2008年度歴史学研究会大会

会場 早稲田大学早稲田キャンパス (東京都新宿区西早稲田1-6 -1)
     東京メトロ東西線 早稲田駅下車 徒歩5分

第1日 5月17日(土)
全体会           13: 00~17:00                             
新自由主義の時代と現代歴史学の課題        15号館101教室         
 -その同時代史的検証-
序説 「生存」 の歴史学-「1930~60年代の日本」と現在との往還を通じて-…… 大門正克
 ポスト・サッチャリズムの歴史学-歴史認識論争と近代イギリス像の変容-…… 長谷川貴彦
  コメント:吉田伸之・柳澤 悠                 

第2日 5月18日(日)  9:30~17:30(特設部会のみ12:00~14:00)
古代史部会 古代国家の秩序と観念      15号館 102教室  
 古代の天皇制と政変・国家……………………………………………………………関根淳
 隠逸・逸民的人士と魏晋期の国家…………………………………………………安部聡一郎
  コメント:大平 聡              

中世史部会 中世の社会編成と紛争解決       15号館 101教室      
荘園制の成立と武門支配の統合……………………………………………………鎌倉佐保
 南北朝~室町期の権力と紛争解決…………………………………………………永井英治

近世史部会 近世の政治支配と学問・知識・情報    15号館 301教室    
近世後期「長崎 口」からの「西洋近代」情報・知識の受容と翻訳……………………松方冬子
 近世後期における藩政と学問-寛政~天保期秋田藩の教学政策と政治改革-…金森正也

近代史部会 「分類」のポリティクス
   -近代的「人種」の再検討-            15号館 201教室     
 「人種化」の近代とアメリカ合 衆国-ソシアビリテの交錯と「国民」の境界-………貴堂嘉之
 植民地支配下の台湾原住民をめぐる「分類」の思考と統治実践………………… 松田京子
  コメント 池田忍 ・ 冨山一郎

現代史部会 離散者が問う戦後世界像
-その包摂と排除に見る植民地主義の継続-    15号館 202教室
「戦後開拓」再考-「引揚げ」以後の「非/国民」たち-………………………… 道場親信
  人の移動からみるフランス・アルジェリア関係史-脱植民地化と「引揚者」を中心に-

……………………………… 小山田紀子

   コメント:川喜田敦子

合同部会 宗教的マイノリティとその周辺
-アイデンティティの相克と溶和-         15号館 203教室                     
 イサウリア人皇帝ゼノの栄達-後期ローマ帝国における社会的流動性と摩擦-…  倉橋良伸
 黙示録から見たイスラム支配下のコプト…………………………………………… 辻明日香
 コンベルソと血の純潔………………………………………………………………  坂本宏
 近世都市における宗派意識の形成-16世紀後半ヴェーゼル市の事例-…………望月秀人

特設部会 教科書検定・歴史叙述・歴史実践
  -沖縄戦教科書検定問題からの再考-        15号館 302教室   
 沖縄戦検定問題が明らかにした教科書検定システムの問題点……………………石山久男
 教科書検定問題と歴史教科書叙述…………………………………………………大串潤児

◎会場整理費として、2・3両日共通で、一般1800円・会員1500円・学生(修士課程ま で)1000円 (お申し込み不要)
◎書籍展示は、17日(土)は12時~  / 18 日(日)は9時~ となります。 

▲総会(9:30~11:30) (会員に限ります)
▲18日(日)の昼食はお弁当を用意します。受付でチケットをお求め下さい。
▲18日大隈ガーデンハウスにて懇親会を行ないます(18:00~20:00)。
  参加費 一般3000円、学生(修士課程まで)2000円
▲出張依頼状の必要な方は、同じく事務局までご連絡下さい。


全体会

新自由主義の時代と現代歴史学の課題-その同時代史的検証-

委員会から
新たな世紀に入り,全体会ではグローバル化にともなう社会システムや歴史意識の激変に批判的に対峙すべく,強く現状分析との相関を意識した主題(公共性, 帝国,民主主義等)を掲げ,議論を重ねてきた。これを受けて近年では,〈歴史実践〉の担い手(2006年)や富の再配分の原理と公共性との関係(2007 年)等の現代的課題をめぐって,時代や地域を横断する歴史分析の有効性を探索してきた。
今年度の全体会では,こうした議論をさらに発展させるため,今日の世界を特徴づける政治経済的・社会的・文化的編制としての新自由主義の現在に,過去を対 象とする歴史研究が,いかなる歴史像をもって向き合えるのかをあらためて正面から議論したい。そこで,①現在の歴史学の特質と時代との相関を捉え返すこと で,②従来慣れ親しんできた概念や主題がいかに再設定できるのか,史学史的な検証と具体的な分析の現場とが交叉するところに焦点を据えて,多方面からの議 論が可能となるように今回の主題を設定した。
周知のように日本の歴史学では,1970~80年代を画期として,戦後歴史学を乗り越えようとする新しい歴史学(現代歴史学)が台頭した。その変貌につい ては贅言を要しないが,歴史研究が方法的に激変したこの約30年が,世界史的に見て新自由主義が拡大する時代に重なることを自覚した検証は意外なほど少な い。それゆえ新自由主義的実践の矛盾が露呈した今こそ,単なる学説史や状況反映論ではなく,時代と研究の変貌を対位法的に明らかにする,いわば現代歴史学 の同時代史が必要ではないか。しかもその分析を,並行する歴史学の世界的な変貌のなかに位置づけるならば,日本の現代歴史学が有する差異と呼応の両方が把 握できるだろう。
同時にこの作業は,新自由主義に向き合う私たちの姿勢に反省を迫る。新保守主義に対するイデオロギー批判の蓄積に比して,新自由主義への学問的取り組みの 弱さは歴史学一般に共通する課題である。その要因を探るには,歴史意識はもとより身体感覚にまでいたる同時代の社会的変貌を受けとめて,研究を規定する概 念や主題の根本に遡った検証が求められよう。その際には,歴史研究と新自由主義とが共有してしまっている前提をも洗い出す徹底さも必要だろう。直視すべき 課題は,言語論的転回以後の歴史研究と社会経済史研究との乖離や,なお根強いジェンダー秩序の不可視化など,学知の編成そのものに及ぶはずである。
以上の関心にもとづき,今回は,日本近現代史研究から農村社会経済史を専門とする大門正克氏,イギリス近代史研究から産業革命期の社会史に取り組んでいる 長谷川貴彦氏のお二人に報告をお願いし,同時代の歴史学の史学史的検証と,その省察から得られる新自由主義に向きあうための具体的な研究視角を提示してい ただく。
大門氏の報告「序説 『生存』の歴史学--『1930~60年代の日本』と現在との往還を通じて--」では,20世紀の農村女性の出産や労働・生活改善に 見られる主体と構造の相関に注目してきたご自身の近年の研究を,「生存」という視角から再構成することで,社会経済史研究の存在意義が問い直される。それ はまた,実証研究と並行する国民国家批判・歴史認識論争への積極的な発言をふまえた,現代歴史学に対する批判的応答ともなるだろう。
長谷川氏の報告「ポスト・サッチャリズムの歴史学--歴史認識論争と近代イギリス像の変容--」では,1980年代に発するイギリス近代史像をめぐる諸論 争を言語論的転回以降の方法論争とあわせて整理するなかから,社会史研究の現代的課題を明らかにしていただく。とりわけ新自由主義が批判の標的とした福祉 国家に関して,その成立史の再吟味を通じて,中間団体や「生存のための経済」の意義に着目した近代移行期の新たなイギリス社会像が浮き彫りにされる。同時 代の日本の歴史学とは鋭い対照をなす持続的な新自由主義批判の取り組みから,その可能性と困難についても見通されるだろう。
今回,日本と英国の近代史研究が対象となるのは,もちろん偶然ではない。両者は,戦後歴史学がその方法的中軸たる社会経済史によって分析の焦点としてきた 近代像の典型であり,そこに現れた問題意識や方法の変遷は,歴史学と時代の緊張関係をもっともよく刻印している。そうした蓄積を引き受けた自己変革の道程 を明らかにする以上,両報告の検証の射程は,現代歴史学の中間考察のみならず,戦後歴史学をも貫くものとなるだろう。
当然ながら,「前近代」も「非近代」も,「近代」をめぐる議論を前提にして常に仮構されてきた以上,両報告の方法的視座は,狭義の近代史研究にとどまらな い。そこで日本近世史の立場から吉田伸之氏,インド経済史の立場から柳澤悠氏にコメントをいただき,世代や方法の差異を越えた議論を可能とする視座を求め たい。
戦後日本の歴史学は,同時代との緊張関係のなかで研究者の共同性を養い,それによって自らを社会へと開く契機としてきた。では,批判的思考にとって冬の時 代であるいま,歴史研究者はどのような問いを社会に発しうるのか。今回の議論が細分化された学問状況を乗り越え,私たちの社会性を再構築する場となれば幸 いである。(研究部)
〔参考文献〕
大門正克「歴史意識の現在を問う--1990年代の日本近代史研究をめぐって--」『日本史研究』440号,1999年4月。
同「農村問題と社会認識」歴史学研究会・日本史研究会編『日本史講座8』東京大学出版会,2005年。
同「農業労働の変化と農村女性--20世紀日本の事例--」西田美昭・A. ワズオ編『20世紀日本の農民と農村』東京大学出版会,2006年。
同『歴史への問い/現在への問い』校倉書房,2008年。
長谷川貴彦「アソシエーションの社会的起源」『西洋史論集』4号,北海道大学文学部西洋史研究室,2001年。
同「産業革命期のモラル・リフォメーション運動--バーミンガムの日曜学校運動を事例として--」『思想』946号,2003年2月。
同「修正主義と構築主義の間で--イギリス社会史研究の現在--」『社会経済史学』70巻2号,2004年7月。

古代史部 会

古代国家の秩序と観念

日本古代史部会・アジア前近代史部会運営委員会から
古代史部会では,日本古代史・アジア前近代史・西洋古代史の部会により古代国家論・王権論の再検討を進め,多くの成果をあげてきた。本年も日本古代史部 会・アジア前近代史部会で共同のテーマを設けて大会報告に臨み,古代に通底する問題意識を追求する。以下,両部会のこれまでの議論と課題を整理する。
日本古代史部会では,1973年以来首長制に基づく国家論を展開し,国家の成立・律令制による法治国家と地域社会や共同体との関係・王権の構造と秩序など を明らかにしてきた。
近年では,国家・王権・地域社会の三者の実態と関係性の解明を目的として議論を重ねた。2004年度大会では「古代王権の構造と支配秩序」(河内春人氏) というテーマを設け,「天下」をキーワードとして王権・国家の支配秩序について検討した。これを受けて2005年度大会では「古代王権の構造と支配秩序 Ⅱ」(藤森健太郎氏)をテーマとし,天皇即位儀礼を素材に,儀礼とそれをとりまく構造の推移から王権・国家と社会の双方向的関係の展開について検討を行っ た。これらの王権のイデオロギーの解明を踏まえ,2006年度大会「古代国家の支配と空間」(中村太一氏)では駅伝制を取り上げ,都鄙間交通のあり方およ び7世紀における地域支配システムの成立過程を検討し,空間的な王権のイデオロギーの貫徹を描出した。
アジア前近代史部会では,戦後以来,中国古代専制国家支配におけるその構造と特質について追究してきた。特に,1990年代には在地社会内部の諸関係と国 家の支配構造との有機的連関について継続的な議論を行った。
近年においては,2004年度大会(山田智氏)では,皇帝権力が前漢武帝期までに国家的専制支配権力として形成されてくる過程について,皇帝家産の問題に 焦点をあてて検証を行った。2005年度大会(阿部幸信氏)では,前漢国家の確立過程における対匈奴関係の推移に注目し,外的な要因が国家構造の形成にい かに影響を与えたかを検討した。2006年度大会(浜川栄氏)では,同じく国家の確立期における外的な要因としての黄河を取り上げ,その下流域の大平原が もたらした地域社会への作用について環境史的な視座を含めて提示した。
2007年度大会では,これら両部会の大会報告を受け,「古代における法と地域社会」というテーマのもと服部一隆氏「日本古代田制の特質--天聖令を用い た再検討--」の報告が行われた。服部報告では,近年存在が知られ活用されるようになった北宋天聖令を素材とし,日本の大宝令の法理念を田制の面から明ら かにした。支配イデオロギーの表象たる「法」の理念が明らかとなったが,その展開と為政者側の意識,「地域社会」との照応関係などの解明が課題として残さ れた。
以上のような,昨年度大会の成果と課題を受け,本年度の古代史部会では「古代国家の秩序と観念」をテーマとし,日本古代史部会から関根淳氏「古代の天皇制 と政変・国家」,アジア前近代史部会から安部聡一郎氏「隠逸・逸民的人士と魏晋期の国家」の報告により,古代国家が体現する秩序とその観念の解明を試み る。
関根報告では古代天皇制の確立を政争史の視角から解明し,これと律令制国家の成立やその秩序を関連づける。天皇位の昇華をもとに,国家とその秩序の確立を 確認することは,古代国家・王権が支配を正当化していく過程と特質,とりわけ王権の支配に関わるイデオロギーを明確化し,そこに古代における天皇・国家に 対する観念を析出することができるだろう。そしてそれは現代の日本国家を考える材料にもなりうる。
また天皇制の形成期に関しては,大平聡氏によるコメントを予定している。
安部報告では,3次に及ぶ「古代における“在地社会”の展開と国家」のテーマのもと,漢魏交替期の「名士」層と在地社会との関係を検討した1991年度大 会(渡邉義浩氏)と,魏晋期の在地社会の構造とその国家権力との関係を分析した1993年度大会(伊藤敏雄氏)の2報告の流れを受け,在野にて社会の教導 を行うとされた士人,中でも「逸民的人士」について,この隠逸としての性格をとらえ直すことを通し,国家とその外縁との関連性から,支配のあり方と秩序の 形成について検討する。
以上の両報告によって,古代国家支配における秩序形成の追究において,有効な視角を提供することができると考える。大会へ多数の方々が参席され,活発な議 論が展開されることを期待したい。
(中村友一・福島大我)

中世史部会

中世の社会編成と紛争解決

日本中世史部会運営委員会から
日本中世史部会は2004~07年度までの大会で,荘園制論,地域社会論,在地領主論の新段階に即した新たな論点を提示し続けてきた。2004年度大会で は,13世紀後半~15世紀を一つの時代と捉え,この時期における荘園制の変容を権力構造と経済構造の両面から検討した。2005年度大会では荘園制と地 域社会の関係を具体的に検討し,2006年度大会では宗教と地域社会の関係を跡づけていった。これらの成果を踏まえ,新たな在地領主像を提示しようと試み たのが2007年度大会である。この大会では,在地領主組織の変遷過程を中央・地域双方の視点から検証し,13~16世紀における在地領主組織のあり方を トータルに提示した。
田中大喜報告では,鎌倉~南北朝期の領主間結合のあり方を明らかにしながら,そのあり方が荘園制や戦争状況とどのように関わっていたのか検討し,菊池浩幸 報告では室町期の地域秩序・国家体制のなかで在地領主の「イエ」と領主一揆が果たした役割を検討した。これらの成果をふまえて2008年度の大会では,中 世の権力を問い直すという観点から「中世の社会編成と紛争解決」をテーマとすることに決定した。
権力による紛争調停は,紛争を収束させたり,あるいはかえって紛争を誘発して社会の混乱を招く要因にもなる。所領紛争の頻発した中世社会では,その調停が 極めて重要であり,どのように社会の秩序を維持していくのかという問題は重要な政治課題であった。
大会では,近年の大会で議論された荘園制論,地域社会論,在地領主論をふまえて,①どのような社会編成を経て武家権力に代表される紛争解決システムが形づ くられていったのか,②さまざまな変遷を遂げていく地域社会に対し,武家権力の側ではどのように秩序の維持をはかったのかを問い直し,単なる中央の動向に 留まらない,地域のあり方と結びついた権力論を提示する。
①の研究状況では,職能論的武士論の展開やそれを批判的に継承した武士団研究によって,武士の存在形態や武士(団)の展開過程・権力編成の分析が深化し, 鎌倉幕府の成立が武士(団)の動向から説明されるようになった。一方,近年の荘園制成立史の研究では従来の寄進地系荘園の理解を相対化し,中央の人的関係 でなされる荘園形成のメカニズムを明らかにしてきた(立荘論)。
しかし,武士団研究と荘園制成立史の研究がリンクしない状況にあるため,荘園制が地域社会や武士(団)にどのような影響を及ぼしたのか,大きな課題を残し ている。すなわちいま,荘園制の成立過程でどのような紛争や領主間の競合が生起し,その解決がはかられていったのか,そのなかで武家権力がいかに形成され ていったのか,議論する段階にきている。
②の論点では,武家権力による紛争解決システムと地域社会との関係性を究明することが大きな課題である。なかでも,幕府の訴訟制度や裁許の執行者となる 「使節」は重要な論点となる。
「使節」については,かつて1996年度大会の外岡慎一郎報告で大きくとりあげた。しかし,それから12年が経過した今,その間進展した地域社会に関する 研究の成果を活かしながら,「使節」の歴史的意義を問い直す段階にきている。使節遵行などの,権力による荘園制の維持や紛争解決のためのシステムは,地域 社会の動向とどのような連動性があるのか,地域社会の秩序を武家権力がどのように利用していたのか,これらの点を近年の一揆研究と関連させて検証していく ことによって,中世後期の武家権力の位置づけを一層明確にすることができる。
当日は鎌倉佐保「荘園制の成立と武門支配の統合」と永井英治「南北朝~室町期の権力と紛争解決」の2報告を用意している。
鎌倉報告では,摂関・院政期~鎌倉前期を対象として,私領の形成や荘園制の展開過程と連動した地域の動きを検証し,それが武家権力の形成とどのように関連 するのか,検証していただく。その上で,荘園制成立と鎌倉幕府成立の意義を再評価する。
永井報告では,鎌倉後期~室町期に至る幕府の紛争解決の変遷を,訴訟制度とその執行のあり方から検証していただく。その際,「使節」に注目することによっ て,幕府と地域の関係性とその歴史的変遷を検証することに重点を置きたい。そうして,室町幕府に代表される中央権力の性格を明確化し,なぜ地域社会の動向 を把握し得なくなっていったのか,展望したい。
なお,両報告の内容を理解する上で,以下の文献を参照されることをお願いする。(守田逸人)
〔参考文献〕
鎌倉佐保「浅間山大噴火と中世荘園の成立」(浅野晴樹・齋藤慎一編『中世東国の世界』1,高志書院,2003年)。
同「荘園整理令と中世荘園の成立」(『史学雑誌』114-6,2005年)。
永井英治「南北朝内乱期の使節遵行と地域社会の再編」(『南山経済研究』19-1,2004年)。
同「鎌倉末~南北朝内乱初期の裁判と執行」(『年報中世史研究』29号,2004年)。

近世史部会

近世の政治支配と学問・知識・情報

近世史部会運営委員会から
歴史学研究会近世史部会では,近世の国家と社会の総合的把握を目指して大会を企画し,さまざまな分析視角を提示してきた。2005・06年度の二大会で は,人びとの行動様式を規定する意識・習慣・常識など(「秩序」)に注目し,ある観念や価値観,歴史意識を通した国家支配の様相と,それを捉え返し変質さ せていく諸主体の動向とを明らかにした。2007年度大会では,上記二大会で浮上した新たな課題――地域社会内部・権力内部での葛藤のより詳細な分析, 「秩序」の重要な要素となる「自他認識」・「民族意識」の検討――を踏まえて大会を企画した。そこでは,「自他認識」・「民族意識」が顕現する場や局面の 検討がまず必要であるとの考えから,境界領域の特性――異文化間の接触・関係に対する国家権力の強力な統制とそこから逸脱する動向の顕在――に着目するこ とで,地域社会の具体相を解明しつつ,幕府の対外政策をめぐる国家と社会のせめぎ合いを描き出した。以上の三大会を通じて,近世の国家権力と地域社会双方 を総体的に捉える視角を提示し得たものと考える。
一方で,各大会を通じて,次のような課題も残された。①近年の大会における政治史的分析においては,諸政策と幕府・藩の中枢との関係が必ずしも明瞭ではな かったため,権力・支配者層内部の構造の分析をさらに深める必要がある。②政策の内容・展開を規定する支配者側の対外認識や現状認識がいかに形成されるの か,その要因について多角的に検討する必要がある。③②の解明に向けて,支配者層の認識・政策展開との関連で,学問・知識・情報の役割を検討する必要があ る。
そこで本年度は,「近世の政治支配と学問・知識・情報」を大会テーマとして設定し,支配者層の意識・動向を軸に,近世後期の政治・政策において学問・知 識・情報が果たした役割を検討する。この検討を単に支配者層・権力側の分析にとどめず,地域社会の動向をも射程に入れたものとするためには,幕藩権力を一 枚岩としてではなく,政策実施の現場レベルにおける諸役人・諸機構を含めて捉え,その動向を動態的に解明することが必要である。政策の立案から実施に至る 過程で,支配者層とそれを取り巻く人びと――とりわけ政策推進を担った人びと――がいかに学問・知識・情報に向き合い活動したのか,このことから近世の国 家と社会の関係性について検討することが求められるのである。この点の解明により,社会各層における文化の関係構造を問うた「文化の政治性」論をも踏ま え,近世の政治支配と学問・知識・情報との関係をより動的に描き出し,近世日本の国家・社会の特質を検討するための新たな視座を構築することを目指した い。
近世の学問に関しては,いわゆる儒学の大衆化,寛政異学の禁・藩校の急増など,18世紀後半,特に寛政期がひとつの画期をなしていることが知られている。 そこでの幕府・諸藩の教学政策については,思想統制・人材登用などの観点からその政策意図が論じられてきた。これに対して近年では,近世後期の政治と学 問・教育の枠組みを決定づけたものとして評価する視点からその再検討が行われつつある。支配者層における学問の受容とその政治への反映が,政治・社会との 関わりで描き出されつつある研究状況を踏まえれば,こうした評価については,支配者層の実態に即して検証していくことが不可欠である。一方,近世の情報を めぐっては,1990年代以降,幕末期――とりわけペリー来航以後の時期――を主たる対象として研究が進展してきた。そこでは,情報伝達・流通の構造や ネットワークのあり方が明らかにされ,民間レベルで情報がいち早く全国に伝達され流布する状況が形成されるなか,幕府が情報操作(公開と統制)を行うとい う構図が描き出されてきた。しかしながら,90年代以降の情報研究に対しては,幕府や諸藩が情報を操作・統制する側面が過度に強調されすぎているといった 批判や,幕末期にみられる情報環境が文化期に遡るものであるという指摘がなされている。いま,さまざまな性質の情報に目を向け,幕府や諸藩の政治・政策と 情報の流通・流布との具体的な関係を,時期を拡げて分析していくことが求められていると言えよう。
以上のような関心に基づき,近世史部会では,松方冬子氏・金森正也氏に報告を依頼した。松方報告「近世後期『長崎口』からの『西洋近代』情報・知識の受容 と翻訳」では,1840年代50年代を対象に,長崎を通して入ってきた,西洋に関する情報の受容について考察する。素材として,オランダ船がもたらした別 段風説書と,当時の翻訳,それを収録する諸写本,などを用いる。主に時事的・社会制度的用語の「翻訳」過程に注目することにより,翻訳過程で漢訳洋書が果 たした役割や,情報面における「長崎口」の機能,さらには刻々と変化していた東アジアにおける西洋近代のあり方も視野に入れる。金森報告「近世後期におけ る藩政と学問--寛政~天保期秋田藩の教学政策と政治改革--」では,18世紀後半より推進される秋田藩の教学政策と政治改革を素材とし,動揺期における 権力の運動構造の特質について考察する。具体的には,改革の推進主体となる官僚集団が藩校を母体として形成され,彼らが天保期にかけて中心的な政策集団と しての勢力を構成する事実を,具体的な政策との関わりを通して提示する。そして,権力の再編という問題の中で学問・教学政策がはたした政治的意味,官僚集 団の動向と旧来の権力秩序との関係を明らかにする。
(小関悠一郎)

近代史部会

「分類」のポリティクス-近代的「人種」の再検討-

近代史部会運営委員会から
今年度の近代史部会では,「人種」をテーマとして取り上げ,「人種」が構築された歴史的・社会的状況とその後の展開を検討することで,「分類」することに どのようなポリティクスがあるのかを論じる。「人種」が身体的特徴を基にした単なる区別ではなく,差別と偏見を拠りどころに「人種」間の優劣を提示するた めに社会的に構築されたものであることは,これまでも明らかにされてきた。また,「人種」差別的であるとされた表現の禁止や,アメリカにおけるアファーマ ティブ・アクション廃止の動きに見られるように,今や「人種」差別はなくなりつつあり,差別されてきた者を「優遇」するのは逆差別であるとの主張もなされ ている。しかしながら,日本,アメリカ,ヨーロッパなどにおいて「敵」あるいは「他者」とみなされた人々への中傷・暴力といった「人種」差別は,新たな言 説を伴いつつ,より複雑な形で再生産されている。こうした状況に対し,近代史部会では「人種」をめぐる近年の研究動向を参照し,そこで得られた分析視角を 導入することで,これまで行われてきた/現在行われている「分類」の意味自体を批判的に検討することを目指す。
ホワイトネス・スタディーズは,差別や「人種」問題を「マイノリティ」の側のみに焦点を当てて扱うことの限界性を指摘し,これまで「普遍的」な存在とされ 観察の対象となることのなかった「白人」も,実は歴史的・社会的に構築された存在であったことを明らかにしている。ここでは,身体的特徴によって「白人」 が定められているのではなく,「白人」という言葉によって示されているものも,地域や時代によって変化することが検証されている。また,「人種」について の学際的な研究では,「人種」が構築・再生産されている背景には,しばしば,ジェンダーや階級といった他の「分類」と相補的関係が存在することが指摘され ている。この視角は,帝国と植民地において民族・階級・ジェンダーなどの「分類」が,複雑な権力構造の中で交錯していたことを指摘するポスト・コロニアル 研究と共有されるものである。これらの研究においては,「分類」のポリティクスを認識するために,それぞれの「分類」の間の矛盾や共犯関係を検討すること の重要性が提示されている。
以上のような分析視角を基に,さまざまな近代的「分類」を脱構築する視点を提示するために,近代史部会では「人種」について考察する。近年の部会の問題意 識とも関連させながら,以下の3つの論点を提示する。
①「人種」の近代性を検討する。前近代に各地で行われていた「分類」とは比べものにならないほど,体系化,グローバル化,身体化された「人種」概念は,ど のような歴史的・社会的状況で必要とされ,また何によって強化されてきたのであろうか。国民国家と植民地という近代的状況で,「人種」の「分類」が行われ た意味を問い直していく。
②「人種」と他の「分類」との関係性を論じる。前述したように,「人種」と他の「分類」は相補的関係にあることによって,曖昧で可変的でありながらも政治 的に機能してきた。「人種」だけに着目することでは捉えきれない「分類」の権力性を認識することを目指す。
③劣った「人種」として「分類」された人々の反応に焦点を当てる。近年の近代史部会は,民衆あるいは「マイノリティ」とされた人々が権力に対して,どのよ うな抵抗や交渉を展開したかに注目している。「人種」をめぐってもこうしたせめぎ合いが行われた。劣位に置かれた人々が,「われわれ」と「彼ら」の間の境 界に対してどのように反応したのか,またその結果がどのようなものであったかを明らかにし,それぞれの人物・集団の反応を支えた論理を分析する。
貴堂嘉之氏「『人種化』の近代とアメリカ合衆国--ソシアビリテの交錯と『国民』の境界--」では,「近代」を読み解く歴史的視座として,「人種」がいか なる可能性を持っているのかを報告していただく。「人種化の時代」として近代を捉え,そこでアメリカ合衆国が果たした歴史的意味を検証する。アメリカ合衆 国の国民化は,つねにホワイトネスを核にした人種化と相補的な関係を結びながら展開してきた。この国民化と人種化の歴史を,ソシアビリテ(社会的結合)の 観点から,階級,ジェンダー,エスニシティとの相関関係に着目しつつ「国民」とは誰かをめぐる包摂と排除の歴史を分析すると同時に,近代におけるヒトの移 動の中心としてのアメリカ合衆国が,この「人種」の近代に果たした世界史的な意味についても検証する。
松田京子氏「植民地支配下の台湾原住民をめぐる『分類』の思考と統治実践」では,日本による植民地支配下の台湾において,人口数的にも社会的位置といった 点からも圧倒的なマイノリティであった台湾原住民に焦点をあてて報告していただく。彼ら・彼女らを「分類」し,支配しようとする思考と実践が,具体的にど のような形で展開され,どのような暴力性を孕んだのかを考察する。
両氏の報告に対し,池田忍氏と冨山一郎氏からコメントをいただく。多くの方々に参加していただき,活発な議論の場となることを期待する。
(千代崎未央)
〔参考文献〕
貴堂嘉之「未完の革命と「アメリカ人」の境界--南北戦争の戦後50年論--」川島正樹編『アメリカニズムと「人種」』名古屋大学出版会,2005年。
松田京子『帝国の視線』吉川弘文館,2003年。
ロンダ・シービンガー『女性を弄ぶ博物学--リンネはなぜ乳房にこだわったのか?--』小川眞里子訳,工作舎,1996年。

現代史部会

離散者が問う戦後世界像-その包摂と排除に見る植民地主義の継続-

現代史部会運営委員会から
現代史部会では2000年代に入り,1950~60年代に形成された戦後世界の実証的分析に本格的にとりくんできた。その際,体制・運動・構想を含む広義 の社会主義や対抗的社会運動の経験に照準を定めつつ,その経験がもつインパクトを体制の相違を超えた「社会」の深みから対象化するよう努めてきた。冷戦崩 壊とグローバル化によって生じた過去を安易に裁断する風潮に批判的に対峙しながら,新しい戦後世界像,20世紀の歴史像を見出すには,それが不可欠な模索 と考えたからである。
しかしこのとりくみのなかで,私たちは同時に,その「社会」の奥底で持続する抜きがたい植民地主義の位相に,あらためて直面せざるをえない。帝国主義史研 究や戦争責任研究の深化に見られるように,戦後歴史学は市民社会の帝国意識に鋭敏に反応し,これに対抗しうる実証研究を創り出してきた。けれども,植民地 支配や帝国の過去と戦後社会の形成との関係をめぐる実証的な研究は,なお緒に就いたばかりといえよう。そこで今年度は,総力戦や植民地独立戦争の過程で離 散した人々の「戦後」の軌跡から,植民地主義を戦後社会の不可欠な構成要素として見出す視角を提起し,私たち自身の歴史認識を問い直す契機としたい。これ は,労働者の社会的結合から「戦後」形成期を捉え返した昨年度の課題(1950年代社会論)を引き継ぐと同時に,対象を位置づける枠組については,国民国 家の「内なる他者」からそれを相対化する機会ともなるだろう。
具体的には,離散者が再定住し再統合される過程で,国家や社会と離散者自身の生活・運動とのあいだに生じたせめぎあいを通じて,包摂と排除がいかに働いた のかに焦点を据えたい。なぜならば植民地主義の暴力は,市民社会におけるイデオロギーや情動(民族差別・帝国意識)の水準にとどまらず,国土計画や移民政 策,人種分類をめぐる法の抗争など,すぐれて社会構造の根幹にかかわる場面で駆動しているからである。ところが,引揚・復員・亡命など複合的かつ膨大な人 流が「国内問題」や社会政策の対象へと名づけかえられることで,帝国の過去は戦後社会に不可視化されて織りこまれていく。したがってここで問うべきは,旧 植民地社会以上に,旧宗主国の「戦後/帝国後」における社会編成の動態にこそある。こうした問題は,高度経済成長期を分析した2005年度企画「複合的視 角から見た戦後日本社会」でもある程度意識されていたが,今回は以下の構成によって,より比較史的に掘り下げてみたい。
まず道場親信氏の報告「『戦後開拓』再考--『引揚げ』以後の『非/国民』たち--」では,戦後に「外地」から引き揚げてきた「日本人」が開拓政策のなか でいかに「国内」に再配置され,それによって戦後日本の枠組がいかに創られるのか。さらには,50年代に精算されたかに見えた問題が,三里塚闘争に象徴さ れる高度経済成長期の民衆の抵抗のあり方にどのようにつながるのか。統合と棄民化を恣意的にくり返す国家とそれに翻弄される農民(あるいは農民化する人 々)の運動を通して,戦後日本社会の枠組を大きく再構成していただく。
ついで小山田紀子氏の報告「人の移動からみるフランス・アルジェリア関係史--脱植民地化と『引揚者』を中心に--」では,アルジェリア独立戦争の結果, フランスに「引揚げ」ざるをえなかったフランス人植民者(ピエ・ノワール),ユダヤ人,植民地現地人(対仏協力者)3者の離散の経緯やフランス社会への包 摂に見られる差異の分析から,彼らの存在様態に刻まれた宗主国/植民地それぞれの「戦後」の「国民」編成を問題化していただく。「引揚者」の境遇が,アル ジェリア植民地化以来の土地と民族の大きな改編に続く長期的な視野に位置づけられることで,「外国人労働者」の統合といった議論とは異なる論点が浮かびあ がるだろう。
さらに両報告を広い文脈へと媒介するため,戦後ドイツの「被追放民」政策を専門とされる川喜田敦子氏に,20世紀ヨーロッパ史における強制移住・追放とい う長い射程と,冷戦下の東西対立という磁場とが交叉する地点からコメントをいただき,同時期の多様な離散のあり方を捉える術としたい。
これらを重ね合わせることで,総力戦/脱植民地化(脱帝国化)/経済成長を,画然たる段階としてではなく,重層化する要素として把握できるならば,いくつ もの「戦後」と「戦時」がからまりあった冷戦体制下の社会史を世界史的に構想する視座が養えるのではないか。それは同時に,早くもインフレ気味の感がある 「植民地主義」という語が湛える意味内実を,歴史研究の側から具体的な検証を通じて鍛え直す機会ともなるはずである。
歴史を喪失した地域共同体論や多文化共生論が政策的に動員される一方,敗戦時の「労苦」を強調する被害者的観点からの国民史の再構築が野放図に進む今日, 戦後世界の起点に存在した膨大な人流のゆくえを追求する必要は,ますます切実になっている。私たちがいきおい前提にしてしまう日本の「戦後」の特異性を超 えた議論の場を作るためにも,ぜひ多地域・多分野からの積極的な参加をお願いしたい。(戸邉秀明)
〔参考文献〕 *副題は省略
道場親信「『復興日本』の境界」中野敏男ほか編著『沖縄の占領と日本の復興』青弓社,2006年。
同「戦後開拓と農民闘争」『現代思想』30巻13号,2002年11月。
同「三里塚闘争への社会運動論的アプローチのために」『社会学論叢』144号,日本大学社会学会,2002年6月。
小山田紀子「第3章 マグリブの歴史 IV. 近代・現代(植民地時代) 1.アルジェリア(近現代)」宮治一雄・宮治美江子編著『マグリブへの招待』大学図書出版,2008年。
同「アルジェリアの独立と引揚者の歴史」『「植民地責任」論からみる脱植民地化の比較歴史学的研究』2004-2006年度科学研究費補助金研究成果報告 書(研究代表者 : 永原陽子),2007年。
同「植民地アルジェリアにおける行政町村の形成」『歴史学研究』633号,1992年6月。
川喜田敦子「20世紀ヨーロッパ史の中の東欧の住民移動」『歴史評論』665号,2005年9月。

合同部会

宗教的マイノリティとその周辺-アイデンティティの相克と溶和-

合同部会運営委員会から
昨年度,我々は「生成される宗教的《境界》」というテーマのもと,異なる宗教・宗派に属する個人ないしは集団間の対立・共存等の関係を論じる際,これまで アプリオリに設定されていた《境界》の生成過程を議論の俎上に載せ,原始キリスト教の「周辺」部,十字軍時代のシリア,ビザンツ帝国の「異端論駁書」,そ して宗教改革(と分裂)期のプロテスタント諸宗派のユダヤ教観などを事例に比較検討を行った。そこでは,宗教的「他者」を差異化する側の現実認識,《境 界》生成のメカニズムとその多層性,特定の「レッテル」では把握しきれない信仰共同体の内外に存在する多様性・多元性など,主として根源的かつ鳥瞰的な視 座から議論が展開された(『歴史学研究』833号)。本年度はその成果を踏まえ,より個別的な事例を題材にして,当時の宗教的個人なり集団なりが,そのよ うに生成された《境界》とどう向き合ったのか,またそこにおける政治的契機や社会・文化的背景の影響はどの程度であったのか,といった残された課題に取り 組みたいと思う。
そこで,本年度の合同部会は「宗教的マイノリティとその周辺--アイデンティティの相克と溶和--」というテーマを設定した。まず「マイノリティ」と「ア イデンティティ」という2つの枢要なキーワードについて説明しよう。「数的に少数で,出自において共通する特徴や意識を有し,それによって他集団から区別 され何らかの差別を受けた人的集団」とさしあたり定義され得る「マイノリティ」は,《境界》生成の重要な因子であると同時に,政治的・宗教的変動に対して 最も鋭敏に反応していた存在であり,前述の課題に応えるために最適な素材といえる。そして,彼らを分析する際に主要な視点となる自己意識や集団/組織のあ り方,あるいは社会におけるその位置などを,便宜的に「アイデンティティ」と総称する。彼らのアイデンティティは,時には他者と苛烈に対立し,また時には それと併存ないしは融合とみられる状態に置かれることであろう。なお,このテーマは対象をマイノリティのみに限定するわけではない。政治的契機や社会・文 化的背景の影響を考えるならば,他集団の動向を追うことはもちろん必須であるし,またそもそもマイノリティ関連の史料は失われるか,あるいは彼ら自身は史 料を残さないことが多く,時として当時のマジョリティの目を通じて彼らをみなければならないからである。「宗教的マイノリティ」に「その周辺」を対置させ たのは,この理由による。
さて,以上の問題設定から,本年度の合同部会では気鋭の研究者による4つの報告を準備した。まず倉橋良伸「イサウリア人皇帝ゼノの栄達--後期ローマ帝国 における社会的流動性と摩擦--」は,イサウリア(小アジア南部の山岳地帯)の勇猛な部族の長おさとしてローマ皇帝に重用され,後に皇帝にまで登りつめた ゼノ(c426-91,位c474-91)を取り上げる。そこでは,市民権をもちながらも現実には「非ローマ人」扱いを甘受し,他方でゲルマン人を始めと した「外国人」への対抗勢力カウンターバランスとして便用されていたイサウリア人のアイデンティティと,キリスト教の諸宗派が錯綜する帝国内で,為政者た る皇帝がいかなる判断をなしたかが中心に論じられる。イサウリアから地中海を挟んで600kmほど下れば,そこはもうエジプトである。ここに独自の言語・ 慣習を有し,西方教会からもビザンツ教会からも独立していたキリスト教共同体が存在した。ゼノの時代にその起源をもち,単性説を奉じていたコプト(教会) である。周知のように7世紀になると,彼らはイスラム教徒により征服され,保護と弾圧の交差という憂き目に遭った。辻明日香「黙示録から見たイスラム支配 下のコプト」は,8-9世紀ないしは10-11世紀に書かれた「カラムーンのサムエルの黙示録」を読み解き,宗教的アイデンティティの崩壊・再編を余儀な くされたコプトの葛藤を描く。
残る2報告は,峻烈な政治的・宗教的変動を経験する中世末期から近世にかけてのスペインとドイツが舞台である。坂本宏「コンベルソと血の純潔」は,ユダヤ 人追放(1492)後,キリスト教に改宗したユダヤ人――すなわちコンベルソ――の趨勢を分析する。当初,異端審問の訴追や社会の偏見から逃れるため,彼 らはキリスト教社会に同化する傾向があった。しかしながら16世紀半ば以降,各種の社団で導入された「血の純潔規約」は,そうしたコンベルソを排斥し,薄 まりかけた《境界》の再定義が行われる。坂本氏はこの過程を追跡し,「宗派国家」の成立時に宗教的マイノリティの創出される諸相を明らかにする。望月秀人 「近世都市における宗派意識の形成--16世紀後半ヴェーゼル市の事例--」では,坂本報告とは対照的な宗教的マイノリティのあり方が例示される。西北ド イツの領邦都市ヴェーゼルは,ネーデルラントと接する商業拠点というその地理的・経済的条件や領主クレーフェ公による「中道」政策によって,16世紀半ば から多くのカルヴァン派の亡命者を受け入れた。彼らは,このルター派の都市において徐々にその存在感を増してゆき,17世紀初頭にはヴェーゼルをカルヴァ ン派の都市とする。望月氏はこの過程を精査し,カルヴァン派共同体ゲマインデにおける自己意識や教会組織の役割を明らかにし,ひいては「宗派化」の時代に おける「混合宗教」(宗派的帰属のグレーゾーン)の内実を論じる。なお,これらの議論は,中近世スペイン史を専門とし,ユダヤ人を中心としたマイノリティ について造詣が深い関哲行氏の司会のもとで進行する。
いうまでもなく,宗教的マイノリティをめぐる議論は,以上の時代・地域のみならず,あらゆる時間のあらゆる場所に,その素材を求めることが可能であろう。 多様な分野のスペシャリストが参集する合同部会の特色を生かして,フロアを交えた活発な討論を期待したい。(山本成生)
〔参考文献〕
関哲行『スペインのユダヤ人』山川出版社,2003年。
田村愛理『歴史のなかのマイノリティ』山川出版社,1997年。
「〈合同部会〉生成される宗教的《境界》」『歴史学研究』833号(2007年度大会報告増刊号),164-201頁。

特設部会

教科書検定・歴史叙述・歴史実践-沖縄戦教科書検定問題からの再考-

委員会から
2007年3月に公表された2006年度高等学校歴史教科書に対する文部科学省の検定結果は,沖縄戦での日本軍による「集団自決」強制に関する記述の削除 を指示するという異例なものであった。沖縄県民をはじめ,歴史学研究会をふくめた歴史研究者・教育者などによる強い抗議と撤回要求にもかかわらず,検定意 見の撤回はいまだ実現せず,訂正申請に対しても国側は「強制」を認めていない状況である。この問題は,沖縄戦「集団自決」という極めて重要な歴史事実の認 定と叙述への国家による不当な介入であることは言うまでもないが,個別の歴史的事項に限定されない幅広い問題を提起するものである。
1997年に家永教科書裁判が終了してからの約10年間,歴史研究者による歴史教科書に対する取り組みは,「新しい歴史教科書をつくる会」などの新保守主 義的な自賛史観への批判を中心に展開されてきた。「つくる会」教科書の内容の検討と批判,選定阻止への取り組みは,歴史研究者の責務として今後ともその重 要性を失うことはない。しかし,近隣諸国条項などによる教科書記述の改善や「つくる会」への批判的取り組みが,検定制度そのものへの批判的態度を意図せず に希薄化させていたことも確かであり,それは国家主導の歴史研究(日韓・日中歴史共同研究など)への曖昧な態度にも結びつくものであった。今回の沖縄戦検 定問題は,近年のこうした歴史研究者の姿勢に対して反省を促すものといえる。
この問題を通じてあらためて明らかになったのは,教科書検定および学習指導要領が,学校での歴史教育において,最新かつ多様な歴史研究の成果を一定の内容 と一定の形式へと(しばしば誤謬をふくみながら)押し込めていく,定型化していくための国家権力の装置であるということである。歴史学研究会は,これまで も2001年大会特設部会(「歴史叙述と歴史教育」)などにおいて,これらの制約のなかでいかに歴史教科書をつくり,用い,そして,歴史教育のあるべき姿 をいかに模索していくかという課題に取り組んできた。
しかしながら,歴史の定型化は,学校教育にとどまらず,現在,多様な形式を通じて社会で広く進行している。歴史学研究会委員会が2006年度大会全体会 (「いま,歴史研究に何ができるか--マルチメディア時代と歴史意識--」)の主旨文で問うたように,現代の拡大・拡散する情報世界のなかで,歴史に関す る雑多な見解が社会に発信される一方で,その雑多さが一定の形式に収斂する傾向も同時に生じている。歴史小説,映画をはじめ,テレビの歴史シリーズや特定 のウェブサイトがつくりだす歴史叙述の一定の形式は,歴史学の成果と無関係になりたっているわけではないとしても,独立したそして強力な影響力を得てい る。こうした多様な担い手による歴史の叙述・語り(歴史実践)を包括的に視野に入れながら,歴史を定型化させていくさまざまな仕組みを全体として把握する ことは,国家権力による歴史教育への介入の性質をより適切に理解するために不可欠であろう。そのことは,教育への「不当な支配」の主体から国家を除外し, それを社会に転嫁しようとする新教育基本法がこれからどのように運用されていくかを注視していくうえでも必要であると思われる。
したがって,児童生徒によりよい歴史教育を行うという取り組みは,国家の側と社会の側の両面から歴史の定型化をすすめる仕組み全体への注視を欠いてはなり たたない。一方で歴史叙述への国家による介入に抗し,他方で社会のなかの多様な歴史実践の活力と歴史研究・歴史教育とを結びつけることは可能なのか。歴史 の定型化の仕組み全体とはどのように対峙すべきなのか。そして,日々歴史教科書を用いて行われる歴史教育の現場での実践の課題は,今日,歴史学の研究成果 とどのように関連しうるのか。私たちがいまあらためて直面している課題は多い。今回の検定問題を契機として,広範な歴史実践との関係をいかに構築しなおす かという課題に,教育者そして研究者は取り組まなければならないだろう。
こうした問題を広く検討するため,歴史学研究会委員会は2008年度大会特設部会「教科書検定・歴史叙述・歴史実践--沖縄戦教科書検定問題からの再考- -」を企画した。この企画は,沖縄戦検定問題という現在進行中の問題を題材に,前述の2001年度大会特設部会と2006年度大会全体会の取り組みをいか につなぐかという問題提起であるということができる。当日は,沖縄戦「集団自決」検定問題を糸口として教科書検定制度という装置そのものの現状と,それが 歴史叙述・歴史教育に問いかける問題の射程を考えるため,石山久男氏に「沖縄戦検定問題が明らかにした教科書検定システムの問題点」,大串潤児氏に「教科 書検定問題と歴史教科書叙述」と題してご報告いただく。専門や世代を超えて広く多くの方の参加をえて,歴史学研究会のさらなる取り組みへむけての多くの提 言が寄せられることを期待したい。(秋山晋吾)