について分厚い研究 蓄積を生み出してきた。しかしその後,そうした研究は「衰退」の様相をみせ,継続された研究は,生活世界の解明に焦点をあててきたと思われる。この時代は 奇しくも,新自由主義の潮流の台頭に重なる。高度経済成長期を経て,古典的な産業資本社会からポスト産業主義と命名されるような社会へと変容するととも に,個人は生産・労働の主体から消費の主体へと変化した。そうしたなかで,戦後歴史学が暗黙のうちに想定していた「変革」の主体という主体概念は,現実感 覚との乖離を招かざるを得なかった。この時期,従来の権力,ならびに主体のとらえ方に大きな変革をせまる学問の諸潮流が生まれたが,いずれも,ある目的を 共有する集団を何らかの形で前提とする運動を叙述することを困難にさせたように思われる。
 こうした問題意識を背景に,まず,趙景達報告「政治文化の変容と民衆運動──朝鮮民衆運動史研究の立場から──」は,日本と韓国における朝鮮史研究を批 判的にサーヴェイするとともに,近世から近代移行期の朝鮮における民衆思想の諸相と動態について,政治文化という切り口から分析を行う。日本史研究はしば しば比較の対象を欧米に求めてきた。アジアの旧植民地における民衆運動を検討の対象とすることによって,歴史研究における民衆運動とそれを支える歴史的想 像力の差異と共通項を,新自由主義という媒介項を介して浮き彫りにできると考える。安田常雄報告「社会・文化の視座と民衆運動史研究──戦後日本の実験を 通して──」は,1950年代を戦後日本における社会運動の転換期と捉え,それ以降に登場した女性史研究や社会・文化運動,住民運動のなかで問われたもの は何か,および,それを歴史研究がどこまで引き受けることができたのかといった視角から,史学史的再考を試みる。研究史の精査と実証的分析から,歴史研究 のもつ実存的深層までおりていくことにより,「変革」主体への新たな分析アプローチが提示されよう。
 両報告を受けて,まず,近代における民衆運動をより長いタイムスパンのなかで位置づけるために,前近代から近代への移行期を研究対象とする稲葉継陽氏 に,近代の民衆運動と前近代の一揆との比較という視角からコメントをお願いする。さらに,既存の民衆運動研究にジェンダーの視角がしばしば欠如していると いう認識から,フランス近世を専門としつつ,早くからジェンダー史の観点を重視してきた長谷川まゆ帆氏にコメントをいただく。
 いうまでもなく,民衆運動研究の「衰退」は,時代の矛盾が要請する運動を不要にしたことを意味するわけではない。事実,安田報告が明らかにするように, 1970年代以降も反戦運動,環境運動,フェミニズム運動,マイノリティの権利を要求する運動,反グローバリズム運動など,既存の秩序や世界観にたいする 新たな異議申し立ての波は途絶えることはない。
 1970年代以降の知的・社会的領域における地殻変動を見据えるならば,これまでの民衆運動研究を振り返り,それらが前提としてきた主体概念,それに基 づく結合理念にまで踏み込み,多角的な視角から再吟味する作業は今こそ求められている。サブプライム問題に端を発する金融・経済危機,格差の拡大と固定化 といった情況は,市場原理主義としての新自由主義の破壊的な性格を明確なものとした。人と人とのつながりを分断することによって「政治的なるもの」,「社 会的なるもの」の領域を侵食する属性を有する新自由主義の側面を意識化するなかで,民衆運動研究の軌跡はどのように再評価されるのか。全体会が新たな民衆 運動研究への発想の場となることを期待したい。(研究部)

参考文献〕
趙景達『朝鮮民衆運動の展開──士の論理と救済思想──』岩波書店,2002年。
同「グローバリゼーション時代の思想と歴史研究・教育──朝鮮史と民衆史の立場から──」『東京の歴史教育』,第36号,2007年7月。
安田常雄「民衆史研究の現在──『〈帝国〉』との接点で──」,同編『新しい近現代史研究へ』(歴史研究の最前線,vol.3)吉川弘文館,2004年。
同「現代史における自治と公共性に関する覚え書──横浜新貨物線反対運動の〈経験〉を通して──」『法学新報』,第109巻第1・2号,2002年4月。

古代史部会

古代における地域社会の構造と統合 

日本古代史部会運営委員会から
 日本古代史部会は,研究分野の個別分散化,理論的問題への関心の希薄化という研究の行き詰まり状況が指摘されているなかで,今後の古代史研究の課題を追 求するべく,2003年に,シンポジウム「古代史研究の現在──石母田正『日本の古代国家』発刊30年を契機として──」(本誌第782号,2003年) を開催した。ここでは,①石母田氏が提示した論点の実証的・理論的な再検討作業,②古代東アジア地域全体を見据えた新たな歴史像の構築作業,③現代的課題 と古代史研究の役割についての再認識作業,の3つの古代史研究の方向性を提案した。とりわけ,①の「共同体」論について,身分制・身分秩序の問題が,権力 の質を規定する上で重要な論点となる。具体的には,権力がいかに秩序を形成し得たのか,権力が変質していく過程で秩序の転換がどのような形でなされるの か,さらに,被支配側との相互関係のなかから創出された社会的秩序を古代においていかにして抽出するのか,社会・国家による「統合」の問題として権力を考 え,古代における人的編成についての解明と新たな方法論の構築が必要であることを認識した。
 この方向性のもとに,当部会では,2004年度大会以降,現代的課題としての国家支配の性質を捉え直すべく,国家・王権・地域社会の相互間に内在する諸 事象(権力関係,支配秩序,イデオロギー等)について,多面的に検討してきた。
 2004・05年度大会では,「古代王権の構造と支配秩序Ⅰ・Ⅱ」をテーマとして,日本古代の国家・王権による権力支配の性質と具体像について検討し た。まず,「Ⅰ」では,河内春人氏が,国家・王権の世界観である「天下」をキーワードに,支配を正当化し,「統合」の手段としてのイデオロギーと,それを 受容する社会との間における構成員のアイデンティティを明らかにした。つづく「Ⅱ」では,藤森健太郎氏が,古代国家統合の象徴である天皇の即位儀礼を主た る対象に,支配イデオロギーと支配秩序を可視的に表現・維持する機能を有した儀礼の構造とその展開過程を考察し,儀礼を支える国家と地域社会の関係を具体 化した。そして,2006年度「古代国家の支配と空間」(中村太一氏)では,駅伝制を取り上げて,都鄙間交通のあり方および地域支配システムの成立過程を 検討し,空間の果たした「統合」の役割を明らかにした。ここにおいて,古代国家・王権と地域社会を結び,支配イデオロギーを照射した舞台装置の存在と,国 家形成期における空間的なイデオロギーの貫徹を描出することに成功した。
 これらを受けて,2007年度「古代における法と地域社会」(服部一隆氏)では,支配イデオロギーの表象たる法の理念を明らかにするべく,北宋天聖令を 素材として日本の大宝令を復原し,田制の面から国家支配の形成過程に分析を加えた。さらに,2008年度大会では,「古代国家の秩序と観念」のテーマのも と,関根淳氏が,古代天皇制の確立を政争史の視角から跡づけて,古代国家・王権が支配を正当化していく過程における為政者側の意識と,国家・王権間におけ る照応・規定関係を析出した。
 このように,2004年度大会以降,支配イデオロギーと法にみる国家・王権の「統合」のあり方にかんして,一定の成果を得ることができたといえよう。し かしながら,これまでの大会報告は,国家・王権間の関係に視点を据えて論じており,支配秩序や法が現実に機能する古代社会との間にどのような照応・規定関 係があったのかについては,いまだ明らかにされたとはいえない。国家・王権が社会にどのように働きかけ,変えていったのか,反対に,地域社会内部の諸関係 が国家・王権をどのように規定するのか,さらに,その相互が変化し,互いが切り結ぶ関係性の変化の過程も「統合」の問題として考えなければならないであろ う。そこで,本年度は,大会テーマに「古代における地域社会の構造と統合」を掲げ,2本の報告を準備した。
 荒井秀規氏「律令国家の地方支配と国土観」は,天武期後半の令制国成立に前後するクニ・評の変質と律令国家の地方支配のあり方を,班田収授制の展開と王 土思想を背景とする国土観の両面から考察する。また,三原康之氏「村落社会の展開と農事慣行」では,8~11世紀における祭田行事や労働力編成のあり方に 注目しながら,村落社会の変化とともに,村落社会のもつ普遍的な側面の析出を試みる。
 日本古代史部会では,1997年~2003年度大会において,多様な性格を有した地域社会の実態を明らかにし,それを国家・王権が一元的に支配した様相 を考察してきており,2004年度以降の大会報告は,それら一連の成果をふまえつつ,議論を重ねてきた。荒井報告は,1998・99年度に,国家支配成立 の意義を明確にし,国家成立以後の地域支配の実態を検証した大会報告(井内誠司氏・中村順昭氏・鐘江宏之氏)を,また,三原報告は,古代国家と地域社会と の関係について「出挙」を媒介に考察し,地域社会における農業経営の慣行のあり方やその変遷を明らかにした,2003年度の三上喜孝氏の報告を,それぞれ 批判的に継承するものとなる。多様な地域社会内部の諸関係,とりわけ,それを支えていた村落社会を明らかにすることも,社会内部の編成と,それを国家がど のように掌握するのかという問題から,古代社会・国家を理解していくためには不可欠な作業といえる。
 両報告によって,これまでの支配イデオロギー研究の成果を発展させるとともに,古代社会・国家における「統合」のあり方の問題を解明することができる。 これにより,国家と地域社会との関係性をより具体的に明らかにすることで,日本古代史の総体的理解の深化をはかりたい。
 なお,今大会は日本古代史部会単独の開催となったが,アジア前近代史部会と合同で打ち立てた2004年度大会以来の課題と方向性を基本的には引き継ぐも のである。大会当日は,多くの方々の参加と討論のなかでの発言を期待したい。(大川原竜一)

中世史部会

中世権力と都市支配

日本中世史部会運営委員会から
 中世史部会では近年,地域社会の構造を追究する視座に立って多くの成果を提示してきた。すなわち2004・2005年度は荘園制,2006年度は信仰, 2007年度は在地領主を分析の中心に据えて,それぞれと地域社会との関係について考察を深めたことにより,一層豊かな中世社会像を構築することに成功し た。
 そして2008年度大会では,地域における紛争解決の分析を通して,中世における社会秩序維持の構造について検討した。鎌倉佐保報告では,荘園成立過程 で武士勢力が荘園経営に入り込んで領域的な所領を形成した結果,紛争を通して武士優位の社会構造を生み出した点について検討した。永井英治報告では,南北 朝期において幕府権力によって積極的に紛争解決が図られていたが,その機能は地域社会の合力によって支えられていた点について検討した。これらの報告で注 目すべきは,中世の権力を問い直すという視座で貫かれていたことである。それを受けて2009年度大会では,社会秩序維持の主体でもある中世の権力がその 基盤とした鎌倉・京都の特質について分析を行い,これら中世都市と権力との有機的関係について議論を深めるため,「中世権力と都市支配」をテーマとするこ とに決定した。
 中世都市については,かつて西欧史との比較分析の観点において,「自由都市」を巡る議論がされてきた。その流れを受けて,1970年代以降は都市を権力 の外縁として形成された空間と位置づける研究が盛んに行われた。しかし以後の社会史の展開のなかで,中世都市を「政治的都市」とみて都市と権力との関係を 重視する動向は後景に退いている。
 また中世国家あるいは王権との関わりに注目するなかで,かかる権力の所在する都市を「首都」と位置づける議論もある。ただし「首都」理解の背景には,当 然ながらいかなる中世国家論を支持するかに規定される側面もあり,そのため国家理解について見解の分かれる鎌倉~南北朝期については,権力と都市との関係 について必ずしも議論が深まっていない。近年では考古学・歴史地理学等との協業を通して飛躍的に中世都市の具体像が明らかになっているが,これらの成果も 踏まえつつ新たな視座を提示する必要がある。
 以上の問題を考える上で論点となるものとして,一つには鎌倉の位置づけがあげられよう。そもそも軍事拠点として出発した鎌倉は,幕府の成立によって徐々 に都市として立ち現れるようになった。なぜ鎌倉は都市になったのかについて,幕府権力との関わりのなかで追究することが必要であるだろう。
 もう一つには当然ながら京都を位置づける作業がある。最近では院政期や戦国期の京都について多くの研究成果を得ているが,室町幕府が設置されたことに伴 う武家権力の浸透過程である南北朝期については,あまり注目されていない。そもそもなぜ足利氏は京都に政権を構えることになったのか。この問題に迫るため には,権力との関わりのなかで当該期京都の性格について分析を深めることが何よりも求められよう。
 当日は秋山哲雄「鎌倉と鎌倉幕府」と三枝暁子「室町幕府の京都支配」の2報告を用意している。
 秋山報告では,鎌倉期における鎌倉という地域の特質を具体的に追究した上で,鎌倉と幕府との関係について,都市支配と人的交流に注目して論じていただ く。これらの検討を通して,鎌倉と幕府との有機的関係が中世社会にどのように位置づけられるのかについても検証していただく。
 三枝報告では,京都に政権の基盤をおくこととなった室町幕府と,すでに京都で大きな影響力を持っていた比叡山延暦寺やその末社との関係に注目する。そし て,両者の都市支配を巡るさまざまな軋轢を具体的に分析しつつ,権力による都市支配のあり方について論じていただく。
 以上の報告によって,中世日本の権力およびその所在する都市の相互関係について理解を深めることとしたい。その上で,そもそも権力の所在地になぜ都市が 存在するのか,あるいはなぜ都市に権力が所在するのかという問題について,中世社会の特質に照らして議論が交わされることを期待したい。
 なお,両報告の内容を理解する上で,以下の文献を参照されたい。(川戸貴史)

〔参考文献〕
秋山哲雄『北条氏権力と都市鎌倉』(吉川弘文館,2006年)。
同「移動する武士たち──田舎・京都・鎌倉──」(『国士舘史学』12,2008年)。
三枝暁子「南北朝期京都における領域確定の構造──祇園社を例として──」(『日本史研究』469,2001年)。
同「北野祭と室町幕府」(五味文彦・菊地大樹編『中世寺院と都市・権力』山川出版社,2007年)。
同「中世における山門集会の特質とその変遷」(村井章介編『「人のつながり」の中世』山川出版社,2008年)。

近世史部会

近世社会の変容を考える―商品経済と地域社会― 

近世史部会運営委員会から
 近世史部会では,中期的テーマ「近世の国家と社会」の要請する近世史の全体像に迫るため,ここ数年は人々の意識形態の構造と,その形成・変容をうながし た要因の解明を目指してきた。2002年から2年間の「文化の政治性」論では,文化のもつ近世固有の構造と主体形成・国家意識形成との関係を,2005年 から2年間の「秩序」論では,幕藩制国家の観念的支配とそれに伴う共有観念の形成を,2007年には,境界領域における異文化接触が近世の諸集団の対外認 識・国家観に与える影響を,それぞれ検討した。昨年度は,幕藩領主側の諸主体が抱く対外認識・現状認識に学問・知識・情報が与えた影響を論じた。こうした これまでの当部会の試みは,身分制等に規定された人々の意識形態が,近世的特質を帯びた諸要因によって変容させられ,諸主体・諸集団の新たな動向が生み出 されていく,その歴史過程の分析を通じて近世史の全体像に迫ろうとするものにほかならない。特に意識形態を変容させる要因自体の検討は,右肩上がりの一面 的な近世史評価を排するものとして,今後ますます重要性を高めていくはずである。
 しかし,現実社会において生活を営む諸主体・諸集団の具体的動向を理解するためには,意識形態とともに,それといわば表裏の関係にある彼らの生活とその 変容,すなわち社会変容に対する検討が不可欠であろう。これまで近世史研究では,地域社会の自律性・公共性の高まりや「農本主義」的傾向,新たな商人の台 頭と流通網の形成,都市性の農村への浸透など,さまざまな社会変容の動向が検出されてきた。そしてその際には常に,商品経済の浸透,具体的には商品生産・ 流通・消費の高まりや,それにともなう貨幣流通・労働力移動の活発化などの影響が,議論の前提として据えられてきた。しかし,社会変容の動向に影響を与え るこれらの要因自体もまた,近世的特質を色濃く帯びていたことを,これまで十分踏まえて議論を構築してきたといえるだろうか。かつて検証された「農民的商 品経済の展開」は,「世直し状況」論によって幕藩制的市場構造の特質に拘束されたものと理解され,そこから幕藩制社会特有の社会変容が見出されたことは周 知であろう。同論への批判として上記のような動向が検出されてきたのであれば,次の段階として,前提として据えられた要因自体を,歴史的被拘束性のなかで 再検討することが課題として浮上するのではないか。
そこで本年度は「近世社会の変容を考える──商品経済と地域社会──」を大会テーマとして掲げ,商品経済の浸透にともなう社会変容の問題を検討することに した。
 地域社会の変容の問題は,当部会が1999年から3年間展開した「地域社会論」にて取り上げた経緯がある。そこでは国家支配と社会の自律という二項対立 的な議論を克服し,近世史研究の諸成果の総合化を目指して,大きな成果をあげた。本年度大会は地域社会に変容をもたらした要因自体を取り上げる点で,新し い視角を提供するものである。しかし同論に対しては,幕藩領主研究・政治史研究との接合に課題が残っているとの批判があり,その対案として近年では,統治 機構から領民までを含みこんだ「藩」概念に基づく研究が盛行している。そこでは「藩」という一つの空間(「藩社会」・「藩世界」・「藩地域」)の内外で起 こるさまざまな問題群が取り上げられ,新たな議論の総合化が目指されている。この視角は重要なものであるが,また同じく総合化を目指す試みとして,当部会 では2007年度に,幕藩領主側から地域社会内までの広汎な諸主体・諸集団に対し,その存立基盤や意識を大きく変容させるような要因(異文化接触)を取り 上げ,これに対する動向を具体的に検討することで,政治史研究をも組み込んだ全体史を構想した。本年度は2007年度の視角を継承しつつ,商品経済の浸透 という同じく広汎な諸主体・諸集団の存立に影響を与える要因を取り上げることで,「地域社会論」の新たな土俵を提供することも意図している。
 以上のような認識から運営委員会は,多和田雅保氏,曲田浩和氏に報告を依頼した。多和田報告「山林用益をめぐる地域の変容」では,①あくまでも農民や商 工業者など生活者の視点に立つ,②自然条件と商品・貨幣流通の問題をともに組みこむ,以上2点にこだわって,元禄・享保期の信濃国伊那郡上飯田村(飯田藩 領)を中心に,地域とその変容を論じる。一般的にこの時期の評価については議論があるが,伊那郡では各地で山論が頻発し,また商品流通の構造が大きく変容 した時期でもあった。飯田城下町に隣接する上飯田村はそのいずれにも直接的・間接的に関わっており,これらがほぼ同時期に発生した点に着目することで,近 世の地域の問題をより深く考察する。曲田報告「近世中後期における産業・流通の展開と伊勢湾地域──知多半島の醸造業を中心に──」では,18・19世紀 における尾張知多の酒造業の展開過程を流通・消費の視点から検討する。知多の酒造業は,支配領域である尾張だけでなく,三河との関係も重要である。そし て,地域市場と江戸市場との関係にもふれ,産業・流通を地域のなかで構造的に把握することを目指す。
 両報告とも,地域社会の変容の具体相を解明するとともに,変容を生み出した要因自体を俎上に載せており,議論の新たな視角を提示して近世史の全体像に迫 るものである。各方面からの活発な討論に期待したい。(小松賢司)

近代史部会

帝国秩序とアナーキズムの形成―抵抗/連帯の想像力―

近代史部会運営委員会から
 今年度の近代史部会は,「アナーキズム」を取上げ,その思想=実践形態がどのような歴史的・社会的・政治的文脈のなかで誕生し,どのように展開した/し ているかを再検討する。
 今日の反グローバル化運動のなかで,「アナーキスト」を名乗る人々が多く登場し,アナーキズムが抵抗/連帯の政治的方法論ないしヴィジョンとして提起さ れている。ここで語られる「アナーキズム」は,国家を越えた多様な地域的抵抗をその差異のままに連帯可能にする実践,つまり「真のグローバル化」運動 (D・グレーバー)と解釈されている。近年の歴史学研究において,新自由主義やグローバル化が批判的に検討されているなかで,それらに抵抗するものとして アナーキズムを歴史的に再検討し,その可能性を論じることの意義は非常に大きいだろう。
 戦後歴史学においても,アナーキズムに関わる研究が多く蓄積されてきた。だがそれらが地域単位,国民国家単位の研究であったことは否めない。しかしなが ら,近年のアナーキズム研究は新自由主義とグローバル化に伴う問題に応答し,地域単位の研究蓄積を新たな枠組みのなかで,批判的に発展させている。すなわ ち,アナーキズムが今日のグローバル化の根ともいうべき歴史的状況において成立し,国民国家の単位を越えて展開する「帝国」の統治秩序の随伴/対抗運動と して拡大した,ということを明らかにしつつある。
たとえば,ベネディクト・アンダーソンは,1880年代の初期グローバル化においてアナーキズムが形成されたという見取図を示した。初期グローバル化と は,帝国主義と世界的なネットワークの拡大を指す。1880年代からロシア革命以前の世界において,アナーキズムは,亡命や移民,そして刊行物の伝播に よって,国民国家や地域の境界を越えたネットワークを形成することにマルクス主義よりも成功し,隆盛期を迎えた。
 たしかに,ロシア革命以降起こった「国家」と「社会主義」の結合の必然化は,アナーキズムを弱体化させ,その歴史的意義をも隠蔽してきた。だがアナーキ ズムは,現代にまで通じるグローバルな歴史的過程から現われてきたものなのである。歴史的にアナーキズムを再検討することは,グローバルな帝国秩序の歴史 的存在形態を逆照射するとともに,脱国家的な抵抗という今日的問いを,歴史内在的に考察することへと繋がるであろう。
 以下,二点にわけて論点と課題を提示する。
 1)「アナーキスト」たちの地域横断的ネットワーク
 アナーキストたちは,初期グローバル化が可能にしたネットワークによりヨーロッパ地域を越えて運動を組織したが,この過程は植民地主義に抵抗する民族主 義者たちの運動と同時並行して進んだ。たとえば1880年代以降,当初多くがアナーキストによって実行されたテロリズムは,ヨーロッパの民族主義者たち, そして植民地の民族主義者たちへと継承されていく。逆説的だがアナーキストたちは,帝国秩序への抵抗として展開されるナショナルなものと,それを越えるも のとを結びつけることにより,広範な抵抗のネットワークを形成しえた。この内実を実証的に明らかにする必要がある。
 2)帝国秩序・抵抗運動との結合関係──「アナーキズム」という思想=実践の多形化
 アナーキズムの思想的意義も,こうした歴史的文脈のなかで明らかになる。こうしたネットワークにおいて,アナーキズムはそれが位置する地域ごとの政治 的・文化的文脈に応じ,多形的に変容した。帝国・植民地主義への抵抗のなかで,統治の秩序に対して随伴/対抗という両義的な関係を持ちながら,アナーキズ ムは無数に変容し続ける。自らを「アナーキスト」と呼んだ人々の発話と実践は,帝国秩序を支える資本主義・エスニシティ・ジェンダー・地域主義といった他 の無数の言説=実践と,流用・連帯・敵対関係におかれている。こうしたことが「アナーキー」という理念を多様化し,この理念を意味内容から定義することを 困難にしてきた。だが,こうした重層的な歴史的文脈を解き明かすことによってこそ,アナーキズムの理念,ひいてはその現在性を考えることができる。今日の 反グローバル化運動におけるアナーキズムの多様性も,帝国とグローバル化への抵抗のなかで繰り返されるアナーキズムの再解釈/再展開の延長線上に,成立し ているのではないか。
 以上の観点から今年度の近代史部会は,田中ひかる氏と梅森直之氏に報告を依頼した。
田中ひかる氏「アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト──1880年代から1920年代──」では,「人はなぜアナーキストになるのか」という 問題を,ロシアからアメリカに移民してからアナーキストになった人々に焦点をあてて検討する。アナーキズムの成立という現象を,国民国家や地域という枠組 みによってではなく,国境を越える人の移動や情報のやりとりという動向を軸にして捉えることを目指す。
 梅森直之氏「日本思想史におけるアナーキズムの位置──初期社会主義思想との関連を中心に──」では,アナーキズムを,資本主義に対抗する根源的な共同 性構築の試みのひとつとして位置づけ,その思想的射程を,大杉栄や石川三四郎らの思想を中心に検討する。かれらのアナーキズムの特質を,階級や民族,種や ジェンダーといった境界を超越する根源的な平等性の概念に見いだし,その思想と実践の意味を,資本主義ならびに他の対抗運動との連関のなかで明らかにする ことを目指す。
 両氏の報告に対し,山口守氏と木下ちがや氏からコメントをいただく。さまざまな地域・分野からの参加と活発な議論を期待したい。(片倉悠輔)

〔参考文献〕*副題は省略
梅森直之編著『「帝国」を撃て』論創社,2005年。
田中ひかる『ドイツ・アナーキズムの成立』御茶の水書房,2002年。
同「アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト」『歴史研究』46号,2009年3月。
デヴィッド・グレーバー,高祖岩三郎訳『アナーキスト人類学のための断章』以文社,2006年。
Benedict Anderson, Under Three Flags: Anarchism and the Anti-colonial Imagination. London, Verso, 2005.

現代史部会

「豊かな社会」の都市政治にみる参加と対抗 

現代史部会運営委員会から
 歴史学研究会現代史部会では,過去数年間にわたり1950年代社会論を積み重ね,人々の社会的結合や共同性にかんするこの時代固有のありかたについて議 論を深めてきた。また,2002年度の大会「『1968』年と現代社会」を嚆矢として,1960年代の社会と「新しい社会運動」についても,高度成長によ る社会変化,ヴェトナム戦争のインパクト,ジェンダーなどの側面から議論を深めてきた。今回の大会では,現代史部会が取り組んできた以上の成果をふまえつ つ,あらためて60年代の社会を下記の視点から考察したい。
 1960年代の冷戦下においては,アメリカの軍事力・経済力を背景として,資本主義諸国において都市化と地域開発が著しく進んだ。こうしたなか,先進資 本主義国においては「豊かさのなかの貧困」が可視化され,その是正を求める運動と国家による福祉政策がせめぎあった。一方では,開発にともなう諸矛盾が噴 出し,これに抵抗する主体が登場して住民運動を展開し,地方自治体行政とのあらたな関係を形づくった。本大会では,1960年代の都市においてみられた上 記のような現象に焦点をあて,経済成長ゆえに顕在化した各都市における矛盾の実態をふまえつつ,その矛盾を問題化する住民諸組織に着目し,それらが自治体 の政策との間にどのような相互規定関係を有してゆくかを論じたい。
 課題設定の背景には以下の問題意識がある。1990年代以降の世界的な新自由主義改革のなかで,自治体は重い課題を抱えている。「地方分権改革」,自治 体間格差の拡大などのなかで,人々の暮らしを支える仕組みが変貌しつつあり,国家や企業,自治体の役割が再検討されつつある。こうした現状を歴史的にとら えかえすためにも,経済成長・開発の下で急速な都市化がすすんで住民の暮らしを支える仕組みが大きく変貌し,一方で先進資本主義国を中心に福祉政策が導入 された1960年代の歴史的経験とその背景を考察することが重要であろう。自治体の政策は,国家の政策の規定をうけつつも,要求をつきつける住民の登場に よっても規定される。したがって私たちは,60年代の都市社会で生じた,住民の暮らしを脅かす問題の発生とその要因をふまえ,そのことの解決を要求する住 民と自治体政策との関係を歴史的に分析する視点を持つ必要がある。国家の政策の規定性を受けつつも,1960年代に急速な変化を遂げた都市社会の側からの 働きかけによって,自治体に新たな性格が埋め込まれていく側面に注目することが必要ではないか。こうした作業は,人々の生存を支える仕組みとしての福祉政 策の登場に至る各社会固有の道筋を,住民の諸組織の側から明らかにするための一助となろう。
 以上の問題意識の下に,本大会では以下の2つの報告と1つのコメントを通じて議論を深めていく。
 沼尻晃伸報告「高度経済成長前半期の水利用と住民・企業・自治体──静岡県三島市を事例として──」では,従来,コンビナート反対運動で有名な高度成長 前期の三島市において,コンビナート問題以前にすでに操業が開始されていた東洋レーヨン株式会社三島工場の水利用に伴って生じた水不足問題に焦点をあて, 水の利用をめぐる人々の生活と共同性,住民諸組織と工場との対抗,それと自治体の政策との関係が論じられる。そこでは,住民運動が自治体の意思決定に重要 な役割を果たす側面とともに,その限界面や,自治体の政策が住民生活に変化を強いる側面が示されることになる。
 ついで土屋和代報告「 福祉をめぐる鬩ぎ合い──ロスアンジェルスにおける『貧困との戦い』と人種,ジェンダー──」では,「豊かな社会」となったアメリカ・ロスアンジェルス市 において,黒人居住地域の貧困が可視化されたなかで生じた矛盾が明らかにされる。ジョンソン政権が「住民参加」を掲げて導入した福祉事業「貧困との戦い」 をめぐって,黒人の組織と自治体との間でいかなる緊張関係が生じたかが取り上げられる。そこでは,黒人の活動家がいかに貧困と人種・ジェンダーとの関係を 問題にし,対抗の領域を紡ぎだしたか,また,その活動がいかに新たな境界を創り出したかが提示されよう。
 最後に,ドイツ現代史の野田昌吾氏から,1960年代における西ドイツを中心としたヨーロッパでの福祉国家形成過程をふまえて,2つの報告に対してコメ ントをしていただく。(小野沢あかね)

〔参考文献〕
沼尻晃伸「農民からみた工場誘致──戦後経済復興期の小田原市を事例として──」『社会科学論集』(埼玉大学経済学会)116号,2005年11月,1- 21頁。
同「松村美與子氏聞き取り調査の記録──三島母親の会・地方自治・コンビナート反対運動──」同上,122号,2007年9月,51-67頁。
同「結語──共同性と公共性の関係をめぐって──」小野知二・沼尻晃伸編著『大塚久雄『共同体の基礎理論』を読み直す』日本経済評論社,2007年, 189-211頁。
Tsuchiya, Kazuyo. “Contesting Citizenship: Race, Gender, and the Politics of Participation in the U.S. and Japanese Welfare States, 1962-1982,” Ph.D. diss., University of California, San Diego, 2008.
do., “Making a Contested Space: Race, Class, and the Politics of Poverty in Los Angeles in the Early 1960s,” Proceedings of the Kyoto American Studies Summer Seminar (Kyoto: Center for American Studies, Ritsumeikan University, 2006), 151-174.
do., “Race, Class, and Gender in America's” War on Poverty”: The Case of Opal C. Jones in Los Angeles, 1964-1968,” The Japanese Journal of American Studies 15 (2004), 213-236.

合同部会

刻まれるメッセージ、読み解かれるメッセージ―歴史資料としての石碑と遺跡―

合同部会運営委員会から
 2006年度大会において我々は,「前近代におけるメディア」というテーマを掲げ,石碑,口頭と書物,印刷本など,さまざまな時代・地域の媒体(メディ ア)を議論の俎上に載せ,それら<RUB>媒体<RUB2>メディア</RUB>ごとに特徴的な仕方で構築される, 「権力場」の諸相を明らかにした。この「権力場」──情報の発信者,受容者などの主体の「情報戦略」がせめぎあう「コミュニケーション空間」──では,発 信者と受信者は,時に情報の解釈をめぐる深刻な対立を経験した。その一方で,「情報戦略」を行使し,対立に参与する主体は,時間的に同一の立ち位置にあ り,情報の理解可能性を共有していた。したがって,これらの事例においては,媒体の解釈コードは共時性を土台に構築されていたといえる。
 しかしながら,意識的であると,無意識的であるとを問わず,情報の発信者は,その同時代人のみに対して,「情報戦略」を展開したわけではない。同様に, 情報の受信者もまた,同時代ばかりでなく,過去に発せられた情報を,自己の立ち位置から解釈したのである。「過去」が現在における秩序創出,安定化目的の 手段として活用される事例は,歴史叙述をはじめとして列挙に暇がない。それは,遠い過去に発せられた情報は,戦略的価値を変えながら,その時々において 「同時代(コンテンポラリー)の権力場」で機能していたことをも意味する。そこで,今大会では,このような,ある種の「持続性」を持つ情報が経験すること になる歴史に注目する。そして,上述の「共時性」に加え,「通時性」,すなわち歴史を通じての変遷という切り口から,特定の情報解釈コードを共有する「解 釈共同体」のひいては権力による「情報戦略」についての分析を一層推し進めることにする。
 「通時性」という視点を導入するためには,情報のみならず,それが刻み込まれた媒体,もしくは支持材そのものを考察の視野に含める必要があるだろう。情 報は,筆写等の行為を通じ,複数の媒体を渡り歩くばかりでなく,一つの耐久性に優れた支持材に刻印された場合にも,時の流れに逆らって,残存した。本年度 の合同部会が着目するのは,特に後者,「石碑」や「遺跡」という石や金属などを支持材とする媒体(メディア)である。それらは,「モニュメント」として, 時代を越えて,多数の人々の目と多様な解釈にさらされてきた。
こうした「石碑」や「遺跡」は,長い年月のなかで生じた,政治・社会・文化的な諸変化の影響を受けることになる。結果,意識的,あるいは無意識的な改変 が,創設当時に意図された解釈に対して,施されることもあった。その一方で,耐久性に優れているはずの「モニュメント」が,物理的に破壊されたり,別の場 所に移動されたりする事例も見受けられる。そして,このことは,「モニュメント」が,そこに刻まれた情報,その支持材,さらにはそれが設置された「場」ま でをも含み込みながら,「権力場」を構成してきたことを示している。
 以上のように,「モニュメント」は,刻みこまれた情報そのものが変化しなくても,時代の変転のなか,周囲環境の関係性や,受容者の立場の変化に応じて, その意味を常に更新してきたと言えよう。つまり「石碑」「モニュメント」は,刻み込まれた文字・図像をはじめとするメッセージ,支持材という「モノ」,そ して相異なる解釈コードという3つの次元が重層的に重なり合い,凝集した一つの記憶の場として,解釈されてきたのである。
 今大会では,こうした「石碑」と「遺跡」という「モニュメント」を考察する。その際,以下の2つの点に注目したい。①情報が刻まれた支持材としての「モ ニュメント」の特性,および②設置される「場」に代表される,モニュメントを取り巻く環境(コンテクスト)という2つのパースペクティヴである。今大会の 4人の報告者は,それぞれ「モニュメント」が発してきた情報と解釈の変容の跡を辿り,重層的に積み重ねられてきた解釈の歴史を明らかにしている。
 現在,「石碑」を対象とする研究が,最も盛んに行われているヨーロッパ古代史については,2人の研究者が報告する。その1人,師尾晶子氏は,報告「古代 ギリシアの石碑──関係性の記録と記憶の共有──」のなかで,アッティカの事例を中心として,古代ギリシア世界の奉納碑を検討する。石碑の建立者は,その 帰属する社会との間に,いかなる関係性を主張し,それを継続させようとしたのか──彼らの「情報戦略」を明らかにする。さらには,「公的」なモニュメント と「私的」なモニュメントの交錯,碑文とモニュメントの解釈を規定するコンテクストが論じられる。
 続く中川亜希氏の「古代ローマのモニュメントとしての石碑──権力と,記憶を刻むという名誉──」では,公共建築に置かれた碑文,都市の彫像の台座に刻 まれた顕彰碑文,そして私人の墓碑という3種類の石碑について,その特性を明らかにする。古代ローマでは,石碑に名や功績を刻み,公に示すという名誉を最 も享受し得る立場にあったのは皇帝である。しかし,ローマ固有の「記憶の断罪damnatiomemoriae」は,時として皇帝の記憶でさえも削除の対 象とした。
 ヨーロッパ中世史の領域では,小澤実氏が,「林立するルーン石碑のなかで──イェリング石碑と『デンマーク』の誕生──」と題した報告を行う。ゴーム老 王とハーラル青歯王は,デンマーク国家が確立する上で,主導的な役割を果たした。小澤氏は,彼らが建立した二つのルーン石碑を検討する。そして,この二つ の石碑に刻まれた「デンマーク」という「国名」が,同時代の政治的社会的コンテクストにおいて,どのように機能していたのか考察する。
 守川知子氏の「伝説から史実へ──イラン・イスラーム社会における古代遺跡と歴史認識──」では,イスラームの到来をきっかけとして,大きな変容を遂げ た西アジアが検討される。アケメネス朝のレリーフ文化を受け継いだサーサーン朝は,写実性溢れるレリーフをイランやイラクの各地に残したが,アラブ化・イ スラーム化の進行とともに,これら「遺された物」の解釈は変化した。守川氏は,アケメネス朝・サーサーン朝期のレリーフを中心に,異なった文化・慣習のも とに置かれることとなった古代遺跡に生じた意義づけの変容過程を明らかにする。
 質疑応答の司会は,17世紀ロンドンのモニュメントを対象とする研究を発表している見市雅俊氏が務める。見市氏の下で,地域的・時代的な枠組みを越え た,活発な議論が行われることを期待したい。(成川岳大/高津秀之)

特設部会

社会科世界史60年 

委員会から
 2009年4月で「社会科世界史」が始まって60周年を迎えた。高等学校社会科に世界史が設置されたのは,連合国占領下1949年4月のことである。歴 史学者はこの決定にまったく関与しなかったという。しかも日本のほとんどの大学では,1990年代の教養部廃止の時代まで日本史・東洋史・西洋史の三分野 制度を全学教育科目でも史学科の講座制度でもおおむね維持してきた。このように,日本における世界史教育の成立を主導したのは,高校教科としての「社会科 世界史」の成立であった。
 この教科が戦後日本の歴史学に与えた影響は,さまざまな意味で計り知れないものがある。「社会科世界史」を教えなければならないという実践的な要請を背 景にして,現場の高校教師と大学教員の一定の協働のもとに始まった世界史の理論と方法の模索は,たとえば上原専禄編『日本国民の世界史』(岩波書店, 1960年)という成果を生んだ。こうした模索の延長線上に,たとえば現在,歴史学研究会が編纂中の『世界史史料』全12巻がある。500名を超える研究 者が3000点ちかい世界諸地域・諸時代の史料を原典から直接日本語に翻訳して解説を付すという壮大な試みである。同史料「刊行の言葉」で西川正雄は, 「社会科世界史という怪物」が現れて以来,高校教師の現場での工夫,高校教師・大学教員からなる教科書執筆者のたゆまぬ努力によって世界史教科書・世界史 教育が充実発展してきたこと,その蓄積のうえに日本の歴史学界が築いたひとつの到達点として同史料集があることを述べている。
 しかし,その一方,日本社会において「世界史」と言えば,一般的には高校教科・受験科目と深く結びついている。校長の自殺者さえ出してしまった2006 年の高校世界史(必修科目)未履修問題は,教科・受験科目としての世界史が,仕方なく学ばざるを得ない「嫌われ者」の暗記科目だと多くの人々に見なされて いる現実を社会に知らしめた。さらに大学における世界史分野の教育についても,旧態依然たる学生不在・方法論不在の授業には批判の声が高まっている。ま た,中央教育審議会が「学士力」構想を提起している現在,大学における歴史学全般とりわけ世界史教育への取り組みはまさに待ったなしの状況にある。この状 況に対して,「社会科世界史」の草創期がそうであったように,いまこそ現場で試行錯誤を重ねる高校世界史教師と大学教員の協働が求められているのではない か。歴史学研究会では,このような問題意識をもって,「社会科世界史60年」を考える特設部会を企画した。
 本特設部会では,(1)「社会科世界史」の成立をめぐる問題,(2)いま「社会科世界史」が抱える問題と展望(現場の高校教員の側から),(3)いま大 学教育における世界史が抱える問題(大学教員の側から)の3つの角度からの報告を求める。(1)については,関係者からの聴き取り調査などを含め,「社会 科世界史」草創期について精力的に研究を進めておられる茨木智志氏に「『社会科世界史』はどのようにして始まったか」を報告していただく。(2)について は,現場の高校教師として世界史教育を実践し,暗記を問う入試の全廃を訴える問題提起をされている小川幸司氏に「苦役への道は世界史教師の善意でしきつめ られている」を報告していただく。(3)については,岩波ブックレット『世界史なんていらない?』を書き,アジア世界史学会の創立に加わっている南塚信吾 氏に「大学における世界史教育は可能か」を報告していただく。日本の世界史教育をいかに「救う」か。この大きな問いをめぐる活発な討論に期待したい。(中 野 聡)

〔参考文献〕
Masao Nishikawa, “A Specter is Still Haunting: The Specter of World History,” Radical History Review, 91 (2005): 110-116.
http://home.att.ne.jp/wave/natsu/ryo/sekaisi1.htm
http://members.jcom.home.ne.jp/lerrmondream/jibun.htm
茨木智志「戦後の新学制への外国史教育の導入──新制高等学校社会科選択科目としての『東洋史』『西洋史』設置の意味──」『社会科教育研究』第99号, 2006年12月。
小川幸司「世界史という『妖怪』がアメリカを徘徊している」『アメリカ史研究』31号,2008年。
尾鍋輝彦編『世界史の可能性』東京大学協同組合出版部,1950年。
中野 聡「世界史を15分間考える」人文会編『人文書のすすめⅣ』人文会,2008年。
西川正雄「刊行の言葉」歴史学研究会編『世界史史料10』岩波書店,2006年。
南塚信吾『世界史なんていらない?』岩波書店〔ブックレット〕,2007年。
南塚信吾「時評:世界史は動いている」『歴史学研究』850号,2009年2月。
森谷公俊「歴研と私:大学の授業こそ語るべき」『歴史学研究月報』588号,2008年12月。
「特集1 高校における地理・歴史教育の改革」『学術の動向』2008年10月号。