2002年度歴史学研究会大会

会場:立教大学池袋キャンパス(東京都豊島区西池袋3-34-1)

第1日 6月1日(土)      

 総 会 9:30-11:30 セントポールズ会館
 全体会 グローバル資本主義と歴史認識 13:00-17:00 タッカーホール
  「グローバリゼーションの時代」とは何か………………………………………………伊豫谷登士翁
  反グローバリズム思潮としてのポストコロニアル批評──フィリピンの事例──……永野 善子
   コメント:戸邉秀明・崎山政毅

第2日 6月2日(日) 9:30-17:30(特設部会のみ13:00-17:30)

 古代史部会 平安期における王権の展開 5号館5121教室
  平安時代の王権と摂関政治……………………………………………………………………神谷 正昌
  「都市王権」の成立と展開……………………………………………………………………仁藤 智子
   コメント:藤森健太郎
 中世史部会 中世における流通と地域社会 9号館大教室
  中世前期の在地領主と宿町……………………………………………………………………高橋  修
  戦国期の有徳人層と地域社会…………………………………………………………………阿部 浩一
   コメント:湯浅治久
 近世史部会 近世の政治支配と文化形成 8号館8101教室
  近世の政治常識と諸主体の形成………………………………………………………………若尾 政希
  近世社会における文化の階層性-書肆の存在・活動形態から-…………………………藤實久美子
 近代史部会 消費からみる「労働者」
       ──経済構造と主体形成── 8号館8202教室
  最近のドイツにおける「消費史」研究と
  消費の観点から見た「帝政期ドイツの新中間層」…………………………………………雨宮 昭彦
  スターリン体制下の消費と社会的アイデンティティ
  ──「消費ヒエラルヒー」下の労働者──…………………………………………………松井 康浩
  戦後神奈川における生協運動の経験
  ──「労働者」と「婦人」・「在日朝鮮人」をめぐって──……………………………及川英二郎
 現代史部会 「1968年」と現代社会 8号館8303教室
  占領の「清算」と新しい社会運動……………………………………………………………荒川 章二
  旧東西ドイツの「1968年」──反権威主義と世代間紛争── …………………………井関 正久
  <ムーヴメント>は敗北したのか?──黒人の運動のケース──………………………藤永 康政
   コメント:進藤久美子
 合同部会 儀礼と権力 8号館8201教室
  ユリアヌス帝の宗教政策から見た帝政後期のローマ帝国における国家儀礼……………中西 恭子
  祭祀儀礼より見た戦国楚の王権と世族・封君
  ──主として「卜筮祭祷簡」・「日書」による──………………………………………工藤 元男
  12世紀日本の儀礼における陰陽師 …………………………………………………………米井 輝圭
  近世イギリスにおける権力と儀礼
  ──the Truimph of Honour に見るテューダー王朝の君主政理念──………………井内 太郎
 特設部会 戦争の記憶【趣旨説明】 5号館5123教室
  「靖国問題」に見る戦争の「記憶」…………………………………………………………中島三千男
  アメリカ合衆国におけるヴェトナム戦争の記憶-「加害」の視点と戦争認識-………藤本  博
  パレスチナ/イスラエルにおける戦争の記憶………………………………………………臼杵  陽
   コメント:岩崎 稔

  • 会場整理費:一般1500円・学生(修士課程まで)1000円(両日共通)
  • 懇親会:2日18:00~20:00 於、第一学生食堂 一般3000円、学生(修士課程まで)2000円
  • 2日の昼食は第一学生食堂がご利用いただけます。
  • 出張依頼状の必要な方は、電話で本会事務局までお申し込み下さい。
  • 保育所を設置いたします(原則として3~10歳)。1日12:30~18:00(保育料1500円)、2日9:30~18:00(同3000円)です。5月22日(水)までに、事務局まで電話でお申し込み下さい。


全体会

グローバル資本主義と歴史認識

委員会から

 歴史学研究会では,1996年度大会から2001年度大会まで,「20世紀」という時代の歴史的意義を検討してきた。それらの大会では,歴史学における「方法としての20世紀」に焦点を当てた1999年度・2000年度大会や,「対象としての20世紀」に焦点をあてた1996年度・1997年度・1998年度・2001年度大会のように,問題の多面性に応じた歴史学の問いの重層性が示されてきた。
 2000年の国際歴史学会議オスロ大会が「(短い)20世紀」の再検討を行うシンポジウムで始まり,「21世紀の展望」を論じるシンポジウムで幕を閉じたことは(本誌2001年6月号〔750号〕の特集を参照),二つの意味を有している。第一に,私たちは数字の上での世紀の転換とはかかわりなく,10年以上前から「新時代」を迎えていることである。ベレンドやホブズボームの言う「短い20世紀」はすでに終焉し,いまだ名づけようのない時代に私たちは生きている。第二に,オスロ大会では,「21世紀の展望」が私たちの歴史認識を鍛えることが示された。このことを,「対象としての21世紀」の分析が「方法としての21世紀」の展望を開く,と言い換えることもできるだろう。
 今年度の全体会では,現代世界・現代社会の中心的問題をグローバル資本主義を基軸として把握し,資本主義の歴史的展開のなかでその位置を測ること,そうしたグローバリゼーションの進展が私たちの歴史認識にどのような問題を投げかけているかを把握すること,この二つの課題に取り組むことにした。それは,グローバル資本主義が,資本の蓄積の形態としても,また世界の構造化という観点からも,新たな時代を画しているのではないか,と考えているからである。もとより,このテーマは現代の「経済」のみを対象とすることを意図していない。グローバリズムというイデオロギーは,現代の思想と文化に深刻な問題を提起しているし,「近代批判」のその足元や根拠さえ掘り崩そうとしている。ポストモダンやポスト産業社会の課題は,今後グローバル資本主義との関係で議論しなければならない状況に至っている。そして,「新自由主義」の政治の実践は,「自由主義」を基軸とする近代政治理論に対して,「国家」や「市場」といった基礎概念の再検討を促さずにはおかない。現在,多様な学問分野で再び「社会」「共同性」「公共圏」が語られはじめているのは,こうした現実認識を背景としているとみてよいだろう。なにより,「新自由主義」が抹消しようとしている「社会」「共同性」「公共圏」は,これまで私たちの歴史認識の基礎に置かれていたのではなかっただろうか。こうした事態は,歴史学に「近代」という時代や認識をその初発にさかのぼって問い直すことを要請していると同時に,「近代」を参照系とした「前近代」という把握がどこまで妥当かという問題まで提起していると考えられよう。
 2002年度の全体会は,以上のような問題意識から,グローバリゼーションの時代がはらむ諸問題に積極的な発言を行っている伊豫谷登士翁氏と,フィリピン史をフィールドとしつつポストコロニアルの認識を問うている永野善子氏のお二人に大会報告をお願いした。伊豫谷氏の報告「『グローバリゼーションの時代』とは何か」では,グローバリゼーションの概念とそれを研究する学知のあり方,そして富の生産・配分・消費のシステムの変容とその要因について論じていただく。永野善子氏の報告「反グローバリズム思潮としてのポストコロニアル批評--フィリピンの事例--」では,旧宗主国と旧植民地との間の文化をめぐる非対称的関係に着目しながら,フィリピン独立革命をめぐる歴史論争を題材に,グローバリズムへの対抗のあり方を検討していただく。コメンテーターには,日本近代史の研究から戸邉秀明氏,ラテンアメリカ思想史の立場から崎山政毅氏のお二人に発言をお願いした。全体会における議論を通じて,現代という時代の特徴を把握し,その上で私たちの歴史認識を深化させていく方向性を模索したい。(小沢弘明)

[参考文献]
伊豫谷登士翁,酒井直樹,テッサ・モリス = スズキ編『グローバリゼーションのなかのアジア』未来社,1998年。
サスキア・サッセン著/伊豫谷登士翁訳『グローバリゼーションの時代--国家主権のゆくえ--』平凡社,1999年。
伊豫谷登士翁『グローバリゼーションと移民』有信堂,2001年。
永野善子『歴史と英雄--フィリピン革命百年とポストコロニアル--』御茶の水書房,2000年。
永野善子,葉山アツコ,関良基『フィリピンの環境とコミュニティ--砂糖生産と伐採の現場から--』明石書店,2000年。
永野善子「記憶からポストコロニアルへ」『神奈川大学評論』39号,2001年7月。

古代史部会

平安期における王権の展開

日本古代史部会運営委員会から

 日本古代史部会では,首長制論に基づく律令国家像の再検討を進め,日本古代史像の再構築を目指してきた。その中で,「王」に体現される権力である「王権」の運動を国家と在地首長制の展開過程の中に位置づけることを課題として,「古代における王権と国家Ⅰ~Ⅲ」(1988年度~1990年度)において検討を加えてきた。さらに古代王権を「王を王たらしめている構造・制度」の意味で用い,「大王・天皇を軸として他の王権を構成するものとの補完と対立を含んだ多極構造」とする見解も提示され,両者の視点に基づく研究も進展してきた。このような王権そのものの分析もまた,古代国家・古代社会を理解していくためには不可欠な作業であり,現在,王権論のさらなる深化が求められている。
 さて,1997年度シンポジウム以降,古代史部会では,「地域」をテーマとして掲げ,古代国家・古代社会の実態の解明を目的に議論を重ねてきた。その中で,多様な特質を持つ地域社会の実態が浮き彫りにされ,それを国家が一元的に支配しようとする動きが明らかにされた。2000年度大会では,さらに上記の王権論の視角を導入し,「地域」とともに「王権」をキーワードとして,国家と多様な地域社会との関係を,「交通」として捉え,その実態を検証した。これらの成果を受けて2001年度大会では,(a)王権・国家はいかに地域社会と結びついていたのか,(b)王権そのものの構造はどのように変化したのか,という課題を設定した。金沢悦男報告は,7世紀後半から10世紀までの銭貨政策とその実態を分析し,王権イデオロギーを背景に銭貨を発行し,国家機構を媒介として統制するという日本古代銭貨の特質が,銭貨を発行する王権から発行しない王権への変化の中で変質したとし,10世紀後半に銭貨発行・国家的流通の基盤が失われ,銭貨の存在形態が古代的なものから中世的なものへと移行していく画期であるとした。また佐藤長門報告は,古代史部会において検討されてきた王権論の成果を継承しつつ,律令制導入以後の機構化された,多極構造を有する王権を「古代天皇制」と規定し,8世紀から10世紀前半までの長期的視野のもと,王権を構成する各要素(天皇・皇后・皇太子・太上天皇など)と継承原理との変化を具体的に検討することによって,「古代天皇制」の特質を構造論的に解明し,それによって王権論の進展を目的としたものであった。両報告は,7世紀後半から10世紀あるいは8世紀から10世紀までの長期的視野に立って考察したものであり,古代から中世への展開・移行過程を把握するための糸口となるものであった。
 近年では中世王権論を含めて平安期の王権研究が展開され,王権に関しては9世紀を画期とする傾向が強い。また古代から中世への展開・移行過程については多数の議論がある。王朝国家論では10世紀初頭と11世紀半ばに,後期律令国家論や初期権門政治論では論拠は異なるものの10世紀後半に,それぞれ画期を見出している。これらの理解に基づく議論は盛んとなってきているが,いずれも決定的なものとはなっていない。平安期をいかに把握すべきか,総合的に検討していくことによって,その実態がより明確になるものと考える。昨年度大会は,平安期の王権に踏みこんで検討し,当該期の理解に大きく寄与するものであったといえよう。そこで,本年度は,昨年度の成果を継承し「平安期における王権の展開」をテーマとして掲げ,平安期の王権について検討する。
 神谷正昌報告「平安時代の王権と摂関政治」は,摂関政治を,当該期の王権の視点から検討していくものである。すなわち平安期の王権を考える上で捨象できない問題として摂政・関白・太政大臣などの臣下に注目し,それらの成立と展開について考察することによって,平安期の王権の中に摂関政治がどのように位置づけられるのか,という点を論じていく。
 仁藤智子報告「『都市王権』の成立と展開」では,平城京から長岡京を経ての平安京の成立の過程を,王権論の視点から考察し,都城として成立した平安京がいかに都市京都へと転成していったのか,それが王権の諸段階とどのように関わっているのか,都市の成熟,空間認識の形成と変質を通じて検討する。
 以上の2報告によって,平安期がどのように位置づけられるのか,という課題に迫る。王権を軸とした視点から平安期を検討することによって,今までともすれば個別的に議論されてきた当該期の研究に有効な視座を提供することとなる。すなわち,このようにして得られる平安期の王権への理解は,王権の動きを規制する地域社会の動き,あるいは国家の動向などを理解していくための一段階となると考える。さらに,これは古代国家・古代社会の総体的理解の深化に寄与するものとなり,古代から中世への展開・移行を考える契機ともなろう。(江草宣友)

中世史部会

中世における流通と地域社会

日本中世史部会運営委員会から

 日本中世史部会では,1998年度大会以降,国家と在地をつなぐ媒介(=新しい切り口)の模索という見地から,社会構造の解明に努めてきた。1998・99年度は「情報」,2000・01年度は「収取」をテーマとして,多大な成果をあげてきたと考えている。昨年の2001年度大会でも,在地と国家の関係を議論できる素材として前年度に引き続き「収取」の問題を取り上げ,「中世の収取構造と武家権力」というテーマのもと,活発な討議がなされた。
 昨年度大会報告のうち,高橋典幸「武家政権と戦争・軍役」では,鎌倉幕府による「本所一円地住人」(武家政権外の武力)の軍事動員を御家人身分の成立から体系づけ,その背景に在地における領主間の競合関係を見いだした。さらに,その延長上に南北朝期以降の荘園制の再編を見通した。また,久保健一郎「戦国社会の戦争経済と収取」では,戦国期の貸借問題の解決を軍事力によって保証する存在として戦国大名権力を位置づけた。そして大名権力を兵粮調達の面で支えると同時に領国全体を困窮状態におとしいれる「高利貸」の分析から,「戦争経済」の矛盾を明らかにした。両報告とも,中世における戦争,紛争状況と収取について具体的に明らかにした貴重な成果であり,在地と武家権力の関係をより明確にすることができたといえるだろう。
 日本中世史部会では,こうした昨年度までの成果を踏まえ,2002年度大会の方向性について討議を重ねた結果,大会テーマを「中世における流通と地域社会」と設定した。
 昨年度までの大会では,中世村落の自律性の問題がつねに議論の対象となってきたが,今年度は昨年度の「<収取>が成り立つ構造をより重層的かつ複合的にみていくことにする」という視点を引き継ぎながら,この問題にあらためて取り組むことに決定した。その際の基本的な視角として流通の問題を措定し,その発達がもたらす地域社会の変容過程を明らかにすることになった。
 これまで日本中世史部会では,1994年度大会の綿貫友子報告,1995年の「シンポジウム 日本中世の地域社会」(本誌674号)において,地域社会の秩序形成における流通の果たした役割に注目した。その後,全国各地で中世の遺跡が発掘調査されて中世考古学が進展し,それとともに流通に関する議論が深まっており,大会でも積極的に取り上げる必要があると考えるに至った。
 そこで2002年度大会では,流通の意味を,新たな地域の枠組みを形成する,物や人の動きと定義し,この流通に関する諸問題を考察することを通じて地域社会の秩序形成過程を明らかにすることとした。
 特に今年度大会では,上記の課題を明らかにするため,次の2つの点を具体的に検討したい。
 第一に流通の発達と地域社会の秩序形成の関連についてである。在地領主らをその成員として含む地域社会が,流通をめぐる紛争解決の方法のあり方によってどのように規定され,変容したのか,考えてみたい。第二に,中世における流通がどのように保証されていたのか,という問題である。この問題を考えるため,在地における流通の重要な担い手であった在地領主や有徳人,蔵本・問屋などの機能に着目する。さらに地域社会秩序の最終的保証体制としての国家との関わりを見通したい。その上で,荘園制を支えた前期の広域的な流通のシステムと,後期の分節化されたそれの相違点と,その変容の過程が浮き彫りにされるものと思われる。
 以上の論点を明らかにするため,当日は高橋修「中世前期の在地領主と『町場』」と阿部浩一「戦国期の有徳人層と地域社会」の二報告を用意した。
 高橋報告では,中世前期の地域社会のあり方を,在地領主と流通の問題を中心に考察してもらう。そこでは,彼らが在地の流通にどのように関わり,それが治承・寿永の内乱をどのように規定したのか,また『町場』における在地領主と住民の関係を分析した上で,有徳人の成立と在地領主の『町場』からの撤退までを見通すことにより,在地の流通がどのように保証され,それに武家権力はどう関わっていたのか,という問題が,具体的に解明されることになるだろう。
 阿部報告では,戦国期の地域社会のあり方を,『町場』の有力者層の,地域における存在形態,機能の分析から考察してもらう。そこでは蔵本・問屋などが『町場』の自立に果たした役割,『町場』をめぐる紛争と大名権力の関与,兵粮の負担・運搬をめぐる彼らと大名権力の相互依存の問題などが明らかにされ,さらに,戦国社会終焉後の彼らの姿を追うことにより,近世社会への展望が議論されることになるだろう。
 以上,大会当日には多くの方々が参加され,積極的かつ活発な議論が展開されることを期待したい。なお,討論をより有益なものとするため,湯浅治久氏によるコメントの時間を設けた。
当日,両報告の内容をさらに深く理解するために,以下の文献を参照されることをお勧めする。(鈴木 忍)

[参考文献]
高橋修『中世武士団と地域社会』(清文堂,2000),同「武士団の支配論理とその表象」(『歴史評論』611,2001)。
阿部浩一「中世浜名湖水運と地域社会」(藤原良章・村井章介編『中世のみちと物流』山川出版社,1999),同『戦国期の徳政と地域社会』(吉川弘文館,2001)

近世史部会

近世の政治支配と文化形成

近世史部会運営委員会から

 今年度の近世史部会の大会テーマについて意図するところを説明しておきたい。近世史部会では,1991年から中期的テーマ「近世の国家と社会」を掲げ,従来の国家分析と社会分析の成果の統合を図り,近世における国家と社会を,その相互関連性を軸に総合的に把握することを目指してきた。特に国家と社会が切り結ぶ具体的な場としての「地域」のあり方を重視し,政治的・経済的利害を精緻に分析した地域社会構造の検討を行い,大きな成果をあげた。
 近世における国家と社会を総合的に把握するために,地域社会の構造に注目するという方法は,今後ますますその重要性を深めていくはずである。しかしそれだけでは,国家と社会の全体的把握を十分に行うことができるわけではない。そのためにはやはり,国家が社会を支配・統合していく側面も検討した上で,両者の相互関係を改めて問い直すことが不可欠である。
 今大会ではこのような視角から,国家と社会を関係づける環として,政治と文化の問題が重要な検討課題であるととらえ,テーマとして設定することにした。そこで書物に着目する視点から近世の政治支配と文化形成の具体相を解明しつつある,若尾政希氏,藤實久美子氏に報告をお願いした。政治と文化の問題をとりあげることの意義は以下のとおりである。
 そもそも国家が社会編成や人民支配を進めていく上で,重要な役割を担ったものとしては,イデオロギーの問題が早くから重要視され論じられてきた。近世史部会でも73年度大会「幕藩制国家支配の論理と人民諸階層の動向」で本格的に検討を行い,後の大会でもたびたび議論の対象となったが,社会への位置付き方については十分検討されてこなかった。近世社会の中でイデオロギーが形成され浸透した具体的な様相を,本格的に解明することが可能になってきたのは,政治史や思想史,そして社会構造分析の方法が実証的に高い水準にまで引き上げられた近年になってからだといえる。その中でも特に両報告者は,イデオロギーの形成・浸透を,書物の流布という文化の形成過程と密接に関連させて論じるべきであるという主張を,それぞれの研究を通じて提起している。現在は,近世の国家と社会の全体に関わる議論をさらに推し進めるために,文化の形成過程の具体的解明が重要な方法として取り上げられる段階に入りつつあるといえるのである。
 近世文化は具体的な社会構造の中で,まさに身分制との関連において近世固有の構造を有していた。身分や集団によって,形成される文化の内容や性質も異なっていたが,本大会では特に,武家や公家などの支配層およびそれと関わる人々によって形成された文化が,近世社会全体の中で占めた位置に注目することにする。その理由は,たとえば民衆文化が成熟したとされる19世紀に,幕府や藩,公家の側も学問的知識の蓄積を高度に進めたことなど,支配層の文化は近世を通じて重要性を持ち続けたと考えられるためである。従来の研究では民衆の文化的力量や思想形成に特に重点を置いて議論が積み重ねられてきたが,支配層の文化との関連は追究されてこなかったといえる。民衆文化が近世社会の変容に伴って著しく発展し広まったことは事実であり,民衆による国家や社会変革の可能性を見出すためにもその文化的力量がどのようにして高められたかを解明することは極めて重要である。しかし一方で,支配層の文化が依然として影響力を保持し続けたと考えられる点もふまえなければならないのであり,民衆の主体性がいかなる可能性を持っていたかを正確に認識するためにこそ,近世社会の変容を通じて民衆が育みつつあった文化と支配層の文化の双方を,国家と社会の全体構造の中で位置づけながら検証する方法が不可欠なのである。本大会が支配層の文化の重要性に注目する所以はまさにこの点にある。
 本大会では上記の議論をふまえて2本の報告を用意した。若尾報告は「近世の政治常識と諸主体の形成」と題し,書物が近世の人々の主体形成(思想形成)にいかなる役割を果たしたかに注目する。特に支配層と民衆の主体形成に重点を置いて,『太平記評判秘伝理尽鈔』をはじめとした軍書の影響下で,支配層から民衆までに共有される近世社会の政治常識がいかなる過程を経て形成されたかを解明するとともに,そこで生じた藤の様相についても明らかにする。藤實報告は「近世社会における文化の階層性--書肆の存在・活動形態から--」と題し,書物問屋であり幕府の御用達町人であった書肆出雲寺の活動を,幕府の統制や株仲間内部の規定などに注意しつつ検討することによって,出版メディアが国家・社会のあり方に与えた影響や,出版物の生成・流布の過程が社会から受けた規定性について考察する。また出版物・写本・記録の共存,近世身分制社会における知識や情報の配分の不平等について,幕府・大名家の歴史書編纂事業時における史料収集の局面から捉え,支配層内部の文化的階層性を解明する。
 以上,本大会は近世史の全般に関わる重要な問題の提起を意図している。個別の研究分野を超えた多くの方々が参加され,活発な議論が湧き起こることを期待したい。(多和田雅保)

[参考文献 ]
若尾政希『「太平記読み」の時代』(平凡社,1999年)/同「百姓一揆物語と「太平記読み」--百姓一揆物語研究序説--」(『民衆運動史2』青木書店,1999年)/同「政治常識の形成と『太平記』」(『歴史評論』611,2001年)/藤實久美子『武鑑出版と近世社会』(東洋書林,1999年)/同「『本朝通鑑』編修と史料収集--対朝廷・武家の場合--」(『史料館研究紀要』30,1999年)/同「書物師」(『シリーズ近世の身分的周縁2』吉川弘文館,2000年)

近代史部会

消費からみる「労働者」─経済構造と主体形成─

近代史部会運営委員会から

 近代史部会ではここ数年,国民国家批判の文脈から,近代社会の主体形成の諸相を検討してきた。しかしこれまでの議論は,ナショナル・アイデンティティと直截に関わる属性に重点を置き,視点も文化的諸側面に傾くきらいがあった。その結果,国民国家の展開と不可分なはずの経済過程と,そこから形成される属性を,いまだ十分に議論に組み込めていない。国民国家と主体との関係を考えるには,経済構造を主体化の契機・規定力として分節化し,いかなる主体がどのように形成されるのか,あらためて検証する作業が必要であろう。
 そこで今回は,近代の経済構造から形成された代表的な属性として「労働者」(ここでは広義に賃金労働者の意で用いる)をとりあげ,近年の社会経済史・労働(運動)史研究の動向をふまえて,消費の視点から再検討し,近代社会における主体形成の議論の豊富化を図りたい。
「労働者」という主体自体は,歴史研究にとって馴染み深い。だが従来「労働者」に言及する場合,生産段階にしたがって所与の主体を想定して論じる傾向があった。近代史部会ではこれまでにも,「前近代性」と「近代性」の挟間にある「労働者」を検証することで,そうした構造還元傾向からの脱却を図ってきた(91・92年度大会報告参照)。しかしそこで検討されたのは「近代的労働者」となる過程の多様性であり,「近代的労働者」そのものの問い直しには必ずしも至らなかった。これに対し,近年の社会経済史・労働(運動)史研究では,経済構造のより多様な規定力に着目し,表象・実践といったあらたな視角から主体化の過程を検証するなど,「労働者」のあり方を再検討する動きがある。
 こうした動向のなかで特に注目したいのは,「労働者」を消費からとらえる視点である。これまで消費は,生活水準の尺度として分析されても,主体形成の観点からはほとんど論じられてこなかった。だが生産と同様,消費も人びとの日常生活の奥深くに浸透し,身体感覚のレベルで人びとを規定する。「労働者」の存在も,生産の側面だけでは把握しきれない。職業だけでなく消費の実践・経験も,「労働者」として自己を社会に呈示する契機となるだろう。消費の場である家庭や生活全体も,「労働者」にとって重要な意味をもつはずである。このことは,単に検討対象となる事象の多様化だけを意味しない。経済過程が政治体制や国家と不可分なことを考えれば,消費の実践や場も,「労働者」が政治体制・国家と関わりあう局面だといえる。消費の視点に立つことで,冒頭に掲げた国民国家と主体との関係について,あらたな知見が得られるに違いない。
 以上の問題関心から,今年度は,「労働者」を消費の側面からとらえなおしていく。当日の具体的な部会構成は以下の通りである。
 雨宮昭彦氏の報告「最近のドイツにおける『消費史』研究と消費の観点から見た『帝政期ドイツの新中間層』」では,まずドイツでの「消費史」研究の動向をふまえて,歴史研究において消費の視角がもつ可能性と課題が整理される。つぎに具体的な研究として,帝政期ドイツの職員層を題材に,独自の消費形態の形成過程が,自己認識との関わりで明らかにされる。さらに職員層の政治的方向性は,消費者利害に基づいて労働者層との提携に向かっていたことを示し,職員層をナチズムの社会的基盤とみなす従来の評価に消費の視点から修正を迫る。
 松井康浩氏の報告「スターリン体制下の消費と社会的アイデンティティ--『消費ヒエラルヒー』下の労働者--」では,政治経済体制とともに変容するソ連労働者の消費とアイデンティティのありようが,両者の相互関係とともに分析される。具体的には,まずおもにアルコールを題材に,1920年代ネップ期の労働者の消費形態とそれに基づく自他認識の論理が明らかにされ,つづいて,1930年代以降,スターリン体制下において「消費のヒエラルヒー」が成立するにともない,労働者の消費のあり方が変容し,自他認識の内実も変化することが示される。
 及川英二郎氏の報告「戦後神奈川における生協運動の経験--『労働者』と『婦人』・『在日朝鮮人』をめぐって--」では,これまでの生産中心=労働運動中心の歴史研究がほとんど対象化してこなかった,戦後日本の生協運動に焦点をあて,そこにみえる労働者の消費への認識が明らかにされる。特に共産系の運動に顕著な,地域との提携,女性の組織化,「生活文化活動」 の重視といった運動方針は, いずれも職場(=生産の場)と地域(=消費・生活の場)の一体化を目指したものであり,労働者の職場/地域・家庭の関係をどのようにとらえるかが,当該期の運動の重要な課題であったことが示される。
 以上の三報告が描く,消費をめぐる「労働者」のあり方をとおして,政治体制・国家と主体との密接な関係が展望できるだろう。当日は有意義な議論が交わされるよう,幅広い研究領域に属する方々に参加いただき,多様な問題関心からの積極的な発言をお願いしたい。なお参考文献は以下の通りである。(藤野裕子)

[参考文献]
雨宮昭彦『帝政期ドイツの新中間層』,東京大学出版会,2000年
松井康浩『ソ連政治秩序と青年組織』,九州大学出版会,1999年
及川英二郎「戦後初期における生協運動の展開」,『ヒストリア』第168号,2000年1月
及川英二郎「講和前後の生協運動」,『東京学芸大学紀要 第三部門 社会科学』第53集,2002年1月

現代史部会

「1968年」と現代社会

現代史部会運営委員会から

 現代史部会では1999年度から3回にわたり,1950年代を対象とし,この時代の社会には前後の時期に包摂されない固有性があったとの想定のもと,「1950年代社会論」を展開してきた。ここに言う「固有性」とは,社会に諸コミュニティーが多元的に存在し,それらのコミュニティーが国家や資本や市場から相対的に自立している,というほどの意味で使われていたように思われる。この視角から昨年度の大会では,戦争と混乱の時代(1940年代)を生きた人々が,いかなる社会を構築しようとしていたのかを「共同化・社会化」という切り口から問題にしたのである。そしてそれらのコミュニティーが存立しえていた50年代は肯定的に評価され,その条件が奪い去られた高度成長期以降の社会はマイナスイメージでとらえられた。
 本誌757号に寄せられた加藤哲郎氏の大会報告批判は,「1950年代社会論」が提起したかかる歴史像を正面から批判した。加藤氏は,3本の報告を「縦割り柱状の歴史」ととらえ,日本に即せば「1950年代社会論」は沖縄の「島ぐるみ闘争」を組み込みえていないのではないかと指摘した(59-61頁)。
 またこの歴史像は昨年度の全体会とも共通する面があったが,安田常雄氏の全体会報告批判は,「女性やマイノリティの地位の向上やさまざまな形態の社会的な運動などに象徴される『現代資本主義』のなかで蓄積されてきた遺産をどのように評価するかが問われるだろう」(47頁)と述べていた。現代史部会の議論に引きつければ,「固有性」はいかなる時代にも想定しうるものであり,それぞれの時代の固有性を抽出してくることこそ歴史学の課題だということになろう。
 以上を踏まえて本年度の現代史部会は,社会運動に着目する視点は前年度から継承しつつも,1950年代からは一旦離れ,高度成長による社会変動を受けて登場してくる1960年代の社会運動,とりわけ「1968年」に各国で共時的に発生した社会運動を取り上げることにしたい。
今年度の大会では,三人の報告者より報告が行われる。
 荒川章二氏には「占領の『清算』と新しい社会運動」と題し,占領の「清算」を課題とした沖縄復帰運動と東富士演習場返還運動,新しい社会運動である住民運動の中で重要な位置を占める公害反対住民運動などの分析を通じて,1960年代型社会運動の特質とその1968年段階における到達点について検討していただく。
 井関正久氏には「旧東西ドイツの『1968年』--反権威主義と世代間紛争--」と題し,60年代後半,冷戦の最前線に位置する両ドイツで,既存の政治・社会体制と伝統的価値観に対する異議申し立ての運動がどのように展開し,それぞれの地域,さらには統一ドイツにおける政治文化の形成に,どのような影響を及ぼしたのかを検討していただく。
 藤永康政氏には「<ムーヴメント>は敗北したのか?--黒人の運動のケース--」と題し,アメリカ黒人の運動の帰趨を微視的に見つめることを通じて,キング博士が暗殺され,一般に公民権運動が終焉を迎えた年であるとされている1968年について,成功/失敗という二項対立以外の視角でその歴史を論じていく可能性を検討していただく。
 このテーマでまず問われなければならないのは,「1968年」の諸運動は何を課題とし,何を「敵」として戦ったか,そこに50年代の社会運動と歴史的位相のいかなる相違があるのかということであろう。これにつき従来強調されてきた見解の一つは,「1968年」を冷戦構造という世界システムへの抗議ととらえるものである。たとえばベトナム戦争において,世界最強の軍事力を持つアメリカを「名誉ある撤退」に追い込んだ要因の一つに,ベトナム反戦運動のインパクトがあったことは明らかである。また,プラハの春とそれに続くソ連の介入は,「ソ連型社会主義」に対して閉塞感を抱かせ,後の「東欧革命」を準備した。
 他方で昨年度全体会の議論を踏まえ,「1968年」の諸運動を大衆社会化・消費社会化が進行しつつあった時代の産物であるととらえれば,「現代資本主義」の一側面である管理化への抗議とみなすことが可能である。この点は,単一ないし複数の組織政党によって指導される労働運動・平和運動を中心とした,既存の社会運動への違和感にもつながっていくと思われる。それと関連して,「1968年」をいわゆる「新しい社会運動」の起源ととらえる見解も有力である。この場合は,批判の対象を「近代」そのものととらえることができる。たとえばエコロジー運動は近代化や経済発展への批判的視点を生み出したし,フェミニズムは国家権力に還元されない日常的な社会関係における権力を問う視座をもたらしてきた。
 本年度の大会では,ミクロヒストリーの手法を用いそれぞれの運動体に内在することでこの問いに接近したいと考えるが,その際同時に,なぜそれらの諸運動が1968年に各国で同時発生的に展開されたのかという問題も視野に入れていきたい。この点は,歴史事象の相互連関性の視点から大会報告批判を行った加藤氏への応答を意味してもいる。そこでは,持続的経済成長とそれに伴う国内労働力編成の変動,都市における貧困層の蓄積,社会の管理体制の深化とそれがもたらす権威的秩序への反発など,それぞれの社会運動を可能にした社会的諸条件が検討課題となろう。
 「1968年」が提起した諸問題は,その後の社会の中で十全に実現されたとは言い難い。たとえば,冷戦構造崩壊以来十数年を経た現在において,ベトナム反戦運動の中で問われたはずの南北格差はむしろますます拡大している。また先進諸国では女性の社会進出が一定進展したとはいえ,日常的な権威的関係が解消されたとはいえない。これらのことは歴史学を含む知の存在形態にも亀裂を生じさせ,トータルな社会変革への志向は後景に退いたようにも見える。
 しかしながら,「1968年」の経験が社会に対してある種不可逆的な変化をもたらしたことも事実であろう。本年の大会が目指すのは,つまるところ「1968年」が現代社会に問いかけたものの意味を考えることに他ならない。日本においては,「1968年問題」に関する研究がきわめて手薄なのが現状である。そのこと自体が一個の検討課題となりうるが,さしあたり,本年度の現代史部会報告が議論を喚起する第一歩となればと願っている。また,再び「1950年代論」を展開する場合にも,本年度の議論はその豊饒化をもたらすであろう。(山本公徳)

合同部会

儀礼と権力

合同部会運営委員会から

 人類史上,明らかに儀礼は権力と浅からぬかかわりを持ち,相互に影響を与え合う関係にあった。両者の関係は決して,神事や即位式,国家的祝賀行事のような伝統的な祝祭行事や,実定的な宗教の領域に限られるものではない。現代の社会においても新しい祝祭の伝統は絶えず創造され,軍事パレードや国際的な競技会など,実定的な宗教の領域を離れた広義の儀礼もまた存在し,社会や政治の過程に少なからぬ影響を与えている。
 マリノフスキー,デュルケム学派およびフレイザー学派(ケンブリッジ儀礼主義者)以来,文化人類学の領域では人間の行動様式の基底をなす諸儀礼に対する関心が寄せられ,儀礼概念の彫琢と模索が試みられ,国家儀礼・共同体儀礼の研究にさいしては,儀礼の背後にある権力と儀礼の切り結ぶ関係もまた論じられてきた。しかし,精神的支柱を近代合理主義に持つ近代歴史学の範疇では,儀礼は研究課題としては必ずしも十分に追求されてこなかった。近代歴史学の精神的支柱は近代合理主義にあり,その本質を明らかにしようとするウェーバーらの研究からも多大な影響を受けてきているため,ともすると儀礼はそれを行うこと自体が自己目的化した「合理的な目的をもたぬ行為」として切り捨てられる傾向にある。また,近代歴史学も含めた社会科学は近代社会の発展に直接に貢献する可能性を秘めた研究分野として位置づけられてきた。その背後にある近代主義的な視座からすれば,伝統社会的儀礼は「近代化」を阻害する現象であるかのように捉えられがちでもある。ゆえに,近代歴史学の範疇のなかでは儀礼研究が軽視されてきたのである。
 一方,「権力」は社会科学としての歴史学,なかでも国制史や政治史研究にとっての最大の問題関心のひとつであり,実証的研究の蓄積も多い。しかしながら,歴史における権力のありようを問うときには,法令などの形式的制度のみならず,より多角的に権力に影響を及ぼした事象を検討する必要が生まれてくる。ここで浮かび上がるのが,ある種の身体技法を伴って人間の行動を規律化する儀礼という現象である。近年,社会が一定の行動様式をとるメカニズムを,形式に現れたものばかりではなく,より多元的に捉える方法論,いわゆる「システム論」が盛んであるが,権力と儀礼の関係もまさにこうした動向の上から説明可能な現象であろう。
 しかし,「システム論」にも問題がある。とかく形式主義に陥りやすい危険をはらんでいるのだ。権力と儀礼の切り結ぶ「システム」を論じる際に,歴史的対象としての各儀礼が持つ意味を,それぞれの時代の生活感や心性,人間関係に即して十分に検証せず,ただ一定の形式を備えるに至った行動様式が存在した,という事実に依拠して権力と儀礼の切り結ぶ「システム」を論じる傾向も強い。確かに事実の実証的な検証は歴史学的議論の前提となるものだが,多様な歴史上の事象を一般的な理論に還元して論じようとすれば,それぞれの時代に特有な儀礼と権力の関係の特質を理解しないままに,普遍一般妥当性をもつとされる理論が定式化されることにもつながりかねない。同様の傾向は事象から一般的理論を抽出しようとする文化人類学的研究にも言える。確かに,理論研究と事象研究の間にこうした葛藤はつきものである。しかし,歴史研究者に課せられた課題は,それぞれの時代特有の儀礼と権力の関係をつまびらかにすることであろう。本合同部会では,こうした各時代固有の条件に対する知見と深い省察を得た上で,儀礼文化と権力の切り結ぶ相互影響関係の多様性と共通性を議論することになろう。
 人文科学としての歴史学の視座に,またテーマ性に重点を置くこの部会の主旨に照らせば,儀礼が権力,あるいは権力が位置づけられるべき秩序全体に対して果たしうる役割とは何か,という一般的な課題に立ち返ることもまた期待される。そのためには,ある程度条件を同じくする幅広い事例の検討が必要となる。今回は,紀元後4世紀のローマ帝国,16世紀のイギリス,12世紀の日本,そして古代中国を専門とする四人の報告を題材に,この問題を考えてみたい。
 具体的には,以下のような報告が予定されている。帝政ローマ後期の皇帝ユリアヌスのギリシア宗教復興運動から,キリスト教公認後のローマ帝国における「伝統宗教復興」のあり方を分析する中西恭子氏の報告「ユリアヌス帝の宗教政策から見た帝政後期のローマ帝国における国家儀礼」。宗教関係竹簡の移り変わりから葬送習俗の転換を検討し,中国戦国楚の王権と世族の動向を解き明かす工藤元男氏の報告「祭祀儀礼より見た戦国楚の王権と世族・封君--主として『卜筮祭祷簡』 ・ 『日書』による--」。平安後期の朝廷において陰陽道・陰陽師が儀礼に与えた影響を説く米井輝圭氏の報告「12世紀日本の儀礼における陰陽師」。そして1501年にイギリス皇太子アーサーとアラゴン王国の王女キャサリンの結婚式の一プログラムであったロンドン入市式の分析を通じてテューダー王朝の君主政理念について解き明かす井内太郎氏の報告「近世イギリスにおける権力と儀礼--the Truimph of Honourに見るテューダー王朝の君主政理念--」。これらは前ヨーロッパ世界,古代東アジア,古代日本,そしてヨーロッパ近代黎明期という,それぞれ異なる条件の下で共同体の運営に重要な役割を果たした儀礼を題材とした報告である。井内報告と工藤報告が,歴史学的視点から直接権力と儀礼の関係を問題とするのに対して,中西報告と米井報告は,宗教学的視点からその権力の背景にある当時の秩序観と儀礼の関係に重点をおいており,権力と儀礼の関係を学際的な視点で議論する初めての試みとなる。権力や秩序,あるいは支配といったコンセプトにおける両分野の認識論的相違もむろん明らかになろうし,そこから新たな発見が生まれることも期待しうる。本部会は,参加者が儀礼の役割を活発に議論することで,権力の介在する場における儀礼の受容が持つ歴史的意義を考察するに絶好の機会となろう。(皆川 卓)

特設部会

戦争の記憶

委員会から

 1991年度に「フェミニズムと歴史学」と題して設置され始まった特設部会は,今年度で12回目をむかえる。これまで特設部会では,歴史学固有の新しい課題や方法論,そして現実の社会から提起される学術体制・科学運動(歴史教育・資史料保存問題など),さらには湾岸戦争(92年度)などの時局への歴史的視点などを問題にしてきた。
 今年度の特設部会で掲げる「戦争の記憶」は,一方では2000年度「『記憶』の意味--コメモレーション論と現在」や2001年度総合部会「歴史と記憶--その多様性をめぐって--」の継続的な視点から,その延長線上として「戦争の記憶」への問題にたどり着いたといえるが,他方,それは今年度においては単なる「戦争の記憶」にとどまらないものを生じさせた。それは,9・11以後の問題である。すなわち,表記のテーマの直接的な問題意識として,一つには昨年の8月の靖国問題で,追悼のあり方をめぐり「戦争の記憶」が内外で大きな問題となり,戦争への記憶が薄れていくなかで過去とどう向き合うか,どのように考えていくべきだろうかという点があり,もう一つは昨年9月の9・11同時多発テロ事件以降の問題を,われわれはどう考えていったらよいのか,という問題意識が存在する。
 上記の二つの問題意識の解答を同時に見つけ出すのは困難といえるが,われわれはその端緒でも把握できればとの思いで,あえてこころみることにした。報告への視点としては,①戦争の記憶が現代社会をどのように規定していくのか,あるいは規定しているか。②昨年の9・11以降の問題を踏まえて議論していく視点をもち,そのことを問題にしていく基盤・基礎をつくっていけるような報告にしていくこと。アフガニスタン問題の現状を分析するものではないが,アフガン問題に敷衍・類推できるような戦争の記憶にかかわらせた報告をたててみる。③公的記憶(パブリックメモリー)に焦点を置き,それが戦争後にどういう過程をたどるのか,「個別民衆文化」の新たな記憶の形成や公的記憶に支障・齟齬が表れた場合(市民の反対運動など)に,どのように国民国家を擁護する側はそれを修正し,立て直していくか。それを通じて過去と現在を考察し,過去を追憶することにより現在の意味を考え,未来に立ち向かう視点が描けないだろうか,の以上である。 上記の三つの視点は,報告内容を必ずしも拘束するものではないが,なるべく近づけて欲しいとは考えている。ここでいう公的記憶(公共的記憶)は集合的記憶とイコールであるが,集合的記憶には個人的記憶は別にして家族・地域・共同体の利害が生じる集合的記憶もあり,体制側と利害が衝突する場合がある。記憶は絶えずつくられ,安定していない。体制側は公的記憶をどのように安定させてゆき,対抗的記憶にどう対処していくのだろうか。
 日本における記憶論は90年代に登場してくるが,2000年以降に限定して刊行された,主に「戦争の記憶」に関係する少しの文献を拾い上げただけでも,徐京植・高橋哲哉『断絶の世紀 証言の時代--戦争の記憶をめぐる対話--』(岩波書店,2000年),岡真理『記憶/物語』(岩波書店,2000年),下河辺美知子『歴史とトラウマ』(作品社,2000年),前田朗『戦争犯罪論』(青木書店,2000年),藤原帰一『戦争を記憶する』(講談社〔現代新書〕,2001年),高橋哲哉『歴史/修正主義』(岩波書店,2001年)などの作品がある。また他学界においても,身近なところでは日本近代文学会のシンポジウム「戦争の記憶」(2000年5月)の開催(『日本近代文学』第63集,2000年),東京外国語大学海外事情研究所主催による2年にわたる国際シンポジウム「記憶と歴史」(2000年~2001年)の開催(『Quadrante』2号~3号,2000年~2001年参照)が目を引いた。
 こうした作品群のなかでは,戦争の被害者と加害者の記憶の問題(被害者の「格闘」と加害者の沈黙),被害者の「証言」や戦争帰還兵の「トラウマ記憶」の問題,戦争責任や戦後責任の問題,歴史修正主義者との「記憶の抗争」の問題などがただちに浮上し,問われることになるが,同時に「戦争の記憶」は「証言」や「体験」「戦争責任」などというかたちで分節化されつつあるのではないか。また,9・11同時多発テロ事件以降の問題は,ごく最近の月刊誌(『世界』『現代思想』など)の特集記事や,板垣雄三編『「対テロ戦争」とイスラム世界』(岩波書店〔新書〕,2002年)などの作品を生み出しており,今後も継続するだろう。
 以上の認識のもとに,本年度は三名の方々に報告をお願いした。中島三千男氏には,「『靖国問題』に見る戦争の『記憶』」という論題で,戦前から戦後靖国問題(「追悼・戦争の記憶の場」)においてどう公的記憶がつくられ,さまざまな障碍・齟齬を通じて,さらに新たな公的記憶が体制側によりつくり直され,解釈され直されていくか。「犠牲者型英霊観」という一つの「記憶」の形成に焦点を置き,被害と加害の問題に言及していただく。藤本博氏には,「アメリカ合衆国におけるヴェトナム戦争の記憶--『加害』の視点と戦争認識--」の論題で,主としてヴェトナム帰還兵の動向を検討し,ヴェトナム戦争をめぐる記憶の継承と断絶の今日的特徴にふれていただく。臼杵陽氏には,「パレスチナ/イスラエルにおける戦争の記憶」の論題で,イスラエルにおけるホロコーストの記憶がアイヒマン裁判を契機に,「国民神話」へと変化していく過程を,イスラエル人によるパレスチナ人虐殺の記憶の無化とパレスチナ解放運動の高揚との対比で検討していただく。当日は戦争の記憶と9・11以降の問題をどう議論・止揚しうるか,活発な討論を期待する。(林 彰)