2006年度歴史学研究会大会

会場 学習院大学目白キャンパス(東京都豊島区)
    JR山手線 目白駅下車

第1日目 5月27日(土) 
全体会 13:00~17:30 
いま、歴史研究に何ができるか
 -マルチメディア時代と歴史意識-                  
 権力・メディア・歴史実践-グローバル化と植民地期メキシコにおける歴史の生産-……安村直己
 歴史と主体形成-書物・出版と近世日本の社会変容-…………………………………若尾政希
  コメント………………………………………………………………………………………加藤博

第2日 5月28日(日) 9:30~17:30(特設部会は12:00~13:30)
古代史部会 古代国家の支配と空間                      
 日本古代国家形成期の都鄙間交通-駅伝制の成立を中心に-………………………中村太一
 黄河と中国古代史-特に黄河下流域という「空間」の意義について-…………………浜川栄

中世史部会 宗教と寺社にみる中世の地域社会               
 中世前期における地域社会と宗教秩序…………………………………………………苅米一志
 15~16世紀における地域社会の変動と寺社-都市と交通の「場」をめぐって-……… 鍛代敏雄

近世史部会 歴史意識からみえる近世-近世の国家・社会と「秩序」-  
 近世後期における大名家の由緒-長州藩を事例として-………………………………岸本覚
 近世後期の地域社会における藩主信仰と民衆意識……………………………………引野亨輔

近代史部会 「宗教/世俗」の近代                      
 18世紀後半~19世紀前半ドイツにおける国家・教会・民衆宗教…………………………下田淳
 植民地下スリランカにおける宗教と政治…………………………………………………川島耕司
近代日本における宗教と世俗-「土着的なるもの」の分節化-…………………………磯前順一
  コメント……………………………………………………………………………………小川了

現代史部会 社会主義経験の脱神話化-新たな体制の構築と地域社会の変容-
 戦後東ドイツ農村の「社会主義」-農業集団化のミクロ史分析-………………………足立芳宏
 中国農村における革命と社会主義経験-地域社会の「原子化」と「組織化」- ………田原史起
  コメント……………………………………………………………………………………森武麿

合同部会 前近代におけるメディア                        
 小アジアにおけるギリシア語・ラテン語併用碑文………………………………………志内一興
 ハディース学関連知識の受容と利用……………………………………………………森山央朗
 近世イタリアにおける「古典の教養」とメディア……………………………………………北田葉子
   コメント……………………………………………………………………………………岡崎敦

特設部会 歴史研究と教科書叙述                       
             報告:大門正克、歴史学研究会教科書ワーキンググループ


◎会場整理費 一般1500円 学生(修士課程まで)1000円 (両日共通)(事前申し込み不要)

▲総会(9:30~11:30) (会員に限ります)
▲28日(日)の昼食はお弁当を用意します。受付でチケットをお求め下さい。
▲28日夜、輔仁会館学生食堂において懇親会を行ないます(18:00~20:00)。
 参加費 一般3000円、学生(修士課程まで)2000円

▲大会当日保育所を設けます。詳しくは事務局まで電話でお問い合わせ下さい。
▲出張依頼状の必要な方は、同じく事務局までご連絡下さい。

全体会

いま,歴史研究に何ができるか -マルチメディア時代と歴史意識-

委員会から
 ここ4年ほど,全体会ではグローバル化をキー概念として,一方では資本主義,ナショナリズム,公共性などがいかに変容しつつあるかを歴史的に位 置づけ,他方では「帝国」やアメリカ,イスラームなどを対象化する方法について検討を重ねてきた。その過程で,歴史認識とそれを形成する環境の激変に対し て,歴史研究者がどのように向きあうべきか,またそのための視座をいかに養えるかが新たな問いとして浮上してきた。
 今日,歴史研究をめぐる環境は危機的様相を深めている。新自由主義的政策の急速な進行にともない,専門的な歴史研究を支える制度的基盤が著しく減退してい る。また,「世界史」や「全体性」という認識枠組みがグローバル化のなかで切実さをいっそう増しているにもかかわらず,極度の専門分化の結果,対象とする 地域や時代を異にする歴史研究者との対話が困難になっているという事態がある。
 危機はそれだけにとどまらない。グローバル化にともなって新たなメディア環境が形成され,マルチメディア時代と呼びうる状況に突入した今日,歴史研究は多 様なメディアによって発信される情報との競合にさらされるようになった。映画やテレビ,マンガやアニメ,そしてインターネットによって,種々雑多な情報が 発信され,そうした情報から人々は歴史に関わる情報を意識的,無意識的に受容して独自の歴史意識を獲得している。もはや学校教育や啓蒙書に依拠することな く,人々は多様な歴史的主題にふれ,しばしば研究者の予想だにしない歴史認識を形成し自ら発言しているのだ。歴史教科書問題や靖国問題などをめぐる人々の 反応も,そうした位相の中に置かれているのであり,そこでは歴史研究者が必ずしも主要なアクターとしての役割を果たしているわけではないことを認めざるを えないだろう。しかも今日のマルチメディア時代において,歴史研究者とて過剰な情報から無縁でいられるはずもなく,研究者自身がメディアからさまざまな影 響を受けていることに自覚的である必要がある。もはや歴史の語り手と受け手という二分法はその自明性を失ってしまったと言えよう。
 こうした歴史研究が直面する状況に対して,歴史研究者は何をなしうるのであろうか。この根源的な問題を考えるための足がかりとして,本年度の全体会では, 過去のあり方を考察することを通じて,現在われわれが置かれている状況を相対化するという方法を取ることにした。すなわち,過去において,歴史の語り手と 受け手とはいかなる存在であり,相互にいかなる関係を結びながら歴史を「実践」してきたのかという問いを立てることによって,マルチメディア時代に生きる 歴史研究のあり方を考えるというものである。報告をお願いするのは,メキシコ植民地時代史の安村直己氏と日本近世史の若尾政希氏のお二人である。このテー マに関して,報告者がいずれも17~18世紀を研究の対象としていることは決して偶然ではない。
 安村氏には「権力・メディア・歴史実践--グローバル化と植民地期メキシコにおける歴史の生産--」と題して,植民地期メキシコにおけるインディオをめぐ る歴史実践について考察していただく。メキシコにおいて,17~18世紀は歴史叙述における西洋的な規範が支配的になった時代であった。「新世界」の歴史 を書く権利はヨーロッパ人によって独占され,インディオは歴史実践の主体であることを否定された。けれども,スペインによる征服・植民地化の以前,先住民 たちは伝承や儀礼などを通じて自らの歴史を語っていたし,征服後はヨーロッパの文字による歴史記述という方法を獲得していった。そうしたスペインによる征 服後のインディオたちをめぐる歴史実践の諸相を,彼らの残した訴訟や請願といった史料を通じて解読していただく。
 若尾氏には「歴史と主体形成--書物・出版と近世日本の社会変容--」と題して,近世日本における人々の思想形成と歴史意識のありようを考察していただ く。この時代は,日本において初めて商業出版が成立した時代であり,新たなメディアの登場は,政治・社会だけでなく,個々人の思想形成にも大きな変容をも たらした。版本や写本として流通する書物は社会通念の形成に寄与し,人々の歴史意識もいわば書物を中心とした磁場のなかで形成されていく。こうした近世人 の思想形成の諸相を,具体的な事例を通して読み解いていただく。
 歴史の語り手と受け手の関係がダイナミックに変容した時代である17~18世紀を対象にしたお二人の報告に対し,コメンテーターをエジプト近代史の加藤博 氏にお願いすることにした。加藤氏はエジプトの一農村(アブー・スィネータ村)に関する一連の事例研究を通じて,村人たちが支配的な歴史叙述に向き合って 自らの歴史を紡いでいく過程を考察してきた。19~20世紀を対象とした一連の研究の成果をふまえたコメントをいただくことで,17~18世紀とわれわれ の生きる21世紀とがより立体的な形で架橋されることになろう。
過去における歴史の語り手と受け手の関係性をめぐるこうした考察が,マルチメディア時代における歴史研究の新たな可能性への一路となることを期待してやま ない。(研究部)
〔参考文献〕
安村直己「植民地期メキシコにおける民族隔離法制と地域社会秩序--ヌマラン村訴訟を中心に--」歴史学研究会編『紛争と訴訟の文化史』青木書店, 2000年。
同 「帝国における「中心」と「周縁」--十八世紀メキシコにおける地域社会とスペイン帝国の再編--」濱下武志・川北稔編『支配の地域史』山川出版社, 2000年。
同 「交通空間としてのスペイン帝国における文化的混淆と「政治的なるもの」について」『思想』937号,2002年5月。
若尾政希『安藤昌益からみえる日本近世』東京大学出版会,2004年。
同 「近世人の思想形成と書物--近世の政治常識と諸主体の形成--」『一橋大学研究年報 社会学研究』42号,2004年3月。
同「「書物の思想史」研究序説--近世の一上層農民の思想形成と書物--」『一橋論叢』134-4号,2005年10月。
加藤 博『アブー・スィネータ村の醜聞』創文社,1997年。

古代史部会

古代国家の支配と空間

古代史部会運営委員会から
 国家の形成やその存立という問題を考える上で,その成立期から具体的に捉えなおす試み,支配構造を浮き彫りにするような取り組みを,古代史部会 では一貫して追究してきた。特にここ数年の大会では,共通のテーマとして王権の問題を設定し,新たな視点を提示してきた。そうした経緯と所産とを踏まえ, 今年度は新たに,古代国家の形成期における,空間の果たす歴史的役割と,その支配の核として空間を統合する背景について議論を深めるため,共同での大会 テーマを設定した次第である。
日本古代史部会では,1973年以降,在地首長制論の批判的継承を軸に,古代国家の成立および変質過程の検証を重ねてきた。 近年の大会報告では, 1980年代後半からの王権論,1990年代からの地域社会論の視角を用いて,新たな古代国家像の再構築を試みてきた。2001年度大会では,銭貨が国家 と地域社会の双方をいかに結びつけるか(金沢悦男氏),王権の多極構造の解明(佐藤長門氏)が論じられた。2002年度大会では平安期における王権構造 (神谷正昌氏),王権の都市空間認識(仁藤智子氏)について検討した。2003年度大会では,王権と地域社会との接点として贄(亀谷弘明氏),出挙(三上 喜孝氏)を媒介に考察し,地域社会からの視点でアプローチしてきた。
 アジア前近代史部会においても,1991年から1993年にかけて3次に亘る「古代における在地社会の展開と国家」のテーマのもと,渡邊義浩氏・伊藤敏雄 氏による報告を通じて,在地社会とその秩序性,そしてそれらが国家とのいかなる関連性において存立をみたのかについて検証した。そして特に地域支配を機構 的・構造的に追究した1998年度大会「古代国家の地域支配」での小嶋茂稔氏報告「後漢時代の国家と社会」,1999年度大会「古代における国家と地域」 での飯尾秀幸氏報告「中国古代における個と共同性の展開」により在地社会の変化とそれに連動した支配構造の変質の問題提示を通じて,地域やその変容が国家 による支配に大きな既定的作用を与え続けた点についての再認識や,議論の提起と継続とが図られて来た。
 2004年度・2005年度大会ではこうした経緯を踏まえ,古代史部会では「古代王権の構造と支配秩序」を共同テーマとして継続的に,王権に関する諸問題 の追究を行った。
 日本古代史部会としては,2004年度に河内春人氏の「『天下』論」,2005年度に藤森健太郎氏の「天皇即位儀礼からみた古代の国家と社会」の報告を 行った。河内報告では,「天下」をキーワードに支配を正当化するためのイデオロギーの形成過程を分析し,その画期を5世紀末と律令国家の成立期に位置づけ た。またそれを受容する構成員のアイデンティティの問題にも言及した。しかし,支配イデオロギーが現実の古代社会と具体的にどのような照応・規定関係に あったのかという課題が残った。昨年度の藤森報告は,上記の課題を明らかにするため,国家・王権のイデオロギーと社会とを結び,その支配秩序を可視的に表 現する具体例として,国家統合の象徴である天皇即位儀礼を検討した。国家運営のシステムとそれを支える社会構造との双方向的関係を,平安時代以降を中心に 長期的な視野で展望した。その儀礼の変質においては,一次的参加者が減少する一方で,その周囲に二次的参加者や見物人が重層的に存在することを指摘し,ま た核となる儀礼そのものは,古代的伝統を引くものであるという正当性意識の再生産を可能にしているシステムの一例であるとした。しかし,儀礼を支える国 家・地域社会の実態について理解を深めることが,なお必要な課題である。
 アジア前近代史部会側の報告からは,2004年度の山田智氏による大会報告「漢代専制皇帝権の形成過程」において,特に皇帝家産の問題から,王権が国家的 専制支配権力として実体展開してゆく,その実行構造に迫る報告がなされた。また2005年度は阿部幸信氏報告「対匈奴関係からみた漢朝支配体制の推移と確 立」が,国家そのものの確立過程において,外的な要因がいかに実体としてその構造形成にどのような影響を与えたか,またこれらを実体的に規定するまでに作 用したかという点で新たな議論を喚起するに至っている。
 こうした点から,王権論・国家論という形での継続を図りつつ,同時に新たな視座の提示を行い得る大会テーマとして,今年は「古代国家の支配と空間」とし, 日本古代史部会からは中村太一氏「日本古代国家形成期の都鄙間交通--駅伝制の成立を中心に--」を,アジア前近代史部会からは浜川栄氏「黄河と中国古代 史--特に黄河下流域という「空間」の意義について--」の両報告を通じて,古代国家・王権がその支配の基礎を置いた背景・空間的な統合の果たす歴史的役 割について追究する。
中村報告では,国家・王権と地域社会とを結び,支配イデオロギーを表象する舞台装置として,駅伝制の成立を検討する。これは大化前代の多様な奉仕関係や都 鄙間交通のあり方,7世紀の地域支配システムの成立過程とも関わる問題であり,これまでの王権論・地域社会論の成果に空間的観点から問い直すものとなろ う。また1998年度大会での,国家成立期における地域社会の支配を国評制・国郡制への一元化とした井内誠司氏報告,2000年度大会での,地域社会との 「交通」という視点から王権論の再検討を提起した黒瀬之恵氏報告を継承・発展する報告になるとも考えている。
 浜川報告では,昨年の阿部報告でも注目された「黄河」の問題を中心に,その流域がもたらした既定的作用や,現時点の環境史的な所産や視点を提示しつつ,中 国とその国家形成過程について解明する報告となるであろう。
 以上の2報告によって,古代国家形成期の支配,そしてその背景に関する追究や新たな議論が広がってゆくものと考えている。
大会当日には多くの方々の参加と活発な議論を期待したい。(下山英則・膳 智之)

中世史部会

宗教と寺社にみる中世の地域社会

日本中世史部会運営委員会から
 日本中世史部会は2004年度大会で中世前期と後期をつなぐ議論の必要性を掲げ,13世紀末から15世紀を1つの時代と設定して荘園制の構造と その内実の解明に取り組んだ。続く2005年度大会では,「地域社会論を組み込んだ総合的な社会像の提示」を目指し,荘園制の受け皿としての地域社会の実 相を追究した。小川弘和報告では,13~14世紀における地域秩序再編の重要な担い手である「沙汰人」層の動向を析出し,統治システムとしての荘園制とい う側面を描き出した。岡野友彦報告では,14世紀後半~15世紀半ばの荘園制を対象として,荘園領主・室町幕府・地域社会の関係を有機的に位置づけなが ら,全国規模で作成された「応永の検注帳」の背景を検討し,「混領」の形成と村請,村町制といった近世社会への道筋を提起した。
 このように2004・05年度大会は荘園制を正面から検討することによって,13世紀末から15世紀の総合的な社会像を構築するものであったが,2005 年度大会は地域社会の構造をより深く理解するための試みでもあった。日本中世史部会運営委員会では,2006年度大会に向けて討論を重ねた結果,2005 年度大会で試みた「地域社会の構造をより深く追究する」という方向性を継承することで一致し,その上で次の点が課題としてあげられた。
 それは2004・05年度大会の成果と,本来国家的な枠組みを相対化するために提示された地域社会論との関係をどのように考えるかである。すなわち,荘園 制などの国家的な枠組みに収斂される地域社会と,その枠組みを越えて自律的に展開する地域社会の動向とを,いかに整合的に理解するかという問題が浮かび上 がってきたのである。そこで,この問題に答えうる視角として,宗教およびその舞台となった寺社を取り上げることとした。
 日本中世史部会では1992年度大会の榎原雅治報告以来,検討の俎上にあげられてこなかったが,宗教や寺社は神仏への信仰という人々の心性のみならず,中 世社会において政治的・経済的局面にも深く関わる特質をもっていることは衆目の一致するところである。ここで強調しておきたいのは,宗教や寺社には荘園や 村落の中で息づくものもあれば,生業・交通・信仰などに立脚し国家的な枠組みを越えて展開する形態も認められる点である。すなわち,宗教・寺社は先にあげ た課題に応え,地域構造を多角的に把握するための格好の素材といえよう。以下,具体的な課題を述べる。
 宗教や寺社を対象とした研究は,黒田俊雄の顕密体制論を画期として,中世前期では顕密寺院組織や教学研究,さらに神祇研究では諸国一宮研究などに大きな成 果が蓄積されてきた。また,荘園制社会における支配装置としての宗教的イデオロギーと,それをめぐる在地領主・住民・寺社の関係についても,近年活発な議 論が展開されている。とりわけ「地域における寺社」「民衆にとっての寺社」という視点の必要性が喚起されているが,必ずしもその蓄積は豊富ではない(「特 集 中世における寺社と地域社会」,『民衆史研究』68,2004年)。この視点を重視するならば,まず地域や民衆に密着した,より小規模な寺社の存在形 態を明らかにする必要があろう。その上で国・郡・郷・荘といった地域レヴェルごとに複数存在する寺社と,これらの枠組みに規定されない信仰の形態が,民衆 の生活の中でいかなる意味をもっていたかを追究する必要があろう。
 中世後期では一向宗や法華宗といった新たな宗教勢力に研究が集まっているが,1995年のシンポジウム「日本中世の地域社会」(「シンポジウム 日本中世 の地域社会」,『歴史学研究』674,1995年参照)で提起された「一向一揆が在地仏神を要とした<地域>秩序といかなる関係のもとに形成 されたのか」という課題は未解決のままである。この課題に答えるためには,社会構造が変容する当該期にあって宗教がいかなる意味を持っていたかを問うこと が焦点となろう。
 当日は苅米一志「中世前期における地域社会と宗教秩序」と,鍛代敏雄「15~16世紀における地域社会の変動と寺社--都市と交通の「場」をめぐって- -」の2報告を用意している。苅米報告では中世民衆の生活の舞台である荘園・公領における宗教秩序を,歴史的な段階差に留意しつつ,民衆の生活に根ざした 宗教のありようから,国・郡レヴェルまでを見据えてとらえなおす。鍛代報告では,淀川水系地域の石清水八幡宮寺と本願寺を検討の中心に据え,15~16世 紀における宗教領主,都市,交通といった視角から当該期の寺社の意味を論じる。
 以上の主旨をご理解いただき,大会当日は活発な議論が展開されることを期待したい。なお,両報告の内容を理解する上で,以下の文献を参照されることをお勧 めする。(赤澤春彦)
〔参考文献〕
苅米一志『荘園社会における宗教構造』(校倉書房,2004年)。
同「荘園鎮守における組織と祭祀」(『民衆史研究』68,2004年)。
鍛代敏雄『中世後期の寺社と経済』(思文閣出版,1999年)。
同「中・近世移行期における淀川交通の変換」(『交通史研究』47,2001年)。
同「戦国・織豊期の石清水八幡宮寺と境内都市」(『国史学』183,2004年)。

近世史部会

歴史意識からみえる近世 -近世の国家・社会と「秩序」Ⅱ-

近世史部会運営委員会から
 近世史部会運営委員会は,2006年大会のテーマを「歴史意識からみえる近世--近世の国家・社会と「秩序」Ⅱ--」と設定する。
昨年の大会テーマ「近世の国家・社会と「秩序」」は,2002年大会以来進められた国家と社会の関係性を問う新たな視角を模索するものであった。 2002・03年大会の「文化の政治性」論では,行為・価値観を左右する諸契機や規定性を追究し,2004年大会の「社会の近世化」論では,「近世的」と いわれるものの形成過程を追究した。しかし,「近世的」なるものの成立過程の実態解明には,人びとの意識に近世という時代成立の諸契機がどのように映り, 価値観として定着していくのかをあきらかにしたうえで,国家論との統合を図る必要がある。そこで注目したのが「秩序」であった。ここでいう「秩序」とは意 識・習慣・常識などを指し,このような「秩序」は国家の観念的支配に影響を与える一方で,たえず人びとによって変質させられる可能性を含んでいる。した がって,「秩序」が国家と社会の関係性を問ううえで有効な分析視角であると考えた。
 昨年大会は「秩序」による国家の観念的支配の側面に光をあてた。中川学報告は,触穢令(触穢観念)という宗教観念に注目し,為政者の死をめぐる朝幕間の政 治秩序の変容とその画期をあきらかにした。大橋幸泰報告は,「切支丹」に付随するイメージと国家の対応を軸に,近世における「異端」の位置づけと,近世的 秩序の変容~解体を解明・展望した。この両報告を通して,人びとが抱く共有観念・イメージの分析が時代の特質解明に有効であり,民衆レベルの諸問題を組み 込んで論じる国家論の新たな土俵を作り得たと考える。
一方で,①ある観念の民衆への影響力と社会的規模での広がりを検討する必要性,②観念・イメージの普及と変容・展開の諸契機の解明,③観念・イメージの地 域差,地域社会における具体相の検討という課題も浮かび上がった。
 今大会では,上述の課題を克服すべく,近世人の歴史意識に注目したい。歴史意識とは,人びとあるいは社会が「自らの」歴史,そして「他者の」歴史を理解 し,構成する仕方である。これが「秩序」の構成要素であることは,ある時点において社会の秩序を正当化あるいは否定する根拠として利用される事例などから 理解されよう。そこで,人びとが物事を理解し秩序づけることを重視し,それぞれが属する時代と集団のなかで,歴史意識や価値観の形成・変容に関与するさま ざまな主体や諸動向を社会的レベルから検討していく。それによって「秩序」論の構想をさらに発展・深化させ,近世的「秩序」を考察するための方法論を鍛え ていくことにしたい。
近世史研究において,歴史意識をめぐる研究蓄積には,1980年代以降進められてきた史蹟論・由緒研究がある。それらは18世紀以降,地誌編纂や史蹟記念 碑建立,家・地域・社会集団がそれぞれの由緒を主張する行為に注目し,由緒がもつ国家的・社会的な機能,経済的利益の追求,近代天皇制を下支えする「文化 構造」の様相など,国民国家論の影響下で議論されてきた側面が強かった。近年,地域社会論の展開と相俟って,国民統合の媒介ではなく,それぞれの時代で語 られる由緒,危機意識とは無関係に語られる由緒や,幕藩領主の文化行為の政治性,「心意統治」の具体相にまで検討がおよんでいる。
 近世史部会では,以上の研究成果をふまえ,当時の社会的コンテクストにおいて,由緒とそこに示された歴史意識のもつ意味を,それらが形成される社会状況に 踏み込んだ検討を行う。歴史意識がただちに権力や権威に結びつくような図式からは距離をおき,歴史意識を機能主義的な枠組みでのみとらえるのではなく,近 世に固有な由緒の多様な展開を追究することで,意識的・無意識的に「秩序」化する位相をあきらかにしたい。
 以上の問題意識から,運営委員会では,岸本覚氏・引野亨輔氏に報告を依頼した。両氏の報告の概要は,以下に示すとおりである。
岸本報告「近世後期における大名家の由緒--長州藩を事例として--」は,近世後期から幕末維新にかけての大名家由緒が持つ歴史的意義を考察する。とくに 分析方法としては,当該期に進展する藩祖顕彰を中心に据えながら,毛利家が有していた由緒がどのように天皇・朝廷と結びつき,あるいは地域との関係を構築 していくのかを,当時の藩政および幕府との関係全体のなかで捉えなおしてみる。
 引野報告「近世後期の地域社会における藩主信仰と民衆意識」は,近世後期の地域社会において,民衆が藩主を「神」として信仰する慣習に注目する。こうした 事例は,従来,民衆の素朴な権力跪拝傾向,あるいは藩権力によって強制的に押し付けられた不自然な慣習と評価されてきた。本報告では,こうした行為・慣習 にも,それなりに高度な民衆の自己主張が包含されているとの視点から,それぞれの地域社会が背負う歴史的背景にも目配せしつつ,藩主信仰の多様な実像に 迫ってみたい。
 以上,大会への積極的な参加と活発な議論を期待したい。(近世史部会運営委員会)

近代史部会

「宗教/世俗」の近代

近代史部会運営委員会から
 今年度近代史部会は,テーマを「「宗教/世俗」の近代」とし,「宗教」をめぐる制度形成と政治的交渉過程を歴史的に検討したい。
近年,既成「宗教」の復興や「宗教的」原理主義の台頭が各地でみられ,世界情勢を動かす大きな力となっている。一方,「公」の場における「宗教」的行為・ 儀礼のありかたや,「宗教」勢力の政治に対する組織的関与の是非は,一国内でも絶え間ない議論を呼んでいる。現代世界における「宗教」観や政教関係の起源 は,どの時代に求められるのであろうか。
 歴史学研究会全体ではこれまでも,「宗教」に関連するテーマを取り上げてきた。だが,時代や地域の異なるある現象を「宗教」と名指すとき,そこにどのよう な意味内容が含まれているのかは,検討されてこなかった。近代世界に固有の文脈で「宗教」を論じるには,宗教学や文化人類学で提起されている「宗教」概念 そのものへの批判に応答し,その上で「言語論的転回」以後の歴史学が果たすべき役割を模索しなければならない。部会は以下3つの論点を提示する。
 まず,近代国家の形成・再編過程における,為政者の「宗教」規定を明らかにしたい。「宗教」勢力と「世俗」勢力との関係は,地域によって多様な形をとる。 何が「宗教的」であるか。この問いかけは,政権が志向する社会統合の方向性,および文化的ヘゲモニーの獲得戦略と密接に関わっている。為政者は,支配地域 の社会状況を参照しながら,「宗教」領域と,自らの統括すべき領域との関係性を構築する。一方,非ヨーロッパ地域にとってこの問いかけは,異なる意味を持 つ。歴史の中の西欧社会における「宗教」概念や「政教分離」「信教の自由」規定が,脱文脈化・理念化され,「近代性」の一つとして広まってゆく。その過程 で,現地エリートは模倣や反発などさまざまな反応をみせながら,新たな「宗教」規定・「宗教」観を形成する。ここではまず,近代国家の「モジュール」とし ての「西洋」型政教関係それ自体を問い直し,制度形成や受容における藤について考察する。
 次に,国家儀礼・祭祀の形成と「宗教」との関係を再考したい。政権は自らの存在意義としてさまざまな価値を提示し,それらを表象するような儀礼・祭祀の体 系を創出する。人々の生を「愛国」という価値へ意味づけ,まとめ上げる過程で,儀礼・祭祀は「宗教」的なそれと共通する側面をあらわにする。異なる価値観 を持つエスニシティ集団や,「宗教」団体からの反発を回避しながら,いかに構成員の参加を促し定着させるか。ここで「宗教」とは何かが,再び問い直され る。
 最後に,人々の実践のなかでつくられる「宗教」観に注目する。近代国家形成以前から,多様な民衆の「宗教的」営みはあった。それらの延長として,上述の 「宗教」規定が民衆によってどのようにとらえ返され,生きられていったのかを考えたい。個々の民衆は統合に呼応しつつも,一方で独自の解釈枠組みを用いて 「宗教/世俗」の押し付けられた規定を越境し,自らの生活規範へと転換し,実践してゆく。諸「宗教」団体は,政策との相克の中で自らの価値を宣伝し,勢力 の拡大を図る。「宗教」者たちは時に,「超越者」からの「啓示」により,既存の支配体制を批判する。「邪教」と呼ばれ,「固陋」と名指された人々の活動の 中から,「宗教」とは何か,という問いが,改めて鋭く突きつけられるのである。政治勢力間の交渉過程を,地域社会や集団・組織のレベルで可能な限り実態 的・動的に把握し,それが制度形成に投げかけた影響について考えたい。
 下田淳氏「18世紀後半~19世紀前半ドイツにおける国家・教会・民衆宗教」では,18世紀後半期から19世紀前半期のドイツにおける,国家,教会,民衆 が「宗教」をめぐって織り成す関係について報告していただく。領邦国家が「近代国家」への転換を試みる過程において,「宗教」(あるいは教会)といかなる 関係を取っていくのか,民衆にとって「宗教」とは何であったのか,が議論の中心となろう。
 川島耕司氏「植民地下スリランカにおける宗教と政治」では,キリスト教ミッションへの対抗から生まれた仏教復興運動が,排他的なシンハラ・ナショナリズム へと変貌していく過程,スリランカ民衆における「宗教的」なるものの意味,植民地権力や現地エリートと「宗教」との関係などについて報告していただく。
 磯前順一氏「近代日本における宗教と世俗--「土着的なるもの」の分節化--」は,西洋の宗教概念に対する日本社会の反応を,明治期は国家神道とキリスト 教の対抗関係,昭和期は天皇制とマルクス主義の対抗関係を通して分析する。西洋的な理念には収まらない土着的なものが,国家神道あるいは天皇制として分節 化されていく過程を,宗教と世俗という二分法との関連で検討するとともに,土着的なものが表象されるさいに身にまとうリアルさについて,感情や発話行為の 効力という観点から論じていただく。宗教学と神道学に加え,歴史学の位相も射程において論じられる。
 これらの報告に対し,文化人類学より小川了氏のコメントをいただく。
 以上のように本大会では,制度と実態との相互作用により「宗教とは何か」が問い直され,「宗教/世俗」の境界線が引き直され続ける過程として近代世界をと らえ,そこにはたらく政治力学を分析する。積極的な議論への参加をお願いしたい。(大和孝明)
〔参考文献〕
下田 淳『ドイツ近世の聖性と権力--民衆・巡礼・宗教運動--』青木書店,2001年。
川島耕司「ガンディーとラーマラージャ--植民地下インドにおける政治と宗教の一側面--」『国士舘大学政経論叢』104,1999年6月。
同「植民地下スリランカにおけるミッションと反キリスト教運動」杉本良男編『福音と文明化の人類学的研究』国立民族学博物館,2002年。
同『スリランカと民族--シンハラ・ナショナリズムの形成とマイノリティ集団--』明石書店,2006年。
磯前順一『近代日本の宗教言説と言語--宗教・国家・神道--』岩波書店,2003年。
小川 了『可能性としての国家誌--現代アフリカ国家の人と宗教--』世界思想社,1998年。

現代史部会

社会主義経験の脱神話化 -新たな体制の構築と地域社会の変容-

現代史部会運営委員会から
 冷戦構造が解体し,社会主義体制の多くが崩壊もしくは軌道修正をせまられるなか,混迷を深める世界情勢は,生き残ったはずの資本主義体制も決し て無傷ではないことを示すものにほかならない。こうした状況下にあって,社会主義体制の経験を,あたかも‘無’であったかのように素通りすることや,ある いはプラスとマイナスの両様に神話化することは,いうまでもなく生産的ではない。今日の状況を歴史的かつ立体的に観察する視点を維持するためにも,社会主 義体制下においていかなる秩序が生成されていったのかを見直し,現在にいたるさまざまな文脈や切断面,あるいは失われた可能性についてていねいに考察する ことが求められよう。現代史部会では今回,「社会主義経験の脱神話化--新たな体制の構築と地域社会の変容--」と題して,社会主義体制が構築されるプロ セスを,地域社会の実態に即して歴史的に再検討する企画をたてた。
 ところで,現代史部会ではすでに1990年度の大会で,「現代社会主義における民主主義」と題する企画を試みている。これは,冷戦が崩壊していく現在進行 形の状況下で,東欧革命の意義を,社会主義体制下における民主主義の問題としてとりあげたタイムリーな企画であった。私たちは,その後の内外情勢をふま え,今後の世界を展望するために,このテーマを,次のような点に留意して再設定する必要があるだろう。
 すなわち今日,社会主義体制の経験を論ずるにあたって,その“失敗”を強調して,資本主義の優秀性を偽装するネオ・リベラリズムに与するわけにはいかない が,同時に社会主義体制の優秀性を強弁して,その神話化に加担すべきでもない。社会主義の理念的拘束力や,実態が不可視であるがゆえの対外的な効果など, 冷戦下の社会主義体制をめぐる固有な問題が多々あることをふまえつつも,その経験を他人事として処理してしまわない回路を開いておくことが必要であろう。 言い換えれば,20世紀の社会主義経験を,より普遍的な文脈に位置づけて理解していく視座を確保しなくてはなるまい。今回の企画はその意味で,民主主義の 内実を問い直した1990年度大会での試みの続編であると同時に,20世紀後半の諸問題をさまざまな角度から検討してきた現代史部会の近年の試みに連結す るものでもある。報告者には,体制が構築される際の生々しい現実を,東ドイツと中華人民共和国についてそれぞれ実証的に研究して きた,足立芳宏氏と田原史 起氏のお二人にお願いした。
 まず,足立芳宏氏には「戦後東ドイツ農村の「社会主義」--農業集団化のミクロ史分析--」と題して,メクレンブルク地方をフィールドに,農民の動向や難 民・女性などの視点を加味しつつ上記課題に答えていただく。第2次大戦後の混乱した状況を始点にすることで,「再版農奴制」の終焉か「上からのスターリン 化」かといった従来の図式とは異なる歴史像を提示していただけるであろう。また田原史起氏には「中国農村における革命と社会主義経験--地域社会の「原子 化」と「組織化」--」と題して,建国初期の江西農村をフィールドに,中国革命のもたらしたインパクトについて論じていただく。当該期の社会的混乱や権力 の空白状況が解消されていく過程で,政治・社会にいかなる特徴が刻印されたのか。現在の中国農村の現状を踏まえつつ論じていただく。
さらにコメンテイターは,日本の戦時・戦後の地域社会の実態について,広い視野から検討されてきた森武麿氏にお願いした。社会主義を体制として経験してい ない日本において,総力戦後の社会的激変が地域社会にいかなる変化をもたらしたのか。その過程で社会主義がいかなる痕跡を残したのか。東ドイツと中国とい う2つの社会主義国家の経験を,日本史の文脈にひきつけて比較検討するための材料を提供していただければと思う。
 以上の議論を通じて,冷戦下,「壁」の向こう側で経験された事象に,私たちが今日共有すべき歴史的意味の一端を読み取ることができれば幸いである。(及川 英二郎)
〔参考文献〕
足立芳宏「戦後東ドイツ農村の土地改革・集団化と村落」(『歴史と経済(旧土地制度史学)』第188号,2005年7月)。
田原史起『中国農村の権力構造--建国初期のエリート再編--』(御茶の水書房,2004年)。

合同部会

前近代におけるメディア

合同部会運営委員会から
 前々年度,および前年度大会において,西洋古代史およびヨーロッパ中近世史合同部会(以下「合同部会」と略す)は,古典文明の遺産とも言うべき 「ローマ」概念,および「ギリシア」概念の後世における伝播と,その過程における変容の諸相に焦点を当ててきた。しかし,情報伝達のプロセスを考えるにあ たっては,情報を受け手側が「読み解き」,理解が共有されるに至るまでの受容の過程,すなわちシャルティエが述べるところの読書プラチックにも同時に目を 配る必要があるのもまた自明であろう。
 今年度全体会の副題「マルチメディア時代と歴史意識」でもあげられているように,日々多種多様なメディアが情報を発信し続ける現代に生きる我々の眼には, 前近代におけるメディア,情報伝達の諸相は多様性を欠き,より単純なものとして目に映るかもしれない。人類学者グディが歴史学に対し問題提起を行い,リテ ラシー研究の今に至るまでの隆盛が始まった当初,1960-70年代における研究者の思考の前提には,その種の意識が確かに存在していた。彼らは情報伝達 の形態の口頭(オーラリティ)から書かれたことば(リテラシー)への移行を社会のさらなる発展への前提とみなし,中世にその移行の決定的局面を求めたので ある。
 しかし,近年における特にヨーロッパ史分野での研究の進展,ならびに「リテラシー」で含意される意味範囲の拡大は,オーラリティ/リテラシー間の単純な対 立図式,そして移行・発展モデルという2つの前提自体をすでに過去のものとした。80年代より「実務的(pragmatic)」リテラシー研究を主導して きたミュンスター大学教授ケラーは,むしろある種の「マルチメディア性(Mulzimerdialita¨t)」こそを,中世社会における情報伝達の特質 として示唆する。単一のメディアが排他的に優位に立つのではなく,口頭でのことば,書面,さらには儀礼など諸メディア間の複雑かつ相互的な相互作用を通 じ,社会内の情報伝達が成立していたというものである。
 上述の前近代における情報伝達の特質,そして受容に焦点を当てるという問題意識を踏まえ,合同部会は「解釈共同体」生成に至る諸局面に注目する。語られ, あるいは書面中に記された情報は,テクストを通じ万人に同様に伝達されるわけではない。特定の形で「読み解き」,受容するためには,特定の場において相対 的に同一の能力と解釈コードが共有される必要性が存在する。それらを慣行的に実践する人間集団が「解釈共同体」である。かつてストックは,中世盛期におけ る文字文化の浸透と異端の出現を,解釈コードを共有する「テクスト共同体(textual community)」の生成を鍵に関連づけて読み解いた。しかし,近年の史料論の深化や対象範囲の拡大を鑑みるならば,テクスト媒体の範囲は,狭義のリ テラシーの対象であるところの文字に限定せず,図像史料等を含む広義での情報伝達のメディアすべて,すなわち村井章介氏述べるところの「書面」にまで拡大 することが望ましい。
 解釈コードの生成にあたっては,書面の物理的形態,言語,解釈行為の特性が決定的な鍵を握るが,それらはより大きな政治・経済・社会的その他のコンテクス トを抜きにしては論ずることはできない。合同部会は,時代・地域により異なる上述の諸要素とその解釈コードの関係性の変化を浮き彫りにする諸報告を通じ, 各時代・地域における書面の機能,および解釈共同体の特性を解明することを目標に据える。リテラシー研究において広汎な地域の研究者による比較検討,対話 の必要性が頻繁に指摘される今日の状況にあって,本部会が特徴とする地域・時代横断型の組織は,大きな強みとなるはずである。
 今年度の合同部会では,以下3本の報告を準備した。1本目は,志内一興氏の報告「小アジアにおけるギリシア語・ラテン語併用碑文」である。近年多面的な史 料の活用により統治行為における文字使用の実態が進んでいるローマ帝国研究にあって,ローマ時代小アジアで製作された二言語併用碑文を手がかりに,碑文モ ニュメントの効用,およびそこに現れる人物たちのアイデンティティの解明を目指す。古代地中海世界はキリスト教ヨーロッパ世界とイスラーム世界へとその姿 を変えることとなるが,続く森山央朗氏の報告「ハディース学関連知識の受容と利用」は,リテラシー研究でしばしば指摘されるヨーロッパ中心主義的な視点を 離れ,西アジア・ムスリム地域における知識の受容に焦点を当てたものである。10世紀から12世紀にかけ,西アジア・ムスリム地域の各地で,人名録を主体 に構成され,非常に類似した形式・内容を持つアラビア語の地方史(地方史人名録)が数多く編纂された。その分析から,編纂流行を担ったハディース学者がど のように知識を受容し利用したのかを,書物との関連から考察する。近世初頭,ルネサンス後のイタリアを舞台とする3本目の報告は,北田葉子氏による「近世 イタリアにおける「古典の教養」とメディア」である。書物,絵画,祝祭といった多様なメディアを通してのエリートによる古典教養の共有とその背景を,アイ ゼンスタインが提起した「印刷革命」テーゼ,すなわち活版印刷術の普及に伴うメディアの種・質双方での爆発的増大を踏まえた上で検討を行う。コメンテータ としては中世フランス史,ならびに西欧中世における文字利用実践を専門とする岡崎敦氏をお招きし,合同部会のカバーする時代・地域それぞれより問題への接 近を企図している。
 社会史,文化史の文脈のみならず,行政史や文学など幅広い領域よりのアプローチが可能なテーマであり,各方面よりの活発な議論提起を期待したい。(成川岳大)

特設部会

歴史研究と教科書叙述

委員会から
 テレビドラマや小説,漫画やインターネットなど,さまざまな情報媒体が氾濫する現在,歴史に対するイメージや歴史意識をつくりあげる要素は多様 になっているが,学校教育の役割,とくにそこで与えられる教科書の影響力は,やはり無視できない。ことに社会や世界情勢などに対する認識が育まれる中学校 段階の歴史教科書の持つ意味は甚大である。
 日本の教科書のありかたについては,思想信条や表現の自由を守る観点から,国家による検定自体に疑問をもち,検定を憲法違反であるとして運動が展開された 経緯があり,教科書検定自体をどう考えるか,という問題は依然として存在している。しかし,そうした問題を残しつつも,生徒の歴史意識や歴史認識を育むた めに,よりよい教科書作りの努力が積み重ねられてきている。
 ところが近年,過去の戦争の反省の上に立ちつつ,民主主義的,平和主義的観点を軸に形づくられてきた戦後の歴史研究や歴史教育を,「自虐的」であると批判 し,日本の「伝統」を強調し,過去の戦争についても日本の立場を弁護しながら叙述しようとする教科書が登場してきた。「新しい歴史教科書をつくる会」(以 下「つくる会」と略記)の教科書(『新しい歴史教科書』)がそれである。侵略戦争を美化するこの教科書については,各方面から批判があいついだが,歴史学 研究会でも,この教科書の叙述において,基礎的事実の誤りがきわめて多いことをとりあげ,具体的箇所を指摘したパンフレットを作成した(『まちがいだらけ の『新しい歴史教科書』--中学校の教育レベルを落としてはならない--』)。この2001年度の教科書採択においては,「つくる会」の教科書は0.04 パーセントという微々たる採択率にとどまったが,4年後の2005年度採択に向け,「つくる会」は新たに作り直した教科書を持ち出してきた。この新版で は,先に指摘した基礎的事実の誤りはその多くが手直しされていたが,編者の主張の眼目にかかわる部分に限っては変更がなされず,この教科書の本質がむしろ 鮮明になった感もあった。
 歴史学研究会では,4年前と同様にこの教科書の内容検討を行い,その結果をパンフレット『『新しい歴史教科書』の問題点』にまとめ,これを全国の自治体に 発送して,教科書採択にあたって参考にするよう求めたが,今回の内容分析にあたっては,基礎的な事実の誤りだけではなく,一面的な記述や,当然書かれるべ きことを欠落させている箇所など,歴史叙述のうえで無視できないところを含めてとりあげるという方針をとった。この教科書の本質は,その特異な歴史叙述の 方法にあり,そこを批判することがやはり重要であろうと考えたからである。
 歴史研究の手法とこれまでの研究成果を無視した記述はこの教科書の随所にみられ,ことがらの全体をとらえずに限られた「事実」をことさら取り上げていると ころも多い。このような歴史叙述が大きな問題をはらんでいることは明らかだが,やや気になるのは,事象を単純化したこうした記述は,それなりに「わかりや すい」ということである。深く物事を考えなければ,なんとなく「理解」してしまいそうだし,指摘される個別の「事実」も,それ自体は誤りではないではない か,という理屈も通りかねないのである。
 歴史を叙述するとはどういうことか。教科書の叙述にあたって留意すべきことは何か。単純で「わかりやすい」この教科書は,こうした課題を逆に突きつけてい るともいえる。2005年度の採択においても,「つくる会」の教科書の採択率は0.4パーセントという結果に終わったが,他の教科書においても戦争の記事 が少なくなっているなど,教科書をめぐる状況は予断を許さない。また教科書という枠の中での歴史叙述は,どうしても事柄を断定的かつ単純に述べねばならな くなるという問題もあり,教科書の叙述そのこと自体についても,考えるべき課題は多く残されているといえよう。
 今回の教科書批判の結果を振り返りながら,歴史研究と教科書叙述のかかわりについて考える場を持つことが必要である,との認識のもと,2005年度歴史学 研究会委員会は2006年度大会において「歴史研究と教科書叙述」と題した特設部会を開催することとした。パンフレット『『新しい歴史教科書』の問題点』 の編集にあたられた大門正克氏と,「つくる会」教科書の内容検討を進め,パンフレット作成の主体ともなった歴史学研究会教科書ワーキンググループの報告を 予定しているが,問題の所在と今後の課題について活発な議論がなされることを切望している。(山田邦明)