2004年度 歴史学研究会大会

会場 一橋大学国立キャンパス(東京都国立市)

第1日 5月29日(土)           

全体会 13:00~17:00     
グローバル権力としての「帝国」  
                                     兼松講堂
  
 「帝国」史へのデッサン--緒論の緒論として ………  杉山正明
   イギリス帝国と国際秩序 ……… 秋田茂
    コメント 渡辺治・栗田禎子

第2日 5月30日(日) 9:30~17:30(近代史部会のみ10:00~17:30)

古代史部会 古代王権の構造と支配秩序  
                                 東1号館1201教室         
  「天下」論    ………………………………………………河内春人
  漢代専制的皇帝権の形成過程  ……………………………山田智
 
中世史部会 荘園制の変容と中世社会   
                                 東2号館2201教室                 
  荘園制の変質と公武権力……………………………………高橋一樹
  荘園制と室町社会……………………………………………清水克行

近世史部会 社会の近世化-個・集団と規範-
                                 東2号館2301教室     
  近世身分制社会における実力行使と法規範……… ………谷口眞子
  兵農分離像の再検討………………………………… ……牧原成征

近代史部会 帝国と地域主義    
                                 東1号館1202教室                  
  戦間期日本の国際秩序論…………… ……………………酒井哲哉
  戦後初期イギリスの東南アジア認識………………… ……都丸潤子
   コメント:戸邉秀明
 
現代史部会 ジェンダーの視点から見た1960年代社会   
                                  東1号館1414教室       
  企業社会の形成とジェンダー秩序
-日本の1960年代- ……………………………………木本喜美子
  メディアと女性
   -1960年代ニュージーランドの「揺れる」女性像-………原田真見
  ひとつではないフェミニズム
   -1960年代のアメリカの女性解放運動を通して-………吉原令子
   コメント:大門正克・兼子歩

合同部会 「ローマ」概念の2000年  
                                 東1号館1304教室          
  表象の帝国-「ローマ理念」のルーツ- …………………長谷川岳男
  「甦るローマ」
   -中世後期の教皇権と即位儀礼-………………………甚野尚志
  ルーム遠征とカリフ政権
   -コンスタンティノープル攻撃から捕虜交換式まで-……太田敬子



◎会場整理費 一般1500円 学生(修士課程まで)1000円 (両日共通)

▲総会(9:30~11:30)は東1号館1304教室で開催します。(会員に限ります)
▲30日の昼食はお弁当を用意します。受付でチケットをお求め下さい。
▲30日夜、東プラザカフェテリアで懇親会を行ないます(18:00~20:00)。
参加費 一般3000円、学生(修士課程まで)2000円

▲大会当日保育所を設けます。詳しくは事務局まで電話でお問い合わせ下さい。
▲出張依頼状の必要な方は、同じく事務局までご連絡下さい。


全体会

グローバル権力としての「帝国」

委員会から
歴史学研究会では,2002年度大会より,21世紀の歴史学の展望を切り拓くべく,現代の歴史学が置かれている時代状況を的確に把握し,この時代の歴史的位相を明らかにし,そこで歴史学が負うべき課題とは何かを問う作業に着手した。
2002年度の全体会「グローバル資本主義と歴史認識」では,現代世界・現代社会の中心的問題としてグローバル資本主義の展開を取り上げ,そもそも「グローバリゼーション」の時代とはいかなる時代であり,またそうしたグローバリゼーションの進展が私たちの歴史認識にいかなる問題を投げかけ,具体的な歴史研究にどのように反映しているのか,そこでの国民史のあり方やその可能性を探った。
また2003年度の全体会「公共性再考」では,グローバル資本主義に対抗する「公共」の場を展望する際の歴史学におけるアジェンダとは何か,また近代「公共圏」とはどのような構造を持つものだったのか,など「公共性」の可能性と限界を検討した。
そして「グローバル権力としての『帝国』」というテーマを掲げる今年度の大会では,2002年度大会以来の問題関心の延長上に,「帝国」論の氾濫ともいえる今日の状況を歴史学の側から受け止めつつ,「帝国」をキイ・ワードとしてグローバルな権力の問題を検討してみたい。
周知のように,近年,「帝国」ないし「帝国主義」をめぐる議論が,世界的規模で盛んになりつつある。それらの多くは,新自由主義的グローバリゼーションの猛威と,とりわけ9.11以後,国際秩序の破壊をも意に介さないかのように振る舞うようになったアメリカ合衆国政府への危惧と批判に基づいている。しかしその一方では,21世紀におけるアメリカの「帝国」としての役割や,新「帝国主義」政策の必要が,アメリカの政治的エリートや知識人の間で公然と,しかも肯定的に語られるという状況も生じている。いずれにせよ「帝国」ないし「帝国主義」という言葉は,グローバル化が進行する下での世界秩序のあり方を読み解くキイ・ワードとして,急速に復権しつつある。
もっとも近年の「帝国」論の内容には,その政治的スタンスを別としてもさまざまな差異が存在する。その一方には,ネグリ&ハートの『帝国』に代表される,グローバル資本主義に照応した,中心を持たない超国民国家的,ネットワーク的なグローバル権力を「帝国」として考えようとする流れがある。そして他方には,もっぱらアメリカの圧倒的な軍事力に焦点を当て,その政治的・軍事的プレゼンスの拡大を「帝国」とみなす流れがある。そしてこれらの議論と交錯しながら,「帝国」と「帝国主義」,国民国家,民主主義,文化や情報などの関係をめぐる多様な議論が展開されている。
こうした近年の状況は,歴史学研究者に対し,「帝国」・「帝国主義」とは何かについて,今日的観点から改めて検討する必要を生じさせているといえる。そしてそれは,近年の議論において,ローマをはじめとする歴史上の諸「帝国」がしばしば引き合いに出されているように,人類の歴史全般に及ぶものである。そこで今年度の大会では,近年における歴史学研究の成果の上に,「帝国」・「帝国主義」をめぐる議論を捉え直すとともに,グローバルな権力と秩序の存立構造に関する新たな歴史研究の可能性を探ってみたい。
昨年の『歴史学研究』(776・777号)の特集「『帝国』への新たな視座」で指摘されているように,歴史学における「帝国」への関心の高まりは,すでに冷戦が終焉した1990年代から生じており,「帝国」史とも総称し得るいくつかの研究潮流が登場することとなった。こうした「帝国」史研究の一つのあり方は,近代の「帝国」をめぐる文化史・社会史の展開(それはポストコロニアル・スタディーズとも結びつくことがあった)であり,先の特集はこの意味での「帝国」史に焦点を当てたものであった。
これに対し,今年度の大会で中心に取り上げるのは,「帝国」史研究のいま一つの展開である。それは「帝国」をグローバルな観点から捉え直し,さらにその作業を通じて新たな世界史像の構築をも目指すものであり,今回報告をお願いしたモンゴル史の杉山正明氏とイギリス史の秋田茂氏は,その代表的論者である。
杉山氏はモンゴル帝国の研究を通じ,ユーラシア・スケールの世界史を提起する一方,最近ではアメリカ「帝国」を念頭に置きながら,人類史上における「帝国」に関する全体的な研究にも着手している。そこで杉山氏には,「帝国」という概念を歴史的に把握する上で必要な諸論点とともに,「帝国」に視座を据えた歴史学研究の射程について,「「帝国」史へのデッサン--緒論の緒論として--」と題し問題提起をお願いする。
他方,秋田氏は,世界システム論やイギリス資本主義をめぐる最近の議論を踏まえつつ,従来の「公式帝国」・「非公式帝国」といった枠にとどまらない,イギリス帝国のグローバルな影響力の問題に光をあてるとともに,グローバリゼーションの歴史的展開を問題とするグローバル・ヒストリーの必要性を提唱している。今回秋田氏には,「イギリス帝国と国際秩序」と題し,イギリス帝国の事例に即しつつ,近代世界におけるグローバル秩序を捉える上での諸論点を提起していただく。と同時に,グローバリゼーションの歴史的把握の方法についても問題提起をお願いしたい。
今回のコメンテーターは,日本現代史の渡辺治氏,中東・北アフリカ近現代史の栗田禎子氏の二人にお願いした。「現代帝国主義論」の観点から活発な議論を展開している渡辺氏には,近年の「帝国」論・「帝国主義」論の動向とその特徴についてコメントをいただく。またイラク問題についても積極的な発言を続けている栗田氏には,現代世界の焦点である中東の視点から,「帝国」論・「帝国主義」論のあり方について発言をお願いする。
会員をはじめ,関心ある多くの方々の参加と,活発な討論の展開を期待したい。
なお全体会のテーマと関連して,今大会の合同部会「『ローマ』概念の2000年」は,「ローマ」概念の歴史的展開を追求する。また近代史部会「帝国と地域主義」では,20世紀前半の諸帝国と地域主義を議論する。あわせて参加していただければ幸いである。(高岡裕之・前川一郎)
[参考文献]
杉山正明『遊牧民から見た世界史』日本経済新聞社,1997年。
秋田 茂『イギリス帝国とアジア国際秩序』名古屋大学出版会,2003年。
山本有造編『帝国の研究--原理・類型・関係--』名古屋大学出版会,2003年。
ドミニク・リーベン(松井秀和訳)『帝国の興亡』上・下,日本経済新聞社,2002年。
A.G. Hopkins(ed.), Globalozation in World History, London, 2002.

古代史部会

古代王権の構造と支配秩序

古代史部会運営委員会から
近年の古代史研究において,研究分野の個別分散化,理論的問題への関心の希薄化が指摘されて久しい。これは,古代史研究の今日的存在価値や有効性が現段階において議論されていない,つまり,古代史研究と現代的課題との「断絶」を生み,古代史研究の目的が不明確になっていることを意味する。
このような状況下において,古代史部会では2003年4月,シンポジウム「古代史研究の現在--石母田正『日本の古代国家』発刊30年を契機として--」(日本古代史部会主催,本誌第782号,2003年)を開催し,古代史研究の現状の確認に加えて,今後の課題・方向性を見出すことに成功した。第一に,石母田氏が提示した論点についての実証的・理論的な再検討作業。特に「共同体」論について,権力はいかに秩序を形成し得たのか,あるいは権力が変質していく過程で秩序の転換がどのような形でなされるのか,被支配側との相互関係の中から創出された社会的秩序を古代においていかにして抽出するのか(社会・国家による「統合」の問題としての権力の問題,古代の人的編成の問題)。第二に,古代東アジア地域全体を見据えた新たな歴史像の構築作業。近年の東アジア地域における一次資料の飛躍的な増加により,国家形成過程について比較史的分析が可能となっている。第三に,現代的課題と古代史研究およびその役割についての再認識作業。「統合」原理をめぐる国家と社会との関係性およびその関係をめぐる諸事象(権力関係,支配秩序・イデオロギー等)の解明は,現代的課題としての国家支配の性質を捉え直す作業と成り得る。
上記の問題提起は,古代史研究において研究者一人一人が意識すべきことであり,今後の古代史部会においても継承すべきであろう。これを受け,本年度の大会に向けて,日本古代史部会運営委員会・アジア前近代史部会運営委員会は合同でさまざまな議論を重ねてきた。そして,これまでの大会における議論と課題を確認した上で,共有の課題を設定するに至った。
以下,日本古代史部会・アジア前近代史部会それぞれの部会におけるこれまでの議論と課題を整理しておく。
日本古代史部会では,首長制論に基づく古代国家論・王権論の再検討を進め,日本古代史研究に多くの成果をあげている。近年では「地域」をキーワードに,国家・王権・地域社会,三者の実態と関係性の解明を目的として議論を重ねている。
1997年度大会(傳田伊史氏・三舟隆之氏・高島英之氏・川尻秋生氏)において,国家による地域編成では捉えきれない多様な社会の実態を描くこと,1998年度大会(井内誠司氏)において,多様な地域社会をいかに律令国家が支配したのかを明らかにすることをそれぞれ課題とし,地域社会の実態に重点を置いた国家論の視角を示した。これらを受け,1999年度大会(中村順昭氏・鐘江宏之氏)では,「地域」論の視角を導入し,地域社会と国家との双方向的な関係を前提とした古代国家による制度的支配の性質を検討した。また,2000年度大会(黒瀬之恵氏)では,1997~99年度大会において議論してきた地域支配の実態と国家支配の実態との関係について,王権論の視角をもとに,列島内における王権との交通関係で形成される多様な地域像を検討した。さらに,2001年度大会(佐藤長門氏・金沢悦男氏)では,①王権・国家はいかに地域社会と結びついていたのか,②王権そのものの構造はどのように変化したのか,という課題を設定し,7世紀後半から12世紀における王権の構造と理念について検討した。これを踏まえて,2002年度大会(神谷正昌氏・仁藤智子氏)では,古代国家・王権の展開期(転換期)としての平安期における王権の構造と政治形態,空間認識について検討した。
このような1997~2002年度大会の成果により,国家・王権・地域社会,三者の実態が具体的になってきたと考えている。そして,2003年度大会「古代国家の展開と地域社会」では,国家・王権・地域社会の相方向的な関係を見出すことを目的とした。亀谷弘明氏「古代王権と贄」では,贄収取を国家の成立過程に応じて描き,令制以前における王権の重層性と,それが天皇に一本化され,国家支配に組み込まれていく過程を明らかにした。三上喜孝氏「出挙・農業経営と地域社会」では,出土文字資料等一次史料を多数活用し,地域社会における農業経営の実態に踏み込み,郡司層・経営拠点としての郡家が地域社会の再生産構造に果たした役割を明らかにした。つまり,王権と地域社会との接点としての「贄」(ニヘ),国家と地域社会との媒介としての「出挙」に注目し,地域社会におけるそれらの慣行のあり方やその変遷を検討することで,地域社会の実態と国家・王権による支配の実態の一端を明らかにしたといえよう。
亀谷・三上両報告により,国家・王権・地域社会それぞれの関係性を確認することができたが,それらの関係に内在する諸事象(権力関係,支配秩序・イデオロギー等)についての解明と方法論の構築が必要であると考えている。特に,イデオロギーと社会構造との間における照応・規定関係(柔軟性・適応関係)の有無を明確にすることにより,国家・王権・地域社会の相互間の関係をより具体的にすることができ,ひいては古代国家・社会を総体的に把握することに繋がろう。
アジア前近代史部会では,この半世紀,アジア的専制支配の性格とその構造の解明を一貫して課題としてきた。そして中国専制国家を研究の中心に据えてきたことも本部会の特色である。本年度,部会では王権論の批判的継承をテーマに,例会・勉強会を重ねてきた。そもそも「王権」は,戦後の中国史研究において,皇帝権の問題として議論されてきた。その中心的課題は皇帝権力の社会・経済的基盤にあったが,近年,儀礼の分析から皇帝の属性を明らかにする研究(金子修一『古代中国と皇帝祭祀』汲古書院,2001年)やイデオロギー構造の検討から中国古代王権の特質に迫る研究が現れてきている(渡辺信一郎『中国古代の王権と天下秩序--日中比較史の視点から--』校倉書房,2003年)。一方,日本古代史部会における地域社会への視点と時を同じくして,中国古代国家論においても,鶴間和幸氏が「地域」の視点からもう一つの国家論を提示しており(『岩波講座世界歴史 3 中華の形成と東方世界』岩波書店,1998年),部会では方向性を模索してきた。以下,近年の大会報告を振り返っておきたい。
アジア前近代史部会では,古代史部会として日本古代史・西洋古代史両部会と課題を共有してきた。古代史部会の理論的基礎を築いた一人である石母田正氏の在地首長制論,二次的生産関係論を最も直截的に中国古代史に導入したのは多田狷介氏である。1990年度の多田報告は中国史研究会による国家と小経営農民の間に基本的階級関係を見る研究を批判しつつ,一定の自律性をもつ下部共同体の想定とその内に一次的関係をみる旧稿の意義を再確認した。この多田氏の視角は1990年代の各報告に継承された。1991年度報告(渡邉義浩氏)は,漢魏交替期における「名士」層と在地社会との関係を論じ,1993年度報告(伊藤敏雄氏)は,魏晋期における在地社会と国家権力との関係を,「士人のネットワーク」をキーワードに論じた。1994年度報告(久保田宏次氏)は豪族を社会権力として捉え,前漢後半期から後漢時代にかけての社会構造の変遷と国家権力との関係性を論じ,1998年度報告(小嶋茂稔氏)は後漢連合政権論の批判から,州の機構に注目しつつ公権としての後漢国家を論じた。1999年度報告(飯尾秀幸氏)は,秦律を素材に戦国秦の国家と在地社会の接点を論じた同氏の1985年度報告の上に,前漢・後漢期の在地社会の変質と国家支配の変遷を論じた。
これまでのアジア前近代史部会の大会報告を俯瞰するとき,議論は在地社会内部の諸関係と国家との有機的連関に即して展開されてきたといえる。その成果は大きく中国古代国家の特質を浮き彫りにしてきたといえるだろう。ここに再度,上記の王権論から顧みるとき,本部会では1988・89年度に古代史部会テーマ「古代における王権と国家」のもと,太田幸男「秦の政治と国家」・豊島静英「漢代の皇帝崇拝について」の両成果を持っている。太田氏は,商鞅変法以前における秦独自の国家・王権の形成過程と政治構造を問題とし,豊島氏は漢代における皇帝崇拝のイデオロギー的・社会的基盤を,里社の祭祀の分析より追求した。近年の中国古代王権論は部会が課題としてきた国家支配と社会との関係性の追求に不十分な面もあり,こうした視角からの研究がいま求められているだろう。
以上のように,日本古代史部会・アジア前近代史部会それぞれの議論と共有する課題から,本年度の古代史部会では大会テーマを「古代王権の構造と支配秩序」とし,日本古代史部会から河内春人氏「『天下』論」,アジア前近代史部会から山田智氏「漢代専制的皇帝権の形成過程」の2報告により,国家・王権・地域社会,相互間の関係における“支配”の性質の解明を試みたい。
河内報告では,王権・国家による支配空間に関する概念としての「天下」をキーワードに,支配主体による支配の貫徹,そのための統合の手段としてのイデオロギーについて,支配の正当化,アイデンティティ,世界観という観点から検討する。日本列島における「天下」の有する内実とそのイデオロギー的機能を解明することにより,権力支配の性質を見通すことになるであろう。
山田報告では,前漢初期から後期にかけての時間軸の中で,王権の多極構造とその変遷を,従来の社会経済史の基礎の上に詳論する。近年,日本古代史研究における王権論では,王権を構成する皇太子・皇后などと大王・天皇との補完・対立という多極構造に着眼する一動向がある。この視角をもとに,皇帝型専制権力とその権力を支えるべき経済基盤との関係性を検討することにより,皇帝型専制権力の確立過程および国家支配の成立過程が,具体的に解明されることになるだろう。
以上の2報告によって,古代における“支配”のありようを議論することが可能となろう。“支配”をめぐる問題は,現代的課題としての国家支配の本質を捉え直す上でも重要であると認識している。大会当日には多くの方々が参加され,活発な議論が展開されることを期待したい。(皆川雅樹・下田 誠)

中世史部会

荘園制の変容と中世社会

日本中世史部会運営委員会から
近年の日本中世史部会は国家と在地をむすぶものとしての新しい歴史の切り口を模索してきた。97年度の<アジア地域・経済>にはじまり,98年度~99年度の<情報>,2000年度~2001年度<収取>とさまざまな切り口を提示し,それぞれ成果をあげた。
2002年度はそれを受けて<流通>を切り口としながら,かつて日本中世史部会が取り組んだ「地域社会論」の成果を深め,2003年度大会ではその視点を受け継いで,「中世社会の再生産構造」の解明に取り組み,地域社会の実態をさらに深く理解することに成功した。
毎年度の2本の大会報告は,そのテーマに従って中世前期と後期で一本ずつ用意し,それぞれにおいて意義深い成果を得てきた。しかしこのような大会のスタイルによって中世前期・後期の議論が深まるにつれ,こんどはこの両時期をつなぐ議論がいよいよ必要になってきたと言える。このような認識のもと,昨年度の大会においては高木徳郎「中世における環境管理と惣村の成立」で惣村の成立の要因を考え,黒田基樹「15~17世紀における「村の成り立ち」と地域社会」では「村」の形成を前提としたうえで当該期の特質を考察するということで,前期と後期をつなぐ意識を明確に打ち出した。
このように近年の大会の成果を見たとき,中世前期と後期をつなぐ時期の議論をさらに深める必要性がある。それとともに当該期について考えようとするときには,近年のどのテーマにおいても共通に取り上げざるをえなかった問題であり,常に直接的にも,間接的にも取り組んできたといえる,荘園制という問題は避けては通れないのではないだろうか。
以上のような近年の動向にかんがみ,日本中世史部会運営委員会は,2004年度大会において,大きなテーマとして「荘園制を捉え直す」ということを目的とすることに決定した。
戦後歴史学は領主制論を軸に展開しており,荘園制の議論も領主制論と密接な関わりをもって進められてきた。そして領主制論の克服が意識され研究が進んでいく中でも,荘園制研究は,その影響が現在においても色濃く残り,なかなか根本的に捉え直すことがなされてこなかった分野と言える。しかし近年このことを自覚的にとらえて改めて荘園制を見直そうという研究が特に荘園制成立期に関して行われるようになった。これらの研究をうけて荘園制の議論は新しい段階を迎えつつある。ただこのような新しい議論をうけての荘園制の議論はまだ十分に展開されているとは言えない。荘園制に関わる諸問題に対し荘園制成立期の議論をふまえた上での研究を積み重ねていくことが必要となっているのである。
このような諸問題に関してのアプローチとしてはさまざまな方向性が考えられよう。本年度大会においては近年の大会において積み残した課題とも言える中世前期と後期のあいだをつなぐ時期について,荘園制の構造とその内実を中心にして考えていきたい。
具体的には鎌倉後期から室町中期を一つの時代と見て,当該期における荘園制について検討する。近年の歴研大会の成果からも,明らかに鎌倉後期ころから成立期とは異なった荘園制が展開していくことが想定される。また最近の研究においても,荘園制は鎌倉後期に変質し,応永期の安定を経て,そののち解体すると言われている(『国立歴史民俗博物館研究報告』104「室町期荘園制の研究」2003年)。したがって中世前期と後期をつなぐ時代といえる13世紀末から15世紀を,一つの時代と設定することに一定の意義があると考える。以上のことをふまえながら,当該期の荘園制を捉え直し,新たな中世社会像を打ち出したい。
当日は,高橋一樹「荘園制の変質と公武権力」と,清水克行「荘園制と室町社会」の二つの報告を用意している。
高橋報告では,鎌倉後期における荘園制の変質について,氏による成立期の荘園像から論じる。具体的には「職の体系」論を見直した上での荘園制の再編とはどのようなことであったのかということを領有の問題を中心に論じることになるだろう。
清水報告では,高橋報告で論じられる変質を遂げた荘園制について,京都の都市貴族の消費生活を支える物流システムや,その担い手である物流業者の動向に視点を据えることによって,その推移を見直していく。
大会当日には以上述べてきた前提をご理解いただき,より建設的な議論が行われることを期待したい。なお,両報告の内容を理解する上で以下の文献を参照されることをお勧めする。(野口華世)
高橋一樹『中世荘園制と鎌倉幕府』(塙書房,2004年)。
清水克行「正長の徳政一揆と山門・北野社相論」(『歴史学研究』771,2003年)。

近世史部会

社会の近世化-個・集団と規範-

近世史部会運営委員会から
今年度の近世史部会が設定した大会テーマについて,説明しておきたい。近世史部会では1991年以来の中期的テーマ「近世の国家と社会」の下,国家分析および社会分析の成果の統合を図り,未分離状態にある国家と社会の総合的把握を目指してきた。そして近年は,具体的な素材としては異なるテーマを扱いつつも,その根底に「主体と構造」の相互関係性を強く意識した大会テーマを設定してきた。一つは3年間続いた「地域社会論」であり,国家と社会の拮抗する場である地域社会での政治的・経済的利害を精緻に分析し,歴史的被拘束性の中における主体性のあり方を示した。もうひとつは,それを受けての「文化の政治性」という言葉で表される,ここ2年間の大会である。具体的に述べると,一昨年は,書物受容と主体との関係性や,書物がすでに階層性を帯びているという歴史的被拘束性を見た。また昨年は,神道通俗教化などを通じて社会意識が形成され,しかもそれが「家職の構造」という近世的な構造にとりこまれる局面,そして国学的知の展開が藩・地域社会に影響を及ぼす局面を検討した。これらの大会を通じ,近世の主体の形成やあり方,主体性の発揮などの可能性と当該期の「文化」状況がいかなる関係性にあるか,そして同時に歴史的被拘束性のあり方という観点からも「文化」状況との関係性を考える,その重要性を提示することができたと考える。
そして運営委員会では,以上の成果を,「国家分析と社会分析の総合化」という視点を保ちながら,さらに発展させるために必要なことは,近世社会の成立に関する議論である,との認識に達した。これまでの「主体と構造」を意識した大会の成果は,主に近世中後期の,近世国家・社会ができあがった後の問題であった。上述の成果をあげた現在,ここであらためて,近世社会の成立,もしくは社会の近世化を問題とすることによって,中後期には主体にとって所与の前提として立ち現れてくる「歴史的被拘束性」が形成される過程自体や論理そのものを,「主体と構造」の問題として取り組めると考えるのである。
より具体的に今回の課題を述べよう。第一に兵農分離について。この時期には,近世支配層の中心的身分である武士,および民衆の中心的身分である百姓が,兵農分離などを経て生み出されてくる。その過程に関する研究史には豊富なものがある一方で,特に近世史の分野では,近年はあまり議論が進展していない。その再検討を試みたい。第二に武士および百姓の,個と集団,規範について。それらの集団は成立,即ち近世化する過程で,いかなる規範をその内部構成員に発揮したのか,さらにはその規範自体もいかに変化したか,という点を考えたい。たとえば,主君と家臣の関係や,中世的土豪と隷属農の関係の変化などが論点となるであろう。とりわけ,支配層である武士集団の規範・心性・慣習などは,その内部のみならず,近世社会全体を大きく規定したであろうことが,容易に予想される。
以上の認識に基づき,運営委員会では大会報告を谷口眞子氏・牧原成征氏に依頼した。谷口報告「近世身分制社会における実力行使と法規範」は喧嘩・正当防衛・妻敵討・敵討・無礼討ちといった実力行使の「場」を分析対象とする。軍事行政に携わり名誉を重視する武士の実力行使は,身分内外の同質化と異質化を生み出す法規範(制定の有無にかかわらず,社会生活を営む上で認知されている法観念)を形成するとともにその反映でもある。実力行使の発生から解決に至る過程を検討することによって,近世の法・裁判の性格,近世武士の創出過程を考察する。一方牧原報告「兵農分離像の再検討」は,従来さまざまに論じられてきた兵農分離といわれる政策・現象の実態・意義をあらためて考察する。近年大きく進展している戦国期研究の成果を批判的に踏まえて,戦国末期の社会をどうとらえるか,近世初期にかけて,兵と農,領主と百姓の関係がいかに変化するか,を段階差や地域差を考慮しながら実態に即して検討する。さらに「何が兵農分離をもたらしたか,兵農分離が何をもたらしたか」を,可能なかぎり展望する。
以上,本大会は,いわゆる近世社会像の根幹に迫る,重要な論点を提起するものである。多くの方々にご参加いただき,活発な議論がなされることを期待する。なお,事前に以下の参考文献を参照されたい。(永原健彦)
参考文献:谷口眞子「近世の実力行使と喧嘩両成敗--近世の法と理--」(『日本史研究』419,1997)/同「無礼討ちに見る武士身分と社会」(岡山藩研究会編『藩世界の意識と関係』岩田書院,2000)/同「近世における『無礼』の観念」(『日本歴史』636,2001)/同「赤穂浪士にみる武士道と『家』の名誉」(『日本歴史』650,2002)/牧原成征「戦国・織豊期の土地制度と『小領主』」(『日本史研究』472,2001)/同「寛永期の金融と地域社会」(『歴史学研究』747,2001)/同「江北の土地制度と井戸村氏の土地所有」(『論集きんせい』25,2003)。

近代史部会

帝国と地域主義

近代史部会運営委員会から
本年度の大会はテーマを「帝国と地域主義」とし,20世紀前半に生じた帝国の危機と空間認識の再編について議論したい。近代史部会は2000年度の大会で,「構成される<地域>」をテーマとして,<地域>という空間が複雑な社会的抗争の過程で構成されるという視点から,国民国家の形成や展開の内側で,<地域>がどのように創出され,変容していったかについて議論を行った。2003年度には,「科学と帝国」がテーマとされ,国民国家から帝国の支配・統治へと視点を広げて問題提起を行ってきた。そこでは本国と植民地の相互作用に注目することにより,コロニアルな問題と「社会的」な問題が交差する領域をとらえることが課題として提起された。以上の二つの大会で,構成的な主体やアイデンティティ,支配様式や社会的権力などの問題について議論が積み重ねられた。これらの問題を踏まえた上で,本年度は,空間が社会的に構成されるという視点を帝国という抗争の場へ組み入れ,20世紀前半の脱植民地化過程における世界秩序の再編成を考えたい。
20世紀前半に帝国は,その正統性が危機に瀕する経験をした。本国を中心として,大衆消費文化の浸透・代表制の機能不全・産業構造の転換といった文化的・政治的・経済的な動揺にさらされ,広く世界に目を向けると,植民地領有の正当性の喪失,マルクス主義の普及,国家主権の相対化などの,古典的な自由主義の思想的パラダイムが転換を迫られる現象が生じたのである。この危機に対応して,帝国の統治エリートたちは,従来の空間編成を見直し,新たな空間を想起することで,その支配様式を洗練させていった。帝国内外のさまざまな位置にある行為者たちは,支配的な空間編成に制約されながら,自らが生きる空間のあり方を組み替え直すことによって,この危機を管理・馴致したり,そこに変革・抵抗の可能性を見出そうとしたのである。こうして,帝国内外のあらゆる主体は,空間編成をめぐるせめぎあいと摩擦・軋轢を経験し,結果として個々の思惑を超えた地域概念が生まれることとなった。この空間をめぐるヘゲモニー抗争の中で,「アジア」や「ヨーロッパ」といった領域が再設定され,それに基づきアイデンティティも再構築されたのである。以上のような帝国や社会の再編の構想と運動は,その後にいくつかの曲折を経ながら,「戦後」世界の空間的配置を準備したと言える。
以上の理解に基づき,今年度の大会では,脱植民地化の流れの中で,さまざまな空間を切り結び,そこに新たな意味を付与することで,帝国内,あるいは帝国間における従来の諸関係を変容させようとした理念や実践に注目して,帝国の空間編成をめぐる抗争がいかにして展開されたかという問題を考えたい。その過程を通じて,いかなる主体が生み出され,どのような構造変動がみられたのかといった点へも議論を進めたい。
当日の具体的な部会構成は次の通りである。酒井哲哉氏の報告「戦間期日本の国際秩序論」では,アジアの新興ナショナリズムに直面した戦間期日本の知識人たちが,いかなる地域主義的な国際秩序構想を提出したのか,さらにその構想は戦後外交論といかなる関係にあったのか,が検証される。都丸潤子氏の報告「戦後初期イギリスの東南アジア認識」では,日本の敗戦後,英領マラヤを中心とした東南アジアに「復帰」したイギリスは,50年代半ばにいたる時期に,この地域に対する認識をどのように,どれだけ変化させ,いかなる関係をうちたてようとしたのか,が考察される。両氏の報告を踏まえた上で,20世紀沖縄の社会運動を研究する戸邉秀明氏に,コメンテーターとして「帝国と地域主義」の問題をより広い文脈の中に位置づけていただく予定である。生産的で有意義な議論が交わされるよう,幅広い研究領域に属する方々に参加を呼びかけ,多様な問題関心から積極的な発言をいただきたい。
(安藤丈将・辛島理人)
〔参考文献〕
酒井哲哉「「東亜協同体論」から「近代化論」へ」『年報 政治学 1998』岩波書店,1999年。
酒井哲哉「戦後外交論の形成」北岡伸一・御厨貴編『戦争・復興・発展』東京大学出版会,2000年。
酒井哲哉「国際関係論と「忘れられた社会主義」」『思想』945号,2003年。
都丸潤子「東南アジアの地域主義形成とイギリス」『国際法外交雑誌』98巻4号,1999年。
Junko Tomaru, The Postwar Rapprochement of Malaya and Japan, 1945-61: The Roles of Britain and Japan in South-East Asia, Macmillan, 2000.
都丸潤子「バンドン会議と日英関係」北川勝彦編『イギリス帝国と二十世紀 4 脱植民地化の時代』ミネルヴァ書房,近刊予定。

現代史部会

ジェンダーの視点から見た1960年代社会

現代史部会運営委員会から
我々,現代史部会は2002年度,2003年度の2回にわたって,1960年代論をテーマに取り上げてきた。具体的には,2002年度大会では世界的に共時性を持った1968年の社会運動を取り上げ,2003年度大会ではその背景となったヴェトナム戦争について取り上げた。
これら2回の大会において,1960年代のヨーロッパ・アメリカ合衆国・アジアにおける社会変容を考察することによって,1960年代が青年運動・黒人運動・平和運動・フェミニズム運動といったさまざまな社会運動を噴出させ,既存の社会秩序の枠組みが揺さぶられた変革の時代であったことが明らかになった。
その一方で,2002年度大会の際,コメンテーターの進藤久美子氏より「1968年の現代史的意義を問う現代史部会の企画自体にジェンダーの視点が組み入れられていないことは,近代批判の68年運動を,近代の知の枠組みで捉えようとすることを意味する。ある意味でそれは,意識変革を求めた68年運動の限界を示唆しているのかもしれない」(進藤久美子「コメント:欠落した視座」『歴史学研究』768号(2002年10月),147頁)と指摘されたように,これまでの大会において,現代史部会はジェンダーの視点から1960年代を見るという姿勢が不十分であったことも事実である。
今日,担い手の多くが体制の側に取り込まれたり,分裂させられたりして,現在ではまったく沈滞してしまった社会運動も少なくない。そのなかで,フェミニズム運動は今日に至るまで,比較的勢いを保ち,男/女の性別(性差)観念・秩序の変革を促してきたといえる。また,こうしたフェミニズムの動きは学問分野にも影響を及ぼし,ジェンダー視点による既存の学問の見直しが提唱され,今日では,ジェンダー視点による歴史の読み替えの動きが活発に進められていることも,無視できない。
そこで,現代史部会はこれまで自分たちにとって「欠落した視座」であったジェンダーの視点を新たに取り入れることによって,1960年代の社会を捉えなおしたい。具体的には,社会的性差の規範・秩序を打ち破るための闘いがいかに行われ,どのような成果をあげたのか,もしくは従来のジェンダー秩序はこの時期にどのような形で再編されていくのかを見ていくことである。
今年度,現代史部会が取り上げる地域は,日本・ニュージーランド・アメリカ合衆国の3カ国である。
日本については,木本喜美子氏が「企業社会の形成とジェンダー秩序--日本の1960年代--」というテーマで報告する。日本の1960年代は,企業社会の基本骨格が形成された時期であり,同時にそれは戦後段階におけるジェンダー秩序の構築期でもあった。木本報告では,<家族賃金>,<企業―家族間関係>をキーワードとし,職場秩序,企業福祉と家族との連関構造の分析を通じて,1960年代が今日のジェンダー秩序にいかなる影響を与えているのかを考察する。
ニュージーランドについては,原田真見氏が「メディアと女性--1960年代ニュージーランドの『揺れる』女性像--」というテーマで報告する。1960年代のニュージーランド女性は,世界的な女性解放運動の高揚の影響を受けて,女性の役割の変化が議論されるようになる一方で,日常的には伝統的な女性の役割をメッセージとして受け取ることが多かった。そのような2つの女性像の間で揺れ動く中で,ニュージーランド女性はどのように,社会進出の基礎をつくりあげていったのかを考察する。
アメリカ合衆国については,吉原令子氏が「ひとつではないフェミニズム--1960年代のアメリカの女性解放運動を通して--」というテーマで報告する。1960年代のアメリカ合衆国の第二波フェミニズム運動は,女性参政権を要求した第一波フェミニズム運動同様,多種多様化した運動であった。運動の中心は,白人中流階級で異性愛者の女性たちによって担われ,多くの同性愛者や黒人女性,労働者階級の女性を包摂しきれず,運動は細分化していくことになる。このように第二波フェミニズム運動が多様化していく過程を追いながら,その意義と限界について考察する。
以上,三報告の後には,大門正克氏より歴史的射程をふまえたコメントが,兼子歩氏より男性史の立場からの補足説明がおこなわれる。
性別役割分業の考え方が根強く,企業社会が成立していく過程で,性別役割論が再編強化された日本,日本と同様に性別役割分業の考え方が根強かったにもかかわらず,その後の女性の社会進出の流れを1960年代に次第に確立していったニュージーランド,世界的に最も早くフェミニズム運動が台頭しながら,それゆえの苦悩を抱えたアメリカ合衆国という対照的な3つの社会を比較することによって,1968年に左からの批判にさらされていくことになる先進諸国の福祉国家体制がジェンダーの視点から見たときに,それぞれの地域においてどのような問題点を抱え,今日の我々がそれらをどのように克服していくべきかを考えていきたいと思っている。(岡田一郎)
〔参考文献〕
木本喜美子『家族・ジェンダー・企業社会』(ミネルヴァ書房,1995年)。
原田真見「女性の社会進出--1960年代のニュージーランド女性雑誌に見られるイメージ--」『アメリカ太平洋研究』1号(2001年3月)。
吉原令子「ラディカル・フェミニズムと新左翼--1960年代から1970年代にかけてのアメリカ女性運動史を通して--」『学苑』676号(1996年5月)。

合同部会

「ローマ」概念の2000年

合同部会運営委員会から
ユーロによる欧州通貨統合,「帝国」のように振舞うアメリカの対外政策など,世界の動きはもはや国民国家の枠組みを越えている。歴史的に見れば,国民国家の成立以前においても広範な地域,多様な社会集団を統合しようとする動きは連綿として存在してきた。西洋においては,古代ローマ帝国を文明の理想とする認識に規定された「ローマ」の概念が,古代から近現代まで,帝国理念や君主理念の中でさまざまな形で立ち現れてきた。西欧では800年にカール大帝がローマ皇帝の帝冠を受け,ローマ帝国の名は神聖ローマ帝国にも継承された。ビザンツ帝国やロシア帝国においては首都であるコンスタンティノポリス,モスクワがそれぞれ「第2のローマ」,「第3のローマ」と位置づけられ,ビザンツ帝国を滅亡させたオスマン皇帝メフメト2世は「カイセリ・ルーム」すなわちローマ皇帝を名乗った。ナポレオンも古代ローマ帝国を強く意識し,カール大帝の帝国の復興という形での帝国建設を意図した。近代イタリアの統一に当たっても「ローマ」は重要な役割を果たし,ムッソリーニによる「イタリア帝国」は古代ローマ帝国の後継者をもって任ずるものであった。
このような事象の間に見え隠れする「ローマ」という概念は,近代的な価値観や短期的なスパンにおいて捉えたりするならば,外挿的であり,権力支配の本質とは結びつかないように感じられるかもしれない。しかし近年の歴史学,特に王権論の分野においては,力学的な諸関係のみならず,王権が幻想を紡ぎ出し,それを維持する力が関心の的となっている。歴史学研究会でもそのように王権と幻想を媒介するものとしての儀礼に注目し,2002年度合同部会「儀礼と権力」において,「儀礼文化と権力の切り結ぶ相互影響関係の多様性と共通性を議論(2002年度合同部会主旨説明)」したのであった。
もちろん,「ローマ」概念という対象については,権力の側からの視線だけをもってしてはそれを十分に把握することはできないことは言うまでもない。「ローマ」概念の内実も歴史的文脈の中においてみれば常に一様なものであったわけではなく,常に正のイメージばかりを紡ぎ出してきたとも限らないのである。たとえば初期の一部のキリスト教徒にとっては,新約聖書「ヨハネ黙示録」の「バビロン」にたとえられての言及に見られるように,「ローマ」は異教の都・帝国であり,負のイメージを持った存在であった。イギリスにおいても19世紀の終わりごろまで古代ローマ帝国のイメージは退廃・独裁であり,それに対して戦ったブリテン島の人々の側に立ってローマを見る傾向が強かった。イスラーム圏においては,ビザンツ帝国の興廃にかかわらず,人々はローマに由来する「ルーム」「ルメリ」といった言葉を,アナトリア,あるいはバルカン半島を指す地名から,ギリシア正教徒に対する呼称にまで,さまざまに用いてきた。これはイスラーム圏における「ローマ」概念の多様性を示すものであろう。
2004年度合同部会においては史上に多彩な姿で発現し,さまざまな仕方で把握されてきた「ローマ」の概念を検討課題とする。古代より現代に至る歴史の中で,「ローマ」という概念(そしてその概念の内実はどのようなものであったのかという問題も必然的に存在するであろう)を,いかなる個人・集団が,またいかなる動機やメカニズムによって,そしてどのように,取り扱ってきたのであろうか。さらに,その行為は社会にいかなる影響を与えてきたのか,前後の時代の諸相とどのような関係を持っているのか,といった問題も設定できる。そのうち幾つかの問題関心に立った個別報告を各報告者より行っていただき,「ローマ」という概念と権力との織りなす歴史的なありようの共通性と多様性について,その起源から,そして「ローマ」概念を自らのものとしなかった者たちからのまなざしをも交えつつ議論を進めたい。また,「ローマ」概念を歴史学が扱うことに関する方法的問題や学的な意義についても論じられることであろう。
このような課題設定に対して,具体的には以下の諸報告が準備されている。まず,古代ローマ史の立場からは,長谷川岳男氏の報告「表象の帝国--『ローマ理念』のルーツ--」が,視覚的にローマ世界を体現するものとして後世に影響を与えた彫像や建築物,あるいは文字などを中心に後世の後継者たちの「ローマ理念」との連関を考察する。ヨーロッパ中世史からは,叙任権闘争以降の教皇権によるローマ皇帝の儀礼やシンボルの借用を,いわゆる「教皇君主政」と呼ばれる政治理念・統治形態の成立の流れの中に位置づけて分析する甚野尚志氏の報告「『甦るローマ』--中世後期の教皇権と即位儀礼--」が予定されている。そして,アラブ・ビザンツの外交関係から生ずるアラブ側のローマ認識を問う太田敬子氏の報告「ルーム遠征とカリフ政権--コンスタンティノープル攻撃から捕虜交換式典まで--」は,他者の視点から「ローマ」概念を問い直す試みとなるであろう。
古代・中世・近世・近代・現代といった伝統的時代区分が,今回のテーマのように時代の垣根を越えて議論すべき問題の考究を極めて限定的なものに押し込めてきたという研究史的な背景がある。しかし,歴研合同部会はそのような時代区分の垣根を越えた議論を行うことを目標とする場であり,そのような制約からは自由である。さまざまな時代・地域を専攻する研究者が集い,活発な意見交換が為されることを期待する。(三津間康幸)